商談
リュベルが目の前の男をなめるように見る。髪は長く灰色、オールバックにして後ろでまとめてあり、広くなった額がよく見える。体つきはやせ形、見るからに引きこもり。服装も黄ばみだした白衣、それに黒い染みが何か所かついている。
今度は隣の頭を見る。筋肉隆々、がっしりとした体つきに、何気に手入れでもしているのか、髪はそれなりに揃えられており、目の前の男の切るのが面倒くさくて伸ばしっぱなし感丸出しの髪とは全然違う。
「はぁ~……」
思わずため息が出てきた。
若干目の前の男の顔が歪み、頭は額に手を当て呆れている。それでもリュベルは揺るがない。
「却下で。またのご来店お待ちしていま~す」
「『ブロー』」
「ぐへっ」
ふざけるリュベルに頭が魔法で潰す。もちろん加減はしてあるが、馬車の中より強力になっており、流石のリュベルもすぐには起き上がれない。
悶えるリュベルを無視し、頭は研究者風の男に声をかけた。
「見ての通り生意気で不気味なガキだが、体そのものは頑丈だ、簡単には壊れない。魔力だってある。あんたの注文にぴったりだろ?」
研究者風の男が考えるしぐさを見せる。いろいろ考えてか男はリュベルの髪を掴み持ち上げた。
「わ~~!!」
持ち上げられて目線があった瞬間、リュベルは大声を出した。少し離れた頭の耳にもダメージを与えるほどの。それを間近で聞いた男は掴んでいた髪を離し、後ろに倒れた。その際に頭部でもぶつけたのか、目を回して気絶している。
大声を出したリュベルはというと、それなりの高さから顔面から落ちたにも拘らず、痛がりもしないで笑っていた。
しばらくリュベルの笑い声が響き、漸く耳の痛みが引いたのか頭がすぐさま魔法を使い、リュベルを押しつぶす。
「このクソガキ、何しやがんだ!」
再度潰れたリュベルの腹を頭が蹴る。リュベルの息が一瞬止まるが、それでも口角を吊り上げ嗤っていた。
その様子に頭は舌打ちし、気絶した男を見る。軽く頬を叩き声をかけてみるが、起きる気配は無い。頭はもう一度溜息をを吐き、リュベルを睨みつけた。
相も変わらずに笑っているリュベルに近づき、髪を掴んで持ち上げる。
「本日二回目~」
今度は大声を出さなかった。かわりに現状を楽しむかのように明るく間延びした声を出した。
そのまったく懲りた気配の無い様に、頭は逆に関心を覚える。ただ、こちらを馬鹿にしたように歪む笑顔が非常に癇に障る。
頭は舌打ちし、リュベルの頭を地面に叩きつける。リュベルがカエルの潰れたような声を出したが気にせず、気絶している男に近づいた。
「いや~、振られちまった、振られちまった」
後ろでリュベルがおどけて見せるが、頭は無視を決め込む。リュベルに付き合っていてはいつまでたっても商談は進まない。にやついているリュベルの顔が頭から離れず、ついつい魔法で潰しそうになるがなんとか耐える。
未だ気絶している男の頬を軽くたたく。多少の反応を見せるが、目を覚ます気配はない。軽く溜息を吐きどうするか考える。
まずは後ろのクソガキをどうするか。
「か~んぜんに伸びてんねぇ。頭、どうすんのこいつ」
「『ブロー』」
「ぐへっ」
後ろにリュベルはいなかった。這って来たのかいつの間にか頭の隣にいた。平然と話しかけてくることから全く持って懲りていないらしい。
結局魔法で潰し、リュベルの頭を踏みつける。地面に顔面を埋めている為、リュベルは声を出せず静かになった。
頭は何故リュベルに猿轡を噛ませなかったのか、激しく後悔しながらも頭は再度倒れている男に声をかける。何度目かの呼びかけで男はようやく目を覚ました。
「とりあえず、ガキは黙らせた。こんな最悪なガキだがどうする、買うか?」
男の顔が激しく歪む。自分で言っておきながら頭はその気持ちがよくわかった。寧ろリュベルを好き好んで買う輩がいたら顔を拝んでみたい。
足から何とか抜け出そうとしているリュベルをさらに強く踏みつけながら、頭はどこに売りに行くか考える。どこも同じ反応をしそうなものだが、猿轡を噛ませれば何とかなるか。
「そのガキを買え……」
ふと、入り口から声が聞こえた。
頭と男が入口へと顔を向ける。そこにいたのはいかにも貴族といった格好の男だった。
頭が顔をしかめ、リュベルが頭の足の下から抜け出そうともがく中、男が貴族の方に駆けていく。何やら話し込んでいるが、下手に顔を突っ込めば面倒な事になると頭は無視を決め込む。どうやらリュベルの方はそうでなかったらしく、話が終わり二人がこちらに来ると軽く舌打ちをして頭を睨みつつ、抵抗するのをやめた。
「話はついたか?」
頭がそう声をかければ、二人は頷く。
結局貴族の言う通りにリュベルを買うことに決めた。そう話す男は未だ踏みつけられているリュベルを忌々しそうに睨み付けている。その事を感じ取ったのか、リュベルの口から笑い声が漏れる。それによって男の顔がさらに歪んだ。
頭がリュベルをさらに強く踏みつけることで黙らせ、貴族を見る。先程から顔色一つ変えていない。不気味に思いながらも、頭は商談に入る。
さほど長引くことなく商談は成立、頭の提示した金額でリュベルは買われることとなった。男は相変わらず苦い顔し、足元では金額に文句でもあるのかリュベルが再度暴れだす。
暴れだしたリュベルを開放しその脇腹を蹴り、貴族の方へと転がす。
「そういうわけで、そいつはあんたらのもんだ。煮るなり焼くなり殺すなり好きにしな」
「ひっで~、俺と頭の仲なのに……」
最後までふざけ続けるリュベルに頭は呆れを通り越して関心すら覚える。先程の蹴りもかなり強く蹴ったはずなのに、多少痛そうにしているだけでまるで効いていないようだ。
「行くぞ……」
そんなやり取りを無視し、貴族がリュベルを蹴る。リュベルが貴族を睨みつけるがその表情に変化はない。その後、男に視線を向け多少話して二人は外に出て行った。
頭はため息を吐き、リュベルの首に首輪をつける。抵抗はなく簡単につけ終わったことに頭は首を傾げる。奴隷というのはこういう時にはかなりの抵抗を見せる。リュベルは確かに他の奴隷とは何から何まで違うとはいえ、多少は抵抗するものだと考えていた。
「なぁ、頭」
そんな時にリュベルは頭に声をかけてきた。
「あんなん、多いの?」
あんなん、頭はそれがすぐに貴族のことだと気が付いた。頭も最初は疑問に思ったものだ。今となってはもう慣れてしまったが。
「それなりにいる」
「ふ~ん」
リュベルはそう言って立ち上がると出口に向かって歩き出す。最後に振り向き。
「俺、前世の記憶があるんだよね。あんたは? 次に会ったときに聞かせてよ」
そういって出て行った。頭は目を見開く。まさかと思った、何度かその可能性は考えた。だが確信は持てなかった。
そして次に会ったときという言葉が本当に実現する。そんな根拠のない確信が頭の中にはあった。