とある少女
リュベル以外の転生者の話。
その日、少女は死んだ。
何が起こったのか全く分からないが、気が付いた時には天地が逆さまになっており、視界の端に血まみれの制服を着た首の無い自分が映ったところで記憶が途切れるところまでは覚えている。その後どうなったかは少女には分からなかった。
次に気が付いた時には赤ん坊になっていた。一瞬の混乱のうち、自らが何らかの理由で転生し、記憶を引き継いだのだと少女は考える。また、よく見れば現代日本ではなく、ここは異世界だと根拠のない確信を持った。
赤ん坊となって過ごすこと数か月で少女は自分の立場を知る。貴族、それもかなり位の高い貴族に転生したのだと知り、少女は歓喜した。
ただ、親の少女を見る目がまるで道具を見るものだったことには気が付いていなかった。
「今から魔力を測る」
少女は自分の名前がチナミだと知り、家名がコアセームだと知って5年が経った。そんなある日、チナミの父親がそう告げてきた。
チナミは子供らしく元気に返事をし、そのまま部屋を出ていく父の後に続く。
転生したチナミは、自らに魔力があって当然のものだと信じて疑わなかった。前世の物語ではそうであるのが当然だったし、異世界だからあって当然だとも思っていた。チナミは貴族に転生し、物語のように自由に生きれると考えている。だから彼女は知らない。この世界は魔力を持つことが少ないことを、そして魔力を持つ貴族が道具のように扱われることを。
「これが、魔力……」
結果として、チナミには魔力があった。それもかなり膨大な量の。
立ち会った人間、おそらく家の関係者だろう、は驚いていたが、チナミはさも当たり前だといった表情をしていた。異世界転生系の物語では、転生者は膨大な魔力を持っているのが当然であると考えていたし、自分はその物語の主人公になった気分でいた。
その後は何とか落ち着きを取り戻した父親に連れられ、部屋に戻る。部屋に戻ったチナミは自分付きのメイドに紙を用意させ、机に向かい、これからの予定を組み始めた。
その多くの内容は突拍子もない、実現できるかどうか疑わしいものだった。最終的に世界最強だの、逆ハーレムだのと書き込み、この日は眠りにつく。
次の日からチナミの扱いは一変した。
「何で、何でこうなるの……!」
今までほとんど相手にされてこなかったチナミであったが、それはある意味幸せだった。
来る日も来る日もまるで実験動物を扱うような目で見てくる研究者たちに囲まれ、魔法の実験をさせられる。そこに自由は存在しない。気絶するまで魔法を打たされ、新しい魔力理論の実験に駆り出される。魔力測定を行ったその日に紙に書き込んだ内容など、一切実現できていなかった。
「こんなの……、こんなの……、私の物語にないっ!」
その日もいつも通り、チナミは多くの研究者の前にいた。
ただ、今回は両手両足を縛られ、床に転がされている。場所もいつも使っている無駄に広い何もない部屋ではなく、床に魔方陣らしきものが書かれたさほど広くない部屋だった。
「これより、精霊の召喚実験を始める」
チナミの父親がそう言うと、チナミを囲むように立っていた研究者達が不気味な呪文のようなものを唱え出す。
その光景にチナミは震え上がり、逃げようと身動ぎするが、かなりきつく縛られた縄が肌に食い込み、痛みが走るだけに留まる。さらに、体から大量の魔力が流れだし、益々力が入らなくなる。
どんなに足掻こうと研究者達の呪文が止まることはなかった。必死にもがくチナミの耳には殆んど呪文が入ってこなかったが、
「サラマンダー」
最後に唱えられたその言葉だけが、やけに頭に残った。
暫しの沈黙。先程の言葉を最後に一切の音が部屋から消えた。
「サラ……、マンダー……」
沈黙をチナミが破る。息を切らしながらなんとかその言葉を口にする。
それと同時に魔方陣から炎が吹き上がった。
うっすらと確認できる人型の何か。それを見た研究者達とチナミの父親は歓喜の声をあげる。
しかし、それも一瞬。再び吹き上がった炎によってかき消された。
「ヒッ……!?」
魔方陣の中心にいたチナミが短く悲鳴をあげる。何故か無事だった彼女は目にしてしまった。まるで爬虫類と人間を無理矢理一つにしたような姿、その異形の何かが父親達を焼き殺す様を。
「ちょうどいい具合に焼けたな」
チナミの耳にそんな声が届く。低く響くその声にチナミは震え上がる。
一頻り周囲を見渡して満足したのか、異形の何かは何度か頷いた後にチナミの方に顔を向けた。トカゲのような不気味な顔にチナミの身体の震えは加速する。
その様子に異形は笑みを浮かべ、チナミに足を進めた。益々身体を震わせるチナミは、逃げようともがく。そんなチナミを嘲笑うように炎の壁がチナミを囲う。
縄で縛られ逃げられず、だめ押しとばかりに炎の壁に囲まれ、チナミの頭は真っ白になった。
異形との距離がゆっくりと近づく。それをチナミは呆然と見ているしかなかった。
近づくほど異形の大きさがよくわかる。2メートルはあろうその巨体がチナミの少し手前で止まり、その身体を前に倒し、腰が抜けて経てないチナミに顔を寄せた。
(た、食べられるっ!)
そう思い目をつぶる。そんなチナミに異形が言い放った。
「さぁ、契約しようか」
その言葉にチナミはつぶっていた眼を見開く。目の前にトカゲのような顔が飛び込んでくるが、気にしている余裕はない。
契約、その言葉は異世界の記憶があるチナミにとってある種の憧れともいえた。多くの物語では精霊や神等と契約し、異常な力を手に入れるものが多い。自分もこれに当てはまる、そうチナミは考えた。
「け、契約するっ! するからっ!」
言葉が微妙に詰まったのは憧れが目の前にあるゆえの興奮か、死が目の前に迫っていることによる焦りか。
そんなチナミを見て異形がその顔を不自然に歪めた。恐らく笑っているのだろう。ひどく不気味な光景だったが、チナミの目には入らなかった。
「わかった。始めよう」
異形がそう呟くと、チナミの足元に魔法陣が現れる。同じものが異形の下にもあった。
「さぁ、お前は何を望む?」
異形がチナミに問いかける。その問いにチナミは間を挟まずに答えた。
それは自分が転生した時が付いた時から考えていた事。魔力があるとわかってから紙が黒く見えるまで書き連ねた内容。ただただ、疑いもせず目の前の異形にすべてを明かした。
「なるほど、よくわかった」
異形はチナミの答えを聞き、そう呟いた。その顔は不気味に歪んでいるだけで先程から変化はないが、恐らく笑っている事だけはチナミにも理解できた。
「で、ここからどうすればいいの?」
今度はチナミが異形にそう問いかける。もう異形にさほど恐怖を感じてはいなかった。
不気味ではあるが、自分の望みをかなえてくれるのだ。恐怖はいつの間にか消え去っていた。
「まずは名の交換だ。サラマンダーだ。覚えておけ」
「チナミ。家名は……、もういいわよね。こんな家出てくつもりだし」
異形、サラマンダーは頷くと足元にあった魔法陣が一瞬強く輝き、弾けて周囲に光の粒をばらまいた。それが白や水色などならば、幻想的に見えたかもしれない。実際には黒に複数の色を混ぜた見るに堪えない色合いをしていた。
しかし、チナミは気にしない。そんな事よりこれからの事で頭がいっぱいになっていた。
チナミがたくさんの妄想を浮かべる中、サラマンダーはチナミに近づき、その身体を縛っている縄を鋭く尖った爪で切る。そしてチナミに手を差し伸べた。
その様子にチナミが気づき、その手を取る。サラマンダーはチナミを立たせながらこう呟いた。
「楽しませておくれよ、我等が主の為に」
サラマンダーが指を鳴らし、炎を消した後、チナミは家を出た。
生まれ育った家かと思いきや、どこか山奥にある研究所だったらしい。外見こそ貴族の館みたいだとは言え、中身は全くの別物。何時の間にこのような場所に連れてこられたのかと思いはしたが、実験により気絶している間だろうと当たりを付け、それ以上考えるのをやめた。
「で、ここどこ?」
問題は自分の現在地がわからない事。周囲は森に囲まれており、目標物になりそうな物は見当たらない。
「ここから南、左手の方に進めばいい。それなりに大きな町がある」
呆然と立ち尽くしていたチナミに、サラマンダーがそう教える。
若干疑いの目を向けながらチナミは疑問をぶつけた。
「本当でしょうね? 間違ってました、てのはやめてよね」
「勿論だとも。さらに言えば、お前の生まれた町でもない。まぁ、疑いたければ疑えばいい。どうなっても知らん」
チナミにそう言い返すと、サラマンダーは口を閉じる。その様子にチナミは溜め息を吐くと、言われた通りに南に歩き始める。
それを見たサラマンダーは再び口を開いた。
「そろそろ帰るとしよう。必要なら呼べ」
サラマンダーがそう告げると、一瞬にしてその身体が燃え上がり、姿を消した。
チナミは横目でそれを見届け、再度顔を前に向け歩き出す。その先で自分の望みがかなうと信じて。
実際、町に着いたチナミは自分の好きなように過ごした。全てが思い通りになり、それこそ自分がこの世界の中心だと思い込む位に。
その様をサラマンダーは愉快げに見ていた。
それが変わるのは後数年後。この国の魔法学園に通いだし、ある少年に出会うまで、チナミはこのまま思うがままに生きる。
また大分間が空いた……。
今回はリュベル以外の転生者の話です。一応他にも出てくる予定。
名前にはそれなりに意味があったり。わかったらチナミがどうなるかわかると思います。
国や町の名称、諸々の設定等は別の機会に。
次はもっと早く更新出来ればいいなぁ……。