魔力
父親が振り下ろした鍬はそのまま盗賊の頭に当たるかに思えた。しかし現実はそうならなかった。
振り下ろされた鍬はどう考えても避けることも出来なければ、腕で防ぐこともできない。そもそも防御姿勢が間に合ったとしても、勢いづいた鍬を何も付けていない腕で防げばどうなるか、想像に難くない。
では、どうやってこの状況を盗賊は退けたか。
「こんのっ! 『ブロー』!」
盗賊が父親に向けてそう叫ぶ。たったそれだけで父親は軽く2メートルくらい吹き飛んだ。
その様子にリュベルは目を見開く。今まで見たことの無い現象が目の前で起きた。そしてそれがなんだったかすぐに検討が付いた。
「魔法、か……」
父親がかすれた声でそう言う。
魔法、リュベルの前世では架空の技術だったもの。この世界には存在していると本で読んで知ってはいたが、まさかこんな場所で見られるとは、予想外である。また、こんな村に住んでいる父がすぐに気が付いたのも驚きである。
こんな愉快な状況にまたもや笑いそうになったリュベルだが何とか抑え、先程の魔法について考える。
『ブロー』、盗賊はそう言っていた。これは魔法の名称であることはすぐにわかった。ならその効果は。
「指定したものを吹き飛ばすだけ、じゃないんだろ?」
「ご名答。よくわかったな」
どうやら吹き飛ばすだけの簡単な魔法じゃないらしい。
リュベルは少しずつ盗賊から離れると、父親の頭の切れに驚く。なぜこの村に生まれたのか甚だ疑問である。
ある程度離れると、リュベルはいい具合に割れ鋭くなった石を手に取り、手を縛っている縄に当てる。村から調達したのか大分傷んでいたため、思っていたよりも簡単に縄は切れた。
盗賊は父親に集中しており、リュベルには気が付いていない。と言っても、盗賊に魔法がある限り、リュベルに出来ることはほとんどないのだが。そもそもリュベルにこの二人の間に介入するつもりはない。
(さて、面白くなってきたな)
その場で胡坐をかき、傍観する。
騒ぎを聞きつけたのか、他の盗賊も集まってきているが、広場の外から物陰に隠れ眺めるだけで、誰一人近づいてこない。それは当たり前のことで、どう考えても父親が勝つ可能性は低いうえに、盗賊には魔法がある。馬鹿じゃなければわかることだ。
それはリュベルも同じであり、恐らく父親と対峙している盗賊もそうだろう。
違うのは一人だけだった。
「くらえ……!」
父親はそう叫ぶと持っていた鍬を盗賊に向かって投げつけた。父親は他に武器になりそうなものを持っていない。唯一の武器を彼は自ら捨てた。
「マジかよ!」
盗賊と父親の間にさほど距離は無い。精々3メートル弱、鍬は簡単に盗賊に届いた。
その行動が予想外だったようで盗賊は体勢を崩しながら、飛んできた鍬を避ける。そしてすぐ前を確認するが、そこには父親はいなかった。
「お~、ずいぶんと溜まってたんだな~」
思わずリュベルはそんなのんきな声を出す。
その視線の先には片手でぎりぎり持てる大きさの石を持ち、捕まって茫然としている村人に駆け寄る父親の姿があった。
村人と彼らが対峙した場所はそこまで遠くない。盗賊が気が付いて父親を追撃するより早く、父親は手に持った石を振り上げ。
「クリティカルヒット!」
リュベルのふざけた合いの手と同時に、自分の息子の頭をかち割った。
「マジかよ……!」
再度盗賊は呟く。少しの間、この場にいるすべての盗賊の動きが止まり、父親の独壇場になった。
手にした石で次々と村人の頭をかち割っていく父親。それを見て笑い声をあげるリュベル。
盗賊たちを引かせるのは十分だった。
「な~んか、不味いことになったな……」
父親と対峙していた盗賊がため息交じりに呟く。と同時に彼はリュベルに手を向ける。
「はぁ、何時までふざけてんだ? 『ブロー』」
「って、ぐあっ!?」
そして再度、魔法を使用。全く持って気づいていなかったリュベルは無様に吹き飛んでいく。
そんな息子を見ても何の反応もしない父親に、盗賊は嫌な気分にさせられる。盗賊たちはそれなり以上にこんな仕事をこなしてきたし、場合によってはその仕事を受けたことを後悔したことだって一度や二度ではない。
ただ、明らかに目の前の行動は異常だった。
「基本的に村ってのは団結力みたいのがあるんだがねぇ」
盗賊はそうボヤくと、今度は父親の方を見る。
「あんたもそろそろ終いだよ、『ブロー』」
再度魔法を唱える。
ただし今度は吹き飛ばされるのではなく、押しつぶされた。その場に綺麗な真っ赤な花が咲く。
「あ~あ、折角の商品が……」
盗賊がそう呟くと、周りにいて傍観していた盗賊も集まってきた。
身体になんとなく遺物が入り込んだ感覚がし、リュベルはうつ伏せのまま苦しんでいた。
盗賊の魔法を受けてから立ち上がれずにいるのは、吹き飛ばされたダメージよりもこれの方が大きかった。
(あ~、なんだろな、これ……)
苦しいが何とか頭だけは働かす。自分を苦しめているこの異物のような何かを考えるが、まったく思いつかない。少なくとも魔法のせいでこうなったのだけは確かだった。
(ってことは、魔法の効果、か? だけどそれだとなんで親父は平気だったのか説明つかないし……)
何度考えても思いつかない。何度も同じ思考が繰り返され、ついに完全に頭が回らなくなる。
単純にこの遺物を取り除きたい、そう思い身体に力を入れようとする。しかしそれも吹き飛ばされた際に追った怪我により阻害される。痛みが走り、まともに力が入らなかった。
(やばい、な……。今世は思ったより、早く終わるかも、な……)
一向に苦しみから逃れられず、リュベルはだんだんと諦め始める。
それでもと、残った力を使い、遺物を追い出そうとする。そこで気が付いた。
(ん? これって……)
なんとなく、遺物に似て非なるものが身体にある事がわかった。そちらは最初から体に有ったためか、何の違和感もない。
(なるほど、ね……。そういうわけか……)
リュベルは遺物がなんなのか知る。最近父親から聞いたこともある。
何よりそれはこの村でかなり重要だったもののはずだ。
(これが、そうなのか……)
使い方なんてわからないが、適当にイメージする。痛む身体に鞭を打ち、手を顔の前に出す。そして遺物が掌に集まるようにイメージする。
ゆっくりとだが、遺物が集まっていくと同時に苦しさが薄くなるのを感じて、リュベルの口元が吊り上る。それとは別に疲労感に似た感覚もするが今は無視し、そのまま身体に有るすべての遺物を手に集める。
集まったところで、今度は残った力をすべて立ち上がるのに使う。やはり激しい痛みと疲労感に襲われるが、なんとか耐えきりリュベルは声を上げた。
「これが……、これが魔力か!」
リュベル覚醒? いいえ違います。
多分これ以上更新速度は速くならないかと思われます。ダメな作者ですいません……。
これからも何とか続けていきたいと思います。