入学式の日。(司)
☆ 四月七日(土)07:00 ☆
やってきました入学式。あー緊張する。上手くやれるだろうか。
「つかさ可愛いよつかさ」
はぁはぁ言ってる兄さんは放っておこう。
今日は入学式だけで、二・三年生の登校はない。だから兄さんは私服なんだけど、姉さんは生徒会役員なので今日も先に登校している。
――制服姿の司を誰よりも早く見れたから悔いはない。
そう血の涙を流した姉さん。本当は学校まで一緒に行く予定だったけど、一週間前になって早めの登校をしなきゃいけないってことに気付いたことが相当悔しかったらしい。
「じゃあ行きましょうか。行ってきます」
「行ってきます」
「うむ。気を付けて行ってくるんだぞ」
父さんも少し名残惜しそうに見送ってくれた。父さんはいつも通りの出勤だから、もう少し家にいる。そして兄さんが奇行(フラッと私の後を着けたり、そろっと近づいて触ってきたり)に走らないかを監視してくれる。
父さん。貴方がくれたスタンガンと催涙スプレーは鞄のなかに仕舞ってあります。だから安心して仕事に出かけてください。
「直ちゃんたち、もう駅に着いてるかしら?」
母さんはうっとり顔であらぬ先を見つめる。前の一件以来、儚く脆い美少女である直が気になって仕方ないらしい。いつか手を出しそうで怖い。この人孔明だからな。やる気になったら死んでもやりきる気がする。
そんな俺の視線に気づいた母は、困ったように笑顔を浮かべる。
「安心なさい」
「べ、別に心配なんかしてないよ」
こ、心を読まれた……!?
「その時は誰も傷つけずにうちの子にするから」
「ほんとに心読んだの!?」
とんだ前振りじゃないか! ちゃんと安心させてよ!
「うん! 今日も司は平常運転で可愛いわね♪」
人をリアクションのために生まれてきたみたいな言い方は止めて欲しい。リアクション芸人に失礼だ。出川さんはな! ちゃんと計算してやってるんだぞ! 俺みたいに行き当たりばったりなわけじゃなくて、全部予定調和の伝統芸なんだ! 出川さんや上島を馬鹿にするな!
「ほら、余計なこと考えてると曲がり角から出てきたイケメンにぶつかっちゃうわよ」
「いや、もう流石にその展開はないでしょ……」
食パン咥えてないし、時間にも余裕があるから急ぐ必要はないしね。それに、ぶつかることでフラグが立つのかもしれないけど、俺が男を好きになるわけな――
「ぎゃふん!」
「つっ……!」
なんぞ!?
「ほら、言わんこっちゃない」
母さんが支えてくれたおかげで転ぶことはなかったけど、ぶつかったもう一人の人はメガネを落としてしまったらしく、歩道の上で「メガネメガネ……」をしていた。
笑うな……笑っちゃダメだ。よく見ろ。目が3になってるわけじゃない。むしろ母さんが言った通りイケメンだ。しかもよく見たら鳳雛の校章とボタンだ。
「あの……大丈夫ですか?」
足元にちょうどよく死角になるところに転がってたメガネをとり、イケメンさんに差し出した。表が青、裏が銀色のフルフレーム。
「あ、ああ、すまない」
受け取り、立ち上がるイケメンさん改めメガネさん。すっと細められた眼差しはどこか威圧されるような凄みがあって、こっちが一方的に悪い訳じゃないのに全部の非を認めてしまいそうになってしまった。
けど、メガネさんは俺と母さんを見、滑らかに頭を下げた。
「お礼をしたいが今は急いでいます。同じ学校のようだし、礼はいずれ」
とだけ言って、また駅方面へ走って行ってしまった。
「やるわね……」
母さんの呟きに、私は視線だけを向ける。
その意味を尋ねる意図が伝わったようで、母さんは苦笑を零した。
「だって今の別れ方なら、後で話しかける口実ができるでしょ?」
「人の好意を穿って捉えるの、良くないと思うよ」
正論を言ってみた。
だってこれはギャルゲやエロゲじゃない。鳳雛は一学年約三百人だから、全校生で九百人もいる。そんな伏線やらフラグなんて、回収されずにほったらかしですよ。伏線は張れるだけ張っておけ、って好きな小説家も言ってたし。
うん、長くなった。
こうでも考えてないと怖いんだよ。あの人、心が読めるんだぜ?
「そうね。人生、何が起こるか分からないから楽しいのよね」
「何か起こるようなことを言わないでよ……」
嫌な予感しかしないんだってば。
とか何とか言ってるうちに駅が見えてきた。大抵の高校は同じ日、同じ時間帯に入学式をするらしいから、駅は色んな制服がいて、とても華やかだった。
そして、そんな中で一際目立っている一人の女子高生がいた。
遠目に見ても、それが直であることが分かる。
「やっぱり……」
「目立っちゃってるわね……」
俺と母さんで同じことを呟いてしまった。
流石にこんな朝っぱら、しかも公衆の面前でナンパしたりする人はいないみたいだけど、ほとんどの人が立ちどまちゃったりしてるから通行の妨げになってる。流石生きた美術品(今命名)。
「あ、気付いた」
ぱあっ、と笑顔が花開いて、周囲から息を飲む音が聞こえるようだった。
周りに人が多すぎて思うように身動きが取れないから、直はこっちに向かってくることもできなかったらしい。自分の位置を知らせるように手を振ったせいで、その視線の先にいるこっちまで視線に晒される。
「い、行きましょうか」
「うん……」
流石の母さんも、この妙な空気には引いたようだった。
逆・モーゼの十戒状態。
「おはよ、直」
「おはよう、司。お母さんも、おはようございます」
「おはよう、直ちゃん」
その佇まいは堂に入ったもので、とても女子になって一週間程度とは思えないだろう。
それでも、これまでの努力が報われるくらい直の仕草は可愛いものだった。罰ゲームの成果もあるだろうし、無駄なことなんてなかったんや。
「ちゃんとスカート、短くしたね。偉い偉い」
「つ、司がしろって言うから……」
恥ずかしいのか、頬を赤くする直。
今でこそ膝上で太腿が見えてるスカート丈だけど、指定店の確認で着た時は膝下……というか、大昔の不良女子か、っていう長さだった。恐らく女子の貞操観念を自分に適用した結果の防護服だったんだろうけど、さすがに周り(母さんと姉さんと舞ちゃん、それとなく店員さん一同)から止められた。別に膝下でも適度な長さなら清楚感が増して良かったけど、母さんと姉さんが言った「髪で遊べない」って理由で膝上にさせた。ええ。命令しました。
本当にしてくるかは賭けだったけど、大正解。
「ナオ可愛いよナオ」
「つ、司……?」
おっと危ない。これじゃ兄さんを馬鹿にできないな。
「その髪、よく似合ってるわね。可愛いわ」
「舞がしてくれました」
今日の髪型は、クリップを二つ使ったフルアップ。なんか団子を作ったり捩じったり複雑そうだけど、うなじが綺麗過ぎてエロいことだけは分かる。
というか、直のやつ本当に母さんに懐いてるな。……懐いてるっていうより、崇めてる感すらある気がする。
「直ちゃんのご家族は?」
「智と一緒に先に行ってもらいました」
賢い判断だ、智くん。この子と一緒に居たら、絶対妬み嫉み誹りの対象だったよ。あ、でも美男美女だし、お似合いではあるのかな? 兄妹には見えないし。それはそれで非難の対象か。
ともあれ、電車に乗ってとっとと移動することにした。
エロイベント、痴漢を危惧していた私ではあったけれど、なんと今年度から私たちが普段利用する私鉄は平日の七時から九時の間、車両の六割を男性専用車両、四割を女性専用車両として完全に分割しているから杞憂だった。小学生以下の子供はどちらも利用可能という、なんだか温泉みたいな感じだ。まだ開始から数日しか経っていないけれど、男性専用車両を増やせとかいう苦情もなく普通に運転できてるらしい。痴漢冤罪増えてるらしいしね。我慢してるのかもしれない。
到着した駅で降りると、流石に同じ制服の子ばかりになった。
女子の制服は黒が基調の白いラインが入ったジャケットに青のネクタイ。多めの襞があるプリーツスカートは青を基調とした紺と白の入ったチェック柄。ソックスは白か黒、それか紺なら長さは自由。ネクタイは取り付けるタイプなのかと思ったら、ちゃんと締める普通のネクタイでちょっと嬉しかった。
男子の制服は、長い歴史をもつ高校であること、元男子校の名残もあって学生服だ。共学化に伴いモデルチェンジする動きもあったらしいけど、伝統を残したい、っていううちの父さんみたいなOBの要望でそのままになったとか。ただ、インナーは校章が胸元に刺繍された青のワイシャツが学校指定のものになっている。
駅の西口から内陸に向けて伸びる大通りを歩き、途中の道で折れて坂道に入る。もうちょっとしたらこの坂道を忌々しく思うんだろうけど、今日は興奮でそれどころじゃなかった。
「一緒の組になれたらいいね」
「うん」
頷く直の表情も、気持ち高揚しているように見える。
どの組に振り分けられるかは、合格発表と同じように昇降口前のブロック塀に張られた張り紙を見なければ分からない(家族談)。案の定、昇降口の前は人だかりができていた。
「じゃあお母さんはこっちだから」
「うん。後でね」
保護者専用の窓口へ向かった母さんと別れ、組み分けを確認する。
「私は……四組か。直は?」
「私も。一緒のクラスだね」
ニコッ――
「ハッ……!」
「司?」
な、なんだ今の……!
笑顔が女神過ぎて時間とか空間が止まったのかと思った……!
実際呼吸止まってたし……殺す気かこの子は……!
「じゃあいこっか」
「う、うん」
彼女は気付いていない。
周囲の視線が、それとなく自分に向けられていることを。テンパってる直は見てて痛々しいからこっちの方がいいんだけどさ。でも鈍感なのも大変なんすよね。周りの気苦労が。
☆ ☆ ☆
今日の式後に備品の購入とかがあるから、履き替えるのは来客用のスリッパだった。一年生が使うのは東棟。中央棟は三年生で、西棟は二年生。昇降口のある南棟は職員室とか事務室とかがあって、北棟は別名部活棟……だっけ? 母さんたちの話だと、そんなとこだったはず。
四組の教室は、東棟二階の一番北棟よりにあった。つまり、一番遠い。マジか……。
開きっぱなしになってた扉の中では、もうそれなりのコミュニティが築かれているみたいだった。俺も直も、同中の人はそんなに来ていないから知り合いはゼロに等しい。
「どうしたの? 入ろ?」
「お、おう……」
こんな時は、直の鈍感スキルが羨ましい。この漫画の集中線か、っていう視線が気にならないんだもんな~。
それに、いつボロが出てしまわないか不安もあるし。
教室の座席には、座る生徒の名前と出席番号が書かれた紙が貼られてた。
五十音順なのか、俺は廊下から二列目、前から二番目の席だった。モブ席ですね、わかります。いや……変なことに巻き込まれないっていう点では、いい席なのかな?
直は廊下側から三列目の一番前だった。席替えをして窓際に移すべきだと思った。
青い空に流れる小さい雲。それを頬杖をついて眺める美女。開いたままの窓から流れ込む風が少女の黒髪とカーテンを戦がせる。……最高じゃないですか。
あんな前の席に勉強ができる美女がいたら、先生たち気になって授業にならないんじゃないだろうか。
「近くて良かったね」
「あ、う、うん」
そんな俺の不安にも気付かず、直は笑顔だった。斜め後ろですしね。隣程じゃないけど近い。あ、後ろの人うなじ見放題じゃん。……大丈夫かな……。
「……」
な、なんというか、空気が張りつめてる。
話ししたいなーって思いつつ、ウザがられたくないなーとか思っちゃって、近づきたいのに近づけない感じ……なのかな。分かるよ。前の姿の時から、直はいつも近寄るなオーラ出してたからね。
結局その空気が破られることはなく、担任の先生が入室して教室の喧噪は治まった。
比較的若い、坊主頭の男性教師は黒板に四十九院上と書いて振り返る。
「あー、……」
教室を見渡し、一瞬呆けそうになるのを何とか持ち堪えた男性教師。
「四十九院上と言います。どうぞよろしく」
あれでつるしって言うんだ。……どっからが苗字でどっからが名前……?
まぁいいや。つるしで。もしくはつるりん。それだと一教師だけど学年主任クラスの実力はあるってことになるな。
「貴方方の自己紹介をして欲しいところですが、先に入学式を済ませてしまいましょう。廊下に出て下さい」
くだけた人なのか、済ませるとか言っちゃってるよ。ちょっと不安になる反面、親しみやすい気がする。まぁ勿論保留だけど。
そうして出席番号順に並ばされた俺たちは、東棟の横にある第一アリーナに向かった。階段状に座席が末広がりに配置された、コンサートとか講演会みたいな文化活動のための講堂って感じ。第二・第三アリーナが体育館、だったはず。
入学式、割☆愛。
敢えて言うとしたら、在校生代表で登壇した生徒会長が、今朝のメガネさんだったこと。姉さんは副会長で、メガネさんの横に控えていた。それと、てっきり直が新入生代表で答辞をするんだと思ってたけど、登壇したのは知的メガネの黒髪美少女だった。
教室に戻り、つるしが戻ってくるまで暫し雑談。
「直、答辞じゃなかったんだね」
特待生だって聞いてたから、直がやるんだとばっかり思ってた。ちょっと表情を曇らせた直は、身を乗り出して私の耳元に口を寄せてくる。ドキドキするから止めて欲しい。
「(目立つの嫌だから、断ったんだ……)」
と思ったけど、確かに人には聞かせられない内容だった。答辞をした人、うちのクラスだったんだよね……。あの人にもプライドはあるだろうし、直のためにも黙っていた方がいいだろう。しかし、強引に攻められると流されやすい直がよく断れたな。
先生たちも、もしかしたら空気を読んだのかもしれない。こんな超絶美人が登壇したら、皆平伏してしまうんじゃないか、って。……なんてね。
そんなこんなで、つるしが戻って来て、オリエンテーションが始まった。ちょっとした配布物の説明と自己紹介。とつるしが言ってた。
さて、説明は省くとして、教壇に上っての自己紹介です。
まだ数人終わっただけだけど……なんだこのクラス。男子も女子も、レベル高すぎじゃない?
現に、今壇上に上ったのも、相当のイケメン。
「青海彼方です。よろしく♪」
爽やかイケメン、智くんとはまた違った印象の笑顔だった。愛されキャラ……という奴だろうか。バカな! あれは、顔のレベルがそこそこの奴が、そのキャラを持って人間顔じゃないってことを証明する筈だ! こんなのってないよ……。あんまりだよ。
「質問タ~イム」
毎回恒例らしい、つるしの合いの手に始まる羞恥プレ……イベント。みんな美男子美少女でも、他人への興味は尽きないらしい。
「彼女はいますか~?」
「いないよー」
「彼氏は~?」
笑いが起きて、
「前はいたけどねー」
一気に静まり返った。
「も、勿論冗談だよ?」
にしては、顔色が蒼すぎないだろうか。冗談であってほしい。どれだけの女子をそっちの道に引きずり込むつもりだ。腐って死ぬなんて、そんなの嫌よ!
「は、はいは~い。何か部活はやるの?」
空気を壊すために言ってみた。うわ、すっげぇ視線。言わなきゃよかった。
「ん~、オレ、たくさんの人と仲良くなりたいんだよね。だから、あんまり部活は考えてないかな」
プレイボーイ……と思ったけど、なんか違うと思った。なんていうか、下心が感じられないというか。
「ね、君もオレと友達になろうよ」
あろうことか、青海君は目の前にいる直に話しかけていた。どよめきは、きっとその行動力に対する驚きだったんじゃないかな。
「嫌です」
直はまったく動じずに即答しましたとさ。流石です。テンパらなければブレない子。
「あはは。オレ、嫌われるようなことしちゃったかな~」
情けない青海君の態度に、温かい笑いが教室中で起きた。良かった良かった。あのまま冷凍庫みたいな空気で自己紹介なんてできるわけないもんね。
そして彼の質疑応答は終わり、自己紹介は進行していく。
「黒酒悠です。宜しくお願いします」
このイケメンは目つきの鋭い、寡黙そうな落ち着きのある雰囲気だった。落ち着いた感じが直と似てるかな、って思ったけど、直が水の冷たさと暖かさをもっているとしたら、黒酒くんは土の冷たさかな。ドンッて構えて揺るがなそうなあたり、ピッタリな感じ。
自己紹介は続きます。
また今度もイケメンで、どっかで見たことあるな……と思ったら、
「白水智です。よろしくお願いします」
智くんでした。同じ兄弟って、普通別のクラスにしたりするんじゃないのかな? まぁ……二次元なら有り得るだろうし、直がいいなら正直どうでもいいんだけど。とか、けっこう酷いことを考えてた罰があたったのか、
「目の前にいる白水直さんは、俺の姉にあたります。ですが、血は繋がっていません」
とか、大胆告白をしなさった。おいキサン、なんばしちょっとか!?
教室中ざわついちゃってるじゃんか! つるしもビックリ! 知ってただろうけど、こんな形で暴露するとは思ってなかったんだろうね。同情するで。
「どうせいつかは知られることでしょうし、自分たちの知らないところで話が広がるのも嫌だったので。ごめん、直」
「……」
直は、何も言わずにただ首を横に振った。確かに、噂って言うのは一人歩きすると、いろんな尾ひれがつくことがある。直の複雑な家庭環境は、そういった好奇の対象にはもってこいだろう。
智くんはあんなこと言ってるけど、直のためにやった……なんてのは考えすぎかな……。
よし、ここで二人に余計な噂が立たないよう、協力しようじゃなイカ!
「はいは~い、質もーん!」
「あ、そうですね。質問タイムです。どうぞ」
律儀なつるしの言葉を待って、俺はややテンションを高めにして智くんに問いかける。空気的にもう大丈夫かもしれないけど、一応もうひと押し!
「智くんの好きなタイプってどんな子ですかー?」
これで、俺の意図を察した智くんが、直には結びつかないような単語を一つでも入れてくれれば最こ、う……?
な、なんで俺がこんなに視線を浴びてるんだろうか。
あ……もしかして俺、軽い女とか思われてる……?
「司さんの質問なら、断るわけにはいかないね」
おお、ナイスフォロー! 今のやりとりなら、知り合いだって思われるよね!?
爽やかなイケメンな上に気配りができるとか……爆ぜろ!
「好きなタイプは、家庭的な人です。落ち着いていて、傍にいてくれるだけで安心できるような……」
説明します。
智くん、本当に律儀に私の質問に答えてくれました。答えてる間に、実際の映像を思い浮かべたんでしょうね。思案顔で宙を彷徨っていた視線は目の前にいた女子、直に行き着きました。そしたら、声は萎んでいって、顔が赤くなってしまいましたとさ。
どーすんだよ! 思いっきり逆効果じゃんか!
「も、もういいでしょうか……」
ああもう……これなら聞かなきゃよかった……。
「ばか……」
一瞬ざわついた気がしたけど、俺は俯いていたので何が起きたのか分からなかった。戻ろうとした智くんが焦ってこけたのかもしれない。それはそれで、空気を和ませてくれるんじゃないだろうか。ていうかそのくらいしてよ! 次は直なんだよ!? うあ~……心配だぁ~……。
「白水直です。よろしくお願いします」
無表情で一礼する直に、教室が静まり返った。
つるしの野郎、呆けているのか合図を忘れていやがる。
「直は何か部活やるの?」
もう知らん。てきとうにやってやる。
「え? 考えてないかな。司はなにかやるの?」
「こっちに質問する時間じゃないからね!?」
ただの会話じゃねーか!
「あ、そうだね。ごめん」
未だに、発言しようとする人がいない。解せん……。
青海くん……だっけ? あの人の誘いをきっぱり断ったせいで、皆気遅れしてるのかも。
「じゃあ」
何を聞こうかな? 智くんに気が無いってことを知らせるにも、直に男性のタイプなんて聞けないしなぁ……。
「スリーサイズは?」
ざわっ、と教室がざわつきました。さすが男子。分かりやすい! ……なんで数人の女子も目を輝かせてるんだ……? ま、まぁ、直ならきっと躱してくれるだろう。
「し、知ってるくせに……」
ざわわっ、と更にざわつく教室。うわーん。なにこれ。何で頬を赤く染めてんだよ直の馬鹿! 確かに知ってるけどさ! いろいろあって知っちゃってるけどさ!
「ほ、他に質問は……」
さすがに見るに見かねてつるしが口を挿んでくれた。
「好きな食べ物ってなんですか?」
「好き嫌いはありません」
「はいはーい。趣味はなんですか?」
「料理……でしょうか?」
いや、誰も知らんよ。
「白水さんって彼氏いますかー?」
「いません」
「何人くらい告白されましたかー?」
「されたことはありません」
「「え?」」
「?」
「こ、告白したことはありますか?」
「ありま「直!」」
っぶねー! 意味ないかもしれないけど断言されるよりはマシだよね!?
「どうしたの? 司」
本気で分からないのか、と冷ややかな目を向けたら、その視線の意味を考えた直はすぐに思い至ってくれたらしい。こう、どういう顔をすればいいのか分からない、っていうのが見ててよくわかる。
「そ、そろそろ次の方、お願いします」
直は特に取り乱した様子もなく席に戻って行った。
うあ~……なんで自分の番じゃないのに、こんなに疲れなきゃいけないんだろ……。
そんな風に疲弊してしまった俺を尻目に、自己紹介は進んで出番がやって来てしまった。
……めんどくせ。やれやれ系の主人公なら、こういう時どんな対応をするんだろ。
やかましいッ! うっとおしいぜッ!! おまえらッ! ……これはやれやれ違いか。
ていうかなんか、皆の視線に違和感がある……気がするだけ、かな。
「えっと、赤生司です。よろしくどうぞ」
直が、なんかすごく純粋な眼差しを向けてきてる。余計なことはしないでね。ただ見守ってくれてればそれで充分です。いや、マジで。
「じゃあ、質問ターイム」
これまで空回りしてきた俺だ。きっと、皆も残念な奴ってことでスルーしてくれるだろ。
っていう考えは甘かった。クラスメイトたちは俺を追いこもうとしている。狩られる小動物の気持ちが、今なら解る気がするよ。嘘だけど。
「白水さんとどういう関係なの?」「友達です」「白水くんとは!?」「な、直繋がりです」「実は両刀ですか?」「ユニークスキルはもってません」「彼氏いるんですか?」「い、いません」「好きな人はいますか!?」「い、いません!」「目玉焼きは醤油派? ソース派?」「塩です」「趣味はなんですか?」「特にない、です」「特技はありますか?」「特にないです」「好きな食べ物はなんですかー?」「肉です」「どんな人が好みですか~?」「え? 楽しくて優しい人……かな」「何部でしたか?」「帰宅部」「何か入部するんですか?」「予定はないです」「家、近いんですか?」「ちょっと遠いです」「犬派? 猫派?」「犬……かな?」「白水兄弟、どっちが好き?」
「やかましいッ! うっとおしいぜッ!! おまえらッ!」
いい加減にしろ! お前ら、絶対私に興味ないだろ! ただの悪ノリだろ!
ほとんどの人がドン引きするどころか笑ってるし! 元ネタ知らない人も絶対笑ってるだろ畜生ッ!
「そ、そろそろいいかな。ありがとう、赤生」
「い~え~……」
とぼとぼと力なく歩いて席に向かう。疲れた……。
ただ、俺を生贄にクラスの空気は解れてくれたようだった。
結論。このクラス、全員どこぞのアイドルよりよっぽど見目麗しいと思いました。
……この世界、本当に二次元の世界じゃないよね?
☆ ☆ ☆
自己紹介を含めたオリエンテーションが終わって、教材や備品を購入すれば本日の課程は修了。取り敢えず変な行動はなかった筈だ、って一安心。
ということで、俺と直は正門に向かった。この学校には正門が二つあって、少し間隔を空けて東西に一つずつ。結局正門前の大通りに出るし、駅に向かう通りへは一本道で合流するから、特に意味は無いように感じる。まぁ、建築に関して完全に合理的とか効率性ばっかり求めるのは無駄だよね。個性が大事。
私たちが向かったのは西正門。辺りを見ても、帰宅する新入生とかその保護者ばっかり。見つけられるかな、って少し心配だったけど、無事母さんたちを見つけることができた。
ここで、もう一度気を引き締める。
何故なら、母さんの前で言葉遣いや振舞いを間違えると、後で恐ろしいお仕置きが待っているからだ。
曰く、女の子であることを自覚させる接触行為。
どんなに小難しく言ったって、ただのセクハラだよセクハラ! 思い出すだけで恥ずかしい……。変態どもめっ……。直とのバツゲームなんて可愛いほうだよ。
よし、行くぞ!
「お待たせ。待たせちゃった?」
「ううん。お母さんたちも今来たところ」
母さんの言葉に、横にいる直のお母さんも微笑みながら頷く。お母さん同士の面会は一週間くらい前。なんでも、直が世話になったから、そのお礼がしたい、とのことだった。
正直、うちの家族は完全に楽しんでいたので、それでお礼を言われる謂れはないというか、むしろこっちがお礼を言いたいというか、謝りたいというか。直が何度、うちの母親と姉にセクハラされて涙目になり、何度兄のセクハラ未遂に慄きその度ボコボコにされていく兄の姿に怯えて涙目になっていたことか。いや、涙目で狼狽える直が可愛かったから止めなかった俺にも責任はあるんだけどさ。
話しが逸れた。
で、面会の場に立ち会ったわけだけど、相変わらず直のお母さんは若かった。年齢はうちの母さんとそう変わらないはずなのに、見た目的には直の姉と言っても信じられるくらいだ。むしろ、母親って言われても信じられないくらい。この不老っぷりが直に引き継がれてるとしたら、素晴らしいやら末恐ろしいやら。
それでも中身が母さんと同世代っぷりを発揮して、立ち会った直や俺をほったらかしにしていろいろと盛り上がっていた。そして今もこうして行動を共にして、これから一緒に昼食を摂る約束をするくらいに交友を深めてたりする。
「智くんは?」
直のお母さんの問いかけに、直は首を横に振って校舎に振り返る。つられて振り返ると、通りすがりの方々が直に見惚れているのが見えた。もう俺たちが驚かないくらいそんな反応に慣れてるんだから、直がいつもどれだけ皆の目を奪ってるのか察して欲しい。
「教室にはいたから、もうすぐ来ると思うよ」
ともあれ待つ目通しが立たないのも嫌だろうから、補足はしておく。
「そう。それじゃあここで待ってましょう」
「そうね。……直、友達はできそう?」
直のお母さんが言ってるのは、きっと女友達だ。直が男嫌いなのは知っているだろうからそっちは諦めてるだろうし、親としてはちゃんと女子のコミュニティに加われるかが心配なんだと思う。俺だって心配だし。
「うーん……頑張るけど、期待はしないで」
さほどやる気も寂しさも感じさせない調子の直の言葉。端々から窺わせる他人事感。
この子、中学と同じで友達作る気ないな?
「なーおっ、クラスの子が学校の辺り地元らしくて、今度案内してくれるっていうから一緒に行こうね」
「え゛っ……」
あからさまに顔を引き攣らせる直。それでも霞まない美しさって、どんな造りしてるんだこの顔。でも、引き下がってあげない。
「拒否権なしね」
絶対直をクラスに溶け込ませてやる。中学の時、卒アルの最後のページ、真っ白な寄せ書きに俺一人が書いたことトラウマになってるんだからな! 孤高、かっこ悪い! カッコいいって思うのは中二病患者だけ!
「あぅ……」
強引に押し切れば直は拒否できないし、これで約束したも同然。しかも変に律儀だから、約束を破ることもないしね。
……これって、けっこう危ない設定じゃね……? いや、これは現実! ゲームとかマンガの話じゃないんだから大丈夫だ! それに、年齢制限かかってな……何を言ってるんだろう俺は。
「ごめんね司ちゃん。うちの子の面倒まで見てもらっちゃって」
「いえいえ~」
楽しんでやってることなの、で……、ちょっと待て。これ、母さんがやってたこととほとんど同じじゃない!? ……やはり血は争えないものか……。
「あ、智」
智くんを見つけた直が手を振って居場所を知らせる。
一気に衆目に晒される智くん。引き攣ったような苦笑を浮かべて、止めかけた足をこちらに向けた。
心中お察しします。
「遅れてすいません」
母さんたちに智くんは軽く頭を下げた。この人も本当に律儀。
「全然待ってないから気にしないで。じゃあ行きましょうか」
そう言った母さんの顔が若干気疲れしているように見える。やっぱり、人の視線が集まるのって居た堪れなくなるよね。
その原因は気にしてない、というか気付いてないし。
「何かあったの?」
「いや、大したことじゃないんだ」
直の質問をはぐらかし、智は先んじて歩き出した母さんたちの後を追う。
「……どうしたんだろうね?」
「……さぁ?」
きっと直とのことでも聞かれてたんだよ、とは流石に言えず、俺たちも智くんに倣って母さんたちの後を追った。
次回――
「神よ……この背徳者の不義を許したまえ」
「止めておきなさい。絶対後悔するから」
――戦わなければ生き残れない!(ウソ)