彼方「終わらない明日へ(ドヤァ」 悠「……(イラッ」 (悠)
プロローグ最終話です。
∽ 三月二十六日(月)20:03 ∽
青海彼方は、緩そうな外見と違って鋭いところがある。
それが連絡を取り、彼女と会う約束をした時点での私の評価だ。
昼間に会った際に何か違和感を覚えたとしても、それと遥の相談に結び付けることはできても確信することはできないだろう。それを彼女はピンポイントで言い当ててきた。それしか思いつかなかった、という可能性もあるにはあるけど、私のことを知っていたことも含め、警戒すべきだろう。
と、そんなことを仰々しく考えていた私は中二病なのかなぁ、と自分のことが心配になってきた。でも、誰が分かる?
「え……? 彼方先輩……ですか?」
「おうよ!」
「で、でも、その恰好……」
「こまけぇことぁいいんだよ!」
ドヤ顔で言い放つイケメン。数時間前、別の駅前で遇った彼女が彼になっているなんて誰に分かる。
でも、困った。
信じられないけど、私自身のこともあるから否定しきれない。また証明だのなんだのっていう話をするのは正直面倒臭い。
「……なんて言ってたら信じてもらえないだろうから、はい」
青海さん(仮)が持っていたトートバッグから、一冊の本を取り出した。男体化の資料かなにかかと思ったけど、それは私も持ってる卒業アルバムだった。
言いたいことを察してアルバムの中を確認すると、個人写真や集合写真だけでなく、行事ごとの写真でも男の私が映っていた。それも、全部男物の服装に挿げ替えられている。そして青海さん(仮)も映っており、映るべき写真にもその姿はなかった。
「……間違い、ないみたいだな」
「だね……」
一緒に覗き込んでいた遥も同意する。
正直、ここまで徹底的に変わっているとは思わなかった。彼女(?)からしてみれば自分が彼方さんであることを証明するために持って来たんだと思うけど、私たちからしてみればそれ以上の物を突き付けられたようなものだ。
「信じてもらったところで早速なんだけど、話ってなに?」
「あ、それはですね」
遥が話そうとした所を制し、視線と頷きで私が話すことを告げる。
これは黒酒家のことである以上に私の問題だから。
「青海さんは、他の人が俺……私たちのことをどう認識してるか、ご存じですか?」
「あ、うん。皆、男だって思ってるらしいね」
その皆が誰か、とか言葉足らずな感はあるが、今はそれで問題ない。
「そうです。でも、家族もですけど、貴方は最初から黒酒悠が女だって知ってたのに私が黒酒悠だとは分からなかった。貴方が何故私のことを覚えているのか教えていただければ、何か分かると思ったんです……」
私は自然と捲し立てるような口調になってしまった。
私がいなくなる。誰も、以前の私を私と認識しない。
その程度のことが、こんなにも気持ちを不安定にするとは思わなかった。
こんなのは私じゃない。言っている途中でそんな自分に気づき、言葉尻が萎んでしまった。
「ん~。ごめん! なんであたしが黒酒さんのこと覚えてるのかは分かんない!」
パン、と顔の前で手を合わせて謝罪する青海さん。「でも」と合わせた手を右に逸らし、左に小首を傾げる仕草をした。それはその容姿でやっちゃダメだ。気持ち悪すぎて逆に笑える。遥も同じ感想を抱いたようで、苦笑いを零している。
「な、なに? あたし変なことまだ言ってないよ?」
「言う予定なんだ……」
なんだか脱力してしまった。それ以上私が何も言う気が無いのを察したのか、照れ臭そうに頬を掻きながら青海さんは言う。
「えっとね、こーいうの、セカイ系っていうのと似てる気がするんだ。セカイ系っていうのはね、主人公が世界の運命にかかわっちゃうような話のことなんだけど……あたしが知ってるのは、世界がおかしくなっちゃって、主人公だけがその異変に気付いてる、って感じ。これ、なんかちょっと似てる気がしない?」
世界が変わって、私たちだけがそのことに気付いてる。……覚えてる。
成る程、似ていると言えば似てるかもしれない。
……でもなぁ。
「じゃ、じゃあ、世界は滅んだりしちゃうの……?」
は、恥ずかしい……。中二病の人、よく堂々と脳内設定を言えるな……。
「なわけないよ」
にっこり笑う青海さん。
なんでだろう。笑顔がすごく似合ってるのにイラッ☆とした。
「そうじゃなくて、もう世界自体が変わっちゃってるってこと。あたし達はたまたまその記憶が残ってるだけ。残ってるからこんな風になっちゃった? とか?」
あ、ああ、なるほど。
変わっちゃった世界だって覚えてるから、この身体が変わったことにも気づいてる……かな? ああ、ダメだ……。この人、答えは分かっても説明できないタイプの人だ。きっと。
でも、それじゃあ説明がつかないところがある。
「じゃあ、どうして遥たちは覚えてるのにそのままなんでしょうね?」
「さぁ?」
イラッ☆
さぁ、じゃねぇだろこのバカ。
「ん~……、やっぱ、マンガでもフォローする役の人っているじゃないですか。あれ?」
名案、みたいな顔をする青海さん。
「うん、いるね。情報通のお調子者とか、相談に乗ってくれる親友とか。ねぇ。それってうちの遥を脇役扱いしてるってこと? してるよね? ……したよな? 何で?」
「え、ええ!? し、してないですしてないです! ごめんなさい調子乗りました! ほんとごめんなさい!!」
「いや、謝って欲しいんじゃなくてさ、何で、って聞いてるんだけど」
「ひいぃ」
「お、お兄」
おっと。頭に血が上ってしまった。
やっちゃった……青海さん、完全に縮こまっちゃってる。ガクブルだ。
「ご、ごめんなさい彼方先輩。お兄、たまによくわかんないところでキレるんで」
ああ……遥に尻拭いさせちゃってる。やっぱり駄目な姉だ。私。
「それにしても……彼方先輩、男子になって雰囲気変わったな~って思ってましたけど、やっぱりあんまり変わってませんね」
遥はくすくす笑ってる。
私が言ったら追い打ちにしかならないような状況・言葉でも、あの子が言うと場を和ませたりするから凄い。
「ひどいよ遥ちゃん……」
現に青海さんも凹んだリアクションをとってるけど、さっきまでの怯えてる様子はなくなってる。
「あ~あ……変わるって難しいなぁ……」
落ち込んでる理由は私がキレたせいじゃないらしい。
それでも、謝っておくべきだろう。記憶が残ってる仲間(?)なんだし。
「……ごめんなさい、青海さん」
「い、いえいえ。こっちこそごめんね、ホント。あたしもテキトーなこと言い過ぎたっていうか……」
人が変わったようにオドオドし始めたな、この人。こういう子って、からかわれたり苛々させたりしてクズの標的になりそうだけど、大丈夫だったんだろうか。遥が八方美人だった、って聞いたことあるみたいだし、それで周りと上手く折り合いをつけてたのかもしれない。
「本気で怒ってたわけじゃないからさ。気にしないでください」
「う、うん……」
「それにさっきの明るい感じ、私は好きですよ」
「そ、そう?」
「はい」
「そっか……」
これ以上言っても逆効果だろうから、このまま話を進めることにしようと思う。
と思ったら、何か変な視線を感じたのでその方向を見てみると、遥がぽけーっとこちらを見ていた。
「どうした?」
「な、なんでもない!」
変な妹。
青海さんに向き直り、話しかけようとして言葉に詰まった。
結局、今のところ分かったことは少ない。
「そういえば、青海さんのご家族は貴方の変化に気付いてるんですか?」
「うん。お父さんにはまだ会ってないけど、他の人は皆」
ということは、変わった本人と、その家族には記憶が残ってるってことか。
それ以外は今のところ全員、世界の変化(?)で記憶を変えられてる。
これ以上は、さすがに今の情報じゃ分かんないだろうな。
「……これから青海さんはどうするんですか? 私は男として高校に行くことになりましたけど」
「あたしもそうだよ。鳳雛。黒酒さんもそうだよね?」
私は驚いた。
「な、何で知ってるんですか?」
「なんでって……合格発表の時に偶々見つけたから?」
それにしたって、合格してるかどうかは……さすがに判るか。私だって、落ちてたら平然としていられた確証はない。むしろ合格して当たり前って状況だったから、落ちたら見るに堪えないくらい凹んでたかも。
ただ単に自意識過剰なのかもしれない。気を付けよう。
「そっか……青海さんがいると思うと心強いですよ」
「そ、そう? あはは」
照れ笑いを浮かべる青海さんには、頼りになるかどうかではなく、ただ事情を共有している人がいることの安心ですよ、って正直に言うことができなかった。
この愛嬌は青海さんの美点だと思う。それが男子で生かせるかは知らないけど。
「じゃあ、連絡先、交換しよっか」
「そうですね」
こうして私は、約二年振りに他人と情報のやりとりをした。
「あ、メアド変更とかで一斉送信する時はbccで送って下さいね」
「へ? なんで?」
何でって……。
「私の知らない人にメアドが知られることになるからです。悪用されたり、出回ったりするのは嫌でしょ?」
「あ、うん……。気にし過ぎじゃないかな……」
「なにか言いました?」
「い、いえ!」
信じることは美徳でも、美徳が信じられるわけじゃない。
信じることは強さでも、信じ切ることは弱さだと太志さんも言っている! ちょっと違う気もするけども。
∽ ∽ ∽
と、そんな感じで青海さんとの会談は終わった。
分かったことと言えば、私の記憶がありそうな人の種類と、私が自意識過剰っぽいってことか。状況が改善されたとは言えないけど、知らないよりは絶対にいいだろう。
あ、それともう一つ。
同じ状況の人が近くにいて、相談できる。これは改善された点だ。
「お兄、なんか嬉しそう」
「……そうか?」
顔に手を当ててみると、確かに口端が僅かに上がっている気がした。
男になっても、私の顔は表情を作るのが苦手なようだった。ていうか気付いた遥が凄い。
「あとは口調と仕草の練習だね」
遥の言葉に私は少し考え、深く頷いた。
青海さん。
男の娘とは違う中性的な造形をした、端整な容姿。こちらの気持ちも温かくしてくれるような愛嬌のある雰囲気は元からなのかもしれない。それでも、なよやかな仕草や口調は正直言って痛かった。
流石にすると思うけど、それとなく練習するようにメールしておこうと思う。
入学そうそうあんな調子の青海さんに話しかけられて、変な噂が立ったりするのは絶対嫌。
せっかく馬鹿が少なそうなところに入学できたんだから、目立たず浮かず、平穏な毎日を過ごしたい。
「お兄はこれからが大変だと思うよ」
「何で?」
これから輝かしい()高校生活が始まる時に、不穏当なことを言わないで欲しい。
嫌そうに作った私の視線もどこ吹く風。遥は溜息でも吐きそうな呆れ顔を向けている。
「言っても信じないだろうから言わなーい。どうせお兄がその気になんなきゃ勝手に離れていくだろうしね~」
くるくると回りながら先んじて進んでいく遥。本気で何を言ってるのか分からないが、嫌な予感だけはさせる言葉だった。
勝手に離れていく?
青海さん、かな。別に必要以上に付き合っていくつもりはないのだから、離れるも何もない。
友達だって、作らなければ離れていくこともない。
信じなければ、裏切られないのと一緒だ。
「別に悪いことじゃないから、そんな難しく考えなくていいよ」
気づけば、立ち止まってこちらを見る遥の顔には小悪魔のような笑みが浮かんでいた。
考えなくてもいいと言われても、確信めいた言葉で不安を煽るのは止めて欲しい。が、機嫌は良さそうなので今は好きにさせておくことにする。今はこの顔が気に入っているのかもしれないけど、いずれきっとまた以前のよう無関心になる。今まで姉らしいことを何もできなかったんだから、遥が飽きるまで精々都合のいい兄として振る舞って挽回しておくのも良いかもしれない。
「そっか。なら、練習も兼ねてどこか出かけるか」
「ほんと!? ……どこ行こっか?」
「行きたい所はあるか?」
「うーん……」
行先を思案する遥だったが、彼女はまだ知らない。勿論私も。
行先よりもまず、何故かそれを許そうとしないお母さんの説得する方法を考えなければならなくなることを。
いや、ほんと、あの母親は何を疑ってるんでしょうか。今まで仲悪かったんだから、一時的かもしれないとはいえ行動を共にする程度に仲良くなったことを喜ぶべきだと思うんですが。
次回から学園生活スタートです。
(特訓編は割愛)