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変わる世界(彼方)

  ω 三月二十六日(月)17:56 ω



 三つ、プリンが並んでいた。一端のデザートの如くグラスのような容器に盛られたプリン様である。これは食べなきゃ失礼だ! と思って手にしていたスプーンで掬い取ってやろうとしたら、持っていたのはアジの開きだった。

 プリンの甘さがアジのしょっぱさに汚される! そう叫ぼうと思ったけど、左手はパイナップルだし隣にいた白い毛むくじゃらがあたしを食べようとしてたから逃げなきゃいけなくて――


「ぎゃぁぁあああああああ!」

「う、へらぁ!?」


 訳の分からない夢からあたしを引き戻したのは、女の人の悲鳴だった。

 飛び起きたせいで視界も悪ければ頭も働かない。

 目を擦っているとだんだん視界がはっきりしてきて、少し離れた所に女の人がいること、そしてそれが此方(こなた)だってことが分かった。

 此方は二個上のお姉ちゃんで、はっきり言って仲は悪い。人のおやつは勝手に喰うし、聞いてもいないのにカレシの愚痴を言ってきて終いには「彼方はカレシ作んないの?」とか言うし、性格が最悪だからだ。そんな簡単に作れるなら苦労はせんわ! リア充は死ね!

 っと、話が逸れてしまったけど、何が言いたいかと言うと、此方はあたしをいびる人間であって、あたしにビビるような人間じゃない、ってこと。


「こ、此方……?」


 呼びかけられたことで少し正気を取り戻したのか、此方は一度ビクつき、


「女装したイケメンがいるぅぅうううう!」


 また叫びだした。

 なんだその面白そうな組み合わせは! と思って辺りを見回してみたけど、人影はない。

 なんだこいつ、キマってんのか? と此方に冷ややかな視線を向けてみる。

 此方の怯えたような視線は、明らかにあたしに向けられていた。


「……?」


 そういえば下腹部に逼迫感があって、ちょっと苦しい。というか、全体的に苦しい。

 なんぞ? と取り敢えず手近な胴体を見下ろしてみたら、


「ひぎゃぁぁぁああああああああ!?」


 ×××が△△△で■■■■だった。


「あたしの服がぁ!」

「そこじゃないでしょ!」


 おお、誰かと思ったら此方に突っ込まれた。正気に戻ったんだね、姉さん!


「ちょっと待って。……何? あんた……彼方なの?」

「他にどう見える?」

「全然そう見えないから聞いてんの」


 成る程そーいうことか。


「か、鏡鏡……」

「はい」


 リビングで鏡を探してたら、此方がトートバッグから手鏡を渡してくれた。


「あり、がと……おお!?」


 鏡の中には、本来映るはずのあたしの姿はなく、美形男子の顔が映っていた。


「おおう……男に……なってる……」


 わなわなと振るえるあたしを哀れに思ったのか、此方は深く溜め息を吐いた。


「いつから女だと錯覚していた?」

「生まれた時からだよ!?」


 錯覚て! じゃあ何? ずっと自分は女の子だーって男の子が女の子の服を着たり女物の道具を買ったりしてたの!? もう外に出られないよ!


「引きこもるしかないか……」

「ちょっと待てコラ。どうしてそうなる」

「えー、だって皆痛い子だって思ってたんでしょ? もう人前に出れないよ」


 四国のおじいちゃん家に引っ越そうかな……。あ、でもおじいちゃんたちもイタい子だって知ってるのか。くそう……。


「せめて男の娘的な顔だったら良かったのに……」

「待て待て。ああもうあんたが彼方だって分かっちゃったわ。この馬鹿妹」

「痛っ」


 叩かれた。すぐ暴力振るうから嫌いだこのクソ姉。

 待てよ? 今までは敵わないと思ってされるがままだったけど、男と分かった今、勝てるんじゃね? 下剋上じゃね!?


「な、何笑ってんの……。嘘に決まってるでしょ? あんたは15年間、あたしの妹だった! それは絶対!」

「あ、そうなの?」


 なんだ紛らわしい。


「じゃあどうしてあたし男になってんの?」

「こっちが聞きたいわ」

「ですよなー」


 今日帰ってきてリビングでTVつけたまま寝ちゃって……その時は確かに女だった気がする。あ、そういえば髪型変わってる! 意外と気づかないもんなんだ。

 男……男……男子、かぁ……。

 今日服買わ(え)なくて正解だったかも。新品が無駄になるとか凹むしね。そういえば、遥ちゃんのお兄さん、イケメンだったなぁ。遥ちゃんモテるのに誰とも付き合わなかったのって、あのお兄さんがいたからだったりして。……デュフフ。


「ちょっと。変な顔してないでいい加減着替えてくれる? 見苦しいから」

「でも男物の服なんかないよー?」


 スウェットなら着れるかも。

 ということで着替えましたスウェット。やっぱりサイズ、きついっすわ。

 リビングに戻って、此方とあれこれ考えてみることになった。

 で、改めて見たけど色々……というか、体丸ごと変わっちゃってたな。顔も体格も身長も。どうするんだろこれ。一過性のものなのか、ずっとこのままなのかも分からないし、今持ってるものは捨てられないなー。

 と、ちょっと待てよと。

 男の身体ってことはさ、生理ないんじゃね?

 え、ちょ、マジで!? おのくっそしんどいのから解放されんの!?

 あとムダ毛の処理! 女捨ててる? 女じゃあんりまっせーーん!


「いぃぃっやっほぉぉおううい!」

「!?」


 しかもですよ!? あの女子同士のめんっっっどくさい人間関係から解放されんの!?

 しかも基本的に女子は優しいイケメンに甘い! 男ってだけで変に突っかかることもなくなるし、もうビクビクしなくてすむじゃんか!


「ヒィイッヤッッハァァアアアアア!!」

「奇声あげんな!」

「痛っ」


 落ち着け……落ち着けあたし。

 そう、これはチャンスだ。周りの人に嫌われないよう嫌われないようってビクビクしながら顔色ばっかり窺って必死に空気読もうとしてた、自己嫌悪で毎晩枕を濡らしていたかつてのあたしはもういない。いるけどいない!

 これは、神様がくれた新しい人生を生きるためのチャンスなんじゃないかな!?


「此方! あたし……いや、俺! 真っ当に生きるよ!」

「お、おう……」


 それにダメでも女に戻るかもしれないしね!

 ふふふ……好き勝手やってやる……! やってやるぞ!


「まずは食後のデザートを今喰ってやる。もう俺には、スイーツしか見えねぇ」

「あ、馬鹿。ごはん抜きになるわよ」


 くそっ……やられた! とんだ誤算だ……! 晩御飯を人質にされていては仕方ない……。


「お母さんたちまだかなぁ」


 腹へった。


「もうすぐ帰ってくるでしょ。だ・か・ら! それまでに対策考えないといけないんでしょ!」

「そ、そうでした……」


 住むところがなくなるのは困るし……好きに生きるって難しいんだ……。

 せっかく頑張って高校受かったのに、高校生活も送れないなんて嫌だしね。


「話せば信じてくれないかな「無理」速っ」


 それから約小一時間程此方と話し合った。

 結論。

 なるようになるさ!


「……ダメじゃね?」

「まぁダメでもあたしに実害無いし」


 しれっと言い放つ此方。酷い姉もいたもんだ。あたしが此方の立場だったら、……、此方の立場だったら……、……此方の立場でも同じだったかも。冷めた姉妹愛だなぁ……。

 いや違う! いきなり姉が美形男子になったら嬉しいかもしんないし! そしたら家に留まらせるよう何とか説得するかもしれない! ……でも、イケメンが家にいたら気を遣いそうで嫌だな……。いや、元は姉なんだから気にすることもないのかな?

 と、そんなことはどうでもいい。本当になにか対策練らないと!


「此方はどこが私っぽいって思ったの?」

「んー……彼方見てると、私ってまだ大丈夫なんだ、って安心できるところ?」

「その褒め方ってざんし~ん☆」

「褒めてねーし」

「ですよなー」


 涙がしょっぺぇぜ!

 とか、また余計なこと話してたら、


「ただいまー」


 お母さんが帰ってきた。夕飯なにかなぁ。

 ……じゃなかった。


「カナちゃーん、いるー?」


 おげっ!

 あろうことか、母さんはあたしを探していた。こういう状況で良いことが起きた試しがない。

 あたしを探している理由の九割は、近所の奥様方との世間話のなかで聞いた情報の確認だ。○○時頃あんたを~で見かけたって人がいるんだけど、学校(または塾)はどうしたの? とか。

 その理由が濡れ衣だったり誰かの罪を被せられたり、友達づきあいで仕方なく付き合ったりだとか従ったりしたせいだったとしても、その原因の人のこと言ったら悲しむかな~とか恨まれるかな~とか考えちゃって言えなくて、最後は結局怒られる。

 でもでも、今は高校入学までの無職(?)期間だから、何か果たさなきゃいけない義務はないし、怒られるようなことはしてない!

 けれども、リビングのドアが開くと反射的にビクッと体が反応してしまった。


「あ、コナちゃん。カナちゃん見なかった?」


 お母さんはリビングのドアを開いたまま廊下から入ってこなかったから、ちょうどドアの死角に入っていたあたしには気付いていない。


「ん」


 と、此方はあたしを指さした。そこで一言「驚かないで欲しいんだけど」とか言ってくれてもいいんじゃないか、って思ったけど、ある意味自然体でいいのかなって納得することにした。ここで敵を増やしてもいいことないし。


「中にいるの? あら」


 目がばっちり合っちゃいました。てへっ。


「ほんとに男の子になっちゃったのね」


 頬に手を当て、困惑気味に微笑を湛えるお母様。

 何ですと?


「え、何で知ってるの?」


 これは此方の言葉。

 あたしは一人、あうあうとテンパっていたけど、どうやらお母さんはあたしが男体化したことを耳にしていたらしいことはわかった。


「さっき、坂口くんの奥さんと京子ちゃんのお母さんに会ってね」


 恐ろしきは奥様情報網! ネットにも載らないディープな情報すら網羅しているとは!


「坂口さんから卒業式の写真頂いたのよ」


 と取り出したのは数枚の写真。坂口さんとは写真が趣味の同級生のお父さんのことだろう。そういえば、何回か坂口くんと一緒に撮ってもらった覚えが有ったりなかったり。


「そこに写ってる写真がね、見たことない子だったの。けど話を聞いてると、二人ともその子がカナちゃんだって言うのよね」


 溜め息交じりで言う母の傍らで此方が写真を食い入るように見ていたので、気になってその写真を見に近づいた。

 写真に写っていたのは、学生服に身を包んでいる男子。へへっ。いい笑顔かおしていやがる。

 たぶん間違いなく今のあたしの顔。でも、あたしは学生服なんか持ってない。あ、そういえば学生服買わなきゃ。


「で、帰って来てみたらこうなってるじゃない? お母さん、もう何が何だか分からないわ」


 安心してお母さん。それは皆同じだから。


「そう? これはこれで彼方がこの男子だっていう証拠なんじゃない?」


 おおう? こ、此方がフォローしてくれてる……!?


「それもそうね」

「でしょ? それに、前からお母さん男の子も欲しかったって言ってたじゃない」

「ええ」


 あれ? これって遠回しな存在否定じゃない? 泣いていいところかな?


「確かに面倒は増えるけど、彼方ももう高校生なんだし何とかなるよ。きっと」

「それもそうね!」

「それでいいんだ……」


 なんか、さっきまであんなに悩んでたのがアホらしくなってきた。


「彼方」

「はい?」


 お母さんはあたしに向き直り、肩を掴んだ。


「あなたはこれから男の子として生きるのです」

「え、あ、はい」


 こんなセリフ、小さい頃どっかで見たな。生まれのせいで男として生きなきゃいけなくなった女の子。図書室にあったベル薔薇かなんかかな。とは言っても、今この身体は完全に男だから、女の子の振りをしろって方が無理。


「辛いこともあるでしょう。でも、あなたならできる。きっとお父さんも草葉の陰から見守っているわ」

「お父さん死んでないよね!?」


 この人、ノリで適当なこと言ってるな!?


「大丈夫。お母さんも見守っていてあげるから」

「助けてはくれないんだね」

「男の子ですもの。どうしたらいいか分からないわ。当たり前でしょ?」


 あ、当たり前なんだ。駄目だこの親……なんとかしないと。……できるかっ!

 ……なんか疲れてきた。


「じゃああたしが彼方だって、認めてくれるんだね」

「ええ」

「りょーかい。じゃあちょっと部屋で休むから。ごはんできたら読んでね」



  ω ω ω



 お母さんの悪ノリに気疲れしたのか、今までの混乱から解放された脱力感なのか、本当に疲れたあたしはお母さんと此方をリビングに残し、部屋に戻った。

 残るはお父さんの説得だけど、うちは圧倒的に女子が強いから、お母さんと此方を味方につけた今、何の問題もないだろう。

 中学生までの自分を取っ払い、新しい自分を高校で発揮することを高校デビューというけれど、正直不安になってきた。

 結局あたしはお母さんと此方に流されるままで、何も変われてない。

 男子の友情は裏表がないとか言うけど、結局リーダー的な人の使いっ走りになるのかなぁ……とか思うと気が滅入る。にこにこしてへこへこして、ご機嫌伺い。

 自分が八方美人って言われてたことだって知ってる。知って、どんだけ凹んだか。皆だって似たようなもんなのに、あたしばっかり悪者みたいにしてさ……。


「めんどくさいなぁ……」


 どうしよう。引き籠りが魅力的に思えてきた。他の子はもっとうまく周りと折り合いつけられるんだろうな。

 とか考えてたら、携帯が鳴った。

 着信は遥ちゃん。会って話したいことがあるらしい。

 けど、あたしはこんな状態だ。とても会える状況じゃないけど、可愛い後輩だし、無視はできないよね。


「どうしたの、っと……」


 メールを返すと、流石にすぐに返信はなかった。

 そういえば、遥ちゃんのお兄さんの様子、少し変だった気がする。人に干渉しようとするタイプには見えなかったのに、遥ちゃんに何か言った時は雰囲気が違った。あれは確か、あたしが何か言おうとした時だ。


「っ!」


 あたしは伏せていたベッドから立ち上がり、卒業アルバムを取り出した。

 そう。あれは、あたしが遥ちゃんの兄妹について言った時だ。あたしの心許無い記憶が確かなら、遥ちゃんにはお兄さんはいなくて一個上……あたしと同級生にお姉さんがいた筈なんだ。


 名前は確か……黒酒悠さん。


 遥ちゃんと違って目立つタイプではなかったけれど、学校で起きた問題が解決した時とか行事みたいなイベントで一悶着あったときには必ずと言っていいほど彼女の姿がチラついてたから、あたしは彼女のことをずっと気にしていた。周りのことばっかり気にしてるあたしだから偶然気付いただけだし、彼女もそのことを表だって自慢したりしなかった。それに三年間ずっと別のクラスだったから特に話す機会もなかったけど、私は知ってる。

 あのお兄さんと、雰囲気がそっくりだったこと。悠さんを奥ゆかしい大和撫子って言うなら、あのお兄さんは寡黙な日本男児だ。ほら! そっくり!


「……!」


 卒業アルバム。三年二組の個人写真のページで、あたしは息を飲んだ。

 そこに黒酒悠さんの名前はあっても、その姿はない。代わりに写っているのは、あのイケメンお兄さん。

 そして、恐る恐る開いた三年四組の個人写真。

 そこに青海彼方の名前はあっても、映っているのは女の子ではなく、今の男子の姿だった。

 ……未だに遥ちゃんから返信はない。

 だから、もう一つこちらから送ってみることにした。

 内容は、お兄さんのこと?

 馬鹿なあたしだって、遥ちゃんの立場ならこれで気付かれたって察する。

 他の人は気付いていない筈のことを気付いてる人がいたら、話を聞いてみたいって思うに決まってる。

 さ、さすがにマンガの世界じゃないんだから、消されたりすることもないだろうし。お前は知りすぎた……とか、現実じゃありえませんよね? ……よね?


「あ、来た」


 案の定、すぐに返信が来た。


『はい。もしよかったらこれから会えませんか? 無理なようでしたら、後日先輩の都合のいい日で構いません』


 先輩とは書かれていたけど、彼女はここまで型っ苦しくは書かないから、もしかしたらお兄さんが書いてるのかもしれない。どっちにしろ、答えは決まってる。


『これから駅で会いましょう。あたしも相談したいことがあります』


 そう打って返信し、


「彼方―? ごはんできたよー?」


 急遽取り消して、一時間程時間をずらして会うように内容を変更した。

 焦るんじゃない。俺は腹が減ってるだけなんだ。


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