もう一つのはじまり。(悠)
司と直の話で言ってることも出てきますが、別視点ということでどうかご了承ください。
∽ 三月二十六日(月)06:07 ∽
あ……ありのまま 今起こった事を話すぜ!
と思ったけど、このネタありふれ過ぎてるから止めておこうと思う。
でもポルポルのように混乱しているのは本当だ。
それはもう、その行動がどういう結果を齎すのかを考えもせずに行動してしまうくらいに。
その一端、習慣通りに行動しようと不用心に部屋を出たのも軽率だったって、今は思う。
「!?」
最初に会ったのは妹だった。
黒酒遥。
年齢は一個下で、去年まで同じ中学に通っていた。私と違い何でもそつ無くこなし自然と人の集まる才媛で、凡人がそんな妹を持つ苦労は高坂家の長男なら察してくれるだろう。そんな引け目もあって特に仲が良いという訳でもなく、かといって前述の兄妹の初期程仲が悪い訳でもない。
無関心、が一番近い表現だと思う。お互い顔を合わせても挨拶さえしないし、用事が無ければ会話もしない。
そんな妹が、明らかな驚愕の表情を浮かべている。
これは中々小気味いいものがある。メシウマ、というやつだろうか。
そんなことを考えたけど、一応まずい状況である。
それは分かるけれど、何を言えばいいのか分からない。
挨拶なんてすれば、私らしくないって疑惑を持たれてしまう。かといって今迄通り無視して不審者と間違われ、両親を起されて大事にされるのも困る。
「あ、あの、お姉のカレシ、ですか……?」
お姉とは私のことだ。
ふむ。
やっぱりこの姿は、他人にも間違いなく私が認識している通りに見えているらしい。
「あの……もうすぐお母さんたち起きてくると思うんで、早くした方がいいですよ」
意外だった。
私はこの子が嫌いなわけではなかったけど、嫌われてると思っていたところがある。だけど妹は……遥は助言してくれた。フォローしようとしてくれてる。
うん。素直に嬉しい。
よって今、困惑する遥を見て感じるのは愉悦感ではなく罪悪感だ。
「遥、ごめん。私が悠なんだ」
だから、正直に告白することにした。
「……は?」
信じられない、というより何を言ってるんだ? といった表情。
私にだって意味が分からない。
朝起きたら、体が男になっていた?
誰得だ。BLが好きな女子は男子同士の禁断、しかし純粋な愛に感動するもの……らしい。つまり精神が女な男なんて需要はないんじゃないだろうか、ということだ。……メタな考え方はやめておこう。
「えっと……お姉の好物は?」
何故いきなりそんなことを、と聞こうと思ったけど、遥の表情が思いのほか真剣だったから、真剣に答えることにした。
「辛いもの」
ガンガン、或いはジンジン来るものより、ヒリヒリするものが特に好きだ。山椒が効いた四川麻婆豆腐とか。
「好きな俳優は?」
「俳優?……生瀬勝久」
顔が好みというわけじゃないけど、演技力・雰囲気が好きだ。顔で言えば岡田くん(将生のほうじゃなくて准一のほう)だけど、ジャニーズは俳優の括りでいいのか分からないし。
「……最後に私と会話したのは?」
いつだったか……。
“今”という引っ掛け問題ではあるまい。私じゃないんだから。
「……卒業式でリボンを着けた時、かな……?」
「お姉だ!」
信じてくれたらしい。最後の質問の答え、家族として悲しすぎじゃないだろうか。
「何……? なんでお姉イケメンになってんの!? 意味わかんねー!」
私も同じ気持ちだよ。
しかし、なんというかすごく楽しそうなのは気のせいだろうか。つかテンションが高い。この子も内心メシウマ、とか思って……ないな。笑顔が純粋すぎるし。
「つーか背高っ!」
ピョンピョン跳んで手を伸ばす遥。
言われてみれば視点が高い。……気がする。私より背が高かった遥を見下ろしているんだから間違いない。
言われないと気づかないような変化じゃない筈なのに、どうして違和感がないんだろう。
それはともかく、声が大きい。
「遥。お母さんたち起きちゃうから」
「あ、ごめん」
素直に謝ることは良いことです。でも、いつも無反応を決め込んでいたような人間が一転、素直に謝ると途端に受け入れ難くなるのは何故だろう。
こんな子だっただろうか。そう思ったけど、ここ数年まともに会話もしてないんだから分かるわけがなかったことに気付いた。
「ところでお姉……下着ってどうしてんの?」
「聞くな」
触れないでほしい。
穿いてないから。
起きて最初に脱ぎましたよ。色んな意味で痛すぎるから。
ちなみに服は中学のジャージを着ている。ぶかぶかなものを買っておいたことを感謝するとは思わなかった。
「二人とも早いわ、ね……」
遥が騒いでいたせいで、次なる混乱が近づいていることに気付かなかった。
母、襲来。
「……」
母の目は明らかに殺気を帯びている。
柔道九段だ。洒落では済まない。
「遥の彼氏かしら」
「ち、違うよ!」
狼狽する遥。それはそうだ。中学生で彼氏を家に連れ込んで泊まらせたとなれば、きっと二、三日は物がのどを通らなくなるだろう。
ちなみに母の妹への信用はとても高いので、遥の否定を完全に信じたようだ。私には目もくれず、私の部屋を見据えている。
「あ、えっと」
「なら悠ね。悠!」
私の言葉には全く耳を傾けず。母は私の部屋へと突入していった。
「あ、あら……?」
勿論、そこには誰もいない。
部屋の住人である私はここにいるのだから当たり前だ。さて、どう説明したものかと考えていたら、母はクローゼットの中やベッドの下、机の下や窓の鍵等を調べ始めた。
「いないわね……」
咄嗟に隠れたか逃げたとでも思ったのだろうか。
私は貴方や遥のように機敏には動けません。知ってるくせに。
「お母さん。この人、お姉のカレシじゃないよ!」
驚いたことに、遥が弁明してくれた。
確かにここで私が口を開いても、また耳を貸そうとしない可能性は高かったから、本当に助かる。
「じゃあその方は……?」
本当にお母さんは遥の言葉ならすぐに信用するな。これが日頃の行いというやつなんだろうか。
最初は羨ましい、理不尽だと思ったが、すぐに通り越して呆れた。それに今はありがたい。
「このイケメンがお姉だよ!」
ドヤ顔で言い放つ遥はとても勇ましい限りなのだが、この子にしても何故信用してくれるのか、と今更ながら不安になってきた。ていうかこの顔イケメンなんだ。実は怖くて鏡が見れなかった。目が覚めたら豚になってたりしたら死にたくなりますよね。ジブリ的な意味で。
「……」
その言葉に否定も肯定も示さず、母は私に近づいてまじまじと見つめてきた。その視線はどこか剣呑で、折檻で痛い目を見ている私は少し身が竦んでしまう。
やがて検分を終えたのか、身を離した母はふぅ、と一つ息を吐いてこめかみに指を当てた。
その表情に剣呑な色は既に無く、先程の遥のような困惑が強く出ている。
「……確かに、どことなく若い頃の永治さんに似てるわね」
永治とは父のことだ。海外に単身赴任中。帰って来る度に私や遥に甘えようとする親馬鹿。海外出張が多くて、正直そのくらいしか印象がなかったりする。
「へぇ~お父さんって昔はこんなにかっこ良かったんだ」
今はかっこよくない、みたいな言い方をする遥。
「これで目を小さく一重にして鼻が低くて背も少し低くて猫背だったわね」
結局どこが似ているのか分からなくなるようなことを言う母。
この場に父がいなくて本当に良かった。子供としては泣き崩れる親なんて見たくない。
「……ちょっと失礼」
「な、え!?」
投げられた。送足払で一本。咄嗟に受け身をとることができたのは、普段の修練の賜物だ。
「うん。本当に悠だ」
「ええ!?」
仰向けになった私を覗き込むように見下ろし、母はにっこりと笑った。
今ので分かったって言うのなら、きっとこの人は拳で語り合うとかいう言葉も信じられるに違いない。常識人を自負する私としては、いきなり投げる時点で信じられないんですけどね。
「足運びがまんま悠だったわ。それにしても……どうしようかしら」
完全に受け入れた風の母は、何か別の不安要素を見つけたらしい。
「ま、いいわ」
が、母はそれを放棄した。
いいんかい。
「二人とも顔を洗ってらっしゃい」
言われるがまま私と遥は顔を洗い、道場で汗を流して朝食をとった。
食後すぐに動くのは身体に悪い。リビングで休んでいると、母からお金を渡された。
「これで制服と服を何着か買ってきなさい」
とのこと。
今着ているのは父の物。かなり抵抗があるので、母の提案は願ったり叶ったりだった。流石に買わない選択はあり得ないだろう。
「私も行く!」
晴れやかな笑顔で飛びついてくる遥。昨日までだったら無反応か、母に言われても拒否するくらいだったから、正直驚いた。
そんなにこの顔が気に入ったんだろうか。……ないな。
いくら外見が変わっても中身が私だってことは分かってるんだろうし、もしかしたら、余程春休みが退屈なのかもしれない。
「お兄の服、私が選んであげるね」
お兄、ですか。流石遥。順応性が半端じゃない。
ともあれ、選んでくれるというなら断る理由は無い。
「うん。お願い」
センスはもとより、今どんな服が流行ってるのか、男友達のいない私に分かるわけがないからだ。
親の金で買うからには、失敗したくない。セール品なんてあったら私は質を二の次にして飛びついてしまいそうだけど、きっと遥なら大丈夫だろうし。
「うーん……」
遥は唸るような声を出して、苦い表情を作っていた。
こういう、素直に感情を表現できるのはすごいことだと思う。これも学校でしか見たことがないが。
「言葉遣い、直さないとね」
成る程、と私は納得した。大の男が女のような口調で話せば確かに気持ち悪い。
声優のいい声と演技×アニメな容姿で気持ち悪いんだから、現実なら尚更だろう。
男らしく演技、ね。
今までも事あるごとに自分を偽ってきた私だ。今更そんなものに抵抗はない。
「わかったよ、遥。これでいいか?」
イメージとしては、堅く、低く、静かに。陽気なタイプならまた違うけど、私のテンションならそのくらいが演じやすい。
しかし、遥の反応は薄い。薄いというか、固まっている。
「遥……?」
「うわ……これやばいかも」
遥はそんなことを言って視線を逸らし、口元に手を当てていた。頬も赤い。
まさかとは思うが、この顔が遥は本当に気に入ったのかもしれない。顔を洗う時確認したが、確かにこの顔は端整なものだった。試してみよう。
「遥。顔赤いぞ。大丈夫か?」
「ふぇっ!?」
言いながら額に手を伸ばしてみる。ビクついた遥だったが、顔は真っ赤にしても手を払いのけようとはしない。
「熱は……無いみたいだな」
「ぁ……」
手を離すと、残念そうな吐息を漏らして上目使いで見上げてくる。
どうしよう……可愛いぞこれ! 他人の女がやったら苛々するだけだけど、この子は妹だ。身内に演じる必要は無……、そうだよ、これは妹だ。落ち着け私。
「まだ少し早いけど行こうか。準備しといで、遥」
「うん!」
居間を出ていくまで、私は遥の後ろ姿を眺めていた。
正直、デレすぎて訳が分からない。男だからといって、顔が好みだからといって、それでデレるようなことは有り得ない。妹は特に、だ。今までにも結構なイケメンが遥の周りにはいた。それでも、遥はそのうちの誰かと付き合ったりはしていない。
何か、裏があるのだろうか。しかし、家族を疑っては私の基盤が崩れるのと同じことだ。
「……悠」
声をかけられた方を見ると、母さんが剣呑な視線で私を睨み据えていた。
「な、何……?」
「遥に手を出すんじゃないわよ」
この親は何を心配しているんだ。外見が変わったとはいえ私も家族なのだから、もっと信頼してほしい。……そもそも、そんな疑いを持つこと事態おかしいよね。
∽ 三月二十六日(月)14:20 ∽
ということで遥とお買いもの。メンズショップに男女で行くと周囲の男子からの視線が痛いんじゃないか、と身構えたけれど、行った店ではそんなことはなかった。リア充爆ぜろ、というのはただのネタなんじゃないかと思えてきたくらいだ。
当面必要になりそうな分の服を買い、後は制服を残すのみ。指定店のある駅に向かうため最寄駅へ歩いていると、
「あ、遥ちゃんだー」
正面から、のほほんとした笑顔を浮かべる女の子が歩いてくるのが見えた。
「(……知り合い?)」
「(先輩だよ。お兄と同い年。クラスは……4組だったかな?)」
違うクラスの女子か。私は自慢ではないが一人で生きていけるタイプだったから、三年間別のクラスの人ならお互い顔を見たこともないだろう。
ならここは遥に対応を任せてしまうことにする。
「おわっ、遥ちゃんデート!? ごめん、あたし空気読めなかった!?」
「か、彼方先輩! この人は私の兄ですよ~」
狼狽した様子の女子と頬を赤く染めて照れた様子の遥。
それからどこそこの服が可愛かったとか、サイズがきつくて買えなかったから痩せなきゃとか、本当に他愛のない話を楽しそうに交わす二人を眺めていた。
なんていうか、それが全部演技だと思うと本当にゾッとする。
「あれ? そーいえば遥ちゃんお兄さんいたっけ? 確かお姉さんが二組に――」
「遥、そろそろ電車の時間だ」
女子の言葉を遮り、制限のないはずの時間を理由に話題を切り上げる。
クラスも違うのに私のことを知ってるなんておかしい。単に出来のいい妹をもつ平凡な姉、という程度の認識かもしれないけど、用心するに越したことはないだろう。
「え? あ、う、うん。ごめんなさい先輩」
「いいえ~。じゃあね~」
最期までゆるい子だった。
「お兄、どうしたの?」
その後ろ姿を確認して離れていくのを見ていると、遥が怪訝そうな表情で顔を覗き込んでくる。
「ん、いや。あっちは俺を知ってるみたいだったからな。思い出そうとしてたけどダメだな。可愛いし、見てれば覚えてるだろう」
我ながら即席にしてはそれなりに筋の通った言い訳ができたと思った。
だけど、遥は何が気に入らなかったのか、少しムッとしたような表情を浮かべている。
遥、まさか知っているのか? と勘繰った私だったが、実際は違った。
「うん。可愛いとは思うよ。でも、あんまりいい話は聞かないかな……八方美人っていうのかな」
これですよ。
仲良さそうに見えても裏で何を考えてるのか分からない。というか、十中八九悪口を言うんだ。
友達でもなければ、女同士の会話は駆け引きと欺瞞で満ちている。あとは空虚。
例えば、好意を寄せる人間の暴露。あれは協力しろという強迫、或いは手を出すなという先制攻撃だ。もし複数で来た場合は不戦協定を結んだり結ばされたりする。
……好意を寄せられるのは事故みたいなものなのに、どうしてこっちが裏切り者みたいな罵りを受けて迫害されなきゃいけないんだ。理不尽にも程がある。
女なんか、糞みたいな奴ばっかりだ。真っ黒な醜悪さを便秘みたいに腹の中に溜め込んだキチ○イと、金魚のフンみたいなバカ。皆死ねばいいのに。
「お兄……どうしたの? 具合でも悪いの?」
「……なんでもないよ」
笑顔を作っても、遥は依然として不安そうな顔を治そうとしなかった。
仕方ない、と私は苦笑する。
「ごめんな。本当は少し疲れたんだ。どこかで休もうか」
「……うん!」
バレバレな嘘だったが、遥は信じることにしてくれた。もしかしたら、遥も休みたかったのかもしれない。付き合ってもらった形なのだから、私が奢ってあげよう。そう思い、駅へ向かっていた足を少しだけずらした。
∽ 三月二十六日(月)17:09 ∽
その後駅前のスタバで一息入れた私たちは予定通り指定店に向かい制服を仕立てた。本当は出来合いのもので良かったのだけれど、私の名前を聞いた店員さんは名簿でも貰っているのか特待生だと気づき、どうせ無償なのだから、とオーダーメイドを勧めてくれた。
「いい買い物したね!」
帰りの電車に揺られている遥は、やけに上機嫌である。
スタバで奢った辺りからずっとこの調子だ。現金な子。
「あれ、遥?」
改札を抜けた時、出くわした女の子が遥の名前を呼んだ。
「あ、ゆりりん。偶然だねー」
どうやら遥の知り合いらしい。流石遥。コミュスキルが高いと色んな人間と出逢う。
また嘘ら寒いやり取りでも披露してくれるのか、と内心げんなりしていた私だったが、今度の予想は外れた。
「あ……お、お兄さんも一緒なんだね」
「あ、う、うん」
彼女は確かに私を見てお兄さんと言った。
今の言い方はほぼ間違いなく私と遥が兄妹だと認識している言い方だ。知らない男性を呼ぶ総称では、恐らくない。
頬を朱に染め、こちらをチラチラと窺っている知り合いの態度に遥も困惑している。
「こんにちは」
確証を得るため、警戒心を持たれぬよう笑顔を浮かべてできるだけ優しく挨拶をする。
「あ、は、はい! こんにちはっ!」
脳をフル動員し、彼女と関わりがなかったかを確認。よし、無い。
「不躾で申し訳ないんだけど……どこかでお会いしたことはありませんか?」
まるでナンパのようだが、実妹の前で口説こうとしているとは思わないだろう。それに、これで人違いをしているなら何かエピソードを話すかもしれない。
「い、いえ! 私はいつも見て……じゃなくて! お、お話したことはありませんっ!」
彼女がテンパってくれたおかげで、私の思考は反比例するように冷静になれた。
「そっか。勘違いしたみたいです。気を悪くしたら謝ります」
「い、いえ! とんでもないです!」
ブンブンと首と手を振って否定を示す女の子。
「良かった。うちの妹をこれからも宜しくおねがいします」
「こちらこそです!」
私が頭を下げると、女の子も頭突きするような勢いで頭を下げた。
習い事があると言って別れる際も名残惜しそうにしていた女の子を見送り、私と遥は互いに顔を見合わせた。私と同じ懸念を抱き、遥は怪訝そうな表情を浮かべている。
と思ったんだけど、
「……妹の前でナンパしないでくれます?」
見当違いな非難とともに冷たい視線を向けてきた。
先程までの上機嫌はどこへやら。縮まっていたかもしれない私たち姉妹の仲は、今確実に開いてしまっているらしい。
「そんなことするわけないだろ」
「じゃあ何アレ」
本当に分からなかったのだろうか。それとも、それ程私がナンパのようなことを言ったのが気に障ってそれどころではなかったのか。……流石にそれは無いか。
「あの子、最初から俺と遥が兄と妹って気付いて言ってただろ?」
「え? そうだっけ」
おいこら。どんだけ注意散漫だったんでしょうこの子は。
「その後聞いた話で、誰かと勘違いしてるわけでもなさそうだったし、俺が遥を妹って言っても特に変わったことはなかった」
私の言いたいことがやっと伝わったのか、遥は困惑したような表情をする。……あれ? さっきの子と会った時も似たように困惑していた気がする。あの時気付かなかったんだとしたら、遥は何に困惑していたのだろうか。
そんなことを考えていたが、
「でも……彼方先輩はそんなことなかったよね」
という遥の言葉で霧散してしまった。
そう。だからこそ訳が分からないんだ。
とはいえ道端でうんうん唸っている訳にもいかないので、私たちは帰路につくことにした。
夕方の商店街は人で賑わっている。
母御用達の店が並ぶ商店街の店主には勿論顔見知りがいる。その人たちは私たちをカップルのような兄妹と囃し立てた。近所付き合いのためというか、愛想よく笑顔を浮かべる遥だけど、変な噂が立つと母さんが勘違いを加速させるかもしれないから本当は止めて欲しかった。
ともあれ、困惑は深まる。
「あら、二人とも遅かったわね」
後ろから声をかけてきたのは、買い物かごに食材の入った袋を入れた自転車に乗った母だった。聞けば用事から帰ったあと、買い物に出かけたらしい。
そして、思い出したように立ち止まり、
「そうそう、悠。あんたの戸籍ね、男の子になってたのよ。……不思議よね」
衝撃的なことを、本当にあっさりと母は言った。行動の素早さもそうだけど、そんな異常事態になっているとは思わなくて私は暫く言葉も出なかった。遥と談笑する母は特に変わった所もなく、もう理解することを諦めて受け入れることにしたのかもしれない。
「……遥」
「な、何?」
「彼方って先輩の連絡先、知ってるか?」
何も分からないかもしれない。
徒労かもしれない。
それでも、何もせずにいられる程、私は図太くできている訳ではなかった。
悠の回はキャラ的に直以上にギャグ少なめです。遥は最後までツンデレにしようか迷いました。というかそっちルートも書いたせいで内容が変なところがあるかもしれません。