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司「直は私のだ(キリッ」直「///」(直)

  ♯ 四月二十九日(日)10:40 ♯



 智は部活。舞は珍しく非番の重なったお父さんとお母さんに連れられてドライブに行っていて、私は皆と待ち合わせの駅で降ろしてもらった。


「ねぇ君一人?」


 集合時間まであと20分。

 早く来過ぎたのか、今のところ私だけ。


「僕ら大学にきて初めてこっちに来たんだけどさ、良かったら案内してくれないかな」


 警察にでも行けばいいのに。

 そう思うけど、言葉にはしない。一度でも相手にしたら付け込まれる。

 油断大敵、禍生不徳だ。


「無視しないでよ。僕ら、変なことしそうに見える?」


 見える。

 まず視線が粘っこい。笑顔が嘘臭い。

 髪型整え過ぎてて服もばっちりキメすぎで、女の人の目線気にしまくってるのが丸わかりだった。


「っつーかさ、完全に無視とか酷くね?」

「やっぱり君くらい可愛いと男なんてどれも一緒なのかな」


 段々声に剣呑なものが混じってくる。


「聞こえてねーのかおい」

「っ」

「ちょ、暴力は拙いって」


 諌めるようなことを言いながら、片方の男が笑ってるのが見える。

 でも、見えるだけだ。

 手首を掴まれた。

 ただそれだけなのに、全身の力が抜ける。寒気がして、声も出ないくらいに震える。

 力が入らず、ショルダーバックと袋を落としてしまう。


「あ? 何だこいつ。もしかしてビビってたとか?」

「あーらら。これはまずいよ。どこかで休ませてあげないと」


 ぐい、と腕を引かれるけど、抵抗できるだけの力も入らない。

 目眩と吐き気で意識が朦朧とする。

 ダメだ。せめてあと少し待てば、司たちが来てくれる。

 そんな希望も虚しく、背中と膝を抱えられるように持ち上げられる。

 これ、お姫様だっこってやつじゃないだろうか。

 ああ……もう最悪……。

 もうイヤだ……キモチワルイ……。


「ちょっと待て」


 遠ざかる意識に、声が届く。


「あ? な、なんだお前」

「そいつと待ち合わせしてたんだ。返してくれないか」


 男の声。

 でも、悠とも彼方とも違う。

 だけど、どこかで聞いたことのある声。


「でも君、一回通り過ぎたよね? それっておかしくない?」

「……」


 図星なのか、返事はない。


「な、何だよ嘘かよ。じゃあ関係ねーだろ」

「……うるせえな」


 低い、腹の底から出すような声に、どこからか悲鳴が聞こえる。


「とっとと降ろして消えるか、それとも……」

「わ、わかったよ」

「チッ、くそっ」


 皆まで言わずとも私は降ろされ、男たちは逃げるように退散した。

 まだ寒気がする。

 拒絶反応は触れられた時間が長いほど後遺症も長いらしい。


「はぁ……はぁっ……」

「……大丈夫か?」


 降り懸かる声に顔を上げると、そこにいたのはクラスで見た顔。


「そばえ……くん……」


 日照雨(そばえ)隆司(りゅうじ)くん。

 悠並か、それ以上に寡黙で、固定の男子生徒以外とはあまり会話しているところを見たことがない男子。ナロータイを緩めたシャツにジャケットを羽織って、下も細めのスキニーパンツできれいめな姿のせいか、学校とは全然違う印象を受ける。うん。冷静だな私。


「ごめん、なさい……。その……ありがとう……ございます……」

「いい。それより大丈夫か」

「……うん。大丈夫……。大丈夫、ですから」

「……そうか」


 日照雨くんの足音が遠ざかって行く。

 寒気は、だいぶ良くなった。問題なのが吐き気。無理に立ち上がろうとすると、胃の中のものを吐き出してしまいそうだ。

 せめてどこかベンチに降ろしてくれたら。

 そんなことを考えながら、力の篭らない足を動かそうと試みる。

 段々日差しが強く感じられてきた。

 寒気が無くなったのはありがたいけど、このままだと日焼けしてしまうかもしれない。

 日焼け止めは塗ってあるけど、そうなったら、きっと皆に怒られる。

 でも足が言うことを聞かない。パンプスなんて履いてくるんじゃなかった。


「ひゃっ!」


 いきなり首筋に冷たいものが触れて、すっと横に現れたのはペットボトルだった。


「……モテるのも大変だな」


 日照雨くんが、買ってきたらしい。

 私の視線から、遠慮したがっているのを感じ取ってくれたんだろう。

 日照雨くんはペットボトルを引っ込め、


「ひぅっ!?」


 首筋に乗せた。

 重さからして、完全に手放している。

 慌ててペットボトルを取ると、日照雨くんは溜息を吐いた。


「飲め」

「あ、ありがとう……、お金」


 財布に手を伸ばそうとすると、日照雨くんはその大きな手を突き出してくる。


「……五百円?」

「違う。要らない」


 何でこの人、片言なんだろう。

 そんなことをしているうちに結構回復したらしく、足にも力が戻ってきた。


「ありがとう。助かりました」

「いいって」


 今更だけど、日照雨くんは私を日陰に入るように立っていてくれている。


「ちょっと君達」


 お礼を言おうとしたところに、別の声がかかる。

 声の主は、二人組の警察官だった。


「女の子が絡まれてるって通報があったんだけど、君で間違いない?」

「え? そうです、けど……」


 もう終わってしまったこと。そう言う間もなく、警官が日照雨くんに掴み掛かる。


「ちょっと署まで来てもらうぞ」

「……」


 日照雨くんは何故か何も言わず、弁明しようとする気配もない。


「違います。日照雨くんは私を助けてくれたんです」

「え?」

「いや、しかし……」


 訝るように日照雨くんを眺める警察官。

 終わった頃にやって来るわ、助けてくれたそばえくんを犯人扱いするわ、いいところが一つもない。一応職務全うしているつもりのようなので、事を荒立てないよう言葉を選ぶ。

 私を助けたばっかりに濡れ衣を着せられるなんて、いくら男でもそんなの絶対に嫌だ。

 そこで一つ思いついた。

 こんな時こそ、皆に嫌悪感を抱かせる私の笑顔の出番なんじゃないだろうか。


「ご心配お掛けしました。この方は私のクラスメイトなんです。このお水だって日照雨くんが買ってきてくれたんですよ?」


 にこっ。


 警察の人どころか、周りの人すら動きを止めた気がした。

 そんなに……!?

 ……最近、こんなことでも傷つくようになっちゃたな……。


 それでも、これで警察の人たちも助ける気を失くして日照雨くんに言いがかりをつけるのはやめてくれるだろう。そこまで暇じゃないだろうし。

 何にせよ期待通り、警察の人達は躊躇うような様子を見せながら日照雨くんから離れてくれた。


「最近は変な男も多いから、君みたいな子は特に気をつけなきゃだめだよ」

「え? あ、はい。気をつけます。ありがとうございました」


 立ち上がり、離れていく警官を見送ってから日照雨くんに向き直る。


「ごめんなさい」


 頭を下げると、日照雨くんから身じろぎする音が聞こえた。


「私のせいで……」

「……いや、慣れてるから」


 慣れてる?

 そう首を傾げてしまった私から目を背け、日照雨くんは口を開く。


「俺、こんなナリだから。よく職質とか受けるんだ」

「……ナリ?」


 確かに体格はいい。悠より大きいかもしれない。でも、それだけで不審者扱いを受けるのはどう考えてもおかしい。

 そう訝る私に、そばえくんは驚いたような表情を作る。


「……白水は、俺が怖くないのか?」


 男性は皆怖いです。

 なんて答えを望んでいるわけじゃないだろう。個人的には……。


「勿論怖くないですよ」


 むしろ、さっき助けてくれたこともあるし、智みたいに優しい人なのかも、とか思っちゃったりしてる。

 勿論警戒しなくなるわけじゃないけど、これからは他の男子よりは警戒しない……と思う。

 たぶん。

 きっと。


「そうか……。……何て言うか、変わってるな」

「そうですか?」


 まぁ変わってるというか、変だってことは自覚しています。

 成り立ちが成り立ちですから。


「……それより、日陰に行った方がいい」

「え? あ」


 私の反論を許さず、日照雨くんは降ろしたままだったバックと袋を持ち、ちょうど木陰になっている公園のベンチまで持って行ってしまった。


「えっと、その……ありがとう」


 ここで突っぱねるのも変だから、好意に甘えてベンチに座る。ロングスカートに皺が寄らないように座るとどうしても行儀がよくなるから、あまり楽な姿勢にはならなかった。

 それでも、何とか落ち着きを取り戻すことができて、不意に毀れた安堵の溜息に、ふ、と笑うような息が聞こえた。

 見上げると、日照雨くんはバツが悪そうに初めて見せた笑顔を真顔に戻してしまった。

 なんというか、意外だった。

 体格や雰囲気が悠と似ていることもあって、どこか消極的なイメージを勝手に抱いていたから、これまでの気配りがものすごく意外に思えてしまう。


「何ていうか……強引なんですね」


 マイナスイメージから漏れた言葉ではなかったけど、不快にさせてしまったのか、日照雨くんは相変わらず視線を合わしてくれないまま眉を顰める。端正な容姿も相俟って、厳格そうな雰囲気が深まってしまった。

 今こうして横に居てくれるのも、さっき警察官が言ったことを真に受けて、見張っていてくれてるんじゃないだろうかって思う。なんというか……。


「日照雨くんて、誤解されやすかったりしませんか?」

「……この顔だからな」


 顔?


「そうじゃなくて……優しくて、よく女の子に告白されちゃったりしません?」

「……あ、あるわけないだろ」


 吃った。

 まぁ図星だろう。強引で、不器用ななかにも滲み出る優しさ。しかもイケメンで長身。こんなキャラがマンガにいたら、絶対主人公とカップリングだよね。

 ……知識が少女マンガしかない私だから思うだけかもしれないけど。

 女子の考える理想の男子なんて知らないし。


「直」


 名前を呼ぶ声に反応して顔を向けると、駅の改札から近づいてくる男子の姿があった。デニム地のややゆったり目なパンツとTシャツにジャケットを羽織った、映画のワンシーンを見ているかのような雰囲気で歩いている悠だった。


「早いな。……日照雨?」


 日照雨くんと悠が互いを認識する。


「……来たみたいだな。じゃあ」


 もう用はないと言わんばかりに、日照雨くんは改札に向けて足を踏み出す。

 もう一度お礼を言おうとして立ち上がったのとほぼ同時に声をかけたのは、私ではなく悠だった。


「日照雨、時間あるか。十分くらいでいいんだが」

「……あるけど」


 まるで一触即発のような雰囲気にも見えるのか、周囲の空気が張り詰める。

 だけど、普通に見ると二人とも普段通りに話してるだけなんだよね。


「なら、もう少し付き合ってくれないか」

「……?」


 意味が分からず、日照雨くんは眉を顰める。

 それは私も同じだった。


「……俺が直と待ち合わせしてて、お前、どう思った」


 どう思うも何も、ああ、部活の集まりかな、くらいにしか思わないだろう。実際そうだし。

 日照雨くんもそう思い至ったようで、バツが悪そうに視線を逸らし、頭を掻いている。……なんか変だ。

 けど、私の覚えたような違和感は悠にはなかったようで、日照雨くんに頷いてみせる。


「そういうことだ」


 どういうこと?


「だから、他の奴が来る十分くらいでいいんだ。一緒に居てくれると助かる」

「……わかった」


 よくわからないイケメン同士の交渉が成立した。

 付き合ってくれとか一緒に居てくれとか、怪しげな雰囲気がする会話でした。

 それから、私がベンチに座り、その左右に悠と日照雨くんが立つっていう妙なフォーメーションが組まれた。

 何この阿吽像。

 イケメンすぎて、仏敵を排除するどころか煩悩を刺激する恐れがある。


「家、この辺りなのか?」

「いや。ちょと用事があった帰り。そっちは……部活か?」

「そんなとこだ」


 別に静かなことは嫌いじゃないけど、変に沈黙が続くよりは会話があったほうがいいと思う。

 だけどですよ。


「二人とも、座れば……?」


 ていうか、私を挟んで会話するのは止めてほしい。

 悠が私の体質を気遣ってくれたにしても、別に私を挟む形で座る必要はないんだし。


「……」

「……」


 と思ったら沈黙です。

 さっきので話題は尽きてしまったらしい。……やっぱり似てるね。この二人。

 四月ももう終わるけど、日差しが無ければ涼しい風が吹いて心地良い。さっきのがなくても昨日の疲れが残ってるのか、ついうとうとしてしまう日和だった。


「……直。その、なんだ。キャップとか持ってこなかったか?」

「え? うん。持って来てないよ」


 ていうか持ってない。小物系は何も持ってないといって言い。


「……日傘とかは?」

「持ってないよ」


 買え、とは言われるけど。今日だって一応日焼け止めも塗ってるし、ずっと紫外線を受けなければ平気なはず。


「どうして?」

「いや、その……な」


 吃る悠。日照雨くんにも聞いてみようと思い視線を向けたけど、目があった瞬間に逸らされてしまった。なんなんだ一体。


「お待たせー。目立ってるから分かりやすいね!」


 陽気な調子で登場したのは彼方だ。シャツみたいな薄いパーカにカーゴパンツとブーツを合わせたカジュアルな格好。青のパーカとボディバックっていうのが、何となく彼方っぽいって思った。

 それにしてもこの阿吽像、やっぱり目立ってるみたいだ。


「隆司じゃん! どうし……あー、成程。ありがとな」

「いや、いい」


 何故か分かりあう男たち。なんだろうこの疎外感。

 まぁ彼方は洞察力に優れてるというか、察しがいいところがあるからしょうがないのかもしれない。

 そんなことより、今は改札から向かってくる美少女だ。


「司!」

「おっはよー。直、ロングスカート似合いすぎ。長身スリムめ!」


 似合うって……そもそも足を露出するのが嫌だって私が言ったから司が選んでくれた服だ。


「司のセンスがいいんだよ。その髪型も似合ってるね」


 シュシュを使ってハーフアップにしたアレンジ。キュロットにカーディガンにブーツとか、可愛い服も相俟ってすごく可愛かった。もう可愛い以外に言葉が見つからない。

 やっぱり司を見ると元気が出るね!


「あ、日照雨くんだー。あ、私わかる? 同じクラスの赤生だよ~」

「あ、ああ。知ってる……大丈夫だ」


 流石の日照雨くんも司の可愛さの前にはたじたじだ。

 優しい人だとは思うけど、司に無理やり手を出そうとしたら絶対に許さない。

 いや、司に限ったことじゃないですけど。


「……お前ら、変わってるな」

「「「「?」」」」


 全員がその意味を取りかねていたけど、日照雨くんは説明する気はないみたいに首を振った。


「じゃあ俺はこれで」

「あ、助けてくれたお礼、今度ちゃんとしますから」

「いらないって」


 悠たちともそれなりに言葉を交わし、日照雨くんは駅の構内に消えて行った。


「今日の直はサイドアップかー。なんだろうね。この清涼感?」


 彼方がにこにこ笑ってる。いつもよりテンションが高い気がするけど、昨日誕生日を迎えたからだろうか。いい誕生日プレゼントでも貰えた……、あ、プレゼント……買ってない。


「つ、司」

「ん? どうした?」


 急いで司に駆け寄り、重大なミスを耳打ちする。


「(今行って買ってくるから、先に行っててくれないかな)」

「(直、ケーキ作ってきたんでしょ? ならそれでいいんじゃない?)」

「(でもこれ、部費で作ったって建前だし……)」

「(ていうか私も買ってないや)」


 あはは、と笑い司は彼方たちの方に向き直る。


「早速で悪いんだけど、一時間くらい別行動でいい?」

「え? どして?」


 単純に不思議がっているのか、彼方に不快感は見られない。

 頭の回転は司に遠く及ばないから、上手い言い訳は司に任せておく。私が言ったら絶対ボロがでるし。


「察しろ!」


 司は誤魔化そうとすらしませんでした。男らしい。


「荷物持つよ」

「あ、うん。ありがとう」


 悠に袋を渡す。保冷剤も入ってるし、二時間は大丈夫な筈。

 と、そこで気になったので、手渡す際に悠にも耳打ちしてみることにした。


「(彼方のプレゼント、用意してる?)」


 何をそんなに焦ることがあるのか、悠は咄嗟に私から距離を取った。嫌われ……てはいないと思うけど、やっぱり思うところはある。


「地味に傷つく……」

「あ、いや、違うんだ!」


 悠は頬を掻きながら逡巡して、意を決したように私の耳元に顔を近づけてくる。


「(よ、用意してるから、それが、は、恥ずかしくて……な)」

「あ、そっか。ごめんね」


 よく考えたら、悠ってそういう人だったよね。

 初代不器用な優しさ。……初代は私の中でだけだけど。


「なんか、悠ばっか良い思いしてる気がする」


 いつの間にかジト目で私たちを見据えていた彼方。何を思ったのか、こっちに近づいてくる。

 そしてさっきの悠と同じ様に耳元に顔を近づけ、


「ふ~」

「ふゃあっ!?」


 ゾクっとした! 鳥肌が全身に浮きだすような寒気が走る。

 悪寒と変な声が出てしまった恥ずかしさで顔が熱い。


「な、ななな……!?」


 何て怒ってやろうと振り返ると、何故か彼方まで顔をが赤くなっていた。


「いやぁ……すんません。ごちそうさまでした」

「は……? え、ってこら彼方!」


 最近は舞もやらなくなったっていうのに。どんだけ精神年齢低いんだまったく。


「ほら直。いい加減にしないと、辺り一面焼け野原になっちゃうからね~」

「ちょ、司!? まだ彼方に説教してな――」


 腕を組まれ、引きずられるように彼方と悠から遠ざかって行った。



  ♯ ♯ ♯



 私と司は取り敢えず駅ビルを見て回ることにした。


「絶対後で仕返ししてやる……。ふふ。どこをどう責めてやろうかしら……」

「はいはい。恥ずかしかったのはわかったから、あんまり卑猥なこと言わない」


 卑猥って……。


「何買うか、イメージはある?」

「え? あ、うーん……どんなのがいいんだろ」


 他人の誕生日なんて祝ったことないしなぁ……。

 舞の誕生日にはシュシュとかの小物、お母さんにはアロマとか香水、お父さんにはネクタイだったし、智にはスポーツタオルをあげた。なんというか、家族なら生活が分かってるからあげやすいけど、他の人だと何をあげれば喜ぶのかなんてわからない。


「彼方の欲しいものなんて分かんないもんね……」


 司も悩んでるらしい。


「やっぱり無難なものかなぁ……」

「例えば?」

「チョコレートとかのお菓子? 彼方食欲あるし」


 それなら何か作ってくれば良かった……。


「あとは、あれかな。男だから必要なもの」

「?」

「ほら、私たちだから分かる、あったら嬉しいものとかってありそうじゃない?」

「ああ……成程……」


 男だったからこそ分かる、男が貰ったら喜ばれるもの、か……。

 男……。

 男の私…………。

 私が貰って嬉しいもの………………。


「圧力鍋?」

「色んな意味で重いよ!」


 却下された。煮込む時間の短縮とかすごく便利らしい。すごく欲しい。

 まぁ普通に考えたら高くて無理だった。


「じゃあ激落ちくん」

「主婦みたいな思考から離れろ!」


 主婦じゃなくても色々便利なんだけどな……。あのシリーズ。

 ただ、強く擦り過ぎると傷になったり色落ちするのが難点だ。


「司だったら何貰って嬉しかった?」

「ん? そりゃあ……」


 何かを言いかけ、司は黙る。黙ったけれど、みるみるうちに赤くなっていく様から、どんなことを考えているのか丸わかりだった。


「司……」

「しょ、しょうがないじゃん! 男なんだから!」

「ふーん」


 司のことは信じていたけど、感心はできない。……もう終わったことだから、どうでもいいけど。


「こ、こうしてても始まらないし、色々回ろっか!」

「そうだね」


 結局さんざん迷った挙句、私はバスソルト、司は紅茶セットを買った。

 男が欲しがるものなんて、そもそも忌避してた私がわかるわけないんだよね。



  ♯ ♯ ♯



 改めて合流して、私たちは駅前のカラオケ館に向かった。

 本当は一日ずれてるけど、誕生日ってことでケーキの持ち込みを含んで予約済み。

 案内されたのは普通の個室だったけど、後で写真撮影まで承ってくれるらしい。そんなサービスあるなんて知らなかった。

 私はカラオケに来るの今日で二回目だし、きっと知らないサービスがいろいろあるんだろう。

 ともあれ、


「ひゃっはー!」


 はしゃぐ司が可愛い。


「ドリンクは飲み放題だから、フードメニューだな」


 悠は淡々と仕事を熟す。


「えー、まずは歌おうよ! 俺の歌を聞けぇ!」

「ウザっ☆」


 マイクを持ち、叫ぶ彼方に司が笑顔で毒を吐いた。でも彼方も笑ってるあたりネタか何かなのかもしれない。司、右手でポーズとってるし。

 昼食も兼ねたメニューを一頻り頼み、ドリンクバーに行って思い思いの飲み物を選んで持ち帰る。個室での座り方はいつも通り、男女で別れるポジション。


「じゃあ、部長頼んだ!」


 グラスを手に持ち、彼方が悠の肩に手を置く。

 何時にも増して楽しそうな彼方に対し、悠はいつも以上に冷めた視線を返す。


「……誰が部長だ」

「「今更!?」」


 彼方と司が驚いていた。

 勿論私も同感。


「私たちを纏められるの、悠か司じゃない?」

「ちょっと待て直。さらっと私の名前を出すな」


 司はさも心外だとばかりに溜め息を吐く。

 皆を引っ張っていけるのは二人だと思ったんだけど、本人はそうは思わないらしい。


「私でいいなら彼方でもいいってことになるよ? それでもいいの?」

「あれ? 何か今オレ、地味に傷つけられてない?」


 彼方は皆を引っ張っていくっていうより、皆を盛り上げてくれるタイプだと思う。


「じゃあさ、直を頂点に君臨させるってのはどうよ! 女王陛下、みたいな!?」

「御輿になるつもりはありません」


 私は精々、皆が部室で気持ち良く過ごせるようにすることくらいしかできない。

 あれ? 私って一番この部に必要なくない?

 ……気付くとかなりショックかも。


「ん? 直、どしたの?」


 知らず俯いてしまっていた私に、司が顔を覗きこんでくる。


「あ、えっと……皆の役割考えると、私って、あんまり必要ないなーって思って」

「「「それはない」」」

「え!? あ、ありがと……う?」


 全員に即答で否定されて咄嗟にお礼を言ってしまったけど、そんなに役に立ってたっけ。


「あ、お菓子? 痛いっ!」

「そういうこと考えるなら、今後差し入れ禁止」


 悠のデコピン痛すぎ……。


「ご、ごめんなさい……」

「分かったんならいい」


 良かった、これでお菓子を作れ……あれ?

 と、ともあれ、まさかの時期に勃発した部長選出会議は紛糾する。

 届く料理。

 交わされる談義。

 悠は拒絶し、

 司は突っぱね、

 彼方は歌う。


「もう彼方でいいんじゃね?」

「「異議なし」」

「っせんしたぁ!」


 土下座する彼方に、皆が溜息を吐いた。

 一番早く顔を上げたのは司。


「……もう私やるよ。その代わり、やることは今まで通りだからね!」


 個室に同意と称賛を込めた拍手が重なる。


「じゃあもう乾杯!」

「「「かんぱーい」」」


 こうして創部記念兼誕生日兼部長選出記念兼打ち上げが始まった。

 ……長かった。



  ♯ ♯ ♯



 喋って歌って飲んで食べて、少し落ち着いたかなって所でケーキを出してもらった。

 お店の人に切ってもらい、等分されたレアチーズケーキをテーブルに並べる。

 イチゴとかブルーベリーとかフランボワーズとか色々隙間なく乗せたタイプだから切りにくいだろうなって思ってたけど、お店の人は形を崩すことなく切っていてくれた。


「すげー! 超豪華! 下の生地何!?」


 こんなに喜んでくれると、作り甲斐もあるよね。


「クッキーだよ」


 普通にジェノワーズとかクラッカーも選択肢にあったけど、今回はオレオを使った。赤と白と黒っていう色のアクセントもいいし、何と言ってもほろ苦さがちょうどいいから、家では好評だったりする。クリーム取ったりがちょっと面倒だけど。

 所詮身内の評価だから大丈夫かなって心配だったけど、特に問題なく食べてくれているから大丈夫みたい。

 ……というか、黙々と食べてるだけって……どうなんだろう。


「あ、そうだ。彼方……これ」

「んむ?」


 フォークを咥えたまま顔を上げてはいけません。はしたない。って舞とか智なら言ってた。


「誕生日おめでとう」

「マジで? あ、ありがとう……」


 ふざけることも忘れて彼方はプレゼントを受け取る。


「私からも。おめでと~」

「司……」


 いつもの調子で渡す司にも、彼方は言葉に詰まっている。

 私と司の視線が悠に向かい、ケーキを食べていた悠は観念したようにお皿を置いてプレゼントを取り出した。


「……」

「お、おう」


 照れくさいのか悠は無言で渡してるんだけど、どう見ても……なんだっけ、ツンデレ? にしか見えない。


「皆……ありがとう」


 彼方は顔を俯かせ、


「でも」


 とすぐに上げた。


「皆がおめでとうって言ってくれるだけで、オレは幸せなんだゼ☆」

「彼方のくせに生意気だ」

「今日司酷くない!? 俺良いこと言ったよね!?」


 うん。まぁ色々と台無しだけど、彼方らしいって言えば彼方らしいのかも。


「彼方彼方」

「え、なに?」


 しょぼくれてる彼方に歩み寄り、その耳元に顔を近づける。

 まるで秘密の話を持ちかけるように、手を添えて――

 無防備な耳に、そっと息を吹きかける。


「へぁあぁっ!?」

「えへへ~」


 大成功。

 倍返しとまではいかなかったけど、十分仕返しはできたかな。

 ……と思ったんだけど。


「あ、えっと……本当にありがとうございました」

「な、なんで感謝されてるの……?」


 私は絶望した。


「いいなぁ……」

「何が? ねぇ司、何が?」


 いくら聞いても、司は答えてくれなかった。


「彼方の誕生会も終わったことだし」

「二次会どうする!?」

「反省会だ」

「「「え~」」」


 非情な部長改め参謀(?)は拒否を許さない。


「まず、今回の件で最大の失敗は何だった?」


 悠の問いに、全員が首を捻る。


「茜先輩がケガしたこと?」

「直の実力を舐めてたこと!」

「智と咲のケンカを止められなかったこと?」


 司、彼方、私の回答、そのどれもに悠は首を横に振る。


「違う」


 そこで言葉を一旦切り、力を溜めた悠は言い放つ。


「相談なんて、受けなければ良かったんだ!」


 私たちは沈黙し、スピーカーから流れる宣伝だけが個室に響く。


「な、なんてネガティブな……」

「っつーかただの後悔じゃん」


 司と彼方のドン引きも、悠はへこたれない。


「そう。俺は後悔した。だから反省した!」


 ぐっ、と拳を握り締め、悠は宣言する。


「もう相談は受け付けない! 絶対にだ! 全部拒否してやる!」

「よっぽど面倒くさかったんだね……」

「でも結局なんかやらされそうな気がするんだけど……」

「やらないったらやらない!」


 悠が子供みたいになっていた。


「でも、皆平等に終わらせられるのは悠のおかげだよ。悠がいなかったら、こんな風に打ち上げもできなかっただろうし。ありがとう、悠」


 なーんてことを言っていたら、気が付くと舞をあやすときのように悠の頭を撫でていた。


「あ、ごめん」

「い、いや……」


 怒りや羞恥心は越えてしまったのか、悠は大人しく座っていた。

 だけど、その代わりに憤慨する人がいた。


「もー! 今日は悠と彼方ばっかりズルい! その役は私んだ!」


 がばっ、と。


「つ、司!?」


 抱き着かれました。

 制服と違って柔らかい素材だから、いつも以上に司の柔らかさを感じる。


「嫉妬!? それで今日はあんなに辛辣だったのかよ!」


 遠くで彼方の声が聞こえた。

 あ、ちょ、司、頬ずりしないで。


「あれだな。直は母親役ってことで」

「え、なに?」


 司を止めるのに必死で聞こえなかった。いつもは止められる側だったから、こうしてやられてみるとどうしていいか分からない。


「何でもないよ。ほら司。そろそろ時間だって」

「うー、わかったよ……耳が性感帯の変態彼方」

「名前長っ!」


 時間は延長せず、私たちはカラオケ館を後にした。


「次どうする?」


 彼方の提案に、悠は溜息を吐きながらも否定はしない。

 司は相変わらず私から絡ませた腕を離そうとしないけど、全然嫌じゃないから構わない。


「そーだ、皆の誕生日も教えてよ」


 彼方の提案に、皆の動きが止まる。それは勿論、拒絶の反応というわけではないだろう。

 案の定観念したような表情で、


「七月だよ。……七月十九日」


 悠が答え、


「私は二月三日だよ」

「来年かー、遠いなー」


 司の誕生日を聞いた彼方が項垂れる。


「悪かったな。耳が性感」

「それ、言う方も恥ずかしくね?」

「ぐぬぬ……」


 司と彼方。相変わらずの漫才を尻目に、悠がこちらを向いた。


「直は?」

「え?」


 思わず聞き返してしまった私に、悠は言う。


「直の誕生日。いつなんだ?」

「あ、えっと……十二月、十日……」

「見事にバラけてるな」


 悠は笑い、彼方も苦笑する。


「じゃあ、取り敢えず次は悠の誕生日。次が直の誕生日っすね!」

「え……?」


 私の間抜けな声に、彼方は満面の笑みを浮かべ、拳を握る。


「祝わなきゃっしょ!」


 祝う?

 悠の次は……私を?


「家族じゃ……ないのに……?」

「当たり前じゃん!」


 彼方は言い切る。断言する。

 自信をもって、高らかに。


「おめでとうだよ、直! むしろ生まれてきてくれてありがとう!」

「気が早い」

「てへー」

「きもい」

「司今日ほんと酷いよ!?」


 実のところ、それからのことを私はよく覚えていない。

 ボウリングをした気もするし、ショッピングモールでクラスメイトに会った気もするけど、結果がどうだったかとか、会ったのが誰だったかなんて完全に覚えてない。


 次の日目が覚めるまで、心が浮ついてどうしようもなかった。


(この後書きは次回投稿時に消します)


直にしては軽かった……気がします。リア充爆発しろ。

以降、クラスメイトとの絡みが増えていきます。40人もいるので名簿でも作ったほうがいい気がしますが、PC関連の知識的に無理かもしれません。


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