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解消しないこと。したこと。(司)

  ☆ ☆ ☆



 私は現在、正規ルートを逆走中。

 目的は勿論、先輩の安否を確認すること……というのは建前で、あの人影が先輩なのか、別の何かなのかを確認するためだ。


 正直な話、私はこの体になった意味が欲しい、とか思っちゃったりしてる。

 ただの事故で女体化。麻友と付き合ってたって事実もなくなって、ほんの少し蟠りみたいに残ってた未練も解消する場もなく堆積したままだ。

 何かができた。

 何かが変わった。変えられた。

 この身体だからこそできたこと……この体になった意味が、私は欲しい。

 おしゃれして、彼氏を作って、女子としての人生を全うする。それはちょっと違うんじゃないかって思ってる。


 それは、ただ流されただけなんじゃないかって、そんなふうに思ってしまう。

 この身体じゃないとできないことだけど、この身体だからこそできることでもない。

 この身体で、私の意識があるからこそできること。それをしたい。

 自分でも何を言ってるのか曖昧であやふやだけど、言葉にするとそんなところだ。


 だから今、人影が先輩じゃなくて残留思念……幽霊だったらって、私は期待してしまってる。

 この私にしかできないこと……幽霊を見つけられたら、私はきっとこの身体を、この人生を受け入れられる。

 そんな気がしてた。


 直は、あの体になって良かったんじゃないかって思ってる。

 元々直はお母さん系男子だったから、端から見ていても違和感が全くない。それよりなにより、男性嫌いっていうあの性質だ。

 直は、今までの父親にされてきたこと、父親がしてきたことのせいで、男性に対する嫌悪感を募らせてきた。その結果、あいつは自分が男性であることすらも嫌悪して……自殺しようとした。

 本当に偶然そこに居合わせたおかげで止められて、何とか思い止まらせることもできたけど……、ずっと、直は男に生まれたせいで自分の幸せを放棄してきたところがある。私の説得の仕方に問題があったのかもしれないけど、あいつは自分の能力を舞ちゃんやお母さんの為に使ってた。

 それは今も続いてるけど、あの体に慣れたら……女性として生きられたら、改善されるかもしれない。

 だから、直はあの身体になって良かったって私は思ってる。


 悠と彼方は、前の二人を知らないから単なる憶測だけど、今の状況を受け入れてるように思う。ただ、この状況を受け入れた上に楽しもうとしてるのが彼方で、ただ仕方ないと受け入れてるだけなのが悠だとも思う。

 この身体になって思ったことの一つが、女性は現状を受け入れることに長けてるんじゃないかってことだ。

 こんなしんどいもんを毎月のように耐えられるのだって、女に生まれたからには仕方ないって受け入れてるから、なんじゃないかな。

 受け入れることに慣れて、その中で最大限の幸せを見つけ出そうとするか、ただ嘆きや鬱屈を押し殺すことに邁進するか。

 男を一括りにできないように女も一括りにできないけど、この身体になって、二人を知って……そんなことを思った。


 すれ違う人たちの訝るにも至らない、不思議なものを見るような視線も気にせず、木々の奥に意識を向ける。

 携帯のバイブが震えて、私は急いでポケットから取り出して確認する。

 先輩からのメール……ではなく、直からのメールだった。


「はやっ」


 もうゴールしたらしい。まだ二時間も経ってないし、もしかしたら智や咲よりも速いんじゃないだろうか。

 ともあれ幸いなことに電波も届いてるので、メールではなく電話を掛ける。


『――もしもし』


 聞くだけで爽やかな気持ちにさせてくれる声が携帯から聞こえてくる。


「あ、直? もう帰ってる途中?」

『ううん。あと十分くらいでバスが来るらしいから、それに乗っていくつもり』


 まぁ直の性格を考えると、先生の車で帰るって選択肢は無いか。


「できたらでいいんだけどさ、もう一回小学校に向かってくれる? 今私、逆走してるんだ」

『――え!? なんで!?』


 動揺している様子が目に浮かぶようだった。

 周りに人がいたら、さぞ目立っているだろう。


「解消部の活動」


 それだけでどこまで伝わったのか分からないけど、何かを察した直は少し落ち着いたみたいだった。


『……何か見つけたの?』

「それを探してて、あと人探しも兼ねてるんだ。だから、直も余裕あるなら協力して欲しい」


 少しの間。


『反対側から探せばいいの?』

「うん。私の見た人影は白っぽかったけど、探してる人は赤いジャージに水色のTシャツ。あ、でも本当にできたらでいいからね。先生に止められたら絶対背かないこと」


 今回の件は確証のない私の我が儘だ。そんなことに無理を言ってまで巻き込む気はない。


『わかった。じゃあ何かあったら連絡するね』


 通話が切れ、私は携帯を握ったまま再び歩みを進める。

 ふと気づき、メールを問い合わせてみることにした。電波の悪いところにいると、メールが途中で止まって届かないことがあるしね。


「あ、来てた」


 知らないアドレスからの受信。開いてみると、弓道部の袴姿でカメラ向かって笑顔を咲かせる女子生徒の画像が添付されてた。これが茜先輩らしい。

 弓道部姿の直を想像しかけた妄想を慌てて振り払い、メールを作成する。

 この先輩見なかった? 探してます。情報求ム!

 数回に分け、アドレスを知ってるクラスメイト全員に送信する。

 すると、真っ先に連絡があったのが悠からだった。


『――司か? 説明してくれ』


 さすが悠。相談を受けただけあって、ちゃんと顔も覚えていたらしい。


「えっとね――」


 状況を説明すると、少しだけ沈黙。

 考えが纏まったけど周りに人がいるのか、悠が囁く。


『クラスメイトだけに送ってくれたのはナイスだ。彼方にも送らせるから、アド知らなかった奴をあいつに送ってくれ』

「うん、了解」

『直はどうなったか知ってるか?』

「ゴールしたって」

『……こうも上手く行きすぎると逆に不安になるな』


 呆れるような調子の声に、私は状況も忘れて思わず尋ねていた。


「一位?」

『ああ。クラスではな』


 どこから情報を得ているのかは知らないけど、悠が言うのなら確かなんだろう。

 クラス全員が全力で走った訳ではないとはいえ、あの子のスペックも大概だな。チートやチート。


『小さい方の先輩はどうしてる?』

「多分小学校で先輩待ってるんじゃないかな」

『……わかった。俺はそっちを当たる。幽霊と先輩探しは任せていいか』

「うん」

『じゃあ後でな』


 通話を切った後、彼方にメールを打ちながら私は違和感を覚えてた。

 悠が、妙に積極的な気がする。

 それ自体は全然悪いことじゃないし、むしろ称賛するべきことだ。それに保身のためと言われたら否定しきれないのも事実。

 だけど、その割に悠の言葉や対応には、誠意というか心配というか……そんな気持ちが含まれているように感じた。相談事に関して、そんな悠を感じるのは初めてな気がする。

 もしかすると、一度請け負ってしまうと、誠心誠意で応えてしまう子なのかもしれない。

 いや、それは言い過ぎか。今回の解消方法だってけっこうアレだし。

 彼方に送信するのとほぼ同じくらいに、幾つかのメールが返ってくる。

 それぞれの場所と一緒に、目撃の有無が書かれてる。けど案の定、見てないっていう旨のメールがほとんどだった。


「あ、やばっ」


 曲がりくねった山道の先、上の方から降りてくる集団を見つけて、その中に姉さんがいるのが見えた。

 慌てて森の中に飛び込んで姿を隠す。


「――た、それ――なさ――!」

「こ――る。そも――、これは――さちゃんが――」


 雑音で途切れ途切れに聞こえる声が遠ざかっていくのを確認して、声がほとんど聞こえなくなってから道に出ようとして――滑った。


「へ?」


 間抜けな声が聞こえて、それが自分の声だって分かった頃には坂を転げ落ちていた。

 痛い! いやほんと冗談じゃないくらい痛い痛い痛い!

 途中背中を強打して声も出せない時間が続いて、漸く体が止まった。選手生命……にはあんまり影響なさそう。


「うう……」


 良かった……身体はちゃんと動く。全身痛いけど大したケガはなさそうだし、擦り傷もあんまり無いみたいだ。体を冷やさないようにって長袖長ズボンで来て本当に良かった。

 元来た道を辿ると、よく無事だったなってくらい急な坂が続いていた。戻るより、別の道を探したほうが安全な気がする。

 電波は案の定届かない。まぁこういった状況には定番だよね。

 あーあ……皆に連絡はしたし、残りの山道も直が探してくれてるかもしれないからいいとして……ミイラ取りがミイラにってまんますぎて笑えない。

 このままじゃ部活停止……なんてことにはならないだろうけど、皆から怒られるだろうなぁ……。母さんに姉さんに……直だって朝着替えてた時みたいに怒るだろうし、何より怖いのは父さんだ。父さん、怒ると本気で怖いんだよなぁ……。


「……誤魔化さないと」


 取り敢えずちゃんと帰らないと。捜索願なんて出されたら色々と終わる。それだけはなんとか阻止しないと。



  ☆ ☆ ☆



 やばい、寂しい。不安と恐怖で心がおかしくなりそう。

 心細いってこういうことを言うんだね。勉強になるなぁ。……知りたくなかったけど。

 その時、ガサッと草木が揺れる音がした。


「ひっ」


 振り返っても何もいない。

 ウサギか何か……だろうか。熊だったら死ぬる。

 やっべぇ……考えたら余計怖くなってきた。ていうか夜じゃなくてほんとに良かった。夜だったら泣いてる自信があるね!


「どうしてこうなった……」


 ネタっぽいことを言おうにも元気が湧かない。

 元気があれば何でもできる。元気がなければ何もできない。猪木さん、オラに元気を分けてくれ。


「私がぼっちなのはどう考えても私が悪い!」


 なんとなく叫んでみたけど、虚しくなるだけだった。元ネタ全然関係ないし。

 モテないといえば、まだ直が告白されたって話を聞かないな。ウチのクラス、男子も女子も数人はもう校内外の人から告白されたって話を聞くけど、その中にうちの部員は含まれてない。私なんて胸がそれなりにあるだけで何の特徴もないから興味を持たれないのも分かるんだけど、あの三人が告白されないっていうのが分かんない。

 胸といえば、最近着る服の幅が制限されてるってことに気付いてショックを受けて、そんなことにショックを受けてる自分にさらにショックを受けた。直や姉さんなら似合うのになーとか思っちゃった自分にショックを受けた。

 駄目だ。何かを考えれば考えるほどネガティブになってる気がする。


「ゲームでも持って来ればよかったかなぁ」


 携帯はいざって時に必要だし、遊んでる場合じゃない。

 でも、携帯ゲーム機を持って来ていれば、こんな時にも夢と希望を忘れずにいられる。


「最近のゲームって、DLCで金儲けばっかり考えてるから内容が薄くなったりしてるのがなー」


 小学校の頃のテイルズに戻って欲しい。べ、別にキャラの水着が無料で見たいってわけじゃないんだからね! 学園もののコスとかあざといなー、でもお金だすのもなーとか思ってるわけじゃないんだからね!


「誰かいるんですか……?」

「おおう!」


 マジびびった!


「あ、白水直の……」


 直? と思ってよく見たら、木々から顔を覗かせているのは茜先輩だった。

 でも、その顔の位置が低い。もっと近づいてみたら、先輩は座り込んでた。

 伸ばした足の先、足首のあたりは赤く腫れていて、捻挫か何かで動けなかったみたいだ。

 な、なんて都合のいい……!


「茜先輩、ですよね? 探してました」


 ここに来れたのは迷い込んだだけなんだけどね!


「……優奈が頼んだの?」


 喜ぶかと思ったけど、先輩は顔を背けて俯いてしまった。ゆなって、あの小さい方の先輩かな? 文脈から考えればそうだよね。


「いいえ。頼まれてないですけど、困ってそうだったので勝手に逆走してきました」


 これなら優奈先輩が余計なことをしたって責められることはないし、友達を心配しなかったって勘違いされることもない。

 案の定、顔に浮かんでる不満の落としどころがない茜先輩は、不承不承でも状況を受け入れてくれた。


「……そっか。ごめん、助かるよ。足くじいちゃって動けないんだ」

「はい。右足ですか?」

「うん。右足だけ。肩貸してくれれば、なんとか歩けると思う」


 茜先輩の荷物をリュックに仕舞い、肩を貸して緩やかな道を選んで山道を目指した。

 幽霊、いたのかどうかもわからないけど、こうして先輩を見つけてしまったからには捜索を続けるわけにはいかないって諦めることにした。


「でも先輩、どうしてこんなとこに落ちちゃったんですか?」


 私が言えた事じゃないけどね!

 って内心でおどけながら尋ねると、先輩は嘲るように笑った。

 ここにも心を読む人が!? ってビビったけど、そんなことはなかった。


「バカだったんだよ。あたし」


 先輩は、自分自身を嘲笑っていた。


「あの子が直ちゃん直ちゃん言ってるのが悔しくてさ……先に行くってケンカ別れしちゃったんだよね」

「え? ええっと……」


 別にそんなことで喧嘩かよ、なんて思わないけど、なんでそこで落ちる。

 ……突き飛ばされた? 怖っ! こ、怖いけどそれは無いか。色々矛盾するし。

 勝手な想像とかで慌てふためく私を見て何を勘違いしたのか、先輩は苦笑する。


「でさ、思っちゃったんだよね。アンタらんとこの誰よりも早くゴールしたら、景品貰う交渉くらいできるんじゃないかって。で、ズルして突っ切ろうとしたら、こけて動けなくなっちゃった。……ほんと、バカらしくて涙が出る」

「……そんなことないですよ」


 直のお菓子は美味しいし。って、そうじゃないよね。分かってます。

 だから、そんなに睨まないでください、先輩。泣き顔で睨まれると怖さ倍増です。


「そんなことないって、どこが? 仲良くしたいのにケンカして、貰えないってわかってんのに勝とうとして、そのくせズルしてケガするんだよ? 馬鹿じゃん」

「そんなこと言ったら、私だってそうですし」

「え……?」


 先輩はそんなに意外だったのか、驚きで目を瞬かせている。


「例をあげると嫌われそうなんで言いませんけど。だから、先輩は悪くありません。皆同じですよ」


 強く言うと、先輩は反論する意思を削がれたように俯く。


「むしろ、誰とでも仲良くできたり何でも上手くいったりする人なんて気色悪くないですか?」

「白水直」


 間髪入れずに名前をあげた先輩。端から見た直の印象ってそんな感じなのかな?

 少しでも直のこと知ってれば、そんなイメージ全然そぐわないんだけどね。


「男子大嫌いですよ、あの子」

「え……嘘」

「普通に喋ってる相手は男だと思ってない感じですね。それに、ホラー系も苦手です」


 映画はずっと目を瞑って耳を塞いでるし、バイオハザードなんてやらせた日には特定モンスターが出てくる時に流れる特有の音楽を聞いただけで先に進めなくなるくらいだ。


「それは……男受けしそうだね」

「ホントですよ」


 だから、この姿になってから一回も一緒に観たり遊んだりしてない。

 横で震えてたらどうする? 潤んだ目で縋り付かれたりしたらどうする? もう理性飛んじゃいますよ。ロケットランチャーで木端微塵ですよ。

 なんて冗談は置いといて。


「でも、先輩はそんな子嫌いでしょ?」

「あ……」


 直だって、誰とでも仲良くなれるわけじゃない。勿論それ以外を知ればそんなところも可愛いとか言い出しそうな女の人もいそうだけど。私がそうだけど。

 とにかくそういうことだ。


「先輩は悪くないですよ。運が悪かっただけです」

「……そうかな」

「そうです」

「適当でしょ」

「そうです違いますよ!?」


 あはは、と笑う先輩。

 冗談を言えるくらいには立ち直ったみたいだ。

 それから、下らないことを話ながら歩いてると、山道が見えてきた。


「司!」


 遠くから声が聞こえて、ポニーテールを揺らしながら駆け寄って来る美女の姿を捉えた。

 私がぼろくそ言ったせいで嫌悪感が薄れたのか、直の姿を見ても先輩は顔を歪めたりはしなかった。


「先輩、大丈夫ですか!?」

「え、あ、ちょっと足くじいたくらい」

「応急処置します。座って下さい」

「え、でも」

「座って下さい」


 直の迫力に圧され、大人しく応急処置を受ける先輩。

 先輩が座る先には、直が着てた長袖のジャージが敷かれてる。

 かっけー……現実で自分の服破く人初めて見た。っつーか男前すぎて惚れちゃうよ。


「あ、あんた、それ……」


 元シャツで先輩の足を固定していく直。


「本当は冷やしたりしてからちゃんと固定したいんですけど……」


 インナーのノースリーブ姿になってしまった直は、さながらジムのトレーナのようだった。

 やばい。マジでかっこいいぞこの子。


「司、連絡した?」

「ううん。道に出てからの方がいいかなって」

「じゃあ連絡してくる。先輩、地面に寝て、足を心臓より高くしておいてください」

「う、うん。わかった」


 たたたー、と走っていく直。女の子は大事にすべきだっていう信念があるからね。きっと先輩のことが本気で心配なんだろう。


「……変な子だね。あの子」

「男は大嫌いですけど、女の子は命を懸けて守りますからね」


 ――逃げるな。男として生まれたことから逃げるくらいなら、同じ男の体で男から守れ。

 殴りながら言った私の言葉を鵜呑みにして、直はその通り、自分の身体を厭わずに女の子……舞ちゃんやお母さんを守るようになった。

 それでも直は結局自分のためだ、なんて考えてそうで……あの言葉が正しかったのか、もっとちゃんとした言葉があったんじゃないのかって考えてしまう。


「えーっと、それって……」


 そんなことを知らない先輩には別の意味にしか思えませんよね!


「そっちの気はありませんよ? 義務感みたいなものです」

「ああ、そっか……」


 なんで少し残念そうなんでしょうか。


「司、先生たちが来るって」


 戻ってきた直と一緒に、私たちは迎えが来るのを待った。

 ハンカチを落としてしまい、取りに行こうとして足を滑らせてしまった。

 そんな言い訳が思いのほか通用して、私たちは特に酷いお叱りを受けることなくキャンプ場に送られた。

 私と先輩は棄権。直は一度ゴールしたから特に問題はないらしい。

 先生の車で病院まで送られることになった先輩を、優奈先輩の代わりに見送る。


「……赤生、ごめんね」


 もう何度目だろうか。車に乗り込む前にも、先輩は頭を下げて謝罪する。

 だけど、もうお腹いっぱいです。


「別に誰かに頼まれたわけじゃありませんから。勝手にやったことなんで、謝られることはありません」

「そっか……」


 謝罪を突っぱねられて、先輩は少し残念そうに顔を俯ける。そして顔を上げ、


「ありがとう。赤生、白水」


 弱々しくも確かに微笑み、先輩は車に乗り込んだ。


「どういたしまして」

「お大事に」


 私と直は車を見送り、バスの発車時刻まで時間を潰した。

 流石に監視にも似た視線があるせいで、白い人影を探しには行けない。


「司……いいの?」


 内心を察して直が心配そうに顔を覗きこんでくるけど、私の答えは決まってる。


「いい。っていうか無理」


 そんな風におどけてしまったけど、本当に探せなくてもしょうがないかって思ってる。

 転げ落ちて彷徨った末に先輩を見つけるなんてどう考えても都合がよすぎるのに、その上私の気持ちまで慮って幽霊まで見つかるようじゃ人生イージーモードすぎる。

 だからってハードモードとかアンノウンなんて絶対求めないけど、簡単に見つからないからこそ頑張れるってこともあるんじゃないかって、今は思ってる。


 さっき言ってもらえた、先輩のありがとう。

 たったその一言で、私がいた意味あったんじゃね!? とか簡単に思ってしまうような私だから。

 幽霊だけじゃない。この身体のこともそう。

 今のちょっと不安な状況も、色んな発見のための足掛かりになるっていうんなら、それも悪くないんじゃないかって思うから。


「直」

「?」


 劇的なんかじゃない、不安だらけで、思い通りに行かないこの人生。


「これからもよろしくね」


 直は唐突な告白に驚きながら、


「うん。こちらこそ」


 そう言って、笑ってくれた。



  ☆ 五月一日(火)07:50 ☆



 強歩大会の後日談。

 悠と私は優奈先輩の元を訪れた。二人なら、怖くもないさ、上級生。上級生っていうか、二年生のわんさかいる東棟だけど。悠に視線が集まっております。それを隠れ蓑にする私。でかいからちょうどいいんだ。


「こんにちは、先輩」

「は、赤生ちゃん!? それに黒酒くんも……。ど、どないしたん?」


 動揺しつつも心なしか元気のない優奈先輩は一人。


「茜先輩、足の具合はどうですか?」

「あ、うん。今日病院行って、許可降りたら学校来るって」

「よかった」


 そう話す先輩の様子からはどこにも蟠りを感じなくて、順調に治ったことも含めて自然と安堵の溜息が毀れた。悠と視線を交わし、私は一歩下がる。


「これ、約束の賞品です」


 悠が手に持った二つのフードパックを先輩に渡す。中身は勿論、直手作りの絶品シュークリームだ。しかもカスタード、チョコクリーム、抹茶クリームの三種入り。

 でも、先輩は目を白黒するばかりで受け取ろうとしない。


「え? でも、クラスの一位って直ちゃんだったんじゃ……」

「はい」

「なら……ま、まさか、この話、直ちゃんも知って……!?」


 驚愕に顔を青ざめる先輩。そんな反応を予想していた悠は、間髪入れずに対応する。


「勿論言っていません。こいつだって知りませんよ」

「こいつってこら。っていうか話って何?」


 しれっと嘘を吐く私たち。

 でも、先輩を落ち着かせるには十分だったらしい。


「え……で、でもそれじゃあ、これって……?」

「これ、俺と彼方が貰った分です」


 余計意味が分からない、と首を傾げる先輩。マンガとかだったら、頭の上にクエスチョンマークが5個は浮かんでる。


「あいつ、全員分作ってたんですよ。私のスイーツなんかで争って、誰かが損をするのはおかしい、とか言って。ですから、言ってみればこれは強歩大会の参加賞です。ウチのクラス限定ですけど」


 そこで一旦言葉を切り、悠は改めるように先輩に問いかける。


「これでも一応、相談された賞品です。こんな形になってしまいましたけど、受け取っていただけませんか」


 これってもう暴露してるようなもんじゃね? と思ったけど、先輩はそんなこと眼中にないらしい。


「限定……直ちゃん……スイーツ……」


 ちょっと待って。大丈夫かこの人。

 目の焦点が合ってないし、今にも垂涎しそうな口元。あら、なにこのデジャヴ。姉さんと同類……? ま、まさかね。ただのファンなんだよね。


「いりませんか?」

「い、いただきます! ありがとう! ふ、2つっていうのは?」

「お二人でいらしたので、お二人の分です。俺たちが頼りないばかりに、先輩にも御足労かけてしまったようですから……。その罪滅ぼしと思っていただけたら幸いです」


 あ、あれ。目がおかしくなったのかな。

 周りで見てる先輩女子の方々の目がハートに……。


「あ、ありがとうございまふ……!」


 噛みながらフードパックを受け取り、先輩は愛おしそうに抱きかかえて悠を仰ぎ見る。


「やっぱり、解消部に相談してよかった。ありがとう」

「とんでもないことです。では失礼します。行くぞ司」

「う、うん」


 逃げるように西棟を後にした私たちは、直と彼方の待つ部室へと急いだ。

 あー怖かった。怖さのあまり、つい直に抱き着いてしまった。はふう。いい匂い。


「だ、大丈夫? 司」

「悠と一緒に居ると、いつか女子に刺されそうな気がするよ……」

「司に言われたくない」


 悠は眉を顰めてソファに腰を下ろす。


「その様子だと、ちゃんと受け取って貰えたみたいだね」


 彼方がにこにこ笑っている。

 その手元には、先輩に渡したものと同じフードパックが置かれている。勿論悠の分も。


「いい具合に色々起こったからな。正直、裏で誰かが糸を引いてたって言われても信じられそうだ」


 全員が同意なのか、苦笑を零したりしてる。

 思い出すのは、5日前の昼休み。



「今回、俺と彼方が受けてる相談のことで提案があるんだ」


 そう悠は切り出した。

 私と直は相談のことを聞いたばかりだったから、勿論その言葉に耳を傾けた。


「平和的にこのレースを終わらせて、先輩の相談事も一応解消できる案がある」

「マジで!?」


 一番反応したのは彼方だった。

 聞いた当初、咲たちの義理をとるか、相談を受けた義務を全うするかで悩むだろうなって考えていた私にとっても、その提案は魅力的なものに思えた。


「ああ。でもその為には、全校生徒じゃなくて、せめてうちのクラスに規模を縮小させなきゃいけない」

「なんで?」

「参加者全員分のシュークリームを作らなきゃいけないからだ」

「「「え?」」」


 私たちは耳を疑った。

 今一言葉の意味が飲み込めず、言葉の続きを待つと、悠は言った。


「クラスだけなら、全員分を作って勝負自体を無かったことにしてしまえばいい」

「ああ……」


 それなら、確かに平和的に強歩大会を終えられる。だけど、それじゃあ相談の方が解決できない。


「先輩の分は?」


 彼方の問いに、悠は頷く。


「勿論作ってもらう。強歩大会が終わった後にクラス全員に配ったことも伝えてから渡せばいい。俺の分だと言ってな」


 この人、今堂々と騙すって宣言しましたよ。

 直も彼方も、ちょっと顔が強張ってる。たぶん鏡を見たら私もだ。

 一番負担が増える直はこの案を否定する素振りを見せず、悠に尋ねる積極性を見せる。


「それで先輩は納得するの?」


 直の懸念も尤もだと思った。

 先輩は限定品である強歩大会の優勝賞品が欲しいのであって、直のスイーツそれ自体が欲しいわけではないんだとか。なら、この案ではその条件を満たしていないことになる。

 だけど、悠は表情を崩さない。


「納得しないかもしれない。それが狙いだからな」

「どういうこと?」


 思わず聞いてしまった私に不快感も見せず、悠は言葉を紡いでいく。


「先輩が賞品を欲しがったのは、その希少価値故だ。でも結局直は、誰かが損をするのは見過ごせなくて全員に配った。だから、俺の分の賞品で良ければ差し上げます、と伝える。希少価値が無くなったから興味が無くなったとしても、直は善意で行動したわけだから評価が下がるわけじゃない。勿論、あげた分で満足してくれるなら直はその善行で評価が上がるし本人も満足だしで言うことはないけどな」


 私たち3人は言葉を失った。

 感心した……というより、呆れたって言った方が近いかもしれない。


「なんというか……」

「ものすごい妥協案だよね……」


 妥協案というか、妥協を強いる詐欺というか……。


「尤も、直の負担がかなり増えることがネックだけどな」


 さすがの悠でも、そこは気になったらしい。良かった。まだ人の心が残ってるんだね。

 一方、改めてその責任の重さと多さを示唆された直は、嫌がる素振りを見せるどころかぐっと握り拳を握り、


「勿論協力するよ」


 と気合を見せる。フンス、とは言わなかった。


「私のお菓子なんかで誰かが傷つくとかおかしいし」

「お菓子だけにね!」

「「「……」」」

「せめて……反応してください……」



 とまぁそんなやり取りがあった。

 実際の大会では直が優勝しちゃって勝負は有耶無耶にできたし、“争いになるくらいなら”って理由に加えて、“先輩を探すのに皆が手伝ってくれたから”っていう理由も含めてより自然な形で全員にお菓子を配ることができたから良かった。

 皆が損をすることなく平和的に解決するつもりが、茜先輩っていうケガ人を出してしまったし、悠の案だけに頼らずもっと上手くやれたかもしれないけど、これが私たちの限界。

 最善策でもない、妥協案。

 解決じゃなくて、解消部。


 そんな一件落着なんてほど遠い感じで、初めての相談は終了した。


今後のために必要な話とはいえ、もっとちゃんと書けたんじゃないかっていう歯痒さでいっぱいいっぱいです。


次回――


「強引なんですね」


「どう責めてやろうかしら」


――オーバー・ヒート!

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