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強歩大会で、(司)

  ☆ 四月二十八日(土)08:30 ☆



 強歩大会当日。思ったほどジャージ登校の人は多くなくて、皆学校で着替えるつもりだったらしく制服姿の生徒ばっかりだった。

 私も制服、直も制服。制服で登校した生徒は部活に入ってる人は部室、帰宅部の人は更衣室で着替えて集合場所の校門に向かう。男子は更衣室がないから教室で着替えてるっぽい。

 更衣室はどこも一杯だろうから、私たちは部室で着替えることにした。直は先に一人でトイレへ。女子になったからといって連れションするつもりはなくて、私は先に部室で着替えることにした。

 で。


「あ」


 着替えてると、彼方が入ってきた。


「……」

「……」


 無言の静止。

 この場合、どう反応すればいいんだろうか。

 別に見られても構わない相手だし、そもそも下着姿にならないでジャージの下でゴソゴソっと着替える方法だったから見られて困る状況でもない。

 うん。別にいいや。


「入るなら早く入りなよ」


 開けっ放しの方が困る。


「あ、うん。ごめん」


 慌ててドアを閉める彼方。


「どうしたの?」


 着替えを再開しながら、部室に来た理由を聞いてみた。


「あー……、部室で着替えようと思って。やっぱほら。いづらいなーってさ」

「あはは。だよね」


 自分の体に関する変化には慣れてても、感性は変わらないんだと思う。

 私も女の子の着替えが目の前で繰り広げられるのは居辛い。救いだったのは、漫画とかによくあった下着姿になる着替え方をする人がほとんどいなかったことかな。姉さんに聞いておいた情報が本当で良かった。いきなり下着姿披露せずに済んだしね。


「じゃあ彼方も着替えちゃいなよ」

「え? いいの?」

「うん」


 むしろ男の体の方が見慣れてるんだから問題ない。


「じゃあ着替えちゃおっかな~」


 ごそごそとバックからジャージを取り出す彼方。次の瞬間にはぽぽぽぽーんと制服を脱ぎ捨てていた。早っ。


「こーいうとき男子って楽だな~って思うよね」

「いや、さすがに彼方のは早すぎだと思うよ」


 小学生並だと思う。脱ぎっぱなしだし。偏見だけど、彼方の部屋って散らかってそう。親近感湧く。

 プリントTシャツからジャージのTシャツに着替える彼方。サッカー部に入っていた体らしく、引き締まっていると言えるんじゃないだろうか。


「いやーん、えっちぃ」

「な、違っ」


 私の視線に気づき、彼方は体をくねらせる。

 気持ち悪……ニヤリ。


「……そうだね。彼方がどんな反応するのか、ちょっと興味あるかも」

「へ?」


 男の体は本当に条件反射で反応してしまうのか、実験してみよう。


「ちょ、ちょっと、司……?」


 近づきながらジャージを脱いで、ブラウス姿に。

 ボタンは第二まで外してあるけど……全部外してみよう。ブラが見えてた方がエロいよね。


「す、ストップストップ! おわっ!」


 後ろに下がろうとして躓き、彼方はソファに凭れ掛かる。

 チャーンス。


「彼方……興奮してる……?」


 彼方にしなだれかかるようにソファに手を付き、囁くように呟いて、と……。

 うーん。顔は赤いけど、まぁこれは普通の反応かな。

 後は……。


「……」

「どこ見てんだよ!」


 情けない声を上げる彼方を無視して、下腹部に注目――


「……何、してるの……?」


 しようとした所で直登場。顔面蒼白……って、もともと色白でした。ちゃんと日焼け止めは塗ったのかな。


「んー、ちょっと実験?」

「人体実験反対!」

「よいではないかよいではないか」

「いいわけあるかぁ!」


 半泣きで抗議する彼方から離れ、体を検分してみる。変化なし、と。

 誰彼構わず反応するわけじゃないのか、私に魅力がなかったせいか。実際にやられたことがないので検証のしようがありませんでした。

 でも取り敢えず、彼方の安全性は確認できたね!


「直。彼方は大丈夫!」


 ぐっと親指を突き出したけど、直の顔は晴れない。


「それを確認するために、あんなことしたの……?」

「あ、うん」

「何考えてるの!? 男がどれだけ最低な人種か、司だってわかってるでしょ!?」

「で、でも、彼方の中身は――」

「本人の意思なんて関係ないって、司だって知ってるよね」


 それを確かめたくて、なんて言っても焼け石に水かな……。テンパってる訳じゃないみたいだし、本気で心配してくれてるみたいだし。


「ごめんなさい。もうしないから」


 だから、あんまり顔を近づけないで下さい。

 両肩掴まれて迫られてるから逃げ場もない。

 近くで見ても肌綺麗だし、唇は瑞々しくて、ちょっと涙目なのも反則的に蠱惑的だ。それに加えて、今の状況はちょっと辛い。

 だって今、ブラウスの前全開なんだよね。

 うわ、改めて意識したら何か無性に恥ずかしくなってきた!

 顔が赤くなった私の顔に気づいた直はふと我に返り、


「っ――――!」


 状況を理解したのか、顔を真っ赤にして両肩から手を離して飛びずさる勢いで離れた。うん。直はまだ男だったっていう意識はあるみたいだ。家族の対応が自然すぎて、私がおかしいのかと思って不安だったんだよね。

 まぁ色々おかしいんだけどさ。


「彼方。ごめんなさい。少し出てて」


 顔を赤くしたまま彼方に向けて直は言った。ちゃんと礼儀正しく言ったのは、その中身のことを考慮したこともあるだろうし、悪ふざけをしたのが私であって彼方に罪がないことを分かってるからだろう。


「おけ。終わったら言って」


 彼方も断る理由もないから、ハーフパンツを穿いて素直に従ってくれた。

 出ていく時目が合ったから、手を合わせて謝罪の意を示しておいた。今度何か奢るね。

 彼方が出て行って安心したのか、直は溜め息を一つ吐いて脱ぎ散らかされた彼方の制服に手を伸ばす。

 っておい。

 と思ったら慣れた手つきで畳み始めた。……お母さんだ。


「そういえば司、今日はどうするの?」

「んー、やっぱり出ることにした」


 聞いてた程辛くないし、ウォーキング程度の運動ならできるらしいし。むしろした方がいいとか。


「そっか。無理しないでね」

「うん」


 母さんたちに聞いた話によると、私は軽い方らしい。でも、直はほとんど痛みがないらしい。適度(?)な運動に、規則正しい生活と食生活を送っているせいだろうか。これから朝走ろうかな……。でも、直って三十分走ってるらしいけど、どうも10キロくらい走ってるっぽいんだよね。速すぎだろ。そりゃ余計な肉は落ちるわ。



  ☆ ☆ ☆



 強歩大会は県の北部にある湖の周囲で行われる。

 湖の南東にあるキャンプ場に直接向かうかバスで送られて集合。経路としては、まずそのキャンプ場から山道を登り、山頂付近にある神社にお参り。で、そこから山を下り、湖沿いの道に沿って湖南小学校を目指す。

 湖南小学校は休憩場になっていて、そこではお昼を食べたり炊き出しの豚汁を貰ったりもできるらしい。

 で、そこからさらに湖沿いの道を歩き、ぐるっと回って最初のキャンプ場を目指すことになる。と、しおりに書いてあった。

 帰りは先生の車で学校まで送ってもらうか、ちょっと歩いて電車で帰るか定期的に出る送迎のバスで帰るかの選択。いや、徒歩で帰るとか公共のバスやタクシーに乗って帰るという選択肢もあるけど、割高すぎてそんな人はいないだろう。

 バス揺られること一時間。

 最後のバスが到着し、全校生がキャンプ場に集合する。


「やあ、司ちゃん」


 声をかけられて振り向くと、緑のジャージを着た会長さんがいた。

 その背後には姉さんもいて、その集団が生徒会なんだって分かった。ていうか姉さん手を振らないで。授業参観で母さんを連れてきちゃった時の恥ずかしさがぶり返すから。


「もう少ししたら出発だから、走るなら準備しておいた方がいいよ」

「あ、はい。大丈夫です……て、出発? 開会式みたいなのってないんですか?」


 しおりにも載ってなかったから気になってたんだけど、どうやらその予測で当たっていたらしい。


「健全に肉体を鍛えながら景色を楽しむ心を養うための行事だからね。開会式も閉会式もないんだよ」

「そ、そうなんですか……」


 耳に痛い。

 邪なレースにしてしまった片棒を担いでしまった気がして、罪悪感が……。

 と、そんな私を察してくれたのか、会長は優しく微笑む。


「目的を見出すということも大事だよ」

「はぁ……」


 器が大きい。


「会長は」

「この前も言ったろ? 義人でいいよ」


 周囲のざわつきが聞こえる。

 見える。私にも敵(意)が見えるぞ……。


「義人、様? 痛っ」


 叩かれた。軽いチョップだけど、これで羨ましいなんて思う人はいないはず。

 と周りを見たら、今まで以上に睨まれてましたとさ。

 なんでや!


「……義人先輩は、」


 そこで私は言葉に詰まってしまった。

 会長ー! 後ろー! 姉さんが狙ってるから逃げてぇ!


「ん?」


 会長が振り向いた瞬間に姉さんの形相は普段のものに戻った。

 強かなんだか何なんだか……。


「義人先輩は走るんですか?」


 会長は私に向き直り、首を横に振った。


「お姉さんから聞いてないかな。私たち生徒会は応援団と一緒に最後尾を歩いて、不測の事態に備えるんだ」


 なんですと?

 と姉さんを見たら、今までいたはずの場所に姉さんの姿はなかった。

 あ・ん・にゃ・ろ・う……。


「じゃあ、今のうちに渡しておいた方がいいかな……」

「?」


 首を傾げる会長に、リュックの中から袋を漁る。

 中身は昨日作ったマフィンさ! 今回は直に教えてもらったチョコレートマフィン。


「お菓子、作ったんです」


 えーっと、五個入りの袋を二つと二個入りが一つだから……。会長、副会長、会計、書記、庶務、議長、監査長で……姉さんを除けば10人か。一人一つになっちゃうけどいいよね。

 五個入りの袋を二つとも取り出して、会長に差し出す。


「姉が日ごろお世話になってる生徒会の皆さんに食べて欲しくて。不出来なので、もし良かったら、なんですけど……」


 マジで自信がないから言葉は尻すぼみになっていくし、自分の言ってることが恥ずかしくて逸らした顔が熱くなる。

 反応がないので視線を向けてみると、何やら生徒会の皆さんが赤面していた。

 恥ずかしさMAX!


「す、すいません! 似合わないっていうのは百も承知なんですけど、あの、その、だって」


 姉さんが作れって言ったんだし、その姉さんがそもそも走らないみたいでムカつくから姉さん以外の人にあげちゃえって思って……!

 頭では考えられてもテンパって言葉にならない!


「ありがとう、司ちゃん」

「うぐぅ……」


 男に頭を撫でられるとか、これ何の罰ゲームですか。

 うふふ、気軽に女子の髪に触れるなんて減点ですよ。義人先輩。周りの女子だって幻滅して……ない!? なんでや!


「会長、私バック持ってるので持ちます」


 確か会計か何かだった女子の先輩が会長に歩み寄る。やべ、これなんか勘違いされて敵だって思われないよね?

 って戦々恐々としていたけど、それは杞憂だったっぽい。


「司ちゃん、よね。ありがとう」


 癒される笑顔の人だった。


「いえいえ。荷物を増やしてしまって申し訳ないです……。あ、あと! 味は期待しないでくださいね⁉ なんなら、捨ててしまって」

「そんな勿体ないことしないわ。……副会長に殺されるし」


 力なく笑う会計さん。

 姉さん、この人に危害を加えたら許さない。絶対にだ!


「じゃあ私たちはそろそろ行くよ」


 もう一度頭を撫で、去り際に会長は思い出したように言った。


「そうそう、昔、楽をしようとして道から外れて、道に迷ってそのまま行方不明になった生徒がいたらしいんだ。クラスの皆に、ズルだけはダメだって言っておいてくれるかな」

「え? あ、はい」


 いきなり告げられた怪談話に呆ける私に、会計の先輩が微笑む。


「ズルをする人がいないようにっていう昔からの伝統なの。気にしないで」


 手を振り、生徒会の先輩たちは人混みに消えていった。

 勝つ気満々の咲を見送り、私は梓や朋と一緒に出発の合図を待つこと数分。

 いつの間にか動き出していた全体の流れに身を任せ、のろのろと歩み始める。

 何の感動も緊張もなく、強歩大会は始まった。



  ☆ ☆ ☆



 それを見つけたのは、山道を歩いてる時だった。

 木の茶色や葉の緑、地面のこげ茶や黒。自然に溢れてる色とは違う、明らかに人工的な白が木々の間に見えた――気がした。

 でも、歩いてるのは舗装された道なんかじゃなくて、草が生えてないだけ獣道よりマシって感じの道。生徒以外が通る訳ないんだけど、道でもないところに生徒が行くとは思えない。

 あ、トイレって可能性があるか。

 そう思って素通りしたんだけど、湖南小学校で休憩してる時にも何故か頭から離れてくれなかった。

 ――楽をしようとして道から外れ、道に迷ってそのまま行方不明になってしまった生徒がいたらしい――

 生徒会長の話が、ずっと脳裏に引っ付いて離れない。

 まさか、あれって――


「どうしたの司。具合でも悪い?」


 顔を覗き込む梓。我に返ると、その隣で朋も心配そうな顔をしていた。


「ううん。体は大丈夫なんだけどね。ちょっと気になることがあって……」


 解消部の本当の目的なんて言えないから、どうしてもはぐらかした言い方になってしまう。

 でも、この二人は察してくれるというか、程よい距離を保ってくれるから安心というか、


「も、もしかして、恋、とか!?」


 なんということでしょう。朋が食らいついてきましたよ。

 あー……そういえば朋、何か勘違いしたままなんだった。


「あのね朋。生徒会長とは本当になんでもなくて、」

「司。誰も名前は出してないわよ」


 げっ……!

 やばい。この流れは非常にやばい。

 否定しなければ肯定したことになるし、否定すればムキになってるって取られる。

 え、何この状況。詰んでるじゃないですか。


「「……」」


 恐る恐る二人の表情を窺うと、朋はあからさまに、梓も朋程積極的ではないにせよ興味の篭った目をしていた。

 ダメだ。きっとどんな言葉も額面通り受け取ってはくれないだろう。


「あ、あー、直、今どのあたりなのかなぁ。もう着いちゃってたりして」


 だから、誤魔化してみた。下策はのは分かってます。時間稼ぎです。


「そうだねー。あんなに速いとは思わなかったなー」


 くっ……。梓め……。

 こっちの話題に乗ったふりしてわざと棒読みするとか、この子も結構なSだ! 実はサキってMなのかも。彼方と同じ誘い受けって奴か? 違うか。


「で、生徒会長とはその後どうなの?」

「も、もしかして、次のデートの約束もしてるの!?」


 案の定話題を戻された挙句、朋まで乗ってきた。


「だから、そーいうんじゃないんだって。メールくらいするけど、他の男子と同じくらいだし」


 何の気なしに言った言葉だったんだけど、気づけば二人の表情は固まっていた。

 と思ったのも束の間。


「生徒会長って、基本事務的なメールしかしないって話だったけど……」


 と梓が真剣な表情で驚いて、


「司ちゃん、すごいんだね……」


 朋は何か感嘆したように目を瞬かせていた。

 生徒会長が事務的なメールしかしないってのはきっと嘘だ。姉さんは勿論、何の繋がりかわからない兄さんとだって普通にメールするらしいし。


「生徒会長だって普通の男子なんだし、普通のメールくらいするよ」

「それはそう、よね」


 所詮噂。そう梓は納得してくれたみたいだ。

 それはそうと、


「朋、男子とメールしたりしないの?」


 朋は人見知りだ。だけど、それ以上に美少女だから男子が放って置くわけがない。メアドを聞かれたら人がいいから教えちゃうだろうし、教えてもらったら男子なんて我先に連絡してきそうなもんだけどな。


「う、うん。怖くて、逃げちゃうから」

「メアドとか、誰にも教えてないの?」


 朋は頷いた。

 なるほど。聞かれなきゃ教えることにもなりませんもんね。

 あー女の体で良かった。……良いのかなぁ……。


「あ……でも、青海くんからは逃げられなかった」


 何してんだあの野郎。訴えられても知らないからな。

 とはいえ、フォローはしておいてあげよう。


「彼方は無害だから。安心していいよ」


 どこか思い当たる節があったのか、朋は苦笑がちに頷いた。


「やっぱりそうなんだ。最近、直ちゃんも普通に話してるもんね」


 ああ、そういう基準。確かに下手な情報より確実だ。


「無害っていうより無欲って感じよね、あの人」

「食欲以外ね」


 それ以外は人並みか、それ以下だ。理由は、まぁ中身のせいだろう。


「そういう意味では、司ちゃんとちょっと似てる気がする」

「え、そんなに食い意地張ってるように見える?」


 言われてみれば、弁当のおかずの話ばっかりだったり直の弁当からおかず掻っ攫ったり料理教室企画したり、思い当たることが多過ぎだった。た、体重は増えてないから大丈夫。油断はしていない。


「そうじゃなくて、無欲っぽいところ」


 あ、そっちか。


「そんなことないよ。どうやって朋とイチャイチャできるかいっつも考えてるぜ。ぐへへ」

「咲みたいなことしなくていいから」

「あう」


 引っ叩かれた。

 うむ。こんな突っ込みも嫌いじゃない。愛情さえあればね。それにしても、咲か。


「咲はもうゴールしたかな?」

「連絡もないし、まだなんじゃない?」


 あんまり興味ないのか、梓の返事は淡泊だった。


「咲ちゃんは、どうして白水くんに、その……」

「突っかかるか? 私もそれは気になってた」


 私と朋は同時に梓に視線を向けた。

 答え辛いことなのか、梓は視線を逸らし、やがて観念したように溜息を一つ零した。


「あの子、バスケ部じゃない? 結構腕には自信あったんだけど、素人同然の白水くんと1ON1して負けたらしくってね。何かにつけて因縁吹っかけてるのよ」


 な、なんて子供じみた嫌がらせだ……。そりゃ情けないやら中傷になっちゃうやらで梓も人には言えないよね。そういえば今回の争奪レースを持ちかけた時、智がうんざりした顔してたのって他にも色々吹っかけられてたせいなのかな。ご愁傷様。

 それにしても、白水くんって聞くとどうしても一瞬直が浮かぶんだよね。紛らわしいったらありゃしない。


「そっか……白水くんのこと好きなわけじゃないんだ……」


 残念そうな朋。

 この子はあれか。なんでも恋愛絡みに考えちゃう困った子なのか。恋愛なんて、自分でした方が楽しいと思うけどな。


「ないない。あの子、年上が好みだから」

「「へぇ~!」」


 あかん……朋のこと言えないわ。

 Mっぽいし、子供っぽいところもあるし、咲はリードされたいとか甘えたい感じなのかも。見た目が綺麗で勝気な性格だからなんとなく逆だと思ってた。へぇ~。


「梓はどんな男が好きなの?」

「わ、私?」


 吃る梓を初めて見た気がする。私と朋の好奇の視線に気づいたのか、梓はその瞬間にはいつもの冷静さを取り戻していた。


「私は好きになった人がタイプかな」

「なんかそれズルい!」


 こくこくと隣で頷いている朋を見て形勢が不利だと思ったのか、梓は立ち上がる。


「そろそろ行きましょう? あんまり遅くなるとバスも更衣室も混みそうだし」

「あ、そうだね。ゴミ、どこに捨てればいいのかな?」


 豚汁の容器を持って周囲を窺う朋に習って、辺りを見回してみる。

 ゴミ箱は見つからなかったけど、代わりに見知った顔を見つけた。見知ったっていう程じゃないな。部室の前にいたのを見かけただけだし。


「あ、あった。司ちゃん、梓ちゃん、私捨ててくるね。……司ちゃん?」

「あ、ごめん。あ、ゴミ? 私も捨てに行くよ」

「……どうかしたの?」


 動揺っていう程じゃないけど、顔に出ていたらしい。誤魔化しても、察しのいい梓たちを余計心配させちゃうか。


「あの先輩、何か困ってるのかなって」


 私の視線を追って、二人も先輩を見る。

 この前部室にいた二人の先輩のうち、小さい方の先輩だ。何か気にかかることがあるのか、頻りに周囲を見回したり、コースを逆になぞるように山へと視線を向けたりしてる。


「確かに挙動不審ね」

「誰か待ってるのかな?」


 二人は思い思いの言葉を口にした。

 成程なー。あの時いた、もう一人の人を待ってるのかもしれない。一旦別れて先に着いたんだとしたら……おかしくないか?

 あの先輩は私たちと同じく完走する気はなかったみたいで、その肩には走るのには邪魔になるトートバックがかけられてる。バック持ってるなら携帯だってあるだろうし、携帯があるなら待ってる人に連絡すればいい。

 なのに、しない……? もしくは、連絡がつかない、かな。


「ごめん、梓、朋、先に行っててくれる?」

「……待ってなくていいの?」


 少し寂しそうな表情を浮かべる朋に、子犬を見捨てるような罪悪感に苛まれた。


「あー、うん。追いつけたらすぐ行くから」


 とはいえ、あんまりハードな運動はするなって言われてるんだけどさ。


「……じゃあもう少し待ってる。時間がかかりそうなら先に行くから」

「……うん。わかった」


 二人と離れ、校門の近くにいる先輩へと駆け寄る。

 足音に気づいたのか、先輩は跳ねるようにこちらを向き、私の姿を認めてあからさまに落胆した。状況が推測できてなかったら普通に傷ついてたよ。


「こんにちは。先輩、この前部室の前にいた方ですよね?」


 これでたぶん、あっちは気づくだろう。なんたって、私と直の顔見て逃げ出したくらいだし。あれ? 私、何気にこの人に傷つけられてる気がする。挙動不審(ハートブレイカー)と名付けよう。


「え、あ、ああ、うん。って赤生ちゃん!?」


 よほど焦ってたのか、言われるまで気づかなかったらしい。で、気づいたら気づいたでまた焦りだしてしまった。


「な、ななな、何やの? べ、別に私、疚しいことなんてなんもしてへんよ?」


 こういうのって何か疚しいことがあるときのセリフだよね……。いちいち突っ込んでたらキリなさそうだからスルー!


「いえ。何か不安そうにしてたので、どうしたのかなって思いまして」

「あ、ええっと……」


 何を迷うことがあるのか、葛藤を見せる挙動先輩。

 私はただ、あの山で見た白い物体が先輩の可能性があるのか知りたいだけだ。先輩なら別に問題はないけど、もしそうじゃなかったら、確認しなきゃいけないし。

 先輩は少し落ち着きを取り戻したのか、標準語になった。


「赤生ちゃんは、黒酒くんたちから相談のこと……聞いてる?」

「相談って……先輩のですか?」

「う、うん」

「いえ。全く何も」


 嘘です。先輩が直のファンで、景品のスイーツを所望してるってことは知ってます。

 私の否定を先輩は信じたらしく、安堵の溜息を零した。


「えっと……茜って言う子と一緒に歩いてたんだけどね? その子、先に行くって言ってたのにまだ着いてないみたいで……」


 朋大正解。もう先に行ったって可能性は……なさそうかな。着いてるかどうか確認した時に一緒に確かめるだろうし。


「連絡はしたんですか?」

「うん……」


 でも応答なし、と。


「因みに、茜先輩って白い服着てます?」


 白なら、あの時見た白が先輩の服かもしれない。


「え? 服? ううん。下はうちらと同じ赤のジャージだし、上は薄い水色」


 薄い水色……んー、判断に困る。

 う~~~~~~~ん…………。

 よし、決めた。


「先輩、その方の写真ってあります?」

「あるけど……どうするの?」


 決まってる。


「クラスの皆に送って、見てないか聞きます」


 本当はツイッターとかで拡散できれば早いけど、余計なとこに回ったりするのも面倒だ。

 それにこれは、ちょっと利用できるんじゃないかなって思惑もあったりする。


「最後尾には姉さんも……副会長もいるんで、知らせとくと便利だと思いますよ」

「う、うん……」


 煮え切らない態度に、つい気が急いてしまう。


「あんまり大事にしたくないって感じですか?」

「……」


 先輩は葛藤に顔を歪ませる。

 何をそんなに迷うことがあるのか分からないけど、きっと大事なことなんだと思う。


「じゃあメアドだけでも教えておきますので、決心がついたら画像、送ってください」

「あ、う、うん」


 先輩にメアドを教え、梓たちの元に向かった。


「梓、朋、ごめん。先に行ってて」

「良かったら手伝うよ?」


 梓が提案し、横で朋もこくこくと頷いてくれる。だけど、こればっかりは頼れない。


「逆走するから巻き込めないよ。じゃあ行ってくるね!」


 私は二人の返事も待たずに走り出す。

 全力疾走はしないけど、咄嗟の行動に反応できなかった二人から逃げるには十分だった。


解決編(失笑)に続きます。


次回――


「男受けしそうだね」


「悪くないですよ」


――目覚めろ、その魂!(大ウソ)

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