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問題がないわけがない。(悠)

  ∽ 四月二十一日(土)13:44 ∽



 意外なことに、向こうの奴らは誓約書に同意した。こちらと法的に争った場合、あちらが不利になるようになっていたことは明白なのに、だ。勿論こっちから何かするつもりはないけれど、こうとんとん拍子に話が進んでしまうと、警戒が完全に肩すかしになってしまって不安になる。


「で、一応部として活動するわけだからさ、名前決めようと思うんだ」


 彼方の提案に反論する者はいない。というか、まともな発言に皆面喰っている。


「ずばり、TS部ってどうよ」

「「「却下」」」

「全否定!?」


 当たり前だバカ。

 バカだバカだとは思っていたが、今日は馬鹿度の最高記録を更新した感じだ。何を好き好んで自分たちの秘密を明記しなきゃいけないんだ。


「ちゃうねん。Tは」

「却下。まず疑われることがないように振る舞わなきゃいけないんだろ」

「うぬぅ」


 時間は放課後。土曜なので授業が午前中で終了することもあり、部費と言う名の援助で買ったお菓子を摘まむには丁度いい時間帯だ。

 ものはスナック菓子とチョコレート菓子が3対1。直がポテトチップスを素手で食べて、その指を舐める様に見惚れてしまったのは内緒だ。今度、汚さず取れるやつでも取り寄せようかと思う。


「でも、何か名前考えとくのはいいかもね。無いと不便だし」

「司マジ天使!」

「ちょ、ひっつくな!」


 さて、騒ぐのはあいつらに任せて、質疑応答で得た情報もまとめて少し整理しておこうと思う。正直、余計混乱しただけなので少しでも理解しようと努力した、という認識が欲しいだけだが。

 まず、この非常識な事態は、あの夢に出てきた男が何かをして失敗した結果らしい。

 その失敗というのが、幾つかの世界を重ねてしまった際に生じたモノなのか、失敗した結果世界が重なってできた世界に偶然できてしまったモノなのかはわからない。

 ただ、この身体は別の世界で生きていた私の身体だった言わば本物であり、私たちを見た目そのままの人物として認識している他人が記憶している過去は、嘘偽りでも司たちが考えていたような設定でもなく、本当にこの身体が積み重ねてきた行動だという。

 この身体を行使する際に違和感を覚えなかったのは、身体という器は別でも情報を統合する魂は同一で、情報を送受信する人格であるところの精神もまた器ごとに別物だが、逆説的に器が変わればその体が受信していた情報が云々……。

 この辺りはまるで意味が分からなかった。オカルトは正直理解の範疇を超えている。司が解釈したところに依れば、要は記憶はなくとも身体は覚えている状態らしい。それなら、まぁ分からなくはない。テレビの特番で似たような美談があったし。

 あとは男側や活動内容のこと。

 私たちのような人間は結構其処彼処にいるらしく、わざわざ遠出する必要はないらしい。ただ、一か所に四人も集まって、それも周囲も巻き込んでいるケースは稀らしく、それがさらに優遇処置の要因になっているのだと言う。

 それと、私たちの存在を知ったのは、その散在している特異点の一人から報告があったからなのだとか。機会があれば知り合うことになる、と言っていたが、正直他人の秘密を無断で売るような人間と知り合いたくはない。せめて、何か弱みを握ってから出会いたいものだ。

 最後に他言無用にと言われたが、勿論口外するつもりは私にも他の皆にも無いことは確認済みだった。変な露悪趣味がないことはありがたい。

 と、これくらいだろうか。

 当然だが、今更思い返したところで新しい発見や発想は無い。


「触らないで。変態」

「あれ!? 直が前の状態に戻ってる!?」


 こいつらはこいつらで何も進まなかったらしい。


「ああ。彼方は男として見る必要はないけど、変態だから気をつけろ」

「悠の裏切り者ぉ!」

「黙れ変態」


 人に男の身体はエロいだのなんだの言うような人間、変態以外の何者でもないだろう。


「おっかしいなぁ……味方が増えたと思ったら敵しかいない」

「あはは。彼方は弄られて伸びるタイプなんだよ」

「イジられ……、司……エロい☆」

「うん。やっぱ変態だと思う」

「オレの味方が……消えた……!?」


 楽しそうなのでこいつらは放置して、取り敢えず今後の方針を考えてみることにした。

 撮影機器ということで、デジタル一眼レフとミラーレス一眼のカメラが、それぞれ異なるメーカーの物が二台ずつ。その場で現像されるインスタントカメラが二台。それとよくわからないけど広角とか望遠とかのためのオプションがたくさん。それにボイスレコーダーが四台。ネット環境ということでデスクトップのPCとノートPCが一台ずつあって、LANは有線無線どっちも完備。デスクトップの方は、段ボール箱かよ、というくらいデカイ代物で、搭載されてるグラフィックボードとかCPUが最高とか拡張がどうのこうのと司が興奮していた。でもそれらはゲーム等をする上での利点であって、ここにそんなものを置く必要はないのではないだろうか。

 そして、新調されたエアコンと冷蔵庫、ソファー、カーペットやテーブル。至れり尽くせりにも程がある。というか、明らかに異常だ。

 ただ、一つだけ推測がないわけでもない。

 あの男……かは分からないが、メールの送信者は、私たちが稀な存在だと言っていた。ここに集める必要が無いと勘繰っていた私だが、そうなると一つだけ思いつく動機がある。

 それは監視、或いは観察。

 どういった行動をするのか、どういった影響を及ぼすのか。

 機材を充実させることで義務感を生じさせ、過ごしやすい環境を整えることで集まる頻度を高めれば、そういった調査もしやすくなるだろう。

 調べたところ監視カメラや盗聴器の類は無さそうだが、そもそも非常識なことばかり言う連中に常識が通じるかも怪しいところだ。


「悠、どうかした?」


 くっ……。

 白水智や司はどれだけ精神力が高いのだろうか。こんな子に無防備に見つめられて、何故あんなに普通に振る舞えるのか。慣れか? いや、その割に二人ともよく顔を赤くするし、とにかく直視しないようにするしかないのかもしれない。


「な、なんでもないよ」


 それにしても、司と直は対応に困る。

 警戒しなくていいのは確かなのだが、無警戒で接するとどうしても、妙な女の子らしさに緊張してしまう。本人が女の子らしく女の子らしく、と気を付けているからこそ、周囲もそういう風に感じてしまうのかもしれない。


「そういえば、俺たち、ここではどういう対応すればいいんだろう、な」


 私らしからぬ、思いつきで変なことを言ってしまった。が、言ってしまったからには後には引けない。


「どうって?」


 こういう絶妙なタイミングで聞き返すあたり、司は聞き上手だ。


「いや、俺たちはお互いの秘密を知ってるわけだろ? なら、無理にその身体に合わせた振りをしなくてもいいんじゃないか、ってな」


 勿論、これは司と直に向けた言葉だ。変に意識してしまっている現状をなんとかしたい。そう考えたのだが。


「……いや、普段通りにしてた方がいいんじゃないかな。どっかで切り替えてると、他の所でもうっかり替えちゃうかもしれないし」


 司の反論は尤もだった。

 今でさえ、焦ったりすると前のような話し方や行動を取ってしまいそうになる。ここで前の状態を思い出すようなことをしたら、それこそうっかり口に出してしまったりしてしまうことになりかねない。


「……だな」


 だけど、そう考えると直はある意味すごいと思う。

 混乱してテンパっても、男らしい言葉にならないんだから。寧ろ表情とか仕草がすごく妖艶になる。一体二人はどんな特訓をしてきたのだろうか。


「二人は、その体になってから、こう、色々大変だったろ?」

「う、うん」


 今の発言はまずいことに今更気付いた。気遣いだと思ってくれればいいが、セクハラだと思われかねない。


「でも、うちの家族とか直が協力してくれたからね」

「そんな! 私は助けてもらうばっかりで何もしてないよ!」

「ううん。直がいてくれて本当に良かったよ」


 どう見ても百合展開である。

 話しが逸れそうだが、セクハラ発言だと思われたりするよりは百倍マシだ。


「なになに? 二人で何か練習とかしたの?」


 今の空気に割り込めるとか、彼方の精神力も並ではあるまい。


「ふっふっふっふ。実は私らゲームをしててね? 男ってバレそうなこと言ったりやったりしたら、女の子っぽいシチュの台詞を言わなきゃならんのですよ」


 私と彼方でいうと、ちょっとでもにこやかな行動をとったら男らしい言葉を言わなきゃいけない。それは罰になるのだろうか疑問だ。


「ちょ、司?」

「大丈夫だって。撮ったのは見せないから♪」


 何を言わせたのだろうか。真っ赤になっている直の表情と焦り具合を見ているとかなり気になる。


「うわ、すげぇ気になる。何言ったんすか!?」


 彼方GJ。


「『ずっとこうして「司言っちゃダメだってば!」」


 ずっとこうしていたい、だろうか。思ったよりもずっと健全な罰ゲームらしい。


「なぁ悠。そのゲーム、オレらもやらね?」

「……」


 確かに、何か罰則があれば気力は維持しやすいかもしれない。だが、彼方の笑顔に不穏なものを感じたのは気のせいじゃない筈だ。


「因みに、俺が負けた時何て言わせる気だ?」

「んー……」


 彼方は宙を仰いで思案顔。やがてやけに真剣な表情で司を見つめ、


「君の全部が好きだ」


 告白した。


「とか? うーん……直球が一番男らしいと思ったけど、ひねりが無さすぎるか」

「ちょっと待て彼方」


 恐ろしすぎるだろうこの罰ゲーム。なんだそれ。絶対無理。


「やっぱり普段チャラいオレがやるより、悠みたいなやつがやるとかなりいいと思うんだよね! それを落ち込んだ女の子に見せたらいい活力剤に……ん?」


 バ彼方は空気の変化に漸く気付いた。


「あ、あはは……たぶん、彼方も人前ではやらない方がいいんじゃないかな」


 ただでさえイケメンなんだから、普段軽薄そうにしている分真剣な表情が及ぼす効果はでかい。直にとって彼方の警戒度はまた高くなったようだけれど、そこはざまあみろとしか言いようがない。


「あ、ごめん」


 着信があったのか、直は携帯を耳に当てながら部室を出ていく。


「ならば、こっちも奥の手を出すしかあるまい」


 司がなにやら不穏な言葉を呟きながら画面を操作していく。


「しかと目に焼き付けるがいい!」


 差し出された携帯の画面には、私服姿の直が映っていた。何かを恥ずかしがっているように頬を朱に染め、携帯から視線を逸らしている。と、次の瞬間にはカメラに向けて今にも泣き出しそうな熱のこもった視線を送る。レンズ越しだというのに、目が合ってしまった錯覚に心臓が跳ね上がってしまいそうになる。


『ねぇ……どうして、好きって言っちゃ駄目なの……?』


 面と向かってこんなことを言われたら、正気でいられる自信がない。隣であからさまに画面から視線を背けている彼方も顔が赤い。


「あ、あはは……これは、ヤバイわ……何か、色々問題あってもダメだわ」


 言わんとしていることが分かってしまった。

 智。

 君の人生に幸あれ。


「すごいっしょ。でもこれで懲りたのか、もうテンパってもボロ出さなくなったんだよね」


 効果覿面。その点でこのゲーム大成功と言っていいだろう。

 かといって自分たちでやるつもりはもうない。


「それ、他の奴に見せるなよ」


 男も女も。そう付け加える前に、司は頷いた。


「うん。それは大丈夫」


 きっと、目の前でやらせた司自身がその危険性を一番分かっているからだろう。


「司のは無いの?」


 と、そんなことを彼方が聞いたのとほぼ同時に、直がドアを開いて入室した。


「今の所、直が三回負けてて私は負けてないよー」


 あと一回も気になるところだが、本人がいては聞くこともできない。


「直、舞ちゃんから?」

「ううん。智から。時間が合うなら一緒に帰ろうって」

「「……」」


 彼方と目が合って、同じことを考えてることが分かった。


「智くん、バスケ部でシスコンとか言われてたりして」

「酷いよ司。舞にはちゃんといいお兄ちゃんなんだから」

「え? 舞ちゃん?」

「?」


 そうじゃない。そうじゃないんだ、二人とも。

 でも、ここで考えを言えるほどの勇気を、私たちは持ち合わせていなかった。


「じゃ、じゃあ、時間まで部活の名前考えよーぜ」

「あ、ああ。そうだな」


 結局この日、部活の名称が決まることは無く、各自で考えておくことが宿題となった。

 初めて他の運動部が帰宅する時間まで居残っていたわけだが、授業終了と同時に帰る時より人は少なく、しかし断然活気があることを知った。

 これがリア充と非リアの違いか、と感慨深く思った。



  ∽ 四月二十三日(月)07:50 ∽



 週が明けて、高校生活三週目に突入。また一週間が始まった、という憂鬱な気持ちになるには流石に早いらしい。


「おはよう、悠」

「ああ、直か。おはよう」


 これは昇降口で靴を履きかえている際のやりとり。別段他の生徒たちと変わらない何気ない風景だと、自負するどころか意識することすらなかった。

 彼女と接するときは、何故か周囲が気にならなくなる。薄れると言った方が正確かもしれないので、周囲の視線が気にならなくなって気が楽になる。ただ、彼女自身を見ていないといつも以上の視線や意思を感じて辟易するのだが。

 ともあれ、無警戒な彼女は見てるだけで目の保養になるのも同様に確かだ。


「名前、思いついた?」

「ああ、一応な」


 考えなければ、本当にTS部となる可能性があるだけに、それだけは阻止しておきたい。


「直は何か考えたか?」

「うん」


 この笑顔。余程自信があるようだ。

 なら、今ここで聞いても大丈夫だろう。


「なんていうんだ?」

「ひみつ」


 微笑を湛えて上目づかいでこっちを見ないで欲しい。落ち着け。どきどきするな、私の心臓。

 男だったから別に狙ってやってるわけじゃないとか考慮する必要は無い。以前の私なら軽蔑の対象ど真ん中じゃないか。

 まさか、身体の情報が精神に影響を及ぼすって、好みもこの身体のものに変わっていってしまうということなんだろうか。……いや、それは流石に考え過ぎだろう。女に恋愛感情を抱くなんて、ゾッとする。勿論男にだって絶対に有り得ない。

 それなら、直や司はどちらも当てはまらないいや待て早まるな何を考えている。


「どうかした?」

「いや、なんでもないよ」


 そう、なんでもない。気のせいだ。錯覚だ。


「じゃあ、今日の放課後も部室に集合な」

「うん」


 本当、警戒心のない直は無邪気でいい子だ。邪気がないだけに無警戒なのが心配で、司が大事にしようと思うのも分かる。



  ∽ ∽ ∽



 すっかり忘れてしまっていたが、本日は一年の内科検診である。

 本当……どうして忘れていたんだろう。そう思った矢先に思い出した。単に思い出さない様にしていただけだった。

 午前中で全クラス終わらせるつもりらしく、保健室や大型車に搭載された機器を使う診断以外の身体検査等は体育館でもある第二アリーナで纏めて行う形だった。

 以上。

 誰得黒歴史に用はない。



  ∽ ∽ ∽



 昼休みのことである。

 高校入学で初めて生徒から呼び出しを受け、西棟の屋上に来た。鳳雛の校舎は屋上に高いフェンスが張っており、よく閉鎖されてフィクションのような青春を夢見る少年少女の希望を打ち砕く屋上事情の常には無く、常時解放されている。

 と、そんな余計なことを考えていられるのは、対峙している人物が男子だからだ。


「なぁ、黒酒って白水直と付き合ってんの?」


 直球すぎる質問。回りくどい方法を選ばないあたり、男らしい気質の持ち主なのだろう。母が知れば喜ぶこと請け合いだ。


「付き合ってない。これからも有り得ない。じゃあな」

「あ、おい!」

「なんだよ」


 これ以上ない解答だったと思うのだが、男子はそれでは納得がいかないらしい。

 確か、名前は……忘れた。同中だったことは何となく覚えてるけど、別のクラスだから高校入学以来話したこともない。あっちにある記憶は私には無いから、いよいよ対応に困る。


「お前、迎田さんはどうしたんだよ」

「……は?」


 そこでどうして迎田が出てくるのか分からず、それ以上の反応を返すことができなかった。それが、この男子の気に障ったらしい。


「その気にさせといて他の女に手を出すなんて……最低だな。お前」

「……」


 初めて男子に最低と言われたことよりも、今言われた言葉の内容の方が衝撃的だった。

 今の言葉を鑑みれば、男の私は迎田をその気にさせていたらしい。

 呼び方や反応もそう言われれば納得できなくもない。それでも、そんなことを言われてもどうしようもない、というのが私の回答だ。


「最悪だ……」


 男子が去り、残された私の呟きは屋上に吹かれる風に掻き消されて霧散する。

 この身体が行ってきた行動は確かな過去として他人には記憶されている。その弊害がまさか、こんな形になって現れるとは思わなかった。

 私を滅して責任を取ろうにも、彼女の記憶する黒酒悠と私は違う。

 私の記憶している彼女との諍いを忘れて接することができるだろうか。いや、否だ。


「……よし」


 諦めてもらおう。

 最低最悪かもしれないが、それがお互いにとって一番いい方法だろう。

 何も知らないくせに、言い得て妙な非難をくれた男子生徒には感謝する。人から非難されることには慣れている――そう再認識させてくれたからこそ、心置きなく最低な行動を取ることができるのだから。



  ∽ ∽ ∽



「ちょーっと待ったぁー!」


 教室に入ろうとドアに手をかけたのとほぼ同時に教室から聞こえてきた、女子の大声。

 通路にいる他クラスの生徒たちからの視線が痛く、急いで教室に入りドアを閉める。

 中では、砂石さんと白水……もういいや智で。智が対峙していた。


「智ずるい! あんたはいっつも貰ってるんだから、あたしにちょうだい!」


 自分の席に向かいながら情報を集めてみる。しかし、特に変わった様子は無い。


「(何があった?)」


 小声で司に問いかけてみる。彼女は、もうどうにでもなれ、とでも思っているのか、普段と変わらない笑顔だった。


「(智が彼方との話でシュークリーム喰いたいな、ってことになったら直が作ろうか? って聞いて、食べるって喜んでたらこうなりました)」

「(ああ……。直、シュークリームも作れるのか)」

「(なんだろう。もう店開けよって上手さ?)」


 成る程。そういう流れで砂石さんの言葉に繋がるわけか。

 しかしすごいな。昔家で作ろうとした記憶があるけど、ちゃんと膨らんでくれなくて散々な目にあった覚えがある。あれ、家庭でちゃんとしたの作ろうとしたらかなり難しい部類の気がするんだけど、直には問題ないらしい。


「いや……何言ってるんだよ砂石……」


 流石の智も、砂石さんの理不尽な提案は承諾しなかった。勿論、今のやり取りで智を非難する人間はいない。しかし、どういう訳か砂石さんの発言を非難はおろか、指摘する人もいない。

 皆、よほど羨ましいのだろう。まさに一石を投じる発言だったわけだが、智にとっては只ひたすらに不条理だろう。


「まぁ嫌だよね。だから、あたしと勝負だ!」


 流石に一応自分の言ってることの非常識を自覚しているらしい。しかし、何が“だから”なのだろうか。依然として誰も突っ込まない。


「週末の強歩大会で、買った方が貰うっていうのはどう?」


 どうもなにも、智にはリスクしかなくリターンが無い。


「おいおい……そんなの、受けて立つ理由が無いだろ」


 本当、正真正銘正論だった。しかし、智が思いのほか疲弊している感がある。

 一方、砂石さんはニヤリと口端を歪ませる。


「逃げるんだ。男らしくないなぁ~」


 分かりやすい挑発である。まるで悪役の小者。しかし、そんなことを気にしている様子は彼女には無い。

 それでも、爽やかイケメンには通じないだろうと誰しもが思った、その矢先。


「ね? 直」


 直に同意を求めたことで、風向きが変わってきた。

 砂石さん、智の弱点を熟知していやがる。……本人以外には誰の目にも明らかだけど。


「え? うーん……」


 直は即答せずに智を見、


「そうだね。男らしくはないかも」


 砂石さんの言葉を肯定した。

 これに動揺したのはほぼ全員の男子と数人の女子だけど、智のそれは尋常じゃなかった。


「わ、わかった! 受けて立つ!」

「よく言った智!」


 こうして理不尽な申請は受諾され、直手作りシュークリーム争奪・強歩大会が開催されることとなった。


「(……直、智のことそういう風に見てたのか?)」


 智が不憫すぎて、思わず司に真意を尋ねていた。司は少し苦笑気味に逡巡。


「(直、智のこと嫌いじゃないみたいだしね。男なのに嫌いじゃないってことは、男らしくないってことかも、とか考えたんじゃないかな)」


 恐らく、好きだけど異性として好きという意味じゃないということだろう。

 今のやりとりで男らしいところはみせられた訳だし、これから勝ち取ればさらに男らしさをアピールできる。そう考えれば智にとっても悪い話ではないのかもしれない。

 こじつけだけど。



  ∽ ∽ ∽



 時間は流れて放課後。

 掃除場所が私だけ別なので、集合場所を部室にすると最後になるか最初になるかのどちらかで、今日は最後だった。因みに、鍵は全員が持っていて、棟内の他の部室のように事務室で申請といった手続きはいらない。しかし中にある物が物だけに、施錠だけはしっかりと義務付けておく必要があった。


「あー、悠おかえりー」


 完全にリラックスした様子の彼方。見たことは無いが、まるで自宅のリビングにいる様である。


「寛ぎすぎ」

「いいことじゃ~ん」


 だらけきっている様を見ていると、この部室がいつかこいつの生活圏になりそうな予感がする。共用スペースである以上、ルールくらいは決めておく必要がありそうだ。


「はい。悠も食べる?」


 直から差し出されたのは、袋に包まれたブラウニー。


「あ、ああ。ありがとう」

「はい」


 座った席の前に出されたカップに入った紅茶も湯沸かし器から淹れたもので、紙パックやペットボトルのものではない。

 ちょうど小腹が空いていたこともあり、袋を開けて噛り付く。


「あ、美味しい……」


 知らず呟いてしまう美味しさ。オレンジピールが入っていて、なんとも上品な味に仕上がっている。


「これ、どこの?」

「直の手作りだよ~」


 成る程。彼方が緩み切ってるのはこれが原因か。

 誰にも邪魔されない空間。美味しいお菓子と、部屋を包む芳しい香り。ふかふかのソファーとカーペット。

 何この素敵空間。しかもこれが無償なのだという。いや、完全に無料ってわけじゃないか。


「直」

「ん?」


 ブラウニーを咥えたままこっちを見ないでくれ。直視できなくなる。


「部費からこのブラウニーの費用、持って行ってくれ」

「え、いらないよ」


 想定内の返事だが、ここは引くわけにはいかない。


「じゃあ次から持ってくるなら、部費で作ってきてくれ。じゃなきゃこれからは無しだ」

「ちょ、悠。なんかそれ変じゃね?」


 黙ってろ馬鹿。


「そうしないと、負担になるだろ」


 それだけで察してくれたのか、リスのように口をもぐもぐしていた司が中身をようやく飲み込んで口を開く。


「だね。私も直のお菓子食べたいけど、自腹じゃきついでしょ」

「うん……」


 承服しかねているのか、直の返事は小さい。


「市販のお菓子を買うか、材料を買うかの違いじゃん。光熱費とか考えればもうちょっと貰わなきゃいけないくらいだし」

「むしろオレらから部費って料金払って作って来て欲しいくらいだよね」


 状況は3対1。正直な話、私も直のお菓子が食べたいから、回数を増やすために部費の献上を申し立てたに過ぎない。いや、ほんと色々レパートリーあるみたいだし、この機会を逃す手はないじゃないですか。席替えをしない限り、彼女とは調理実習で一緒の班にはなれないし。


「そうだな。寧ろ作ってきたから代金を貰うじゃなくて、貰った料金でお菓子を作るって考えればいいじゃないか」


 単なる言葉遊びだが、直の反論は無い。今こそ畳み掛けるときだろう。


「じゃあ、部費のうち2万は食材費ってことにしよう」

「ええ!?」

「使うも使わないも直次第。勿論、使わなければ無駄になるな」


 まぁ無駄も何も、あまりに部費は潤沢にあるので、余程のことをしない限り溜まっていく一方だろう。私的に使えないよう、何かあちら側ともルールを決めたことにしておくべきだろうか。使途不明金が見つかったら、援助を打ち切ってもらう、とか。


「……わかった。がんばる」


 直は迷いが吹っ切れたのか、力強く頷いた。

 だがしかし、ちょっと待ってほしい。


「いや、一応言っとくけど、無理して時間削って作ったり2万全部使い切れってことじゃないぞ?」

「あ、うん。わかった」


 わかってなかったらしい。2万使い切るお菓子ってどんな量と質だ。だが、これでこの素敵空間の維持が約束されたわけだ。あとは、息のかかっている学校側以外の脅威……生徒からの侵略を防ぐことを考えるべきだが、早急に解決すべき案件でもないだろう。

 それと、折を見て練習の費用に当てたり部に持ってくる分もあるならクラスや家族とか、直自身の好きなように使えるルールを作っておこうと思う。そのくらいの見返りはあって然るべきだろう。

 うむ。今日はなかなか有意義な活動内容だった。……そんなわけあるか。


「あー……っと、じゃあ、この部活の名前、決めようか」


 美味しいお菓子と紅茶ですっかりだらけてしまった彼方と司に視線を向ける。

 お前らだお前ら。

 直は司のことを温かい眼差しで見つめながらほっこりしていただけなので、二人が覚醒すれば自然と話し合う状態になるはずだ。


「はい、じゃあ俺からな。俺は……DS部とか、いいんじゃないかと……」


 やっぱり駄目だ。最初に言えば紛れるかと思ったけど、こういうのは恥ずかしくて合わない。


「どーいう意味?」


 おのれ彼方。確かにそのままじゃ意味は分からないけど、別に掘り下げるのは後でもいいのに。寧ろ、語感だけで流して欲しかった。


「直訳で、矛盾調査部……」

「それ、オレと発想一緒! TSのTは」

「それは却下だって言っとろうが。お前、それ以外考えてこなかったな?」

「おうよ」

「はい次」


 司と直はお互いを見て、司が手を挙げた。


「違和感発見部! 略してイケ部!」


 次いで直。


「齟齬解消部で、解消部」


 なんとまぁ、同じような思考の持ち主が揃ったものだ。こんなのもこの現象の要因かもしれない、とかあっちの奴らは勘繰ったりするのだろうか。ご苦労なことである。



  ∽ ∽ ∽



 結局話し合いの結果、部活の名前は違和感矛盾解消部、略して解消部になった。

 最大の理由は、他人に聞かれたとき「人の悩みとか学校の問題を解消する部活」というなかなか立派な言い訳ができるからだった。

 勿論、そんな無謀で大それたことをするつもり毛頭はない。一切ない。相談しに来るやつがいたら、今は手が空いてない、と追っ払えばいい。断固拒否する。自分のことは自分でやるべきだ。できなければ逃げればいいんだよ。私はそうしてきた。

 ……後悔だらけだけど、私は元気です。


「以上、活動日誌、四日目……っと」


 これは日数を付ける必要はあるんだろうか。いや、ないだろうな。消しておこう。

 さて、次は彼方の番だ。オサレポエマー(?)なんて無茶振りをしてきた報復に、何か書き足してやろうと思う。


「彼方は絵心があると聞きました。何かマスコットをお願いします……っと」


 くっくっく。

 どんなゲテモノが来るか楽しみだ。


次回――


「司が望むなら吝かではないわ」


「手取り足取り教えてやる」


――極楽へ! 行かせてあげるわ!(ウソ)

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