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色んな思惑、そして混沌。(司)

  ☆ 四月十六日(月)08:14 ☆



 入学して一週間が過ぎた。

 対面式では予め「恥ずかしい真似したら一生口きかないから」と言い含めておいたおかげで兄さんの暴走を食い止めることができたし、姉さんの真面目な一面と、それを熱い視線で見つめる先輩女子の姿も見ることができた。

 正直なところ、拍子抜けする程平和な一週間だった。

 でも、心に引っかかっていることはある。入学式の翌日、臨海公園で青海くんと会った時の言葉。お姉さんに青海くんは、自分のことを「妹」と言った。単なる言い間違えで、気にし過ぎなのかもしれないけど。

 もし、俺や直と同じなら……?

 有り得ないと思いながら、つい彼の姿を目で追ってしまう。不自然なところは無いか。違和感は無いか。

 この一週間では何も感じなかった。

 本当は途中から、探偵っぽい俺かこいい、みたいになってちゃんと見てなかったんだけどね。

 今日から新しい一週間。気を引き締めて行こう! バッチコイ!

 と、ちょうどよくつるし登場。

 前の一週間でだいたいの授業は受けたと思うけど、数A担当のこの人が一番扱いやすげふんげふん……親しみやすいと思う。

 けれど、今日のつるしはどこか気まずそうな空気を醸し出していた。朝っぱらから陰鬱な空気を持ち込むとはけしからん。


「皆さん、段々今の環境に慣れてきた頃だと思います」


 そこで一旦言葉を切り、一呼吸。やがて「ですが」と再び口を開き、


「席替えをしたいと思います」


 そう宣言した。


「「ええーーーーーー!?」」


 大絶叫が教室に響く。

 直には悪いけど、ちょっとビクッってなったのが可愛かった。

 でも解せん。

 つるしの言う通り、皆周りの人との距離感みたいなのを掴めてきたばっかりなのに、ひと月も経たないうちに席替えなんて絶対おかしい。


「どうしてですかー?」


 当然、その理由を尋ねる声が上がる。そんなこと想定内だろうに、つるしは苦々しい表情をしていた。


「……先生方から、現在の席に関して苦情が来てるんですよね」


 く、苦情? 先生が席順に苦情とか、おかしくない?

 モンペならぬモン教?


「とにかく、現在の席ではあまりにも授業がしにくいそうなので、皆さんの為にも席替えをします」


 私たちのためって……授業がしにくくなるから? 確かに教師がやる気なかったら、授業もダレるだろうけど……。あ……。

 わかっちゃった。

 今のつるしも、その授業がしにくい状況と同じ感じなんだと思う。つるしは教室全体を見ているようで、一か所だけは見てない。それに、意識しない様にして逆にそこに意識が行ってしまってる感じ。

 ……直のせいだ。いや、せい、っていうのは酷いか。でも、美しさは罪って言うしね……。


「……察していただいて恐縮です」


 つるしは唐突に苦笑した。たぶん、皆が私と同じように直に視線を向けたんだと思う。

 それからは、もう誰も文句を言う人はいなかった。だって、皆自己紹介で経験してるからね。直の前に居て、しかも確実に視線を向けられてる状況。皆の話を総合して簡単に言えば、女子は自分の欠点を突き付けられるような気分になるし、男子は冷たい視線に心を削られる、とのこと。

 なんなんだろうあの子。女神か何かなんだろうか。


「では、この箱から一枚紙を引いてください」


 つるしは、抱えていた箱を教壇にのせた。

 たぶんあれ、つるし側が開いてるんだぜ? それで、直を奥に追いやろうって話さ。汚いさすが大人汚い。っていうかそーじゃないとただのバカだよね。



  ☆ ☆ ☆



 ということで決まりました。

 新しい席は、見事に先生たちが望む形だったと思います。

 そして私の!

 一番窓際の列の、後ろから二番目(縦7×横6の42席で左右両端の最後尾に席は無いから実質一番後ろ)席が、新しい直の席! しかもその隣が私の席だから、ベストアングルで直が見れるのさ! ぐへへ。


「隣だね」

「うん」


 実際はこんな風に無警戒の笑顔を見せるのが今のところ俺だけだから、隣に宛がわれた感じなんだろう。利害が一致するから俺としても文句何て全くないんだけどね!


「おおー、白水さんと赤生さんが近くなんてすげぇ良い席じゃん!」


 直の前に席を移動させてきた、やたらデカい子が屈託ない笑顔を浮かべてる。

 えっと、確か砂石(さざらし)咲夜(さくや)さん。

 ベリーショートが似合う、美人なんだけどどっちかって言うと綺麗って言うよりカッコいいタイプ。背が男子に負けず劣らず高くて、腕も足もすらっとしたモデル体型だ。直との違いは身長もあるけどやっぱり胸かな。ネクタイを取っ払って上着のボタン全開でも主張しないあたり、男勝りって言葉が良く似合う子。


「赤生ちゃ~ん? どこ見てるのかなぁ~?」


 備考。目が笑ってない笑顔が異様に怖い。


「サキ、早く座って。いつまでも置けないでしょ」


 その後ろから顏を出したのは、フレームレスのメガネをかけた黒髪女子、黄道眉(ほおじろ)(あずさ)さん。入学式の時、新入生代表の答辞をした人だ。可愛いんだけど、その雰囲気というか佇まいには、すごく落ち着いた雰囲気がある。

 まぁそれも、


「あずにゃんが前かー。やべ。これハーレムじゃん」

「あなた女でしょ……それとその呼び方は止めろと何回言わせる」


 よく砂石さんと一緒にいるせいかもしれない。手綱役というか、突っ込み役というか。


「白水さんとは話すの初めてだっけ。よろしくー」


 机を置いて、どかっと椅子に跨って砂石さんは直に笑顔を向けた。

 ……いいなぁ。あんな風に振る舞えたらどんだけ楽だろう。躾が身に染みてしまって、あんな態度を不意にとろうもんなら慌てて座り直すような身体になっちゃったんだよね。調教げふんげふん習慣って怖いね!


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 溜め息を吐きたくなるような、一分の隙もない直の挙動。でも、愛想が足りない。笑顔じゃなくて、真顔以上微笑み未満な感じ。まぁあの笑顔を振り撒かれても死人が出るだけなんだけどさ。


「あれ、青海くん。いたんだ」

「何それ酷くね!?」


 俺の後ろの席にいたのは、青海くんだった。この一週間でほとんど誰とでも打ち解けている彼なので、こういったイベントで静かにしているとは思わなかった。


「智くんは席変わらなかったね」

「そうだね」


 窓側から三列目、最後尾で爽やかな笑顔を返してくれる智くんは、早くも女子の清涼剤になっている。「え、フォローなし?」とか隣で笑ってる青海くんは置いておくとして、智くんの方に身体を向ける。ついでにちょっと体を乗り出して近づいて、口の動きを悟られないそう手で隠しておくことも忘れずに。


「(良かったね、近くになれて)」

「なっ、……なんのことだか」


 分かりやすいね~。ひひひ。智くんがシスコンだなんて見てれば分かるのにね。

 と思って笑っていたら、思わぬ反撃を受けた。


「司さんも良かったね。近くの席に来れて」

「へ?」


 思わぬ反撃……というか、反撃なんだよね? と疑いたくなるような攻撃力の低い返しだった。バルカンとかカロリックミサイルとか、あんな感じ。

 どうせならもっとこう、ズバッとくる反撃が欲しかった。エーテルちゃぶ台返し。

 前も十分直に近い席だったけど、隣ならより確実に間に入れることは間違いない。


「うん。まぁ近くにいれば何かと安心だしね」

「え?」

「え?」


 会話がかみ合ってないらしい。はて。どこで間違えたのかのう。

 パンパン、と手拍子の音が騒がしい教室に響いて、皆の視線が教壇のつるしに集まった。


「はいはい。皆盛り上がってるところ申し訳ないけど、もう授業始まるから準備するように」


 知らず知らず浮かれていた俺を含めクラスメイトたちは、焦って次の授業、現代社会の準備を始めた。



  ☆ ☆ ☆



 午前中の授業が終わり、昼休みへ。

 この身体になって胃も小さくなったのか、小振りの弁当箱を取り出す。


「直、机くっつけよ」

「うん」


 これまでは流石に面倒臭いから椅子だけ移動してたけど、流石に隣だと楽だね。

 がたた、と机を移動させていると、勢いよく立ち上がった砂石さんがさらに勢いよく振り返る。身体が大きいから無駄にダイナミック。


「赤生さん白水さん、あたしらも一緒に食べていーかな?」


 その背中からひょこっと顔を出した黄道眉さんが可愛かった。


「勿論」


 勿論快諾。直も頷いて首肯する。


「白水さんのとっなり~」


 言いながら机を移動させる砂石さん。これで三つ合わせたわけだけど、四人で使うにはちょっと手狭かな。青海くんがどっか行ってるから机を拝借してもいいかもしれないけど、ここはちょっと勇気を出してみよう。


「子子子さん」


 ビクッ、と身体をビクつかせ、俺の前の席に座る子子子(すねこし)(とも)ちゃんは恐る恐るだけど振り向いてくれた。


「一緒にお昼食べない?」

「え、えっと……」


 子子子さんは一度顔を俯かせ、盗み見るように直、砂石さん、黄道眉さんの表情を窺っている。仲間になりたそうにこちらを見ている、んじゃなくて、怖がってる感じですね。分かります。いや、ここまで怯えられる理由は分かんないんだけどね。


「む、無理にとは言わないよ? ほら、一人で食べた方が美味しいってこともあるし」


 だからと言ってトイレに行きます、なんて言ったら強制で一緒に食べるけどね。ああいうの、なんでか知らないけど俺の心を抉るから大っ嫌いなんだ。……本気で望んでそうしてるなら別だけど、トイレにいるだけでご飯三杯いけます! トイレットペーパーこそ究極にして至高! なんて人はいないよね。


「い、いえ。い、一緒に入れてくれると……嬉しい、です……」


 何この子可愛い。でもこーいうの苛々する人には駄目だろうな~。よし、この小動物は保護しよう。


「じゃあ机くっつけて、と」


 中学に戻った気分だ。黄道眉さんがお誕生席みたいだけど、特に気にした様子がないので構わないだろう。


「つ、司……」

「ん? どした?」


 直が顔を近づけてきたから、身を乗り出して聞き耳を立てる。うーん。美人は三日で慣れるっていうけどあれは嘘だね。ソースは俺。現に今ドキドキしてるし。

 でも対策は見つかったんだ。対策と言うか、無事でいられる法則。顔を直視しない、それだけ。それだけで、なんということでしょう。心不全も不整脈も起さず、囁くような直の美声を間近で聞くことができるではあ~りませんか。

 ……とまぁ、こんなふうにテンションがおかしくなるのは相変わらずなんですけどね。

 で、直の用件はというと、


「(こ、こんなに女子がいると、緊張するんだけど……)」


 以前のコミュ不足が祟って、そんなことを言った。

 小中学でも女子と机を並べて給食を食べてたけど、女子ばっかりなんてことはなかったしね。


「(……慣れろ!)」


 獅子は子を強く育てるため谷底へ突き落すという。まさにそれだ。フィクションだって気にしない。


「……」


 見るからに気落ちしながら席に腰を下ろす直を横目に見つつ、俺も席に座り直す。

 と、ふと視線を感じて周りを見てみたら、何かやたらと注目されていた。

 死神の存在を示唆された名探偵のように椅子から落ちそうだったけどなんとか堪えた。


「な、なに? どうかした?」

「い、いえ……」


 と頬を朱に染めつつ顔を背ける子子子さんと黄道眉さん。

 同じように顔を少し赤くしながらも、砂石さんは苦笑を浮かべる。


「いやー、キスでもすんのかと思っちゃったよ」

「ごふっ」


 吹きだしたのは俺でも直でもなく、斜め後ろでジュースを飲んでいたらしい智くんだ。どうして君が……。おかげで突っ込むタイミングが無くなっちゃったじゃないか。


「智、大丈夫?」


 心配して席を立つ直。それは追い打ちにしかならないと思うよ、直。たぶん、今本当にしてほしいことは無かったことにすることだと思うから……。

 ていうかよく今の聞き流せたな。大方、自分のことだと思ってないんだろうけど。


「赤生さん」


 今度はなんぞ? と呼ばれた方……後部ドアを見たら、手招きしてるクラスメイトと、ドア越しに生徒会長が見えた。俺と一緒に気付いた人たちが多いのか、俺がビビるのと同時に教室がざわついた。三年生……それも生徒会長が、一年生の教室に出向く事態なんて誰も想像できませんよ。

 近づくと、なんというかオーラを感じた。人を統べる器というやつだろうか。あの朝と違い焦っていないからか威圧感はなくなってるけど、射抜くというより見抜くような視線が、なんとなく俺を落ち着かなくさせる。


「なんでしょうか」


 副会長である姉さんへの伝言……はないか。今日もちゃんと登校してるはずだし。


「以前のお礼がまだだと思ってね。今日は用件だけ伝えに来たんだ」

「そんな。お礼されることしてませんし」


 メガネを拾っただけ。


「気を遣ってくれるなら、私の自己満足に協力してくれる方が嬉しいな」

「は、はぁ……」

「22日、何か予定はある?」


 22日……今日が16で月曜だから、日曜?


「いえ、特に……」


 ってちょっと待て! 何正直に答えてんだ馬鹿か俺は!


「22日の正午、鳳前駅前で待ってる」


 この人、本当に高校生なんだろうか。佇まいが大人っぽすぎるし、本当は社会人なんじゃね? 高校って潜入活動の舞台によくなるし。


「っていうかざわつき過ぎっ!」


 振り向いて一喝。お前ら好奇心旺盛すぎるぞ! それと直は生徒会長睨み過ぎ。


「すまない。場所を変えるべきだったね」


 本当にね。


「それじゃあ、楽しみにしてる」

「あ、ちょっ」


 行ってしまいました。神出鬼没。ドアから体を乗り出した時にはもう廊下にいないとか、何あの人。縮地でも使えるの?


「まぁいっか。ごはんごはん。今日のおかずは何かな~」


 好奇の視線なんか無視無視。


「は、赤生さん、生徒会長に誘われるなんてすごいね」

「ちゃうねん」


 まさか子子子さんが突っ込んでくるとは思わなかった。目がキラキラしてるし、なにか良からぬ誤解をしてるよね。絶対。


「道端でぶつかっちゃって、その時落としたメガネを拾っただけなんだよ?」

「ベタ……」


 黄道眉さんの呟きは尤もだと思う。


「だよね。そんなんでお礼なんて大げさすぎるでしょ? きっと何かあるんじゃないかな」


 かたーん、と箸が落ちる音がして、見ると直が驚愕の表情で固まっていた。


「な、直……?」


 声を掛けられて意識を取り戻したのか、直はにっこりと笑顔を浮かべる。


「何かあるって何かしら、司。……ふふ。生徒会長ともあろう者が、こんなに可愛い司に一体何をするつもりなのかなぁ?」


 あ、やばい。


「し、白水さん?」

「なぁに?」

「い、いえ……」


 あーあ。勝気そうな砂石さんも顔真っ赤。勝気そうは関係ないか。

 笑顔一つで黙らせる……というかホント、あの笑顔は振り撒かせちゃ駄目だな。


「直。姉さんが副会長なんだからきっとそれ関係の話だよ」

「そうかもしれないね。でも、万が一のために去勢しておくべきだと思うんだ」


 ざわつくクラスメイト。

 純真な笑顔でなんて卑猥なこと言うんだこのバカ!

 ああもう! 教室が変な空気になってるし! しょうがない!


「直。ちょっと来て」

「?」


 了承なんか待たずに、直の手を掴んで教室の外へ。教室を出て右奥に進むと階段があって、二階と三階の踊り場で立ち止まる。人気が無い場所だけど誰が聞いてるかわからないので、直の耳元に近づいて小声で話すことにした。


「(実は生徒会長、姉さんのことが好きなんだよ。姉さんも満更じゃないし、私もそれに協力したいんだ)」


 本当は男に興味あるのかどうかすら怪しいけどね!


「(私を心配してくれるのは嬉しいけど、ここで変なことしたら、誰も良い思いしないんだよ)」

「ご、ごめん……」


 しゅん、と項垂れる直。なんとか冷静になってきたみたいだけど、これからの為にもなんとか対策をしておかないと。毎回テンパられても困るし。


「直」

「な、何?」


 俺が真剣な表情をしているから、直も少し表情を引き締めた。


「■■■■に興味ある?」

「          」


 あ、固まった。

 でも止めてあげない。


「私はあるよ。こんな風になっちゃったからには子供だって欲しいし」


 本当は全然思ってないけどね! つーか想像できんし、野郎に恋愛感情抱くのだって無理。


「こ、ここ、っここ……」


 顔が真っ赤になった直も可愛いなぁ。


「別に高校でその相手がいるわけじゃないだろうけどさ、それなりの経験をしておくべきだと思うんだよね!」


 これは本当にそう思う。性的な話ではなくて。


「直が男を嫌うのも分かるよ。でも、周りの人の可能性まで奪っちゃダメだと思うんだ」

「こ……こど……」

「おーい、直―?」


 帰ってこーい。


「……」


 返事が無い。生きた屍のようだ。

 仕方ないから直の手を引いて教室に戻った。折角の昼休みなのにもう十分も時間を使っちゃってるから、真っ赤な顔の直に色んな反応を示すクラスメイトたちの視線には気付かなかったことにして昼食をとり始める。

 今日はミートボールとミニグラタン弁当。母さん、冷凍食品で大半を埋めるのは如何なものか。とか、そんなことを話題にしながら箸を進めていく。


「白水さん、だいじょぶ?」

「うん……大丈夫……」


 暫くすると直の表情も元に戻ったけど、時たま思い出したように顔を真っ赤にして箸を落とすから、周りが妙に緊張してしまっていた。


「赤生さん、何かしたの?」


 黄道眉さんが落ち着いた調子で聞いてきたけど、流石に本当のことを話すわけにはいかない。


「んー、これからのことをちょっと」


 直のお弁当は生姜焼きがメインディッシュ。直の作る生姜焼き、みそが少し入ってて俺の大好物だったりする。


「直、あーん」

「へ? あ……んむ」


 開いた口の中にミートボールを挿入。ちゃんと咥えたことを確認して箸を引き抜き、そのまま生姜焼きへと伸ばす。


「等価交か~んっ」


 ウマー! 

 使ってるミソが違うのか配分が違うのか、母さんが造ってもこの味が出せないんだよね。


「おのれ、イチャイチャしおってからに……」

「? 砂石さんも交換してもらえば?」


 弁当なんて給食だった中学の時はたまにしかなかったから、おかずの交換なんて定番のイベントだと思ってたのに。やっぱり同じ県でも文化は違うものなのかな。


「え? いいの?」


 もぐもぐしながら、直はちょっと顔を赤くしたまま小さく頷く。


「マジ!? 実はちょっと狙ってたんだよね!」

「ちょっとサキ。はしたないよ」


 箸を鳴らす砂石さんに、黄道眉さんが空かさず諌める。


「だって見てみ? なんかもうプロだし。購買で売れんじゃん」


 確かに直のお弁当は味は勿論のこと、彩も鮮やかというか一色に固まったりせず、しかもメインや惣菜といったバランスまで綺麗に盛り付けされてる。


「白水さんたちのお母さんて料理の先生かなにか?」

「いえ。違いますよ」


 それっきり説明しようとしないので、俺はつい口を挿んでしまった。

 ただ単純に、直が褒められていることが嬉しくて、もっと評価されるべきだって思ったからだ。俺一人の褒め言葉ではお世辞だって勘違いして信じてもらえないけど、皆から言われれば直だって考えを改めるんじゃないかっていう思惑もあった。


「それ、直が作ってるんだよ」


 教室が妙に静まり返ったことに、俺は気付いていたのに……その理由に気付くことができなかった。


「え……ほんとに……?」


 砂石さんの驚いた表情も、どこか鬼気迫るものを感じる。

 確かに女子高生ができる腕前じゃないかもしれないけど、そこまで信じられないようなことだろうか。そんな風にこの時の俺は考えて、ちゃんと肯定が伝わるよう強く頷いた。


「うん。本当」


 そして次の瞬間、クラスメイトの視線が智くんに集中する。


「くっ……!」


 駆け出す智くん。


「逃がすな!」


 誰だか分からなかったけど、一人の男子の声に反応した通路側の男子が動く。

 教室から出すまいと殺到する障害に、そこはバスケ部期待の星。するすると躱していく智くんはついにドアに手をかけ――


「はーら減ったー腹減ったー」

「げっ!」

「おげっ!」


 いきなり現れた青海くんに衝突しましたとさ。


「う、うぐぅ……な、なんぞ……?」

「ナイス彼方!」

「お、おう……?」


 通路で呻く青海くんに称賛の拍手が飛び、智くんは確保されて椅子に拘束された。


「ちょ、何? どうしたの?」


 流石に訳が分からなくて、冷静そうな黄道眉さんに聞いてみた。砂石さんとの付き合いで大抵のことに慣れてそうな彼女でも、流石に今の光景には顔を引き攣らせてる。


「……白水くんが白水さんの手料理を食べていたことに対する嫉妬……かな」

「……」


 開いた口が塞がらない。

 え、何? 直ってもうそんなに神みたいな位置づけなの? こんな美男美女ばっかりのクラスでも?

 ナオ……恐ろしい子!

 この場を抑えることができるのもきっと直だけだろう。


「直、智くんが危ないよ」

「あ、うん……司、ミートボール一個貰うね」

「え? どうぞどうぞ」


 もともと生姜焼き大きかったから、二個以上の価値はあったし。と、宣言通り直は箸でミートボールを掴んだ。

 ふらっと立ち上がり、直は智くんが縛られてる椅子の元へ。


「智……今の冷凍食品って、美味しいんだね」

「そ、そうなのか?」


 何の話をしてる、と突っ込みを入れる間もなく直は箸を持ち上げて智くんの口元へ。


「あーん」

「へ!? あ、むぐっ」


 繰り広げられる、不可解なご褒美。なんだこれ。誰か説明してエロい人! あ、俺か。

 智くんがもきゅもきゅと咀嚼し、飲み込むまでの時間に流れる静寂。


「どうかな。うちも冷凍食品、入れた方がいい?」

「え、あ、いや……俺は直の料理の方が、好きだし……」

「そっか……ありがとう。……ねぇ、智」


 異様な雰囲気に、クラス全体が固唾を飲んで状況の行く末を見守っている中、


「子供って、どうすればできるんだっけ」

「直!?」


 今学期始まって以来(まだ一週間と少しだけど)の爆弾発言が飛び出しましたとさ。

 子供の素朴な質問かっ!

 口の含んだ物を吹きだす人、噎せ返る人、言葉を失う人、動悸を起す人。

 まさにカオス。

 こんな伏線になるか!? 普通!!


「直、私が悪かった! だから落ち着け!」

「え、でも私、何か勘違いしてるかもしれないし……」


 駄目だこの子! 全然立ち直れてなかった! 目が死んでる! っつーか光彩が無いし! レ○プ目、ダメ、絶対! 美女の綺麗な笑顔だと余計に怖いわ!


「ねぇ、智……どうして答えてくれないの……?」


 もうやめて! 智くんのライフはゼロよ!

 いやマジで!


「直! 言い過ぎたから許して!」


 思いっきり肩を掴んで揺さぶる。


「ちょ、つかさ、揺れっ……はっ!」

「な、直?」


 揺らすのを止めると、直は辺りを見回した。


「あ、あれ? 皆どうし……さ、智!? なんで縛られてるの!?」


 正気に戻ったらしい。皆が胸を撫で下ろしていたけど、たぶん一番安心したのは智くんだと思う。まぁ、一番がっかりしてるのも彼かもしれないけどね。

 結局、智くんの罪に関しては有耶無耶になって、直が解放するのを誰も止めなかった。

 結果的に見れば、私が言った通り直が解決した訳だけど、勿論狙ってやったわけじゃないだろう。これで椅子の裏で紐を解いてた時、


(計算通り……!)


 とか言ってたら怖いな、って思ったら本気で寒気がしたので途中で妄想を止めておいた。

 奇跡的なことに、直は淫乱、痴女といったレッテルを張られることは無く、私が何か言ったせいで錯乱していた、というほぼ正しい認識をしてもらったことは不幸中の幸いなのかもしれない。



  ☆ 四月十六日(月)18:26 ☆



 午後は不気味な程に何もなく終了。あ、席を移動したせいで掃除場所が移動になってちょっと混乱したことくらいだろうか。

 ともあれ、特に寄り道をすることなく帰宅。


「さて、何か言い分はある?」


 リビングのテーブルを挟み、姉さんと対峙しております。真面目モードの姉さんを初めて間近で見たけど、生徒会長もかくやというオーラを放っております。

 でもなぁ……、その理由が……。


「この画像、もう少しで出回るところだったんだからね」


 俺と姉さんのちょうど中間に置かれてる携帯に表示されてる画像、昼休みの踊り場で直と内緒話をしているところだ。

 それがこう、角度的なせいで、キスしてるようにしか見えないんですよね。


「キスするなとは言わない。場所を選びなさい!」

「ちょっと待とう姉さん」


 色々とおかしい。いや、ある意味ベタなんだけども。


「これ撮った角度のせいでそう見えるだけで別にキスなんかしてないしそもそも直とキスなんかするわけないし生徒の模範であるべき生徒会役員の姉さんが不純異性交遊を認めるような発言をするのはどうかと思うよっ!」


 つい意気込んで一息も入れずに言ってやった。ていうか、勢いに任せないと恥ずかしくて言えない単語があるんだよ。家族とキスの話とか最悪だろ!


「え~、何にもないの?」

「ありません」


 何故そこで不満そうな声を上げる。


「他の人には聞かせられない話だったから、人気のないところで耳打ちしてただけ」


 まぁ、その状況が誤解を生ませやすくしてるとは思うけど。李下に冠を正さず、ってやつだね。


「ふぅん。なら今後はメールとかラインでやりとりするしかないかもね」

「え、なんで?」

「だって貴方たち、注目の的だから」


 あ、あれ、おかしいな。なんか、言葉が聞こえた筈なんだけど、それを理解するのを拒んでるのか上手く聞き取れなかった。


「ごめんなさい、もう一回言ってくれますか?」

「お姉ちゃん大好きっ、って言ってくれたら言ってあげ「じゃあいいや」えっとね、貴方たち、注目されてるから人目なんかどこにでもあるわよ」


 なん……だと……?

 直が注目されるのは分かるよ。でも、今の姉さんの言い方だと俺もその対象に入ってる感じがする。……訳が分からない。


「な、なして……?」

「うーん……本当はもうちょっと調べてから教えてあげるはずだったんだけど、仕方ないか」


 なんか、相当不穏当なことを匂わせることを言った。


「司も気付いてるだろうけど、一年四組って異常でしょ?」

「うん」


 それに異論はない。簡単に言えば全員が眉目秀麗。さすがに全員は知らないけど、性格才能は汎用・特機なんでもあり。三国志の文官武将英傑全員集合、みたいな感じ。

 だからこそ、平凡な俺がその括りにいることが分からないし、まして注目される理由が無い。直の近くにいるから特別視……はないか。むしろ霞むだろうし。


「そんな中でも直ちゃんは特に綺麗だし司は可愛いから目立ってるみたい」

「そんなバカな……」


 野郎どもの目は節穴か? いや、直が一番美人だってのは認めるけどさ。


「あと、男子では黒酒って子がトップかな? あとは団子……っていうより群雄割拠って感じかな」


 黒酒くんか。確かにイケメンすなぁ。人と話してるところ、あんまり見たことないからどういう人なのかまだよくわからない人筆頭だ。ちなみに、偶に視線が怖い。

 けれど、そこまで騒ぎ立てる意味が解らない。いつか総選挙でもやるの? 握手会でもやるの? 交際が発覚したら坊主にでもさせられるんだろうか。

 それと、どうして姉さんがそんなことを調べてるんだろう。


「で、さっきの画像」


 姉さんは携帯の画面を指でスクロールさせ、一覧状態に移行させた。


「うへぇ……」


 そこに表示されているのは、うちのクラスの写真ばかりだった。ストーカーされてる人の気持ちが少し分かりました。ビビるし、寒気がする。


「撮ってたのは写真部だし、捕まえたのは先生だったから問題にはならなかったけどね。一応うちって風紀委員も生徒会が兼ねてるから、先生たちと今後の対策練らなきゃいけないの」

「な、成る程……」


 なんか、言っちゃ悪いけど結構真面目な話で拍子抜けだった。


「盗撮じゃなくて、ちゃんと申請して了承もらえたものなら学校のブログでも新聞でも載せていいんだけどね。日常の何気ない表情が一番っていうのは分からなくもないけど。ふふ」


 姉さん。本音が漏れて顔が綻んでますよ。

 ことが終わったらあれ、ちゃんと削除されますように。藪蛇が怖くて言えないけど。


「というわけで。貴方たちは暫く人目を気にした方がいいよ」

「……うん、わかった。ありがとう姉さん」


 お礼を言うと、姉さんは満面の笑みを浮かべて手招きする。


「な、何?」


 聞いても返事はない。仕方なくテーブルを迂回して姉さんの元へ。

 座っているソファーのすぐ横をポンポンと叩く。座れ、という合図だろうか。……嫌な予感しかしない。


「あ、課題やんなきゃ」


 部屋に行こうとしたら腕を掴まれて動けなくなってしまった。

 痛くないのに動けない。何らかの力が働いているようだ。


「……はぁ」


 諦めて姉さんの隣に座る。


「むぐぅ」


 案の定抱きしめられましたとさ。


「はぁ……癒される……」


 真面目な話をした反動なんだろうか。充電中(?)の姉さんのそんな声が聞こえた。もう姉さんのことが分からないよ。

 なんか今日はごたごたしてたし、こんなことしてると……


「ただいまー……んなっ! てめっ、ズルいぞ晶!」


 やっぱり兄さん帰ってきちゃったじゃないか。あー……ぬくいなぁ……。


「うっさいクソアニキ」

「ほう……兄の威厳を取り戻す時が来たようだな……」


 いやぁ……もう争ってるものが妹な時点で威厳も何もないんじゃないかな……。

 んー……眠くなってきた……。

 何か、骨が軋む音とか悲鳴が聞こえるけどどうでもいいや。

 おやすみなさい。


次回……


伏線回と説明回でネタもなく、しかも短いです。


……次回も、面白さレッドゾーン!(ダメな意味で)

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