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届かぬ想い(彼方)

  ω 四月八日(日)13:52 ω



 毎朝気づけばフルチャージ。男子の身体ってエロいね!

 どうもこんにちは、青海彼方です。この前さっきのようなことを言って悠の顔を赤くすることに成功しました。でもあれですね。好意を寄せない野郎が頬を赤く染めたって、嬉しくもなんともないんだからね!

 さて、今日は比較的東西に長い我が県の中央部にやってまいりました。買い物とかでよく東部の臨海部には行ってたから、今回は西へ。ということで、中央だね。鳳雛もほとんど中央だけど、学校より若干西部。

 まずは定期券を持ってる私鉄も通ってるから接続が楽な海側から攻めるぜ!

 と意気込んで来たものの、オレの住んでる東部とそんなに変わらないから物の数分で飽きた。一応店の名前と種類はチェックしておくけど。


「なにブツブツ言ってんの」


 そんなオレの隣を歩くのは、我が姉気味……違った、姉君、此方。

 お母さんの命令に逆らえず、オレの監視役を押し付けられた可哀想な姉である。そう。可哀想なのは信用が無いオレじゃなくて、此方の方だ!


「だからブツブツ気持ち悪いって。で? なんでこんなとこに来たわけ?」

「つまんねぇこと聞くなよ! 痛いっ!」


 どうしてすぐ殴るかなこの姉は! ネタにマジ(レス)れするなんて最低だ!


「いやぁ、誰とでも話せるためには色々知ってなきゃいけないじゃん?」

「で、それがどうしてこんなとこ歩き回ることになんの」

「やっぱり、地元ネタって打ち解けやすいじゃぁ~ん?」

「……まともなだけに、ドヤ顔がいつも以上にムカつく……!!」


 此方は震える右腕を左腕で抑え込むように掴んでいる。流石にやっていい境界線があるらしい。


「でも流石にこうなんもないと話題にもできないかな」


 そろそろ内陸の方に足を向けるか、男子に話を合わせるために適当なマンガかアニメを借りて帰るか。

 迷っていると、標識に臨海公園って文字が見えた。よし、ここを見て帰ろう。

 そう思い足を運ぶと、結構広い空間に防風林の緑と花壇の緑、それに噴水を中心にした水路を張り巡らせた、理路整然とした公園が広がっていた。結構広いのに、あまり交通機関との接続が悪いせいか、人はいない。

 むしろ、オレたちの他には二人しかいなかった。


「うわ……すっごい美人……隣の子も……」


 そんな此方の独白。


「あ、クラスメイトだよ。あの二人」

「え!? 嘘っ!?」

「あの美人の子が白水直ちゃん。可愛い子が赤生司ちゃん」


 いやぁ、あの二人が一緒にいると本当に映えるね。この場に他に人がいないのって、あの二人が発する光に皆逃げ出した、だったりして。無いか。むしろ人が集まってしまうだろうよ。


「あんたまさか、あの二人のこと調べて……って彼方!?」


 後ろの方で此方が何か言ってるけど気にしなーい。


「お二人さーん、奇遇だねぇ~!」


 声をかけると、二人とも振り返る。目の錯覚だろうか。こう、キラキラした何かとピンクと白の何かが背景を埋め尽くした気がした。このままだと私生活に支障がありそうだから一応目を擦ってみてから、改めて二人に視線を向ける。

 うん。背景は普段通り。二人は、


「なんだ。ただの女神か……」


 呆気にとられていた様子の赤生さんが、なにが可笑しかったのかわからないけど吹きだした。


「あははは。青海くん、だよね。奇遇だね」


 何この子。超良い子なんですけど……! 溢れ出す慈愛。


「……」


 一方、白水さんは警戒心を隠そうともしない眼差しを向けてる。その表情すら絵になるんだから、美人って損だね。


「こら直、威嚇すんな」

「……」


 ふいっとそっぽ向く白水さん。飼い主と猫みたい。


「青海くんは彼女とデート?」

「違うよ。おーい、此方ー」


 手を振って呼ぶと、携帯を弄っていた此方は思いっきり顔を引き攣らせてこっちに早歩きで向かってきた。


「ちょ、大声で呼ぶな馬鹿」


 叩かれるかと思ったけど、流石に人前ではやらないっぽい。

 な~る。そういう封じ方もあるわけだ。


「姉の此方です」

「こ、こんにちは」


 オレの紹介に合わせ、まるで借りてきた猫のように愛想よく振る舞う此方。内弁慶とかじゃなくて、単純に緊張してるっぽい。はっ。人前で緊張ってタマかよ。

 猫だけに!


「ちょっと彼方、何ドヤ顔してんの。引かれてるから」


 おおう。確かに、赤生ちゃんの笑顔は苦笑になってるし、白水ちゃんの視線は更に冷たくなってる。

 こりゃタマらn(自主規制)


「(ていうか何? あんた、あの綺麗な子に何かしたの? 私を見るときと目が全然違うんだけど……)」

「(うーん、友達になって下さい、って言っただけなんだけどなぁ)」


 別にいきなり付き合って下さい! とか、下着何色ですか!? え!? そんなブランド物なんですか!? あそこの可愛いの多くていいですよね! とか言ったわけじゃないのにな。


「もしかして、白水ちゃんって男嫌い?」

「「!」」


 あ。当たりっぽい。


「ばっ……彼方! あんた空気読むことだけが取り柄だったでしょうが!!」

「此方……空気を読むことと、顔色を伺うのは別物なんだよ?」

「良いこと言った風に関係ねーこと言うな」

「痛いっ!」


 あー、でもこのままじゃデリカシーない奴なだけか。


「ごめん。智と話してたときはそんな感じしなかったから」


 頭を下げる。

 なんなら土下座したっていい。そんな軽いプライドは持ち合わせていませんから。

 今こそ見せよう、秘技、ジャンピング土下座を!


「……別にいいです」

「ありがとう!」

「っ!」


 びくつく白水ちゃんペロペロ。

 くよくよしないのが我輩の良いところでありまーす! 我が野望“人類みな家族”の前に、一人たりとも例外は存在しないのさ!!


「オレのことは男なんて思わなくていいからさ。いつか友達になろーね!」

「……」


 うーん、まだ先は長そう。

 やっぱり見立て通り、1番の難関は白水さんぽいな。


「彼方。事情知らない子にはただの軽薄な野郎にしか思えないから」

「そんなもんかなぁ?」


 自分の立場に置き換えて考えてみる。

 ……自分に置き換えたら、なんだこいつ、としか思えませんでした。てへっ。


「赤生ちゃんとも昨日あんまり話せなかったよね。よろしく」

「あ、うん。よろしく」


 うん。いい笑顔。

 人は解り合える。こんなにも簡単なことなんだね。


「赤生ちゃんって、家この辺りなの?」

「そうだよ。青海くんも?」

「オレんちは東部の内陸。白水ちゃんもこの辺?」

「答える義理はありません」

「うわあ冷たい」


 あ、あれ? なんか、変な気分になってきた。あの視線でもっと冷たくあしらわれたい……いやまて早まるな。

 それは踏み越えちゃいけない一線だ。


「あんた、本当に嫌われてんね」

「お、オレ個人じゃないけん! 性別が嫌われとるだけじゃけん!」


 ……もうこの身体のことばらしちゃおっかな。そしたら、少しは警戒心を解いて……くれないか。まず信じられないよね。

 むしろ余計警戒させるやもしれぬ。


「ここで会ったのも何かの縁。アドレス交換しませう」

「うん、いいよ」


 快諾してくれる赤生ちゃんマジ天使!

 白水さんはちょっと複雑そうな表情で赤生ちゃんの携帯を見つめている(勿論自分の携帯を出す素振りはない)。

 まぁこの容姿だし、昔何かあったのかもね。

 ケータイ小説的な展開とか、エロゲ的な展開とか、同人誌的な展開とか。後の二つは最近ネットで見たばっかりなんだけど、本当に変態すぎて引きました。ドン引きです。特にNTR最低。

 あ、でもカレシがいたことないんだっけ。

 ……余計酷い状況しか思いつかねぇぜ。


「な、何涙目で見てるんですか。そんな顔したって、あなたと交換するアドレスなんかありません」


 ぷいっ、とそっぽ向いてしまう白水さん。あーあ、二次元だったらこれ、デレるキャラなんだけどなぁ。

 悲しいけどこれ、現実なのよね。


「大丈夫大丈夫。友達になってもいいって思えたらでいいよ」


 よし、これであっちから歩み寄れる布石になった筈!

 っていうかこれ以上冷たくされたら本当に変な性癖に目覚めそうで怖い。


「じゃあオレらは帰るから。邪魔してごめんね~」

「あ、彼方。本当にウザくてごめんね。あとで殴っとくから」


 剣呑なことを言う此方。

 冗談だと思うだろ? あれ、本気なんだぜ?

 うわぁ……帰りたくないなぁ……。


「全然ですよ。ていうか勿体ないからあんまり殴らないであげてください」


 いやホント赤生ちゃんマジぐうの音も出ない聖人!! しかもまったく社交辞令っぽさがないあたり、最高すなぁ。


「白水さんも、ごめんねしつこくて」

「いえ。お姉さんが謝ることではないですし……」


 おおう。

 やばい。やばいやばいやばい!

 ドキがムネムネするぜ!

 赤生ちゃんすげぇ……よくあの笑顔に堪えられるな。


「あ、えーっと、もし良かったら、なんだけど、二人とも、連絡先教えてくれない?」

「え? いいですけど……」


 なんということでしょう。

 赤生ちゃんだけでなく白水ちゃんも携帯を取り出しました。

 本当に男嫌いなんだよね? 彼方嫌いじゃないよね? 泣いちゃうぞ☆

 でも何で此方がアドレス交換なんて提案したんだろう?

 高校も違うのに。あ、女子高だから、変な方に目覚めちゃったとか?

 愛にも色んな形があるからなぁ。歪んでるとか、偏屈だとか、そんなの第三者の勝手な言い分だよね。


「じゃあ、彼方が何か粗相したら教えてね。きっちり叱っておくから」

「歪んだ兄弟愛だ!」


 これじゃあヘタなことが出来なくなるじゃないか!

 その歪み、このオレが断ち切る!!


「HAHAHA、気にしなくていいんだよ二人とも。此方ってば、友達がいないからって妹をダシに使うなんてイケないんだゾ☆ 痛い痛い痛い!!」


 指はそっちに曲がらないから! オレの両手の人差し指は180°以上曲がらないよ!


「人を指さすな。それと友達くらいちゃんといる」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「ごめんなさいは一回」

「ごめ、初めて聞いたよそんな言葉!」


 うう……あ、よかった。ちゃんと曲がる。

 ふと視線を感じて顔を上げたら、赤白コンビが何やら思案顔をしていた。白水ちゃんのほうは相変わらず絵になるし、赤生ちゃんのほうは助けたくなる魔力がある。


「どうかした? あ、此方の暴力は毎回だから気にしないで」


 あれ? でもたしか、やられてる人ってDVだって認識しないんじゃ……。い、いやホント、此方ってば愛情表現が下手だからなぁ~。


「あ、えっと、そうじゃなくて」


 どこかたどたどしく、赤生ちゃんが口を開く。

 あ、言っちゃうの? っていう白水ちゃんの表情。


「……仲良いんだね! 青海くんとお姉さん!」

「その大きな目はガラス玉なのかな?」


 死線が見えてて、此方がそれをうまく逸らした攻撃をするから感心してるとか?

 な、なんか、白水ちゃんの視線がさらに冷え込んでる。

 ……よし、実験。


「赤生ちゃん赤生ちゃん」

「司でいいよ。言いづらいでしょ? それ」

「おっけ。司ちゃんてさ、すげぇ可愛いよね!」

「へ!?」


 あらら。結構言われ慣れてそうなのに、赤くなっちゃっててマジ可愛い。

 直ちゃんは……おうふ。すげぇ……もう冷たいを通り越して痛いよ。視線が。

 警戒心隠す気ないなぁ。よし、もういっちょ。


「直ちゃんはすげぇ綺麗!」

「……」


 特に恥らった風でもなく、そっぽ向く直ちゃん。「言われなくても分かってます」じゃなくて「そんなお世辞には興味がありません」みたいな感じ……かな。それと、それを見てオレに苦笑を向けてくれる司ちゃん。

 なんとなく二人の関係は分かったかな。うん! 棚からぼた餅。予定以上の収穫だべ!


「間違っても二人に恋しちゃったりはしないからさ、これから仲良くしよーね! んじゃ!」

「あ、こら彼方!」


 この身体だって、女の子と恋愛とか想像できないしね。

 足を止めて顔色を窺うのは止めた。

 嫌われたっていいから、本心で付き合える友達を作るのさ!

 そのためには、オレがまず進んで向き合わないとね!



  ω ω ω



 帰りの私鉄。

 通勤時以外はそれ程こむことは無いし、それなりに観光で使われる線だから、昼間は男女専用車両はない。

 海が見える、進行方向に向かって左側の席に座ってのんびりしていると、此方が口を開いた。


「あの二人が同じクラスって、あんた運がいいね」

「だよね~。でもうちのクラス、皆レベル高いんだよ」


 本当、一人くらいメイクして「ビックリ☆わぁキレイ」的な子とか、俺物語的なイケメンがいてもいいと思うんだけどね。


「まじ? そういえば黒酒くんも同じクラスなんだっけ。……周りからのやっかみもすごいんじゃない?」

「かもねー」


 というか、実際訝しむ声はあった。選択科目は三組と同じはずなのに、っていうのが一番しっくりきたかな。言ったの、うちのクラス人だけど。


「あれじゃね? 不良を辺境の教室に纏める、みたいな感じの逆とか」

「あるあ……ねーよ」

「ですよなー」


 纏める意味ないもんね。つるりんは普通そうな担任だし。つっるりーんって呼んだら飛び出してきそうだけど。


「で? 気になる子とかいないの?」

「あんたも好きねぇ」


 目が輝いている。純粋じゃなくて、こう、獲物を狙う感じだ。メシのタネを嗅ぎつけた感じだ。


「恋愛とかできるわけないじゃん」


 そういえば、この身体になって女の子と気軽にスキンシップできないや。手繋いだりとか、普通にやってたのになー。

 とか思ってたら、此方の視線が馬鹿を見るような目になっていた。まぁ家ではほとんどこの視線だ。逆に家の外みたいな普通の視線の方が新鮮だったりする。


「はぁ? 何言ってんの? 女の子どうしなんて普通にあるし、男同士だって」

「あるある」


 そりゃ女子高にはそーいうこともあるでしょう。でも、うちは駄目なんだって。大体の組み合わせが様になりすぎるから。


「っていうか此方、いつから腐ったの?」

「腐ってねーし」


 手をふりかぶる此方。見える。私にも敵が見えるぞ。

 だが敢えて避けんっ!


「痛っ。……ふっ。流石此方。腐っても痛いっ」

「腐ってねーから」


 言い切る前に殴るのは止めて欲しい。せっかく躱さなかったのに、殴られ損だ。踏んだり蹴ったりだ。


「直ちゃん、踏んだり蹴ったりしてくんないかな……」

「彼方、あんた……」


 ここで冗談って思ってもらえないのって、誰のせいなんでしょうね。

 取り敢えず、本気でドン引きしている此方の誤解を解かなくてはならない。大丈夫、オレは正常だ。そんなこと思ってないよ。

 まだ。



  ω ω ω



 途中、けっこう大きな駅でJRに乗り換え。此方は用事があるとかで別の線にとっとと乗り換えて行ってしまった。

 通学するような時間にはいないけど、平日のお昼や土日は近くの観光地に行く観光客も結構いてかなり混雑する。大仏とか寺が結構有名なせいなのか、多くはおじいちゃんやおばあちゃんな気がする。

 構内で市のマスコットキャラが子供に襲われてるなか、その傍で知った顔を見つけた。

 視線を感じたのか、その子もこちらを見て笑顔を返してくれた。


「あ、彼方くん」


 小学生に混じっていた女の子、 越川(えらかわ)愛純(あすみ)ちゃん。

 ワンピースにパーカーを羽織っている愛らしい姿も似合っていて、誰も彼女が高校生だとは思わないだろう。

 っていうか、高校生がマスコットに戯れてるのってどうなんだろうね。高校生どころか中学生だって、マスコットと戯れないよね。周りのいる変なおじさんの視線が気にならないんだろうか。

 と、そんなオレの内心が顔でわかったのか、顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと横に振っている。なんとも微笑ましいが、これで精いっぱいの否定を表しているっぽい。


「あ、ち、違うの。ほら、衛、もう帰ろ?」


 その声に反応して、マスコットに襲いかかっていた子供の一人がたたたーっと駆け寄ってきた。よほど楽しかったのか顔が火照っているけど、愛純ちゃんの元に来ると、不機嫌そうに頬を膨らませる。


「んだよ姉ちゃん。もちっといいだろー」


 なーる。そういえば愛純ちゃんがマスコットに触れてるのを見たわけじゃないし、弟くんのことを見守っていただけみたいだ。しかしこの弟、見た目そのものの年齢なのかな。これは知らねばなるまい。


「こんにちは、マモルくん。君何年生?」

「あーん? まず人にモノをたずねるときはジブンからなのらねーとなー」


 可愛くないガキ……。取り敢えず、精神年齢は見た目相応だ。背伸びしている辺りが特にな!

 でもオレは大人だから? 引っ叩いたりしないのさ。どっかの腐った此方と違って。


「オレは愛純ちゃんの友達だよ。青海彼方っていうんだ。よろしくな」


 あれ、今のオレ爽やかじゃね? 智とキャラ被ちゃったんじゃね!? やだー。


「ふぅん。かなたってしょたこん?」

「そうだなー。子供は好きだけど、うん。お前のことは嫌いだな!」


 爽やかさなんてオレにはいらない!

 此方のように引っ叩こうと振りかぶり……な、何!? 攻撃が当たらない……! 質量のある残像だとでも言うのか!

 いつの間にか追いかけっこが始まり、気付けば、構内の端でマモルが背中に引っ付いていた。


「ぎゃはは! 兄ちゃんおもしれー」

「ふ、ふふふ。今日はこれくらいにしといてやろう」


 両手両膝を着いてるのはオレだけど、これは服従のポーズではない。日頃此方にやられる一方だから、簡単に折れる心は持ち合わせていないのさ! ……うう……案外重い……。


「こ、こら衛! ご、ごめんなさい彼方くん!」


 とたとたと足音が聞こえて、顔を上げると愛純ちゃんが申し訳なさそうな顔で息を切らせていた。

 やっぱり、うちのクラスにいるだけあって美少女だ。……小学生、いいとこ中学生にしか見えないけど。


「きゃっ……!」


 小さな悲鳴が聞こえて、愛純ちゃんは顔を真っ赤にしてワンピースの裾を抑えていた。ああ、角度的には確かにショーツが見えかねない。


「ああ、ごめん。見てなかったから大丈夫だよ」

「うう……ほんと……?」

「うん、ほんと」


 興味ないし。見れて嬉しいとも思えないし。……なんて言ったらある意味失礼になるかもしれないから言えないけど。しかしあれだね。この子のこういう仕草は嗜虐心を駆り立てるね。


「かなたエロいなー。いやー。気持ちはワカルけどよー」

「お前と一緒にスンナ」


 バシバシ叩くな。ていうかいい加減降りろ。


「でも姉ちゃんはダメだぜー? もう王子サマがいるもんなー」

「ま、衛! それ以上言ったらお姉ちゃん怒るからね!」


 ほほう。ほほほうほう。これは良いことを聞いた。


「うひゃー!」


 体力も回復したので、無理矢理起き上がる。ひっついたままのマモルは楽しそうな悲鳴を上げていた。


「愛純ちゃん、良かったらお茶しない?」

「え? でも……」


 まぁ快諾はしないか。


「マモル、お菓子食いたくね?」

「くいてー!」

「こ、こら。お使いの途中でしょ」


 はっきり拒否するのが気おくれしてるのか、愛純ちゃんは小声でマモルを叱りつける。そういえば、彼女の手には鳩の描かれた黄色い袋がぶら下がっている。


「そっか。遅くなるとまずいよね。ごめんなー」

「んー、母ちゃんたちの邪魔だから追っ払われただけだけどなー」

「ま、衛……!」


 二つの意味で重いぞこのやろう。愛純ちゃんも誤魔化せばいいのに、申し訳なさそうな顔するからそれが本当だって言っちゃってるようなもんだしね。しかも結構深刻っぽいし。

 愛純ちゃんはオレや黒酒と同中出身で、完全に警戒されるような仲じゃない。ただ、同じグループに所属していたわけじゃないし、大人しめでそんなに目立とうとするグループでもなかったから、彼女の家庭事情とか、恋愛絡みの話を聞いたことは無かった。


「んじゃ暇つぶしすっか!」

「マジで? かなたワカッテんじゃん!」


 詳しくは分からないし聞く気もないけど、オレが気にしたってしょうがないしね!


「愛純ちゃんはどうする? もしあれだったらマモル家まで送ってくけど」


 こいつからできるだけ情報を引き出してな! カナちゃん黒―い。等価交換等価交換。なんでも奢ったるわ。けけけ。

 ……あたし、こんな最低なやつだったっけ……。


「なんだよ。やっぱかなたってしょたこんじゃん」

「ケーキ奢ってやんねーぞ」

「いやー兄ちゃんといると楽しいなー!」


 バカだなこいつ。だがこのノリは嫌いじゃないぜ。


「……ありがとう、彼方くん」

「ん? 何か言った?」

「……何でもない。どこに行くの?」

「ルミネにドトールとスタバあったし、どっちかだね」


 歩きながら決めることにして、駅の改札に向かった。

 さっきの愛純ちゃんの言葉は聞こえてたけどね。感謝されるようなことは何一つしてないので聞かなかったことにした。べ、べつに主人公性難聴じゃないんだからね。



  ω ω ω



 メニューが多いってことでスタバに入店。

 愛純ちゃんに先にメニューをオーダーさせて、支払いのタイミングでオレが追加オーダー。全額オレが支払うことに成功した。だってこうでもしないと愛純ちゃんみたいな子は奢らせてくれそうにないしね。こっちから誘ったんだから、男に払わせてくれていいのに。で、衛はオレンジジュースとケーキ。それとチョコレートチャンクスコーン。変に遠慮しない方が子供らしくていいよね。オレの財布にはよくないけど。


「うめー! 姉ちゃん、クロなんとかって人じゃなくて彼方とつきあっちゃえよー」


 何言ってんだこのマセガキ。


「簡単に餌付けされてんじゃねーよ。姉ちゃんを守れ」

「あ、あはは……って、衛!」


 姉ちゃんは俺のもんだ! とか言う方が面白いよね。デュフ。

 それにしても今、くろなんとかって言ったよね。ふむ……情報はまだ少ないし、足りませんな。

 そういえば、来る途中の会話で衛は小学校3年だってことがわかった。見た目相応、年相応だ。因みにもう二人男の兄弟がいて、二人はスポーツクラブだか何だかに入っているらしい。愛純ちゃんは一番年上。衛みたいなのが三人もいたら大変だろうなー。


「……昨日も思ったけど、彼方くん変わったね」

「そ、そう?」


 他人だから気付く訳はないんだけど、どうしても動揺してしまう。というか寧ろ、今のはどういう意味なんだろうか。


「うん。中学の時は、女子なんか興味ない、って感じだった」


 うっわ……別の意味で恥ずかしくなってきた。もともと男だと思ってる愛純ちゃんがそう言うってことは、男子として育ってきた彼方はそーいう風に女子から見られてきたってことでしょ? ……で、女子にはそれが無理して興味ない風にカッコつけてるってバレバレだった訳ですよ。もし万が一バレてなくても、高校に入っていきなりこれですよ。高校デヴュー!

 くそう……もしこんなことが黒酒に知られたら、馬鹿にされるに決まってる。いや、口に出して馬鹿にはしなくても、痛い子を見るような目で見てくるに決まってる! ……黒酒か。


「もしかして、黒酒も変わってたりする?」

「ふぇっ!? ど、どどど、どうして黒酒くんが出てくるの!?」


 ……分かりやすいなこの子。

 はぁ~ん。王子様、くろなんとかの正体は黒酒だったわけだ。

 ちょっと待て。片や高校デビューを温かい目で見守られる痛い子、片や美少女から想いを寄せられる王子様。何この差。

 そ~りゃないぜじげぇ~ん。


「ひゃはは! かなたの顔、いろいろ変っておもしれ~!」


 黙れ小僧! オレの痛みがお前に分かるか? 分かるわけないかー。分かったら怖いわ。


「いやぁ、オレ黒酒のこと良く知らないな~って思ってさ。仲良くしたいし、何か知ってたら教えてほしいなぁ~って」


 そう、仲良くね。……改めて言うと黒くしか聞こえないな。黒いのは黒酒の役目なのに。


「え? あ、そっか。彼方くん、黒酒くんとあんまり仲良くなかったもんね」

「あ、そうなん?」


 クラスは別だったはずなのにそう思われるって、男のオレと男の黒酒は相当相性が良くないんだろうか。


「あ、端から見てると、って意味だよ? あ、見てるって言っても、べべ、別に変な意味じゃなくて」


 さて、ここからは長いので要点をまとめようと思う。

 なんでも、黒酒はもともと人当りが良い方じゃなくて、それがもっと悪くなったらしい。愛純ちゃんはもっとオブラートに包んだ言い方をしたけど、たぶんこんなとこだと思う。

 で、小学生の時男子に苛められてた所を黒酒に助けられたから、彼女の中で黒酒は王子さまになった。それ以来想い続けてるんだから、すごく一途な子だ。

 それから黒酒のことを色々聞いた。なんというか、この記憶が本物だったらチートやないか、という人間だった。

 因みに、オレはサッカー部で結構活躍していたが、トレセンに選ばれたりすることもなく引退。顔や容姿のおかげで人気はあったらしいのだが、前述の女性嫌い(笑)のせいで全く恋愛に関する話は聞こえてこなかった、という。残念な子っていうのは変わってないっぽい。……なんでや!


「あ、でも私もそんなに皆に詳しいわけじゃないから、迎田さんとかに聞いた方がわかると思うよ」


 そんなことを仰いましても、中学の時のオレ、女子の中でどんな扱いだった? なんて聞けるわけないですよねー。


「かなたー、なくなっちまったー」


 くいくい、と袖を引かれ衛を見てみると、確かにお菓子は食い終わってしまったようだった。

 今日は司ちゃんたちのことといい、予想以上に情報が集まった。その一端は衛にもあるわけだし、報酬を弾んでやろう。ていうかよく食えるな。育ちざかりか。


「しゃーなしだな。ほら、選び行こ」


 立ち上がろうとすると、愛純ちゃんに止められた。


「こら衛甘えすぎ! それに夕ご飯食べれなくなっちゃうでしょ。お母ちゃんに怒られるよ」

「ちぇー」


 うむ。姉の言うことを素直に聞くのはよいことだ。

 姉に依るがな! っていうか愛純ちゃんがお母ちゃんっていうとすっげぇ可愛い!

 時間も時間だったので、帰宅するために改札へ向かった。同じ学区だったので、当然電車も同じものに乗ることになる。

 そして、地元の駅に到着。


「彼方くん、今日はありがとう。ほら、衛も」

「また遊ぼうぜ~」


 こら、と引っ叩く愛純ちゃん。ああ、あれが愛のムチってやつですね。わかります。うちのは端から見ればただの暴力だからな……。


「困ったことがあったら何でも言ってよ。王子様のこととか。衛もまたな」


 顏を真っ赤にした愛純ちゃんと衛に手を振り、家路についた。

 たぶん今、愛純ちゃん以上にオレは彼女たちのことに困っている。だって、黒酒が女の子と付き合うところとか全然想像できないし。いや、絵的には全然想像できるんですけど、中身がね。

 今まで我慢してきた愛純ちゃんが今すぐ告白するなんてことはないだろうけど、今後、黒酒が女の子に興味を持つ保障もない。あ、興味はあるか。妹だけど。


「困ったなー……」


 愛純ちゃんの悲しい顔は見たくない。勿論、黒酒のだってそうだ。

 こうなってくると、誰も傷つかないオレの方の記憶のほうが優しい嘘でマシなんじゃないかって思えた。

 友達でいようとか、そんな言葉、虚しいだけだしね。


次回――


「赤生ちゃ~ん。どこ見てるのかなぁ~?」


「逃がすな!」


――お前の魂、頂くよ!(大ウソ)


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