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後篇

 そんな変わり映えのない日々のうちでした。朝から、男達は略奪へと出掛けてゆきました。セテフももちろん一緒です。いいえ、セテフはむしろ、先頭に立って男達を従えて行くのです。

 そうして、男達が引き払って誰も居ない時の事でした。女子供、老人ばかりが残された部落に、他の部族が襲撃してきたのです。姫の見ている前で、いたいけな少年が殺されました。女も、子供も、老人も、皆、多くは逃げましたが、運の悪い者は殺されてしまいました。

 馬に跨る敵たちは、姫を見付けると大声で叫び、そうして姫君を攫って部落を後にしました。略奪されたのは、姫と、宝、食料、それに羊でした。

 たぶん、彼等は女と馬も欲しかったに違いありません。姫の知らない異国の言葉は、腹立ちまぎれに文句を言っているように聞こえました。

 姫は馬に担ぎ上げられ、無礼な行為を何度もされました。

 セテフの時には考えつかなかった、酷い辱めを受けました。姫を乗せた男は、遠慮もなく、姫の身体を撫で回し、衣装の中へ汚らしい手を入れようとするのです。姫は必死に抵抗し、そして、死を覚悟したのでした。王様に御目通りする前に、そのような辱めを受けるなら、潔く死んでしまおうと決意したのです。幸いにも、他の男たちの叱責にあい、それ以上、姫は辱められることはありませんでした。

 セテフの村と同様の、テントの村が見えて来ました。姫君は丈夫な縄で手足を縛られ、テントのひとつに転がされたのでした。


 今はお妃となられた姫君が、傍の王様に話します。

「不思議なので御座います。あんなに恐ろしい目に、二度もあったというのに、その時はなぜだか、あのセテフが助けに来てくれると信じていたのです。私の兄を殺した憎い仇であるはずの、あんな残虐な男を私は頼りにしていたのです。」

 不思議な気持ちであったことを、お妃様は告げました。王様は優しくその身をお寄せになり、諭すように申されました。

「妃よ。それは当然の事なのだ。誰も知らぬ地で長く暮らしおれば、敵もいずれは兄弟となろう。現に、そのセテフという蛮族の雄は、そちを助けに来たのであろう?」

 王妃はにっこりと笑い、頷かれたのでした。


 大きな衝突は三度もありました。

 その度に、二つの部族はお互いに仲間を数人失いました。それでもセテフはやって来て、戦の雄叫びを挙げました。

 馬と馬が激しく駆け、剣と剣とがぶつかり合う、言葉に出来ないほどの激しい戦いでした。それでも次第に優劣は見え、セテフの部族が圧し始めます。とうとう、敵は部落を捨てて、逃げ出しました。

 それでもセテフは許しません。逃げる敵を追って、どこまでも駆けて行ったのでした。部落に居た見知らぬ女と子供、老人たちは、その間に何も持たずに逃げ出しました。姫君も置き去りにされました。

 セテフが戻ってきたのは、それから三日も経ってからでした。姫は助け出されたものの、見てはいけないような酷い光景をも目にしてしまいました。男たちは、逃げる事の出来なかった病人や置き去りにされた子供を、広場で殺して晒し物にしたのです。姫は涙が止まりませんでした。

 狩りも始まりました。

 逃げた部落の女や子供、老人が、次々と見付け出され、殺されました。

 砂漠の掟は冷酷です。弱い者は、成す術もなく殺されるしかないのです。ついに姫君は耐えられなくなって、叫びます。

「お止めなさい! 止めぬというなら、私はここで死にます!」

 突然ナイフを首に突き付けた姫君を見て、セテフは驚いたようでした。なぜ、そんな事をしているのかが、この男には解からないようでもありました。姫君は更に、更に、大きな声で男たちに言いました。

「もう一人でも殺したならば、私も死にます!」

 姫の言葉は通じないのです、けれども、男たちは慌てて引き上げの用意を始めたのでした。意味は判らないけれど、どうやら姫君は帰りたいらしい、そう思ったようでした。略奪の品は忘れずに、それでも多くの村人は命を永らえ、セテフの一行を見送りました。

 姫はセテフの馬に、セテフと一緒に乗りました。馬はゆっくりと荒野を進み、やがて夕暮れが近くなりました。偉大な太陽は、地に飲み込まれてしまうのです。

 矢が、放たれました。

 姫の目には、一筋の赤い糸がぴん、と張ったように見えました。それは、セテフの右目に命中したのです。彼は片手で目を押さえ、そして片手で姫を乱暴に馬から落としました。

 馬は一直線に走り、向こうから来たもう一頭の馬へと近寄ってゆくのです。二本の剣が、同時に薄闇の中で閃き、そうして、一人が馬から落ちました。

 戻ってきたのはセテフでした。

 閉じられた右目は、二度と開きませんでした。


 王様は感嘆の声を洩らされました。

「片目を失ってなお、そのような強さとは、素晴らしい。」

 王様は、セテフの戦い振りをとてもお気に召した様子です。

「いいえ、王様。私は後で知ったのです、彼は元々、右目が見えなかったのだと。ですから、右目の鏃は、セテフの動きを少しも鈍らせはしなかったので御座います。」

「それでも凄い。片目でありながら、砂漠でもっとも強いのじゃ。それは、ただの見えぬ目ではなく、何か不思議な力を宿しておったのだろう。」

 そして、王様は、眼には魔力が宿るのだ、と固くお信じになられました。

「さあ、妃よ。話しの続きを聞かせるのじゃ。わしは砂漠に住まう、悪辣な神に魅せられておる。獰猛で、強く、猛々しい、あの男の話を早く聞かせておくれ。」

 お妃様が最初に仰られた通り、王様は姫君の一行を襲ったセテフを許してしまったのでした。


 別れの時は、それから後、すぐにやって来ました。

 ティティは涙で別れを飾ってくれました。セテフは、あれほど姫君に嫌がらせを繰り返したこの男ですら、この別れは寂しいものだったのでしょう。少しだけ、しょげているのが姫君には判りました。

 姫君は、国から送られてきた護衛の者と、一緒に過ごしてきた生き残りの従者たちと共に、姫君の国へと帰ってゆきました。

 そして、再び、国許から送り出されて行ったのです。

 この、王様の待つ、黒い大地の大きな国へと。

 王様は、セテフを神として、祭るように御命令を下されました。

 砂漠の獰猛な民は、その後、土地に根ずいて消えてしまいました。

 今は、名残の神話が少しだけ、その自由で誇り高い、残虐な民の姿を写しているだけです。

エジプトも、統一王朝期以前は、人肉食うほど野蛮だったそうで。そこまでは、さすがに書きませんでしたが、それも含んでる事を明記しておきます。

敵を捕えて食う事が、最大の侮辱であり、戦意の高揚であり、儀式だったのです。

オシリスをバラバラにして、一部は魚が食べてしまう……人肉食の象徴だろうと思います。

死体は、持って帰って食う!

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