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不器用なこの距離で  作者: 空谷陸夢
Story 3. 再会
8/12



簡単に自己紹介をし合っていると、宮瀬さんがいきなりジーンズのポケットを押さえて「ごめんなさい」と言った。研究室の端っこに移動して、ジーンズのポケットから携帯を取り出している。着信があったらしい。彼女が電話をしている間に、もう一度三神先生にお礼を言っておく。三神先生は「いいよいいよ」と、まったく迷惑に思ってないようだった。

三神先生との会話を終えると、宮瀬さんもちょうど電話を終えたらしく、携帯をポケットに仕舞い直してこっちに戻ってきた。



「それじゃあ、私、行きます」

「うん。途中まで芹沢くんと行って、少し話を聞いときなさい」

「はい」



三神先生の言葉に返事をして、宮瀬さんが「行きましょうか」と私を促した。

彼女が眼鏡を外し荷物を持つのを待って、二人して三神先生の研究室を後にする。ドアを開けた途端、むわっとした暑さを感じた。9月も終わりに来ているのに、日中は太陽が出ていてとても暑い。思わず顔をしかめると、横にいた宮瀬さんも「あつ……」と嫌そうに一言漏らし、着ていたシャツの袖を捲くった。



「もう9月も終わりなのに、暑いね」

「ですね。ほんと、嫌になる」



うんざりした顔つきの宮瀬さんと並んで歩き、階段に向かって足を進める。エレベーターの前まで来たところで、宮瀬さんがエレベーターのボタンを押し、かついでいたリュックサックからペンと紙の切れ端を取り出した。エレベーターが上がってくるのを待つ間、彼女は紙きれに何かを書き出す。



「これ、私のアドレスです。何かあったら、連絡お願いします」



書き終わったと同時にエレベーターが到着し、それに乗り込みながら宮瀬さんがアドレスの書かれた紙を差し出してきた。お礼を言ってその紙を受け取り、書かれているアドレスに視線を落とす。アットマーク以下がパソコンのサーバー宛てになっているのを見ると、これは学校で割り振られているものではなく、個人で使っているパソコンのアドレスらしかった。



「とりあえず来週は直接教室に向かえばいいですか?」

「うん。もしその前に何かあったら、連絡するね」



宮瀬さんに授業を行う教室を教え、紙きれを持っていた授業のレジュメの余りに重ねる。そこでエレベーターが一階に到着し、揃ってエレベーターを降りた。



「今からお昼?」

「はい。友達と待ち合わせてます」

「この間、センターで一緒だった人?」



エレベーターから棟の出口に向かいながら尋ねると、宮瀬さんはあっさりと「はい」と頷いた。わざわざ理系の人と仲良くなるくらいだから、相当仲が良いに違いない。聞けば、学部生の頃アルバイト先が一緒だったという。



「大学は違ったんですけど、けっこう仲良くて、一緒に遊んでました」

「そうなんだ。でも、すごいね。院に進んでも続くなんて」

「すごいんですかねえ。ただ単に気が合うっていうか、使いっぱしりにされてるというか……。最近は夜も押し掛けてきてうちでご飯食べてくんですよ」



そう言ってはいても、困ったように笑う宮瀬さんからは、それを嫌がってるという風には感じられない。やっぱり、あの彼と宮瀬さんはそういう仲なのだろう。「一緒にいて楽なのは良いことだよ」と言えば、「そうですかね」とまた困ったように笑われた。



「あ、それじゃあ、私こっちなんで」

「あ、うん。本当にありがとうね。補助のこと」

「いいえ」



キャンパスの中央に来たところで、宮瀬さんが食堂の方を指差した。センターに行く私とは逆方向だ。挨拶を済ませて別れると、宮瀬さんは急ぐようにして食堂の方に向かっていった。

宮瀬さんも宮瀬さんだが、センターの彼も彼だろう。理系だというのにわざわざセンターでの用事に付き合っているくらいだ。良い関係だと思う。

走っていく宮瀬さんの後ろ姿を見てそんなことを考えながら、自分もセンターに戻るために宮瀬さんから背を向けた。



***




「そろそろ閉めますよー」



午後8時半。一人センターの研究室に残ってパソコンを打っていたところで、警備員のおじさんに声を掛けられた。今日も、いつもと変わらないおじさんだ。



「ごめんなさい。今片付けます」



パソコンの画面を保存し、電源を落とす。それから荷物を鞄に仕舞って、デスクに積んである二冊の本を手に警備員のおじさんの元に急いだ。



「いつもいつも頑張るねえ。身体壊しちゃだめだよ」

「はい。ありがとうございます」



この二週間常に最後の最後まで残っている私を知っているおじさんは、そう優しく言葉を掛けてくれ、電気の落とされた研究室の鍵を閉める。

おじさんと一緒にセンターを後にして、これから警備室に戻るというおじさんと別れ、私は図書館に向かった。腕に抱えている本を返すためだ。図書館の閉館時間は9時。センターのある建物と離れていない図書館だから、急ぐまでもない。

図書館の自動ドアをくぐり、入り口で教員用のカードを通し、その中に入る。カウンターで手にしていた本の返却手続きの後、まだ少しだけ時間があったので一階の本棚を見て回ることにした。図書の方はこの時間で見て回ることはできないので、代わりに学術雑誌の方に足を向ける。雑誌のコーナーは一般の週刊誌や女性誌、各種情報誌の他、学術用の雑誌も置いてある。その中の一つに新刊を見つけたので、それに手を伸ばす。手に取った雑誌をぱらぱらとめくると、めぼしい論文を一つ見つけた。借りられるかカウンターの職員に聞いてみようと思い、顔も上げずに身体をそちらに向けた。途端に、どんっと誰かに当たってしまう。



「あ、すみません」

「すみません」



端の方がくしゃっと折れ曲がってしまった雑誌を気にしつつ、ぶつかった相手に頭を下げる。相手も同じように頭を下げたようで、一瞬だけ視線の先の床に影ができた。その影はすぐになくなって、相手が顔を上げたことが分かる。その相手を見て、思わず声をあげそうになった。



「すみませんでした。よそ見してて」

「え? あ、いえ。こちらこそ」



目の前の人物はまた軽く頭を下げて、伸ばしかけていた手を下ろした。視線をその方向にやれば、そこには私が取った雑誌と同じような学術雑誌がいくつか置いてあった。その一つに、科学系の雑誌がある。その雑誌から目を離して、また目の前の人物に視線を戻す。

やっぱり、彼だ。今日話題にも上った、センターでも会った、あの彼だ。昼間に宮瀬さんとも会ったおかげで、記憶が曖昧になっていることもない。よく思い出せている。昼間と同じように声をあげようかとも思ったけど、今日はすでに一度気まずい思いをしてるので、それはやめておく。



「あ、」



と思ったら、逆に彼の方が声をあげた。私のことを見て。どうやら、彼は私のことを覚えているようだ。

私がそのことにぽかんとしていると、目の前の人物が気まずそうに視線を彷徨わせた。それから苦笑いを見せ、「すみません」ともう一度謝り、軽く頭を下げてその場を去ろうとする。



「あ、あの」



背を向けようとする彼に咄嗟に声を掛ける。彼が振り返って不思議そうにこっちを見てきた。声を掛けたものの、自分でも思わずやってしまったので、どうしたらいいか分からなくなってしまった。「あの?」と彼が不思議そうに先を促してくる。



「あの、以前は、ありがとう。センターで……」



覚えてることを願いながらお礼を言えば、彼は少し安心したように頬を緩ませた。



「いえ、あれくらい大丈夫です。あ、雑誌……」



彼の視線が私の手にしている雑誌に落ちて、私もそれにならって視線を下に向ける。雑誌はぶつかった時に少し端の方が曲がってしまっていたけど、そんなに問題になるほどでもない。



「大丈夫だと思うよ」

「ああ、そっか。よかった」

「うん。何か借りるの?」

「いや、ちょっと見ていこうと思って」



そこまで言って、彼がほっとしたような表情になる。何だろう、と思って目を向ければ、少し困ったように彼が笑みを見せた。






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