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「わたくしがいない日の家計簿を、十年書き続けておりました」

作者: 歩人
掲載日:2026/04/30

食器が足りないことに、父が気付いた日のことを、わたくしは帳簿で知りました。

 書いた通りに、それは起きていました。


 四十三日後——銀食器、質草に回される。代替品、別邸より借用。

 わたくしの二冊目の帳簿、その日付の欄には、そう書いてあったはずですの。

 十年前から。


---


 晩餐の途中、ベルナルト邸の食堂で、銀の匙が三本足りなくなったそうですわ。

 お父様の顔が歪み、使用人が走り、別邸から借り物の食器が運び込まれてくる。妹エレオノーレは、幼い子供のように泣き始めたとのことでした。

 「どうしてこんなことになったの」

 後になって、給仕をしていた年寄りの侍女が、こっそりと辺境に手紙を寄越しましたの。そこにはこうありました——「奥様、いえ、お嬢様、あなたさまがお書きになったとおりの日に、それは起きましてございます」。

 わたくしは手紙を読み、執務室の窓辺で、一度だけ息を吐きました。


 その日、ベルナルト邸の書斎の机には、二冊の革装丁の帳簿が、開かれたまま置かれていたはずです。

 一冊目の表紙には「ベルナルト家家計簿」。

 二冊目の表紙には、こうありましたの。

 ——「わたくしのいない、ベルナルト家の家計簿」。


 二冊目の、その日の日付の欄。銀食器、質草、代替品、別邸借用。

 お父様は、きっと、帳簿を閉じる音すら聞こえなかったでしょう。食堂の端まで、その音は空っぽに響いたでしょう。

 わたくしは書いただけですの。

 書いた通りに、家は崩れ始めていました。


---


 三ヶ月ほど、時を巻き戻しますわ。


 アーデンベルク公爵家の応接間、青と金の調度に囲まれて、フェリクス様はわたくしの前にお立ちになりました。

 「令嬢が帳簿などつけるのは見苦しい」

 そうおっしゃいました。

 「あなたの手は、ペンよりも刺繍針を持つべきでしょう」

 わたくしは左手の薬指に、ペンだこがあります。右手の中指の第一関節から第二関節にかけて、薄いインクの染みがあります。それは十年、洗っても消えないものですの。彼は十年間、それに気付いていらっしゃいませんでしたの。

 「左様でございますか」

 わたくしはそれだけ申し上げました。眉は一ミリも動かさなかったつもりです。動かせば、あと数分が保たない気がいたしましたので。

 帰りの馬車の中、わたくしは膝の上に二冊目の帳簿を広げました。

 『わたくしのいない、ベルナルト家の家計簿』。

 今日までは、それはまだ『わたくしが嫁いだ後』の予測でした。

 今日からは、『わたくしが追放された後』の予測になります。

 仮定のひとつが、少し厳しくなるだけ。

 ペンを走らせる時、窓の外では王都の街灯が、一つずつ点り始めていました。


---


 翌朝、お父様がまだお目覚めになる前の時刻、わたくしは執務室に入りました。

 革装丁の一冊目と、革に直接表題を刻んだ二冊目。それを机の上に、並べて置きましたの。一冊目の欄外に、鉛筆で小さく「ご参考までに」と書き添えて。

 玄関で、旅支度のわたくしを、妹が走って追いかけてまいりました。

 「お姉様、本気なの?」

 エレオノーレの目は潤んでいました。彼女の涙は、家族の判断を何度も曲げてきた武器ですの。十九になっても、彼女はそれを武器だとは自覚していないのでしょう。

 わたくしは答えませんでした。

 馬車の扉を閉める直前、彼女が叫びましたわ。

 「お姉様がいなくなったら、わたし、大丈夫かしら」

 わたくしはほんのわずか、首を傾けました。

 「大丈夫ではありませんのよ、エレオノーレ」

 それだけ申し上げて、扉を閉めました。


---


 馬車の中で、わたくしは十年前のことを思い出していました。


 十三歳の春、お父様は一冊の白い帳簿をわたくしの机にお置きになりました。

 「姉なんだから、家のことを学んでおけ」

 それだけおっしゃって、お部屋を出ていかれました。

 母が亡くなって一年が経った頃でした。家の中の金庫から、毎月少しずつ数字が抜けていくようになっていた時期でもあります。家令のジーモンは、古くから仕えてきた立派な男で、お父様はとてもご信頼なさっていました。


 一年後、わたくしは二冊目の帳簿を手に取りましたの。

 誰にも言わずに、自分の寝室の衣装箱の底に隠して、夜ごと書き始めました。

 表題は、最初は白紙でした。一年書き続けて、ようやく革に文字を刻む決心がつきましたの。

 「わたくしのいない、ベルナルト家の家計簿」。


 一冊目は現実。二冊目は、もしもわたくしが明日から家にいなくなったら、と仮定した家計簿。

 家令の着服額、妹の浪費、お父様のご判断の甘さ、領地の収支の穴——そのすべてを、わたくしが『大丈夫』と片付けなくなった日以後の数字として、予測していくのです。


 まず取り組みましたのは、家令ジーモンの着服額の月次推計。

 わたくしは十四歳の夏、一週間、厨房に張り込みましたの。お料理の見習いをするふりをして、食材の入荷と出荷を帳面に書き取っていきました。

 市場の相場は、王都の商人組合が毎週末に掲示板に貼り出しますわ。それを写し、買い付け量から逆算すれば、家令が『整えてくる』月次報告との差が見えてまいります。

 最初の月、金貨で三枚の誤差がありました。翌月は三枚と銀貨七枚。その翌月は四枚。

 指数曲線を描いて増えていく誤差を見つめて、わたくしはノートを閉じました。

 その晩、お父様に遠回しに申し上げましたの。「お父様、厨房の出納、一度ご覧になってみてはいかがでしょう」。

 お父様のお答えは——。

 「ジーモンは昔からの家令だ。疑うようなことは言うな」

 以来、わたくしは疑うのをやめましたわ。

 ただ、記録するだけに。

 十年分の差額は、帳簿の別冊『余白』に積み上がっていきました。最終ページの総額は、金貨にして四百八十三枚、銀貨にして四十六枚、銅貨二枚。

 大人一人の、静かな人生がまるごと入る額です。


 次は、妹エレオノーレのドレス代の曲線でした。

 十五歳、年四着。十六歳、年六着。十七歳、年九着。十八歳、年十四着。

 わたくしは方眼紙にその数字を落とし、対数目盛で軸を引きましたの。指数関数。完璧な指数関数。

 このまま伸びれば、二十歳で年三十二着、二十二歳で七十着に達する計算でしたわ。

 仕立屋への支払いは三ヶ月後払い。ドレスを誂えた季節から、掛け取りが来るのは九十日後。

 わたくしは帳簿に書きました。「リゼロッテ二十歳の秋。第一四半期の掛け取り、金貨四十枚以上を想定」。

 書きながら、わたくしは妹のことを、少しも憎んではいなかったと思いますのよ。

 ただ、数字は事実ですもの。数字の前で、姉だから庇うべきだ、と思える余地はありませんでしたの。


 最後の、そして最も長くかかりました仕事は、領地の小麦の収穫と消費の均衡計算でした。

 気候記録は、曽祖父様の代からの日誌が屋根裏にしまってありました。わたくしはそれを三ヶ月かけて読みましたの。

 過去二十年の降雨量、日照、気温。人口の増減は教会の洗礼記録から。税率は王国の法令から。隣接領の小麦相場は、商人組合の年報から。

 それらをすべて、一枚の大きな紙に写し、わたくしは数式を組みました。

 五年先の秋。ベルナルト領の税収は、予測下限を割る。

 小麦の蔵は、冬の備えが三ヶ月早く尽きる。

 そう、出ましたのよ。

 わたくしは一度だけ、お父様に申し上げました。「今年の小麦蔵、少し多めに備えた方が、よろしいのではないかしら」。

 お父様のお答えは——。

 「大丈夫だ、心配するな」

 わたくしは、その言葉を、二冊目の帳簿の見返しに、小さく書き写しましたの。

 日付付きで。十回以上。

 『大丈夫だ』。『大丈夫だ、心配するな』。『大丈夫だ』。

 『大丈夫』の中身を、誰かが知らなければなりませんの。

 それが、わたくしが十年間、二冊目を書き続けた理由でしたわ。


---


 辺境に着きましたのは、馬車に揺られて九日後のことでした。

 ヴェルデンフェルス辺境伯爵領。母方の伯母ヘルミーネ様の治めるお土地。


 伯母様は、館の玄関でわたくしをお出迎えになりました。銀髪を肩にかからないほど短く切り揃え、乗馬服に近い装いをなさっている、わたくしと同じ灰青の瞳をした五十二歳のご婦人。

 「わが血筋、と言ったあの日のことを、あなたも覚えているでしょう」

 わたくしは黙って頷きました。

 十四歳の時、伯母様は初めてわたくしの一冊目の家計簿をご覧になって、そう呟かれましたの。「わが血筋」と。あの時、わたくしの中で何かが、小さく灯りました。この世の中に、わたくしの計算を『正しい』と言う人間が、一人いるのだと。

 執務室に通されますと、机が二つ並んでおりました。片方は伯母様の、もう片方は——わたくしの机でしたの。誰かのために空けてあったのではなく、最初からそうだったような、自然な並びで。

 「来なさい。机を二つ、並べましょう」

 伯母様はそうおっしゃって、四十年分の帳簿を積み上げました。

 「どこが穴か、あなたに見てもらいたい」


 わたくしは三日かけて、すべてを読みましたの。

 三日目の晩、ペンを置いて、三つの改善点を申し上げました。

 一、銀鉱の出荷時期。市場価格の季節変動を見逃しておられましたので、出荷を九月から十一月に繰り下げれば、年額で金貨百二十枚の上積み。

 二、毛織物の加工工程。染料の在庫管理に二ヶ月の隙間がございましたので、仕入れを二期に分ければ、死蔵資金が半減。

 三、辺境警備隊の給料支払い月のずれ。兵站の現金流を年三回の決済に組み替えれば、月々の資金繰りが安定します。

 伯母様は、帳簿を閉じて、低い声で言われました。

 「あなたの計算は正しい」

 その五文字で、わたくしの十年の仕事は、初めて『労働』として認められたのでしたわ。


---


 翌朝、庭で茶を淹れている青年に、初めてお会いいたしました。

 アルベルト様。伯母様の遠縁の甥で、後継ぎ候補として辺境で育ってきた方。深い青緑の瞳をされていました。

 「あなたの十年分の帳簿、見せていただけますか」

 それが最初のお言葉でした。

 わたくしは黙って、二冊目を差し出しました。

 彼は書斎の窓辺で、三十分ほど、ただ静かにページをめくっていかれました。ページを繰る音と、屋根の縁からの雨の雫の音だけが、部屋を満たしていきます。

 やがて、彼は顔を上げました。

 「ここの仮定、気候変動をもう一段厳しく入れてもいいかもしれない」

 彼が指さしたのは、小麦の五年先予測の仮定——降雨量の標準偏差。わたくしは過去二十年の平均で置いておりましたけれど、確かに、この五年は変動が大きい。一段厳しく仮定を置くべきでしたの。

 わたくしの眉が、二ミリ上がりました。

 「数字の話をしても、退屈されない相手は、初めてですの」

 アルベルト様は微笑まれました。柔らかく、しかし押しのない、静かな微笑みで。

 「それは、僕も同じです」


 ひと月の後、辺境領の帳簿は半年で黒字幅を一・三倍に増やしました。

 伯母様は、わたくしの肩に手を置いて、こう言われました。

 「これであなたの居場所がここにある理由が、数字で証明されました」

 アルベルト様は、執務室の扉の前で、少し躊躇してから、こう申されましたの。

 「あなたと並んで机を置きたい」

 わたくしは答えませんでした。

 翌朝、執務室に入りますと、彼の机が、わたくしの机から半歩分だけ離れた位置に置かれていました。

 わたくしは自分の机を、半歩分だけ、彼の方へずらしました。

 それが、わたくしの答えでしたの。


---


 そして、四十三日目が来ました。

 ベルナルト邸の食器棚が空になった晩ですわ。


 九十二日目、小麦の蔵が尽きました。冬の備えが三ヶ月早く、空になりましたの。予測通りに。

 百二十三日目、エレオノーレのドレス仕立屋が、昨年と今年の分を合わせて、金貨四十二枚の請求書を持って参りました。払えなかったと、侍女からの手紙に書いてありました。

 百四十日目、家令ジーモンの着服が発覚しました。税務官が十年分の収支の不整合を指摘し、彼は自白したそうですわ。金貨四百八十三枚、銀貨四十六枚、銅貨二枚——わたくしの『余白』に記録された額と、一枚の誤差もなくでしたの。

 百六十七日目、領地の税収が、予測の下限を割りました。

 そして、百八十日目。

 雪の降る日、辺境の館に、一台の馬車が到着いたしました。


---


 お父様と、エレオノーレでしたわ。

 玄関で出迎えましたわたくしは、二人に執務室へお上がりいただきました。

 机の上には、二冊目の帳簿が置いてありました。伯母様の予備の机の方から、わたくしが引き寄せて、置いたものでしたの。

 お父様は、その帳簿を、ゆっくりと開かれました。


 今日までの日付が、すべて書いてありましたの。

 食器棚、小麦の蔵、仕立屋、家令、税収。日付ごとに、事象と金額が、小さな字で並んでいます。父の指が、震えていました。

 「これは——お前が、書いたのか」

 わたくしは頷きました。

 「十年、前から」

 「十年」

 「十四歳の頃から、ですわ」

 エレオノーレが、自分のドレス代のページを開きました。年四着、六着、九着、十四着。対数目盛の曲線。二十歳の秋、仕立屋の掛け取り、金貨四十枚以上。

 彼女の指も、震えていました。

 「お姉様、これ、わたしのこと、書いてあるの?」

 「書きましたの」

 「どうして」

 「あなたが二十歳の秋に仕立屋に困ることを、わたくしは十五歳の時から知っていましたから」

 妹の目から、涙が一粒、落ちました。それは今まで、家族の判断を何度も曲げてきた涙でしたけれど、このとき、わたくしの手元の帳簿は、涙の前でまったく形を変えませんでしたの。

 数字は嘘をつきませんのよ。

 涙の前でも。


 わたくしは、最終ページを開いて、お二人にお見せしました。

 白い、空白のページでしたの。

 お父様が、かすれた声でおっしゃいました。

 「ここから先は——」

 「ここから先はまだ書いていませんの」

 わたくしは答えました。

 「書く必要が、もうなくなりましたので」

 お父様は、帳簿の上に手を置いて、肩を震わせました。

 「戻ってきてくれ、リゼロッテ。家令は処罰する。エレオノーレのドレスも、これから正す。税収のことも——」

 「お父様」

 わたくしは、静かに申し上げました。

 「わたくしが十四歳で二冊目を開きました日、その意味を、お父様は一度でも、お尋ねになりましたか」

 お父様は、黙って下を向かれました。

 「一度も、ございませんでした。十年間、一度も」

 エレオノーレが、か細い声で言いました。

 「お姉様、わたし、これから気をつけるから」

 「エレオノーレ」

 「はい」

 「あなたが十九歳でドレスを年二十一着に増やしたことは、わたくしの二冊目の予測より、少し早いのです」

 妹は、黙りました。

 わたくしは、ゆっくりと続けました。

 「十年、わたくしは書いておりましたの。『わたくしがいない日の家計簿』を。それは、わたくしがいないと家が回らないから、書いたのではありません。いる間も、ずっと、回っていなかったからですの。わたくしが『大丈夫』と言い聞かせ続けなければ、もう、ずっと前から、回っていなかったからですの」

 「……」

 「『大丈夫』の中身を知る者は、一人では足りませんのよ」


 わたくしの声は、自分でも驚くほど、静かでしたわ。

 お父様は両手で顔を覆われました。

 エレオノーレは、椅子の背にもたれて、天井を見上げていました。

 しばらく、執務室は、暖炉の薪が弾ける音だけでしたの。


 やがて、お父様が立ち上がられました。

 「帰る」

 そうおっしゃいました。

 「家令のこと、領地のこと、自分で片付けてみる。お前の帳簿を、貸してもらえるだろうか」

 わたくしは、二冊目を、お父様にお渡ししました。

 「ご参考までに」

 お父様は、二冊目を胸に抱きしめて、出ていかれました。妹が後を追いました。雪の中を、二人の馬車が、小さくなっていきましたの。

 窓辺で見送りながら、わたくしはお父様から貸してほしいと乞われたのが、二冊目だったことに、ひとつの意味を見ておりましたの。

 お父様が戻りたかったのは、わたくしではなく、わたくしの見ていた世界の方だったのかもしれない、と。

 それでよろしいのですわ。

 わたくしはもう、書きませんもの。

 三冊目は、書きませんの。


---


 雪解けの季節になりました。


 辺境の執務室には、新しい帳簿が置いてあります。表紙は何も書かれていない革装丁。

 わたくしは一行目を書きましたの。

 『ヴェルデンフェルス領、春の銀鉱出荷、金貨百二十枚』

 予測ではありませんわ。今の、ここの、現在の記録。

 伯母様が、お隣から、声をかけてくださいました。

 「リゼロッテ。あなたの時間を、これからは別のことに使いなさい」

 「別のこと、とは」

 「お茶でも、庭でも。——アルベルトでも」

 伯母様の声には、わずかな笑みが混ざっておりましたの。

 窓の外、庭でアルベルト様が茶を淹れていらっしゃいました。彼の横には椅子が二つ。片方は、わたくしから半歩分だけ離れた位置に置かれています。

 わたくしは執務室を出て、庭に参りました。

 「これくらい、ですか?」

 アルベルト様が、椅子を指して、おっしゃいました。

 わたくしは黙って、半歩分を自分で詰めました。

 彼は微笑んで、茶を注いでくださいました。

 湯気が、春の光に透けていきます。


 「三冊目を、書きませんか」

 アルベルト様は、そうおっしゃいました。

 「今度は、二人で」

 わたくしの眉が、一ミリ上がりました。

 これは、わたくしにとって、最大の笑顔ですの。


 その晩、わたくしは新しい帳簿の見返しに、小さく書き添えました。

 『三冊目は、書きませんの』

 『——いいえ、書くのなら、二人で』


 ペンを置いた時、わたくしの目尻に、初めて一粒、涙が滲みましたの。

 悲しみでも、悔しさでもありませんわ。

 安堵の涙でしたの。

 窓の外で、屋根から雪解けの水が、ひとつ、またひとつと、滴り落ちる音がしていました。

 数字の刻みと、似た音でしたの。

 数字は、愛情と両立します。

 伯母様の言葉を、わたくしは、ようやく、自分の言葉として書けるようになりましたの。


---


【あとがき】


最後まで読んでいただきありがとうございました。




 「知略型 × 独自設定(予測シミュレーション型)」の王道ストーリーです。ファンタジーの鑑定スキルや予言の能力ではなく、算術と観察、ただそれだけで十年先を予測してしまう令嬢——というのを書きたかったのです。ベタな「数字で勝つざまぁ」ですが、だからこそ気持ちいい。


 「お姉様がいるから大丈夫」は、愛ではなく依存だと思うのですわ。誰かの『大丈夫』に寄りかかるということは、その誰かの時間を消費しているということ。十年間、リゼロッテは家族全員から時間を借金され続けていたのです。でも、家族は一度も、その借金の残高を尋ねなかった。尋ねようとしなかった。尋ねないことで、『大丈夫』の中身を見ずに済ませていた。そこが、ベルナルト家の罪だったのだと思います。


 リゼロッテの核心台詞、「『大丈夫』の中身を知る者は、一人では足りませんのよ」——これを書いた時、自分でも少し泣きそうになりました。一人で『大丈夫』を背負い続けた女性が、自分以外の誰かと『大丈夫』を分け合う未来に、ようやく手を伸ばせた瞬間だったので。三冊目を書かないと決めたリゼロッテが、最後に「書くのなら、二人で」と書き添えたところが、この作品で一番書きたかった一行でした。




◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇




婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。




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・婚約破棄された回数、五回〜【連鎖破棄型】

 → https://ncode.syosetu.com/N1219LV/

・「お前は妹の身代わりにすぎなかった」〜【身代わり型】

 → https://ncode.syosetu.com/N9777LU/

・「存じ上げませんが、どちら様ですか?」〜【静かな離脱型】

 → https://ncode.syosetu.com/N4567LY/

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 「お姉様がいるから大丈夫」は、愛ではなく依存だと思うのですわ。誰かの『大丈夫』に寄りかかるということは、その誰かの時間を消費しているということ。十年間、リゼロッテは家族全員から時間を借金され続けていたのです。でも、家族は一度も、その借金の残高を尋ねなかった。尋ねようとしなかった。尋ねないことで、『大丈夫』の中身を見ずに済ませていた。そこが、ベルナルト家の罪だったのだと思います。


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