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ウロボロス

しんと静まり返ったバー。

気まずさが漂う。

「死んだよ。客に刺し殺された。」

そう言い放った椿の顔は未だ虚ろなままだ。

「あの、椿さ⸺」桂がそう声をかけようとしたときだった。


「ちょっとぉ、キミら何時だと思ってんのー?」

2階から島谷が降りてくる。

さっきまでのビシッと決めたバーテンダースタイルとは一転、スウェットにサンダル履き。

「す…すみません。あの、えっと…椿さんにクラプトンを教えて頂いてて…」桂はあたふたと説明を始める。

「それはいいんだけどさぁ…今夜中の3時よ?寝ないとまずいんじゃない?」島谷が宥めるようにそう言うと椿は踵を返し、「寝る。潤、あんたの部屋貸して」と短く言い2階へと上がっていった。

「あーららら…。桂くん、君、なんかした?まぁ、とりあえず僕らも寝よう。」そう言った島谷に桂は「はい…」と短く答えることしか出来なかった。


椿の部屋。先程のはエリック・クラプトンのポスターにしか目が行かなかったが、よく見れば散らかったドレッサーに巨大なテディ・ベア。壁にはマスキングテープでいろんな写真が貼られている。

赤い2階建てのバス。ウエストミンスター寺院。タワーオブブリッジ。そしてベッと舌を出しながら笑う今よりずっと幼い黒髪の椿と、隣で微笑む椿に面差しの似た女性。

これが、殺されたという母親だろうか。


「さて、と。桂くん。君、椿ちゃんに何言ったの?」ソファに腰掛けながら島谷が尋ねる。

その眼差しは最初に見たものとは違う、とても真剣でこちらの腹の内を抉るような視線。

桂はその視線を受けて恐る恐る口を開く。

「すいません、俺⸺椿さんのお母さんのこと…何も知らなくて…聞いてしまいました。本当にすみません…」

それを聞くと島谷はふぅ、と息を吐いて穏やかな笑顔を浮かべた。

「桂くん。椿ちゃんは何て?」

「客に刺し殺されたと…俺、浅はかでした。椿さんを傷つけてしまったかもしれない。」桂は目をギュッと瞑りながら答える。

「そうなんだ。」と島谷は短く答えるとぐっとスウェットの袖をまくった。その腕には己の尾を噛み円形を成した蛇の入れ墨が彫られていた。

「これを彫ったのは、椿ちゃんのお母さん⸺九条小百合さん。僕の師匠でもある。僕は今はこうしてバーテンダーなんてやってるけど、かつては彫師だったんだよ。」


(彫師…そういえば椿さんの肩にも入れ墨があった…球体人間の…)

桂は初めての邂逅を思い出しながらおずおずと尋ねる。

「あの…椿さんは…どうしてここに…?」

「うん。あの子はね4年前に、自分の父親を刺してロンドンから逃げてきたんだ」

島谷はこともなげに答えると、「吸っても?」とスウェットのポケットから煙草を取り出す。

桂が頷くと島谷は安物のライターで火をつけ、思い切り煙を吸い込むと、ふうっと吐き出した。

「あの子の事情はなかなか複雑でね…。百合子さんが殺されてからあの子は実の父親に虐待を受けるようになった。虐待は日に日にエスカレートしていき、あの子が15歳の頃⸺ついに実の父親に殺されそうになった。必死で抵抗した結果、父親を刺してしまってね。それであの子の母親⸺百合子さんと親交のあった僕のところに転がり込んできた、ってわけ。」


(虐待⸺?あの勝ち気な椿さんが…?)

再び初めて邂逅を思い出す。口から吐き捨てられた耳朶。獣のような眼差し。

桂は思わず身震いすると、それを見た島谷が桂の肩にぽん、と手を置いて言った。

「僕から言えるのはここまで。もう寝よう。」

いつの間にか外の喧騒は静まり返り、ネオンの代わりに濁った月の光が差し込んでいた。

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