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真夜中の旋律

(どうしてこんなことに…)

泊まって行くか、という申し出はどこか圧があって首を縦に振ることしかできなかった己が憎い。

「そこで寝て」と指さされた簡易なパイプベッドに横になりキョロキョロと部屋を見渡す。

狭いバーの2階は2部屋。オーナーの島谷の部屋と椿の居室。

その椿の居室に桂は招かれたのだ。

当の椿はというと、ブランケットに包まりながらベロアのソファに寝そべってスマートフォンを弄っている。


(待ってくれよ…一応年頃の女の子だぞ?島谷さんがああ言ってたけど…)

ほんの数十分前。

島谷はニカッと笑いながらこう言ったのだ。

「あ、僕の部屋、物だらけでとてもお通しできないから。椿ちゃんの部屋で。まぁないと思うけど、一応。この子、空手有段者だからね。」

そうは言っても、こちらにその気がないにしても。

そわそわと落ち着かない。

チラ、と椿が視線をこちらに送る。

目が合う。気まずい沈黙。

椿が「寝ねぇの?」と短く一言。

(寝れるわけがないんだよなぁ…)

と思いつつも桂はなんとか会話をしようと部屋を見渡す。

と、部屋の隅に1枚のポスターが、額縁に入れられて大切そうに飾られているのが目に入った。

(エリック…?)

白髪頭で眼鏡をかけた男性がギターを弾いている。

桂がそれを見つめていると椿が目を輝かせて近寄ってきた。

「桂も、クラプトン好きなのか!?」

その眼差しは出会ったときの裏路地のものとは違い、年相応の輝きに満ちている。

「クラプトン…?」と桂が返すと椿はあからさまにがっかりしたように「チッ」と舌打ちをしてこう続けた。

「お前、エリック・クラプトンも知らねぇの!?世界でいっちばんすげーギタリストで、ボーカルで、何ていうかな!!もう魂が揺さぶられるっつーの?世界一かっけーじいちゃんなんだぜ!?」

その勢いに圧倒されていると「来いよ」と手を引かれる。

「ちょ、ちょっと…待ってくださいよ!椿さん!!」

半ば引き摺られるように階下へと向かう。

その様子をドアの隙間から島谷がそっと見ていた。


「確かこのへんに…あった!!これだよ!潤のやつちゃんと置いといてくれたんだな」と椿が1枚のレコードを取り出す。

だいぶ古いものだが丁寧にビニールにくるまれて大切に保管されていたそれには、Derek and the Dominosの文字。椿はいそいそと中身を取り出すとレコードに針を落とす。

プツ…ブブッ…というとうノイズのあとに聞こえてきたのは烈しいイントロ。椿は拳を握りしめたまらないといった表情をしている。


Layla, you’ve got me on my knees

Layla, I’m begging, darling please

Layla, darling won’t you ease my worried mind


曲が最高潮に差し掛かると椿はヒュウ、と口笛を鳴らし桂に語り始めた。

「クラプトンはグランマ、あーと、つまりママのママが大好きでさ。小さい頃から聞かされてて、アタシもハマっちまって…。そうだ、ハードロックカフェ!行ったことねぇの?日本にもあるだろ?」

やや興奮気味に話し続ける椿にどう答えていいものか戸惑っていると、椿はレコードから針を外し、こう言った。

「まぁ、その人の好きなものはそれぞれだし押し付けやしねーよ。ただアタシはクラプトンがだーい好き。それだけ。OK?」


(すごいな…俺、ロックとか詳しくないけど…こんな若い子がハマるって、相当の引力があるんだろうな…)

桂がぼんやりと考えていると再び椿が口を開いた。

「アタシのミドルネームのライヤ。これ、Laylaから取ったんだって。ママが言ってた。」

バーの小窓から差し込むネオンに照らされた椿の横顔はどこか淋しげに見える。

「素敵、じゃないですか。」ようやく桂が口を開く。

「そうやってハマれるものがあるって、すごく素敵だと思います。俺は…特に特技とかないし…音楽も流行りのものをちょっと聴くくらいだし…椿さんみたいにしっかり自分の好きを持てる人、素敵だと思いますよ」

そう言うと椿は照れたように「ヘヘ」と笑いながら頭を掻いた。


「そう言えば、椿さんのお母さんって…島谷さんのお師匠様って言ってましたけど…」と桂が口にするとそれまで照れたように笑っていた椿がピク、と微かに動いて頭を掻いていた手を下ろし、ジッと桂を見つめた。

圧。これ以上深入りするなと言うことをその目が語っている。

桂は慌てて「すみません!俺⸺調子こいて…言いたくないことの一つや二つ⸺」

「死んだよ」

桂の言葉を遮るように椿が言い放った。

「死んだ。イカれた客に刺し殺された。」


ネオンが再び椿の顔を照らす。

その顔は先程の年相応の少女の面影はなく、瞳はどこか虚ろに虚空を見つめていた。


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