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13246

作者: pochi.
掲載日:2026/03/09



 無駄な時間からは逃げられない。どんなに忙しい人間でも、無意識に無駄な時間を消費しているものだ。移動時間、食事時、就寝前……全てを誰かに監視されながら生きる人間などいない。また、生活の時間を設定し、それを一秒単位で遵守する人間もいないだろう。それが可能なのは機械ぐらいのもので、人間はむしろそれに急かされながら生きている。


 ほとんどが在宅仕事の私は、他人よりも無駄な時間と接する機会が多いだろう。人の目が無い分、プライベートな時間は作りやすい。とはいえ、私には人に言えない秘密の趣味や日課も無い。実に空虚な人生を生きているが、それこそが心を軽くする薬になっていた。


 私の時間潰しは、SNSのタイムラインを眺めることだ。いつだったか、仕事の宣伝になればと作品の投稿をしたこともあったが、それも程なくして辞めてしまった。空虚な人間が自己アピールをすることは無謀だ。人は作品を通して人間を探ろうとするもので、作品だけが一人歩きすれば良いと思っている私とは齟齬が生じるからだ。実際、私の投稿は他と比べれば単調で。ほとんど他人の興味を引かなかった。


 何故そうしてまで他人を深く知ろうとするのか、またはそれをされるために自らを過度に演出しようとするのか──あの世界の理屈は、私には全く意味が分からない。


 それこそ、無駄な時間ではないのか? 作品に作者の背景は必要か? 探らずとも、経験は作品に滲み出るものだ。わざわざ皮をめくってまで中の肉を暴く事はない。ずっと、そんな風に思っていた。


 私は仕事をする時間に、夜中を選ぶことが多い。理由を考えたこともあったが、明確な答えは無い。誰もが寝静まった夜の静けさの中では思考が浮遊しやすいからか、はたまた単に生活リズムが狂って夜の住人になっているからか。どちらでも良いが、とにかく今日も、たった一人の深夜をパソコンの前で過ごしていた。


 暖色のルームライトの下、指を動かしながら別端末で流すのは、大体が音楽だ。音楽すらも集中力を乱す時は周波数を聴く。だが、ごく稀にそれ以外をBGM代わりにすることもある──配信だ。


 機械が勧める、その時間で盛況を見せている配信を何気なく開く。ゲーム配信が多いが、雑談配信なら尚良い。何故ならそれは、時に聴き入ったり口ずさんだりしてしまう音楽よりも雑音になり得るからだ。


 カフェでの雑音、雑踏での喧騒──興味の対象にもならない音たち。それらと同じ効果を発揮する雑談配信は、ここ最近、私の選択肢の中で上位となっていた。雑音であればあるほど、私の世界との断絶が深まる。そうなると、私の集中力は深まるのだ。





 その日も、私は深夜の供に雑談配信を選んだ。視聴者数が数万にもなる配信には目を瞠ったが、私にとっては関係の無いことだった。どれを選んでも内容は似たようなものだ。別端末に映した画面は有って無いようなもの。音量も最小にして、私は作業に没頭した。


 程なく、コーヒーでも淹れようかと席を立とうとした時だった。ごく小さな音であるはずなのに、突然、配信者の声が妙に強く耳に飛び込んで来た。


『──え、何だこのDM。怖いんだけど』


 静かな驚きの声。私は立ち上がった体を再び椅子に預け、配信画面を注視した。


『イタズラかぁ? 気分悪ぃな。俺相談なんか募集してないんだけど』


 ”見せて” 

 ”どんなの?”

 ”だれ?”


 配信者の戸惑う声につられ、そのようなコメントが連なる。配信者は最初乗り気ではなかったものの、コメントと会話した後に結局、DMの画面を開示した。


『ほらこれ。なんか不気味じゃね? イタズラだよな』


 映されたメッセージ画面に表示されていたのは、短い一文だった。


 ”私を殺してください”


 丸い吹き出しに収まったその文字の連なりは、実に現実味が無かった。予想外の内容に多少驚きはしたものの、私はすぐに興味を無くしてキッチンでインスタントコーヒーを淹れる。戻る頃には話題も変わっているだろうと踏んでいたが、意外にも配信ではそのDMについて掘り下げをしているようだった。


『なあ、Xさん、通話出来る? なんか悩んでることあるなら聞くからさ』


 配信者はそんなことを言いながら、同じ内容の文をDMに送っている。流れるコメントを少し遡って見てみれば、


 ”絶対女”

 ”どうせ釣り”

 ”引きずり出せ”


 というような内容のものが続いている。配信者も相談に乗ると言ってはいるが、単純に相手の正体が知りたくて声を掛けているようだ。


『いやでも、このアカウント言ったところで何も分からないと思う。だって一切投稿してないし、捨てアカだよ捨てアカ』


 アカウントを知りたがる視聴者に配信者が答える。私は椅子に腰を落ち着けてコーヒーを飲みながら、しばしそのやり取りに耳を傾けた。


 程なくして配信画面に例のアカウントが表示される。黒いヘッダーに”X”というアカウント名。IDも単なるアルファベットの羅列だ。唯一、黒いアイコンの中心に白い線で描かれた片目のイラストだけは目を引いたが、あとはプロフィールも投稿も無い殺風景なアカウントだった。フォローしているのは配信者のみで、フォロワーは一人もいない。配信者の言う通り、典型的な”捨てアカ”だろう。


 だが、そのアカウントのフォロワーが徐々に増え始めた。面白がった視聴者が悪戯にフォローしているのだろう。それを見た配信者は笑いながら視聴者を諫めた。


『お前ら釣られんなよ。こんなの相手にしても何にもならないだろ』


 そんなやりとりをしていると、配信者のDM画面にメッセージが追加された。


 ”通話は出来ません”

 ”アカウントを晒してくださり、ありがとうございます”

 ”日時と場所は追ってお知らせします”

 ”視聴者の方で、ご協力いただける方を募集します”


『は? マジ? もー、お前らがアカウント晒せって言うから』


 配信者が至極面倒そうにぼやくと、すかさず視聴者たちはそれを揶揄する。


 ”あーあ”

 ”お前やったな”

 ”教唆”

 ”ニュースなるぞ”


 以降、いくら呼びかけやメッセージを送ろうとも”X”からの応答は無く、諦めた配信者は話題を変更した。マグカップのコーヒー、一杯分にも満たない時間だった。私も頭を切り替え、仕事に集中することにした。





 数日後、数少ない外出仕事の帰りのことだった。夜の電車内でSNSを流し見していると、妙なトレンドに目を引かれた。


 ”○○公園”


 それは、私の家から程近い公園だった。小川が流れ、木々が生い茂る遊歩道のある大きな公園だ。何気なく公園名をタップすると、とあるアカウントの投稿がトップに上がった。


 私はそのアカウントを思い出すのに少々時間を要した。黒い背景の中心に描かれた白い目のアイコン。唐突に数日前の配信が記憶に呼び起こされる。


 例の”X”というアカウントがたった一つの投稿をしていたのだ。内容はこうだった。


 ”○月○日二十時

 東京都○○区○○、○−○−○

 ○○公園にてお待ちしています。


 北側の入り口から入って五番目のベンチです。遊歩道に近いのですぐに分かります。

 方法はお任せします”


 その短い投稿に、たくさんの返信が連なっている。”どうか馬鹿な真似はやめてください”と止めるものもあった。だがほとんどは、


 ”ふざけんな”

 ”釣り”

 ”構ってもらいたくて必死”

 ”通報しました”

 ”ナイフ持ってくわ”

 ”一人で死ねよ”

 ”止めろよ誰か。俺は止めないけど”


 などという軽薄な言葉の断片。数時間前の投稿には数百万のインプレッションと、数万の引用、共感が付けられている。指定された日付は今日のもので、現時刻は十九時十七分。


「──間に合うな……」


 思わず漏れた自らの呟きに、私は少なからず驚いた。声が漏れてしまったこともそうだが、まるで用意された舞台のような状況に、足を向けようとしている自分がいるということに。


 電車が自宅の最寄駅に到着し、電車を降りる。私の他にも降りる乗客はいるが、その顔ぶれが少し違っているようにも見える。各停の停車駅は普段人が少なく、乗客も仕事風の格好をした者が多い。しかしこの時は、若者が散見されるように感じた。


 いつもの帰り道、鞄の他に軽食の入ったコンビニ袋を下げて帰路を歩いていると、公園の前を通りがかる。一台のパトカーが停まっているのを見た私は、足を止めて公園の奥に目を凝らす。


 街灯の少ない夜の公園内は薄暗いなんていうものじゃない。特に物騒になってきた昨今では、暗くなってからこの公園に近づく者はいない。公園の夜の顔は、日に日に暗くなっている。


 だが私はまさに、吸い寄せられるように遊歩道へと足を踏み入れた。”X”のあの投稿が、映像として脳内に蘇る。


(北側から入って、五番目のベンチ……)


 奇しくも、私の帰路の途中にあるのは公園の北側の出入口だ。頭の中で投稿を反芻しながら、薄暗い遊歩道のなか、木々に埋もれるようにしてぽつりぽつりと点在するベンチを数える。三つ四つと数えるうちに、人影と喧騒が顕になっていく。おそらく現場だろうベンチの周辺は、野次馬が囲んでいるようだった。


「とにかく、何があるか分からないから君たちは帰りなさい」


 談笑する者、スマホを向ける者、動画を撮影する者──公園の青白い街灯の下で、ブルーライトが散乱している。それらに向けて、巡回に来ていたらしい警官がうんざりとした様子で声かけをしていた。通報が相次ぎ、巡回を余儀なくされたのだろう。


(迷惑な話だ)


 私はそんなことを思いながら群衆に近づき、頭の隙間から例のベンチを覗いたが、そのベンチは空だった。当たり前だ。こんな野次馬に囲まれた状態のこの場所で、誰が犯罪を犯すというのだろう。


 馬鹿馬鹿しくなって溜息が漏れる。スマホで時間を確認すれば、定刻の五分前となっていた。


「絶対釣りだろ。警察も来てるし、何も起こるわけがない」

「でもさぁ、何が起こるかなんて分かんないよ? 本当に”X”が来るかもしれないじゃん! どんな奴なのか見てみたくない?」

「見てどうすんだよ」


 野次馬たちの話題は専ら、そのようなものだった。若者がほとんどだが、年嵩の顔もいくつか見える。自分がこの群衆の一部になっている事に嫌気が差し、踵を返そうとした──その時だった。


 群衆の騒めきが上がった。思わず振り向き、再びベンチを覗く。すると、野次馬に紛れていたのか、一人の少女が輪から抜けたし、ベンチに座っていたのだ。


 野次馬に注意を送っていた警官が驚き、少女に近づく。首元をリボンで結った白いブラウス、黒いミニスカート、白いハイソックスに、踵が丸くヒールの高い黒い靴。長く真っ直ぐに落とされた黒い長髪は綺麗に切りそろえられ、顔面は蒼白に近いほどメイクが施されている。人形を模したような少女だ。


「君がこの悪戯した本人?」


 警官が少女に語りかけるも、少女は両手と両足を揃え、背筋を伸ばし、人形よろしく黙って座してそれには応えない。警官は溜息とともに頸を掻いた。


「君ね、こんな事しなくても、相談するところはたくさんあるだろう? 変な通報が止まなくて、これだと業務妨害ものだよ。──事情があるなら、とりあえず交番で聞くから」


 黙って俯いたまま顔も上げない少女は、頑なに口を開かない。膝の上で揃えられた両手の拳は握られているが、震えているようにも見えない。


 野次馬は響めきながらもその光景にスマホやカメラを向けている。


「やっぱり女だった」

「ねぇ、これマジで釣りじゃん。つまんな」

「どうせ何もないよ」

「でも、あと一分だよ」


 笑い声や野次が飛ぶ。警官がそちらに振り向き、良い加減に帰れと手を払って注意する。静寂の公園には、そのような声が何倍にもなって響き渡るようで、私は眉を顰めた。そして、──定刻は訪れた。


「おい! 止まれ!」


 警官の叫びと揉み合う音、金属音、群衆の悲鳴が、踵を返していた私を再び振り向かせた。心臓が重く音を立て始める。恐る恐る人の群れに近づき、現場の様子を窺おうと試みる。


 群衆が向けるスマホの画面と、現実の光景が私の脳に視覚情報を伝える。警官が地面に痩せた男を押さえ付けている。その側には、現実には見たこともない大振りのナイフが転がっていた。


 ベンチに座っていた少女が悲鳴を上げて立ち上がり、足を縺れさせながら群衆を突き飛ばして逃げていく。仲間への応援と少女への制止の声を掛ける警官の下で、「あーあ」という力の抜けた声が聞こえる。取り押さえられた男はさして抵抗もせず、だらりと両手を広げて地面に伏している。向けられるカメラを気にする様子もない。


 まるで一瞬の出来事だった。それが本当に目の前で起こっている現実なのか、私は目を疑った。だが、輪の中心に向けられたカメラたちの映像が、私の見ている現実を補填する。確かに今この時、ひとつの事件が起こりかけたのだと物語る。


 動画配信をしている者がいるのか、白々しい実況の声が辺りに響く。落ちたナイフに近づき、触れようとする者まで現れる。警官の制止に手を止めるも、間の抜けた笑いで自らの行動を誤魔化す──哀れな光景が、私の瞳に次々に飛び込んでくる。私は、コンビニの袋を持つ手が強張るのを頭の片隅で感じた。


 どさり。


 妙に大きな異音が、辺りの喧騒を遮った。刹那の沈黙の後、再び悲鳴が湧く。私が思わず群衆の視線を追うと、そこには文字通り降って落ちてきたような、人間の体がベンチに絡まっていた。


 体が不自然に跳ねているのが遠目ながらにも分かる。なのにそれは、群衆の向けるズームされたスマホの画面によって更に鮮明に映される。警官も思わず声を上げる。その側には落ちてきた人物が持っていたものなのか、割れた画面のスマホが転がっていた。


 落ちてきたのは、年若い青年にも見えた。私が救護の手を躊躇っているうちに、その体はベンチからわずかに身体を摺り落とした所で停止した。心臓が早鐘を打つかのように鼓動する。何に焦燥を覚えているのか、自分でも上手く説明が出来ない。


 だが明確に湧いて出た怒りだけは分かった。群衆は、それでもスマホを下ろさない。恐怖に悲鳴を上げながら、その感情を切り離し、まるで冷静に画面越しに目の前の光景を見ているのだ。


 目を疑った。事件現場にカメラを向ける野次馬の存在は知っていたが、現実に目の当たりにするとこうも醜悪に映るのか。遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。ようやくどこかから「救急車」という言葉が発される。私も突然のことで失念していたが、それよりも怒りに任せて彼らと同様、スマホのカメラを起動した。


 現場を避け、群衆の端に回り込み、そちらに向けてスマホを構える。ちょうどその時、複数のスマホから通知音が連続した。


「え、ちょっと待って何これ」

「誰がやってんの」


 群衆がざわめく。背後から応援の警官が数人現れ、群衆をかき分ける。現場の緊迫した物音を片隅に、私は初めて、”X”のアカウントを開いた。


 ”いいものを見せてくれてありがとう”

 ”ただ知りたがりなだけの、有象無象”

 ”みなさんに新たな使命を与えます”


 連続して流れる投稿は、恐らく予約されたものだったのだろう。それに続いたのは、画像の羅列だった。──現場の群衆を映したもの。今まさに、ここに居る私たちの画像だ。容姿が分かるよう、ズームされたものが、何枚も。


 ”特定をどうぞ”


 そこには、群衆の影に映る──私の姿も載っていた。




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