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星のレシピ 絆のキッチン

星見町の海辺は、夕陽に染まって金色の波がキラキラと揺れていた。潮の香りが漂い、絆ノキッチン学園のキッチンでは、16歳の星乃彩花が、フライパンを握りしめ、卵を焼く手が震えていた。彼女の目指すは、母の「キラキラ星のオムライス」。食用ラメで星空のように輝く卵が、ハート形のケチャップライスを包む。トマトとハチミツのソースは、食べる人の心に懐かしい記憶を呼び起こす。だが、彩花の心には、8年前の記憶が刺さっていた。母と作ったオムライスを失敗し、「彩花、もう料理しなくていいよ」と言われた。あの言葉は、母の死後、彼女の夢を縛る鎖だった。キッチンの喧騒の中、彩花の耳に母の声が響く。卵を焼くジューッという音が、心臓の鼓動と重なる。

「彩花、卵、焦げちゃうよ!」

10歳の佐藤陽太が、カウンターから身を乗り出して叫ぶ。絆ノキッチン学園の小学生クラスで一番の元気者だ。まいんちゃんの番組さながらの笑顔が、子供たちの笑い声と混ざり、キッチンを明るくする。「う、うるさいって、陽太!集中させて!」彩花は頬を膨らませ、ブランシール(軽く茹でる)したパプリカをソテー(軽く炒める)する。赤と黄色のパプリカがフライパンで踊り、バターの香りが鼻をくすぐる。だが、彼女の目は、母との記憶に曇る。あの時、卵は焦げ、ライスは固まり、母の笑顔は優しかったのに、なぜか最後の言葉だけが心に残った。

キッチンのドアがバンッと開いた。「星乃彩花、こんなところで遊んでる場合か?」月島怜、17歳。学園のトップシェフ候補。黒い髪を鋭く切り揃え、冷たい目で彩花を見下ろす。白いコックコートは、まるで氷の鎧だ。「怜…何?」彩花はフライパンを握りしめる。怜の視線はナイフのように鋭い。「星見キッチンフェス、知ってるだろ?町を救う最後のチャンス。お前みたいなヘタレに、勝てる料理、作れるのか?」陽太が「なんだよ、その言い方!」と叫ぶが、怜は無視する。「俺の『氷の彫刻スープ』、見て震えな。分子ガストロノミーで作るコンソメ(澄んだスープ)は、完璧だ」。彩花の胸が締め付けられる。怜の言葉は冷たいが、彼の目には、どこか捉えきれない影があった。苛立ちか、挑発か、それとも何か別の感情か。彩花の心が、なぜかざわつく。

星見町は、開発業者のリゾート計画で消滅の危機に瀕していた。絆ノキッチン学園は、プロのシェフを目指す若者と地元の子供たちが一緒に料理を学び、町の心を繋ぐ場所だ。海辺の風に揺れる学園の看板には、「料理は絆」と刻まれている。それがなくなるなんて、彩花には耐えられなかった。怜の冷たい瞳を見つめ返すと、彼女の心に小さな火が灯る。それは、怜への反発か、それとも彼の孤独な背中に感じる何かか。彩花自身、気づいていなかった。陽太が「姉貴、負けるなよ!」と拳を振るう。その純粋な笑顔に、彩花は小さく頷く。「うん、陽太。私、絶対やるよ」。

「星見キッチンフェス」は、町の存続をかけた料理コンテスト。ルールはシンプルだ。「心を動かす料理」を作り、審査員と観客を魅了する。20品の料理が予選と決勝で披露され、優勝すれば町は守られる。失敗すれば、学園も町も終わりだ。その夜、学園のホールで説明会が開かれた。審査員の藤田美咲、40歳、町の老舗食堂「海の星」の女将が壇上に立つ。彼女は彩花の母の親友だった。「この町は、料理で繋がってきた」と美咲は静かに言う。「君たちの料理が、星見町の未来を決める。心から、挑んでほしい」。美咲の声は、彩花の胸に響く。母の笑顔が、キラキラ星のオムライスと一緒に浮かぶ。だが、怜の冷笑がホールに響く。「心?そんな曖昧なもの、料理にいらない。俺のフォアグラのテリーヌ(成形料理)、完璧に勝つ」。彩花は拳を握りしめる。「怜、負けない。私、母のオムライスで、みんなの心を動かす!」。怜の目が一瞬揺れる。彩花の熱い視線に、彼の心が小さく疼いた。

予選当日、学園の広場は観客の熱気で沸いていた。屋台の煙が立ち上り、海風がスパイスの香りを運ぶ。彩花は陽太たちと10品に挑む。1品目は「桜エビのフリット」。桜エビをバッター(衣)で包み、カラリと揚げる。サクッとした食感に、エビの香ばしい香りが弾け、観客が「うわ、うまそう!」と叫ぶ。2品目は「ヒラメのカルパッチョ」。薄くスライスしたヒラメに、オリーブオイルと柚子のヴィネグレット(ドレッシング)がキラリと光る。爽やかな酸味が舌を刺激する。3品目は「タルトタタン」。キャラメリゼ(砂糖を焦がす)したリンゴがトロリと溶け、バターの甘い香りが漂う。4品目は「サーモンのポワレ」。皮はパリッと、身はジューシーで、ディルの香りが鼻腔をくすぐる。5品目は「春菊のサラダ」、ゴマドレッシングが香ばしく、シャキッとした食感が弾ける。6品目は「牛蒡のキッシュ」、サクサクの生地に牛蒡の甘みが広がる。7品目は「海老のビスク」、濃厚なスープに海老の旨味が凝縮。8品目は「鴨のコンフィ」、低温でじっくり火を通し、肉汁がジュワッと溢れる。9品目は「カボチャのニョッキ」、もちっとした食感にバターの香りが溶ける。10品目は「抹茶のムース」、ふわっとした甘さが舌で消える。彩花は調理しながら歌う。「星がキラキラ、みんなの心に!」陽太たちがハート形の型を振って応援し、観客の笑顔が広がる。だが、怜の視線が彩花を刺す。その冷たい目に、なぜか胸がドキッとする。彼女の歌が、怜の心のどこかを揺らしていた。

怜は8品で圧倒する。1品目は「フォアグラのテリーヌ」。滑らかなフォアグラに、ポートワインのジュレが輝く。口に入れると、濃厚な旨味が広がる。2品目は「チーズのスフレ」。ふわっと膨らむ雲のような食感に、観客が息を吞む。3品目は「ホタテのポワレ」。バターの香りが鼻腔をくすぐり、表面のカリッとした焼き目が美しい。4品目は「牛フィレのロッシーニ」。トリュフの香りが濃厚で、肉の柔らかさが舌を包む。5品目は「アスパラガスのヴルーテ」。クリーミーなスープが滑らかで、春の息吹を感じさせる。6品目は「鯛のアクアパッツァ」。魚介のスープが海の香りを放ち、観客を驚かせる。7品目は「ラムのロースト」。ローズマリーの風味が深く、肉汁が滴る。8品目は「パッションフルーツのソルベ」。爽やかな酸味が口の中で弾ける。観客は目を奪われるが、怜の料理はどこか冷たい。美咲が言う。「怜君、技術は完璧。だが、何かが足りない」。怜は唇を噛む。彩花の歌う姿を思い出し、胸に小さな疼きを感じる。彼女の笑顔が、なぜか頭から離れない。

予選の合間、彩花は怜とキッチンで鉢合わせる。「お前の料理、子供騙しだ」と怜は言うが、声にいつもの鋭さがない。彩花は反発しつつ、彼のコックコートの裾を握る。「怜、なんでそんな冷たい料理しか作らないの?本当は、もっと…」言葉を切る。怜の目が一瞬、柔らかくなる。「お前には関係ない」と背を向けるが、彩花の心はざわつく。彼の孤独な背中が、放っておけない。怜もまた、彩花の歌を思い出し、心が揺れる。彼女の手の温もりが、冷たいキッチンに残っていた。

決勝戦の日、広場はさらに熱を帯びていた。彩花は4品に挑む。1品目は「キラキラ星のオムライス」。食用ラメの卵が星空のように輝き、割るとハート形のケチャップライスが現れる。トマトとハチミツのソースは、甘みと酸味が絶妙に絡み、母の愛を思い出す味。2品目は「アクアパッツァ」。魚介のスープが海の香りを放ち、ムール貝とトマトが色鮮やか。3品目は「ガトーショコラ」。濃厚なチョコが舌で溶け、カカオの香りが鼻を抜ける。4品目は「春菊のジェノベーゼ」。バジルの代わりに春菊を使い、鮮やかな緑が目を引く。彩花は歌いながら調理する。「星が輝くよ、みんなの心に!」陽太たちがハート形の型を振って応援し、観客の目が潤む。怜の視線が、彩花の笑顔に釘付けになる。彼女の歌が、彼の心の奥を叩く。

怜も4品。1品目は「氷の彫刻スープ」。分子ガストロノミーで作る透明なコンソメに、球体のキュウリとニンジンが浮かぶ。光が反射し、まるで氷の彫刻。2品目は「鴨のコンフィ」。低温で煮込んだ鴨は、ジューシーな肉汁が溢れ、口の中で溶ける。3品目は「パルフェ」。層状のデザートが美しく、マンゴーとバニラが調和する。4品目は「デュクセル包みのビーフ」。キノコのペーストが肉の旨味を深め、香りが会場を包む。だが、怜の料理は依然として冷たい。美咲が彩花に、母のレシピの秘密を教える。「ハチミツだよ。愛を込める隠し味」。彩花は母の言葉を思い出す。「もう料理しなくていい」は、母が彼女を縛らないための優しさだった。涙を拭き、彩花は歌う。「星が輝くよ、みんなの心に!」

怜の過去が明かされる。12歳、家族のレストランが破産。親に見捨てられ、料理に「心」を否定した。フォアグラのテリーヌを作りながら、母の冷たい背中を思い出す。だが、彩花のオムライスを食べ、彼の目に涙が滲む。「こんな味…知らない」。トマトの酸味、ハチミツの甘み、母の笑顔が蘇る。彩花は怜の手を握る。「怜、ひとりじゃないよ。料理は、絆だよ」。怜の心が、初めて開く。陽太は「ハート形のクッキー」を作り、サクサクのバターの香りが会場を温める。美咲は「海の星の漁師汁」、ブイヤベース風のスープで町の伝統を表現。魚介の濃厚な香りが、観客の心を掴む。

観客の歓声が響き、町は救われる。美咲の審査が終わり、学園は存続。彩花と怜はキッチンで並び、笑い合う。怜の笑顔は、初めて温かかった。彩花の心が、またドキッとする。彼女は気づく。怜の冷たい視線も、孤独な背中も、彼女を動かしていた。「怜、いつかまた、一緒に料理しよう」。怜は小さく頷く。「ああ…悪くないな」。二人の間に、名前のない気持ちが芽生える。陽太が「姉貴、怜さん、最高!」と跳ね、美咲が微笑む。海辺の朝焼けが、星見町の未来を照らす。

END

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