邪竜の竜田揚げ
「魔王様、昼食をお持ちしました」
そう言ってリンリはロスの背から降りた。ベルゼが無事であることを確認していると、突然、手を握られた。
「リンリ、避難しろと言ったじゃないか。それに、ひどい火傷だ。手も、顔も。すぐに治療を――」
「魔王様、そんなことより昼食のお時間です。と言っても、実はまだ料理が完成しておりませんので、少々お待ちください」
聖火の放射はまだ続いている。肉壁の陰に隠れたまま、調理を開始する。邪竜の肉を一口大にカットする。肉には片栗粉をまぶし、鉄鍋に油を注ぐ。
「青炎魔法」
青い炎で鍋を熱する。油に箸を入れると、気泡が生じた。邪竜の肉を投下する。揚がるまで四、五分はかかるが、聖竜は待ってくれないだろう。青炎よりももっと高温で迅速に上げる必要がある。リンリはちょうどいい炎があることに気づいた。
「浮遊魔法」
鍋を肉壁の上に浮遊させ、聖火を浴びさせる。肉が急速に揚がる音。鍋が聖火の熱で溶け切ると、揚がった肉が、皿の上に落ちてきた。
聖火の放射がやんだ。
「何だ、この忌々しい肉は? どこから出てきた? なぜわしの聖火で焼滅しない?」
「魔王様、本日の昼食、邪竜の竜田揚げでございます」
揚がったばかりの肉はジュワワと音を立てている。ベルゼは魅入られたようにフォークで竜田揚げを刺した。
「薙ぎ払ってくれるわ」
聖竜の尾が鞭のようにしなり、肉壁の側面から飛んできた。ほぼ同時に、ベルゼが邪竜の竜田揚げを口にした。高密度の魔力を帯びた尾は、肉壁もろともリンリとベルゼの体を粉砕するはずだった。
崩壊した肉壁が立てた粉塵のなか、ベルゼは片手で尾を受け止めていた。
「な、なんだとっ」
驚愕の声を上げる聖竜に見向きもせず、ベルゼは言う。
「リンリ、この竜田揚げ、うまい、うますぎるぞ。体に力がみなぎるようなうまさだ」
目を輝かせるベルゼに、リンリは、先代魔王バハムの姿を重ねる。
「まだいくらでもあります。どうぞお食べください」
「うむ。いただこう」
「ふ、ふざけるなっ。貴様、ホ、ホラを吹いてわしを騙したな。な、なにが魔力がないだ? そんな膨大な魔力をいったいどこに隠していた?」
ベルゼが竜田揚げを一つ食べるごとに、魔力が膨れ上がる。焦った聖竜が爪を振り下ろした。それをベルゼは右上腕で受け止め、左手で拳を作ると、空を突いた。衝撃波が聖竜の胴体にヒット。体勢を崩した聖竜はそのまま後ろに倒れる。
「ごちそうさま」
聖竜が立ち上がったとき、ベルゼは竜田揚げを完食していた。ぼうだいな魔力が体になじみ、邪悪な竜の様相を形作る。
「ば、馬鹿な。ありえん。こんな小僧がかの竜の力を得るなど、ありえん、ありえていいはずがない」
「聖竜」
ベルゼの声が低く響く。
「我が領民及び領土に二度と手を出さないと誓うなら、命だけは見逃がしてやろう」
「何だと?」
「わからないか? 情けをかけてやると言っているのだ」
「――けるな」
聖竜がつぶやき、そして吼えた。
「ふざけるなっ。わしを誰だと思って口をきいておる? 命乞いとは、お前たち魔族がするもので、決してわしがするものではない。かの竜の力が何だ。わしは怖くてかの竜に手を出していなかったのでは断じてない。ただ、多忙故、見逃がしてやっていただけのこと。かの竜よりもわしのほうが上だ。この聖なる炎でお前たち魔族を一匹残らず浄化し、大地を清浄に導くのは、神でも天使でもなく、このわしだっ。死ねっ、薄汚い魔族ども」
聖竜の魔力が口元に集まっていく。極大の聖火が来る。リンリの本能が体中にアラートを発する。死の恐怖に全身が強張り、体温が下がる。
「大丈夫だよ。ぼくがリンリを守るから」
ベルゼがふり返り、そう言った。
リンリは目を見開く。
いつのまに、こんなに大きくなったのだろう。
まだ十歳の少年に対し、そんなことを思った。
「聖火極刑」
聖竜の咆哮とともに撃ち出された、虹色の炎。魔王ベルゼは一歩も引くことなく、大きく息を吸い込むと、一気に黒い炎を吐き出した。聖火と邪炎がぶつかり、均衡点を探る。聖火の勢いに少し押された瞬間、ベルゼが両拳を握り、腹の底から声を出した。
「ああああああああああっ」
強く太く吐き出された邪炎が聖火を急激に押し返す。どちらが優勢かはもはや明らかだった。
「ぐっ、くそ、くそおおおおっ」
断末魔とともに聖竜が邪炎に飲み込まれた。神々しい光を放っていた真っ白な肉体は、まっ黒に焼かれ、ぼろぼろと崩れていった。
魔王ベルゼの勝利を見届けて、リンリはしずかに目を閉じた。