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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
エピローグ
69/69

~魔王の誕生日ケーキ~

 リンリはクロワッサンと天使の目玉焼きを乗せた皿を片手にのせ、階段を降りて行く。


 魔王場最下層である地下七階の隅の牢屋。そこにシンネ・イスカリオネは鎖で四肢を広げられ、拘束されていた。


「おはようございます、シンネ」


 うなだれていた頭がわずかに動いた。虚ろな目がリンリを捉えた。


「何しに来たの?」

「いくつか質問します。あなたは、勇者セカイを蘇生させた?」

「わかりきったこと訊かないで」

「料理で蘇生させた?」

「だったら何?」


 そう言って、シンネはほくそ笑んだ。


「ああ、そういうこと。レシピが知りたいんでしょう。魔王バハムを生き返らせるために。誰が魔族なんかに教えるか」


 リンリは腰に提げたキーリングから鍵を選び、牢屋の錠を開けた。壁につながれたシンネの目の前まで行って、冷たい声で問う。


「レシピは要りません。ただ、知っておく必要があるのです」

「何を?」

「誰があなたに蘇生料理を教えたかを」


 シンネの目玉が震えた。


「蘇生料理に関するありとあらゆる情報を集めようと試みた時期が私にもありました。けれど、どれも偽の情報で、真の蘇生料理にたどりつくことはできませんでした」


 分かったのは、蘇生は神の領分であり、蘇生魔法を使えるのは、神だけだということ、それだけだった。


「あなたに蘇生料理のレシピを教えたのは、誰ですか?」


 シンネは顔をそむけて笑った。


「教えると思う?」

「では、朝食をどうぞ」


 皿に乗せたクロワッサンをシンネの口元に持っていく。


「誰が、魔族の、料理なんか」


 言いながらも、シンネの口が震えながら開いていく。


「ど、どうして」

「人はおいしい料理を前にすると、口を開かずにはいられない」


 シンネは今や涙を流しながらがつがつとクロワッサンを食べていた。一個食べきり、舌を伸ばすシンネに向かって、二個目のクロワッサンを見せて言う。


「答えなさい。あなたに蘇生料理を教えたのは、誰?」

「あ、あーっ、ああああっ」


 シンネの舌が触れるか触れないかのところにクロワッサンを持っていく。


「ううう、言う、言うから。神、神よ、神の料理人よ」

「神の料理人?」

「そいつは、自分のことを神様専属料理人って、そう言ってた。ねえ、早く、早くちょうだい」


 リンリはクロワッサンをシンネの口に突っ込んだ。そして思案した。


 神様専属料理人。


 天界の神の専属であれば、魔族とは敵対する運命にあるだろう。いつか戦うことになるかもしれない。


 浮遊魔法で天使の目玉焼きをシンネがかぶりつける範囲に浮かせ、リンリは牢屋をあとにした。


********************************************


 昼から始まる式典に向けて、厨房は戦場と化していた。


 今日の生誕祭には、近隣を統治している魔王やバハムの時代から親交のある魔王たちが従者を引き連れてやってくる。


 ジャンは肉料理を、ミレイはサラダを、ブルゴは菓子を、ノンはパスタを、ガウスは酒を、アイーラがスープを作る中、リンリはケーキを作っていた。


「みんなー、急げ急げ。お客さんもう来始めてるよ。あ、すみません、この料理はもう運んでもらって大丈夫です」


 ティアが全体を見て、できた料理を運ぶよう文官や軍人たちに指示を出す。いつもならリンリが全体管理を行うが、今日は違った。焼きあがった巨大なスポンジ生地に生クリームを塗っていく。


「こちら式典会場警備兵。大変です。魔王キレイラ様が酒をもっと持ってこいと暴れています」


 通信魔法による声が厨房に響いた。リンリは生クリームを塗る手を止めた。酔っぱらった魔王キレイラをコントロールするのは、至難の技だ。自分が行くしかない。そう思っていたら、ガウスに肩を叩かれた。


「ちょっとさぼりついでに行って来る」

「すみません、ありがとう」


 ガウスはなんでもないというふうに右手を振った。


「こちら式典会場執事。料理がなくなりそうです」

「嘘だろ」ジャンが叫ぶ。

「一人、大食漢の魔王がいまして。ものすごい勢いで料理がなくなっています」


 大食漢というのは、魔王トウテツに違いない。かつて、彼を式典に招き、城ごと食べられてしまった魔王もいるという。放っておくには、危険すぎる。


「私が行きます」

「いや、料理長、俺に行かせてくれ」


 そう言ったのは、ジャンだった。リンリは一瞬、判断に迷った。


「私も行きます」


 ミレイが手を挙げた。


「わかりました。ただし、無理だと思ったらすぐに呼ぶように」

「おっしゃ」


 ジャンとミレイが食材をたんまり持って厨房を出て行く。


「こちら式典会場メイド。お忍びで来られている吸血鬼女王のお子さんたちが複数のアレルギーをもっていて、食べられる料理がないとのこと」


「わかりました。私が行きましょう」


「料理長、ここはオイラに任せてほしいだ」


「料理長? 私もブルゴについてく? アレルギー任せて?」


 ブルゴとノンの申し出を、リンリは受け入れた。式典会場で次々と起こるトラブルに対処していたら、誕生日ケーキは完成しない。それをみんな、わかってくれている。


 式典開始の間際、人嫌いの迷いの森の魔女ローザが会場に来たと報告が入った。


「すみません、ローザ様の魔力の影響で、時空が歪みかけています」

「料理長、すみませんが、少し抜けます。ついでにジャンたちの様子も見てきます」とアイーラ。

「お願いします。時空の歪みを直すのにもしも料理の力が必要なら、連絡を」

「おそらく大丈夫かと。ローザ様も可能な限り魔力を抑えてくれているでしょうから」


 アイーラが出て行き、リンリの他に厨房に残っているのは、ティアのみとなった。先代料理長ドラゴが亡くなった直後、まだジャンもミレイもブルゴもノンもガウスもアイーラもここで働いていなかった頃と同じだけど、同じではない。リンリはもう身に染みるほどにわかっていた。永遠はない。


 ティアが追加料理をじゃんじゃん作りながら言う。


「リンリ料理長、ケーキ以外は任せてください」

「こちらももうすぐ終わります」


 リンリは仕上げに入っていた。カットしたいちごをケーキに綺麗に盛りつけていく。十一本のろうそくを立て、最後にチョコレートのプレートを中央に置いた。


「こちら厨房。誕生日ケーキできました」


「こちら式典会場魔法部隊。了解。ただちに転移させます」


 ケーキは天井に着くほどに巨大なため、出入り口からの搬出は不可能。魔王軍魔法部隊があらかじめ用意した魔法陣による転移魔法で移動させることになっていた。


 厨房に魔法部隊が参集し、転移魔法を発動させた。ケーキは消え、それから、ほどなくして、ラッパーのファンファーレが鳴り響いた。


 魔王ベルゼ・バアルの生誕式典が始まった。しかし、厨房にはさまざまなリクエストが寄せられ続けている。猫舌でも食べれる熱いスープ、騒いでいる子どもたちがおとなしくなるお菓子、馬車酔いを解消する前菜。リンリとティアはどんな難しい要望にも応じ、料理を作った。会場では、ジャンたちも動いてくれている。


 ようやく少し落ち着いたところで、通信魔法が入った。


「料理長殿。魔王様がお呼びです。お越しになられた皆様にあなたを紹介したいと」


 リンリは瞑目した。


「すみません、あいにく今は手が離せま――」

「あ、行けます。リンリ料理長、すぐ行きますから、ちょっと待っててもらってください」


 自分の言葉をさえぎったティアをリンリはにらむ。


「ティア」


「だ、だって手が離せないなんて嘘じゃん。魔王様だって、絶対、リンリ料理長に来てほしいと思ってる。だから行こう。私も行く。会場でだって料理は作れるもんね」


「ですが、私は」


 ためらうリンリの手をとり、ティアが言う。


「リンリちゃん、いい加減、もう自分を許してあげて。あの二人だって、きっと、そう思ってる」


「私は許されたいなどと思っていません」


「でも私は思ってる。リンリちゃんにリンリちゃんを許してもらいたいって、そう思ってる。押し付けなのはわかってる。でも、でも」


 ティアの目には涙がいっぱいに溜まっていた。その涙に映る自分が、ティアと出会ったときのままの幼い自分であるような気がした。年下の姉弟子にこんなにも心配をかけていたのか、私は。ティアの目じりをこぼれそうな涙の粒をコックコートの袖でぬぐってやる。


「わかりました、行きましょう」


「やった」


 ティアに背中を押され、厨房を出る。中庭をぬけて、城の外へ。


 城門から城までの間の庭を広々と使って、式典は行われていた。多種多様な魔族が集い、グラスと皿を手に歓談している。木を組んで作ったステージ上では、ベルゼへのプレゼント贈呈が行われていた。


 吸血鬼女王から生き血のボトルを受け取っていたベルゼがリンリに気づき、手招きする。


 リンリは周囲の視線を浴びながら、庭を進んで行き、ステージに上がる。


「紹介しよう。魔王城筆頭料理人にして、我が城の料理長リンリ・ルルコースだ」


 拡声魔法をかけられているベルゼの声が庭中に響いた。そしてそれ以上に大きな拍手喝采が起こった。


 リンリは深く深くお辞儀をした。


「リンリ、一言、もらえるか?」

「いえ、私は」


 そう言いかけて、庭の端にバハムとソラの墓石が見え、リンリは顔を上げた。のどに拡声魔法をかけて口を開く。


「ご紹介にあずかりましたリンリ・ルルコースです。皆様、料理は楽しんでいただけているでしょうか?」


 再び歓声が上がる。リンリはうなずく。


「料理のことで何かありましたら、何なりとお申し付けくださいませ。それとケーキは生物ですので、できるだけお早めに――」


 そこまで言って、庭の中央に鎮座している誕生日ケーキがまだ手つかずに残っていることに気づく。


「ああ、すまないな、リンリ。誕生日ケーキはまだ食べていないのだ。君が来てからにしようと思ってな。切ろう切ろう」


 ベルゼがリンリの手を引っ張り、ステージから飛び降りる。そのまま一緒にケーキの前まで走って行く。


「でかいな。どうやって切り分けようか」


 三メートル以上あるケーキを見上げ、ベルゼが言った。


「魔王様、切り分ける前に、ろうそくの火を吹き消しましょう。少しお待ちを」


 リンリは会場に並ぶ数々の料理のなかから邪竜の竜田揚げを選び、皿に盛り、ベルゼへ手渡した。


「おお、そう言えば、式典に出ずっぱりでちゃんと料理を食べてなかったな」


 邪竜の竜田揚げをほおばるベルゼの体に魔力が宿る。竜の翼を背に宿し、飛翔したベルゼは、胸が膨らむほどに息を吸い、一気に十一本のろうそくの火をかき消した。爆発のような拍手と歓声。


「ありがとう、ありがとう」


 笑って、手をふると、ベルゼはリンリのもとまで降りてきて、魔剣を抜いた。


「リンリ、手を」

「はい」


 魔剣を握るベルゼの手にリンリは自身の片手を添える。折れている刃の先に魔力の刃が伸びる。二人は、魔剣を幾度となくふりおろし、いちごの誕生日ケーキを食べやすいサイズに切り分けていった。


 ベルゼは来賓の一人一人にみずからケーキを手渡していく。


 リンリは、二枚の皿にケーキを一切れずつのせて、そっとみんなのもとを離れた。庭の隅に並び立つ二つの墓石のもとに行き、お皿を置く。


 しばらくたたずんで、それから、踵を返し、会場へと戻る。リンリには言わなければいけないことがあった。


「魔王ベルゼ・バアル様」


 ケーキをみんなに配り終えたベルゼに声をかける。


「うむ。どうした? 改まって」


 リンリはソラが亡くなってからの十一年という歳月を想い、告げる。


「十一歳のお誕生日、おめでとうございます」


 ベルゼは一瞬、虚を突かれたように口を少し開け、それから、秋風のようにさわやかに笑った。


「ありがとう」


「本当におめでとーっ」


 いきなりどこからともなく現れたティアがリンリとベルゼを抱きしめる。つづいて怒濤のようにジャン、ミレイ、ブルゴ、ノン、ガウス、アイーラまで押し寄せ、他の魔族たちも一気に集まって来た。密集した体に揉まれながら、リンリは、バハムとソラの墓石の方を見て、一筋も二筋も涙を流した。


 墓前に供えた誕生日ケーキ。それが、二皿とも、きれいに完食されていた。


               了

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