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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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ありがとう

「今回だけは、完勝したいのです。あの者たちに」

「なるほど。いいだろう。君の願いを受け入れよう」

「ありがとうございます」


 天使の翼がはばたいた。高速移動の末にベルゼは、セカイとシンネの頭を左右の手でつかみ、そのまま城下町広場をあとにした。


「どこへ行こうか。城は、負傷兵もいるし」

「穀倉地帯がよいかと」

「どこへ行っても、結果は同じだ。死ね」


 シンネの包丁をリンリは自身の包丁で受け止め、弾く。セカイが暴れ狂い、頭をつかんでいるベルゼの手を振り払おうとしている。


「もう少しだ」


 天使の翼のはばたきが速度を増した。稲穂が果てしなく広がる穀倉地帯のど真ん中に一直線に突っ込んだ。落下の衝撃で、四人は散り散りになったが、リンリとベルゼはすぐに合流した。一方で、シンネもセカイと合流し、色鮮やかな茱萸を食べさせている。


「うううう、おっぷ」


 セカイが吐き気を催したように口を押さえている。顔色が青紫色に染まり、尋常でない汗が出ている。


「シンネ、その茱萸はそんなに食べさせて大丈夫なものなのですか?」


「人間の体には少し強すぎるかもしれないけれど、知ったことではないわ。彼は勇者。自分の身を犠牲にして魔族を滅ぼせるならば、本望でしょう。見なさい、この絶大な聖力を」


 今やセカイの聖力は、人間であるにも関わらず、天使よりも聖竜よりも大きなものとなっていた。


「仕上げよ」


 最後にシンネは赤い茱萸をセカイの口に押し込んだ。すると、さっきまで獣のように四つ足で大地をつかんでいたセカイが、立ち上がり、落ち着き払った無表情になった。


「何を食べさせたのです?」

「神の血の茱萸。これを食べた者は、一時的に神と同等の存在となる」


 聖力が聖剣へと集まっていく。セカイは感情を持たない操り人形のように無表情のまま、聖剣を大地に突き立てた。瞬間、風に吹かれていた稲穂が一つ残らず萎れ枯れた。


 シンネが嗤う。


「勝負は今、決したわ。もうこの地に作物は実らない。あなたたち魔族に待っているのは、飢え死にか、戦死だけ」


 地平線の彼方まで広がっていた稲穂が枯れてしまった。土からも魔力が失われたのがわかる。


「魔王様、私が料理を一品作るまでの間、数分でかまいません、勇者の攻撃を凌げますか?」

「もちろんだ。君たちの料理のおかげで今のぼくは強い。それぐらい朝飯前だ」


 勇者セカイがゆっくりと一歩踏み出した。ベルゼが駆けだす。聖剣と竜の爪がぶつかる音が高く響いた。


 リンリは、食糧袋からとある食材を取り出した。虹色の鱗をもつ蛇の切り身。かつてバハムと狩った帝蛇ヨルムンガンドである。保存魔法を解除すると、星の海の匂いがした。さらに食材ではないが、調理に使う木片を取り出す。その木片は、ソラからリンリへの遺贈品だった。エルフの森の世界樹の木片である。


 帝蛇の鱗を包丁で剥ぎ取り、塩で下味をつける。


「火炎魔法」


 世界樹の木片に火をつける。煙を帝蛇の切り身に当てて燻煙する。世界樹のよい香りに包まれると、一瞬のうちに、さまざまなことが思い出された。天使に村を焼かれ、バハムに助けてもらったこと、師であるドラゴ・オーシャンテリアと食材の買い出しに行ったこと、エルフの森の世界樹の湖畔でソラと出会ったこと、バハムの求婚を断ったこと、ソラがその命と引き換えにしてもベルゼを産んだこと、死に際のバハムがかすかに笑っていたこと。


 そう言えば、バハムはカレーが好物だった。

 リンリは燻製を終えた切り身にカレー粉をさっとふりかけた。


「魔王様っ」


 リンリの声にふり返るベルゼ。体の各部から出血している。天使の羽付き餃子で回復した魔力もかなり消耗したようだ。


「操煙魔法」


 リンリは世界樹から出ている煙を操り、セカイの視界をさえぎる。その隙にベルゼのもとに行き、料理を口に運ぶ。


「帝蛇の燻製です」


「おお、いい匂いだ。いただきます」


 切り身を噛んで噛んで噛んで、ベルゼは瞑目した。まるで何かを思い出しているみたいに。


 煙を切り裂くように勇者セカイの聖剣が現れた。


「はっ」


 ベルゼが魔剣を鞘から抜き、空を斬るように大きく振った。バハムがセカイと戦ったとき、かみ砕かれた刀身の先を、ベルゼは魔力で補い、その刃はセカイの首を切り落とした。それでもなお動きつづけるセカイの体に魔法を放つ。


「蛇炎魔法」


 帝蛇ヨルムンガンドを思わせる形の炎が顕現し、セカイの体と頭部を丸呑みした。あとには骨も残らなかった。残ったのは、稲穂が枯れた大地だけ。


 狂ったように笑うシンネ。


「フハ、フハハハハ。結局、勇者は魔王に敵わなかった。でもいいの。彼はちゃんと働いてくれた。この大地は死んだ。今後数百年は作物が実らないはずよ。飢饉にあえぎなさい、魔族ども」


 リンリはシンネの体に縄を巻きつけ、両腕ごときつく縛った。


「さて、その料理人については死刑は確実だが、リンリ、君の意見は?」


「同意見です。ですが、処刑は後日にしていただけないでしょうか?」


「ふむ。理由は?」


「尋問により聞き出しておきたいことがあるのです」


「わかった。勇者は殺し、料理人の処刑も決定した。あと、ぼくがすべきことは、ただ一つだな」


 ベルゼは枯れ果てた大地を見渡した。シンネがわめく。


「すべきこと? この死んだ大地を見て、敗北の感慨に浸ること?」


「いや、違う。ぼくのすべきこと、それは――」


 帝蛇の燻製を食べて得た魔力のすべてを魔剣に集めながら、ベルゼは言う。


「ぼくとリンリで、君たちに、完勝することだ」


 ベルゼは魔剣を大地に突き刺し、魔力を流し込んだ。枯れ果てた稲穂が輝きを取り戻していく。そうして黄金色に輝く大地がよみがえった。


「バカな」


 シンネのつぶやきは風に消え、代わりにベルゼが大きな声で言った。


「リンリ、今日の料理も実においしかったぞ。ごちそうさま」


「それは、何よりです」


 リンリは稲穂と同じように首を垂れた。すると、何かをささやくように風が二度、耳のあたりを吹きぬけていった。思わず顔を上げるも、再び風の声が聞こえることはなかった。


「ん? どうかしたか?」


「いえ、なんでもありません」


 ベルゼがシンネを連れて農道の方へと歩き出す。リンリは少しだけ稲穂の中にとどまり、胸に手を当ててつぶやいた。


「ありがとう、バハム、ソラ」

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