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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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天使の羽つき餃子

 宙を舞い、雷撃をみじん切りにしながら、天使の羽に肉を包み、加熱していると、どこからか名を呼ばれた気がして、リンリは眼下に、視線を走らせた。足がすくんで避難できないでいる民、けが人を手当てしているティア、街灯に鎖で縛られているシンネ。そして、血を流しながら走り回っているロス。その背にはベルゼ。


「防壁魔法」


 大規模な防壁魔法を展開したリンリは、天使の軍勢の相手をするのをやめ、すぐにベルゼのもとへと馳せ参じた。


「リンリ、こちらもすごいことになっているな」

「魔王様――」


 ベルゼの肩と首の傷を見て、リンリは鳥肌が立った。まるで獣に食いちぎられたような傷口。


「敵は――」


 言いかけた瞬間、獣ような何かがよだれをまき散らしながら猛スピードで疾駆してきた。その姿を見た瞬間、リンリの頭の中は真赤になった。


「勇者セカイ」


 包丁を強く握り、セカイに向かって行こうとしたリンリの手首をベルゼがつかむ。


「リンリっ」


 ベルゼの顔を見てリンリは我に返る。何をしているのだ、私は。今すべきことは、復讐の念に駆られて戦闘に身を投じることではない。私は、料理人なのだから。


 セカイの攻撃を、ロスが傷つきながら凌いでいる。


「魔王様、こちらを」


 皿に盛られたそれは、天使の軍勢たちの攻撃から民を守りながら作った料理だった。広場に店を出している肉屋や八百屋から牛引き肉や野菜を提供してもらい、具を作り、天使の羽で包んで焼き上げたもの。


「天使の羽つき餃子でございます」

「いただこう」


 ベルゼが食べている間にリンリはロスの前に出て、セカイの攻撃をフライパンで受け止めた。唸り声をあげ、フライパンの鉄さえもかみ砕いていく勇者の姿は、もはや人の域を超えている。


「勇者セカイっ。こちらへ」


 声を上げたのは、シンネだった。セカイが料理人のもとに向かうのを、リンリもロスも止めなかった。いや、止めれなかった。ロスは四肢から血を流し、息を乱しているし、リンリは一瞬でかみ砕かれたフライパンを見て、自分ではセカイに勝てないことを悟っていた。


「ロス、ごめんなさい。痛い思いをさせました」


 天使の羽つき餃子をロスにもふるまう。天使の羽には強力な治癒効果がある。ロスの傷がじんわりと治っていくのを見て、リンリは胸をなでおろした。


「やっばいやばい。防壁魔法壊れそう」


 ティアが上空を見て慌てている。リンリがさきほど張った防壁魔法は、もはやひびだらけ。天使の軍勢の雷撃の音に皆、おびえている。


 セカイの牙がシンネの手錠を食いちぎった。


「勇者セカイよ、神の涙の茱萸を食べたのですね」

「ぐるううう、ぐううううううるるるるる」


 シンネは革袋からまた何か奇妙な茱萸を取り出し、セカイに与えている。強化食だろう。セカイの聖力が増していく。


「ごちそうさま」


 ベルゼがそう言ったのと、防壁魔法が破られたのが同時だった。天使の雷撃が城下町に降り注ぐ。


「堕落雷魔法」


 雷撃は黒く染まり、天使たちのもとへと逆行した。世界の終りのように天使たちが地上へと降って来る。


「実にうまかったぞ、リンリ」

「ありがとうございます」

「魔力も回復したし、傷も治った。あとは、あの、勇者を倒すだけだな」


 勇者セカイはもはや人とは呼べないような形相をしていた。肉体は右手のみが巨大化し、浮き出た血管はいばらのような紋様を描いている。絶大な聖力のせいで、髪は白く染まり、瞳孔は広がったまま。言葉を忘れたように唸り声をあげ、腹の音はやまずに低く響いている。その異様さを見て、民衆はみな、足がすくみ、目じりに涙を浮かべている。


「ここでは民を巻き込んでしまうな。場所を変えよう」


 ベルゼが背中から天使の翼を生やし、地上から浮かびあがった。その胴体にリンリは抱き着いた。


「私も同行します。あと、一つお願いが」


「何だ?」


「勇者と一緒にあちらの料理人も連れて行ってください」


「引き離した方が有利になるのでは?」


「理屈ではそうです」


「なるほど、理屈以外の部分でリンリはそうしたいと」


 バハムを殺したのは、セカイだが、それは彼だけの力ではない。シンネの料理があったからこそ、勇者は魔王を討てたのだ。


「今回だけは、完勝したいのです。あの者たちに」

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