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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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神の涙

 ベルゼが魔剣に手をかけ、一歩ずつセカイの方へと近寄る。


「く、来るな」


 セカイは焦げた体を引きずって壁際まで後退したが、ベルゼは走って行き、ジャンプとともに魔剣を抜いた。魔剣は、刀身が途中までしかなかった。かつて勇者セカイにかみ砕かれたからだ。魔力で刀身を生成し、空中で回転しながら、勇者セカイの首へ剣を振る。直前、セカイが口に何か入れた。しまった。そう思った瞬間には、ベルゼは脇腹の肉を食いちぎられていた。


「はあ、はあ、まさか、またこれを食うことになるなんて、思ってもみなかったよ、魔王」


 セカイがよだれを垂らしながら言う。革袋に手を突っ込み、つかんで見せたそれは、父を殺した料理だった。天空米のおかゆの記憶で見た、あの茱萸だ。


「料理人にはできれば食べるなと言われていたんだ。神の涙は貴重だからね。でも、背に腹は代えられない。認めよう。お前は、いや、お前たちは、強敵だ」


 手のひらに乗せた神の涙の茱萸を一気に口に入れ、ほおばると、セカイは獣のように四足歩行の体勢をとり、ベルゼに向かって走り込んできた。


「冥氷魔法」


 凍らせ、動きを止めた。が、次の瞬間には氷は砕かれ、セカイの長く伸びた犬歯が間近に迫る。竜の爪で受け止めるが、セカイは止まらない。竜の爪をかみ砕き、食べることで、自身の口に竜の牙を生成した。ベルゼは悪魔の翼と天馬の翼の四翼を用いて空へと逃げる。が、セカイはなりふりかまわぬ勢いで跳躍し、ベルゼの翼を食いちぎった。二人はもつれあいながら落ちていった。落下の衝撃を受け、ベルゼは一瞬、気を失った。その隙にセカイはベルゼに馬乗りになり、攻撃を再開。獰猛な牙でベルゼの頭に噛みつこうとする。ベルゼは肩の傷口から流れ出る血液を操り、血の盾を生成し、防御しようとしたが、セカイは止まらない。飢えた獣のように牙を突きつけ、血の盾を割る。


「堕落雷魔法」


 セカイは上を向き、大口を開けた。黒雷を飲み込み、ベルゼに向かって吐き出す。焼ききれるような熱と痛みに全身を侵され、ベルゼにはもう打つ手がない。


「ぐうるるる、ぐるるるるるううううう」


 セカイのお腹から聞こえてくる音は、地獄の底に吹くうなり風のようだ。ベルゼは悟る。ぼくは食われる。父と同じように。


 セカイの牙がよだれをまき散らしながら、ベルゼの首に食らいついたその瞬間、神速ともいえるスピードで狼が突撃して来た。セカイにぶつかり、その腕を噛んで振り回し、壁へと投げつけた、その狼の匂いをベルゼは知っていた。父と母を亡くしているベルゼの唯一の家族。


「ロス」


 ロスはベルゼの傷口を舌でなめると、しゃがみこんで、上に乗るよう頭を振った。


「助かったぞ」


 ベルゼはロスの背にまたがり、その毛をぎゅっとつかむ。


「るあああああ、ぐるるうるあ」


 セカイの咆哮が魔王の間に響いたときには、ロスは駆け出していた。窓を割り、城の外へ。すぐ後ろからセカイが荒れ狂う獣のような走りで追ってきている。城の庭園を抜け、正門を抜け、城下町へとつづく道をロスは走る。後方からセカイの放つ光の刃と炎の矛が飛んでくる。足首を貫かれ、尾や耳に火傷を負っても、ロスは止まらない。


「ロス、すまない。あとで必ず傷は癒す」

「うぉん」


 ロスは何でもないというふうにしっかりと返事をした。さらに速度が増し、城下町の中心部に位置する広場に到着した。そこには、天使の雷撃を切り裂きながら、調理を行い、泣き叫ぶ民に料理をふるまっている料理人の姿があった。


「リンリ」

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