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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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血と雷の魔王

 ベルゼは体が熱くなるのを感じた。セカイに斬られた切断面から流れる血から赤い糸が生成され、右腕をつなぎ、つづいて、下半身と上半身をつないだ。痛みは消え、血流が全身をかつてない速さで巡るのを感じる。体の感覚が戻ってきたので、ゆっくりと立ち上がる。


「ば、ばかな。何だ、何を飲ませたっ」


吸血鬼女王ヴァンパイアクイーンの生き血だ。おいしかったか、ベル坊」


「うむ。薔薇の香りのする高貴な味がしたぞ。少し苦かったがな」


「その苦味がいいんだろ。わかってねーな。まあ、大人になったらまた飲ませてやる。さて、俺の仕事は終わりだ。あとはベル坊、お前の好きにやれよ。俺はここで煙草でも喫ってるからよ」


 ガウスが煙草に火をつけた瞬間、セカイが斬りかかった。ベルゼはさきほどまでは追いつけなかったセカイの速さに追いつき、ガウスの首元に迫る聖剣の刃を、あろうことか、素手で受け止めた。


「なっ、なぜ斬れない?」

「ぼくも不思議でたまらない。どういうわけか、全身から力がみなぎるのだ」


 ベルゼは無意識に体内の血液を操作し、戦いに有利になるよう使っていた。眼球に血液を集め、動体視力を高めることにより、セカイの動きを捉え、再生させた悪魔の翼に血を通わせ、移動速度を上げ、全身をめぐる血液に硬化魔法を施し、聖剣を受け止めることのできる体を構築した。それは、吸血鬼女王の戦い方そのものだった。


 ベルゼの拳がセカイの腹にめりこむ。二、三歩、たたらを踏んで後ろに倒れるセカイを横目に、ガウスが紫煙をくゆらせる。


「勇者セカイ、お前の負けだ」


「認めない。こんなことが、あってたまるか。僕は勇者だ。それも魔王を倒した数少ない勇者。こんな子供に」


「まだ気づかないのか? ベル坊はただの子供じゃない」


 ガウスは自身の手のひらに煙草を押しつぶして言う。


「バハムの旦那の血を引く、最強の魔王だ」

「ふざけるなあっ」


 勇者セカイが高く飛翔するのと同時に、魔王の間の天井が雷撃に砕かれた。

 城内全域に通信魔法が入る。


「こちら伝令兵長。緊急事態のため、全域通信にて報告。たった今、バアル城の防壁魔法が全壊。繰り返す、防壁魔法全壊、修復不能、雷撃に備えよ」


「備えよっつったって、おい、おい、どうすんだよ、あれ」


 ジャンが上空を指さす。勇者セカイの背後の空を埋め尽くすほどの天使兵たち。その数は、優に千を超えているだろう。


「終わりだ。次の一斉攻撃で、この城は、跡かたもなく焼失する。お前たちは全滅だ」


 セカイが天使とともに聖力を溜め始めた。


「さて、どうするかな」


 ジャン、ミレイ、ブルゴ、ノン、ガウス。五人の作った料理を食べ、魔力を得たが、流石に次の攻撃は受けきれないだろう。上空を見据え、腕を組んで悩んでいたら、大きな、とてつもなく大きな魔力が魔王の間にふらりと入って来た。


「魔王様、お待たせいたしました」

「おおっ、アイーラ」


 アイーラは料理人だが、コックコートではなく漆黒のローブに身を包み、魔女の三角帽子を目深にかぶっている。


「申し訳ありません。軍の魔法兵部隊から要請を受け、城の防壁魔法の強化及び修復を行っていたのですが、破られてしまいました」


「かまわない。それより今、とてもピンチなんだ。何か策はあるだろうか?」


「策はありませんが、料理はございます。どうぞお召し上がりください。堕天使のもつ煮でございます」


 食欲をそそる味噌と醤油の香りが皿からした。煮込まれた臓物を匙ですくい、食べる。まろやかな旨味のなかに少し舌がしびれるような刺激がある。一口食べるごとに体の内側から魔力が滝のようにあふれ出る。


「今さら何を食べたところで遅い」


 天使たちの詠唱が止み、魔法を発動する間際、ベルゼは時間の流れがねじ曲がるのを感じた。周囲の動きがとても遅く感じる。


「その料理には、時間魔法をかけていますので、ごゆるりと完食なさってください」

「時間魔法? そんな高度な魔法を? さすがはこの城随一の魔法使いだな」

「恐れ入ります」


 堕天使の臓物を煮込んだ料理は、見た目のグロテスクさに反して、味はおいしく、完食までに時間はかからなかった。


 勇者セカイの聖剣に光と炎が滲みだしている。そして、天使の軍勢たちの手からは雷がほとばしり、なめくじのような速度で落ちてきている。


「堕天使の臓物は、食べた者に絶大な魔力と天使を堕とす雷を授けると言われています」

「うむ。そのようだな」


 魔王ベルゼは、極大の魔力で何をすべきか、わかっていた。


「堕落雷魔法」


 瞬間、時間魔法が解けるほどの魔力がほとばしった。ベルゼの両手から黒い雷が、天地の理に逆らい、空へと枝分かれしながら駆け上る。黒雷は、天使の軍勢を一人残らず一瞬で黒焦げにし、地に落とした。


 驚愕の表情で固まる勇者に、ベルゼは残りの魔力で堕落雷魔法を放った。


「ぎゃあああああっ」


 絶叫とともにセカイは落下。さすがに死んだと思っていたら、地に伏したまま、残り少なくなった天使の輪っかドーナツをむさぼるように食べている。しかし、黒雷で焼かれた体の傷が治ることはなかった。


「どうして治らない。どうして。あいつは言ったんだ。このドーナツさえあれば、どんな傷を負おうと大丈夫だと」


「堕落雷魔法は、天使を堕とすための魔法ですので、天使由来の食材を用いた料理で癒えることはありません」


 そう答えたアイーラをにらむセカイ。


「くそ、くそくそ、くそくそくそ」

「さあ、今度こそとどめだ」

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