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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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あり得ないことなんて

「魔王様? 料理をお召し上がりください?」


 首を傾げながらお皿を捧げている料理人はノンだった。リンリ曰く、才能と感性の料理人。


「ありがとう、ノン」


 ノンの手から皿を受け取り、加速してセカイの光炎魔法をかわしながら、料理を手づかみで食べる。生肉の味。けれど、臭みはなく、むしろ上品で軽やかな味。舌の味蕾に溶けていく甘味。不思議な味に思わず叫ぶ。


「これは、何の肉だっ?」

「ペガサスの馬刺しです?」


 ノンの答えにベルゼは感心し、セカイは動揺した。


「ペガサスの馬刺しだと? 天界の生き物の中でも上位に位置するペガサスの肉を調理し食べるなんて、やはり魔族は倫理観が狂っているとしかいいようがない」


「倫理観がおかしいのは、あなたも同じだろう。父の肉を食べたというじゃないか。そしてさきほども魔族の肉は美味だと言っていた」


「僕は勇者だぞ。食べてもらえるだけありがたいと思え」


 やはりダメだ、この男は。もはや救いようがない。


 ベルゼは背中にさらに一対の翼を生やした。今度は悪魔の翼ではなく、ペガサスのもつ純白の翼である。四枚の翼が連動して動き、瞬く間にセカイの後ろを取った。


「なっ」

「落ちろ。落雷魔法」


 雷撃がセカイを床に叩きつけた。さらに二発、三発と落雷魔法を放つ。


「落雷は天使にのみ許されし力。それを薄汚い魔族が使うなんて、あってはならない」


 焼け焦げた体でセカイは再び飛翔し、速度を上げ、ベルゼに斬りかかる。


「遅い」


 聖剣は空を切り、完全にスピードで上回ったベルゼは、セカイの死角から極大の落雷魔法を叩き込む。体表はおろか体内まで雷に焼かれ、床に伏した勇者セカイを、上空から見下ろす魔王ベルゼ。


「とどめを、ささないと」


 ベルゼが腰の魔剣を抜こうとしたそのとき、セカイは革袋から何か取り出した。虹色の光を放つ丸い玉。それらを複数個、息を荒くして口に詰め込み、咀嚼している。


「何だ?」


 ベルゼの問にセカイは血走った眼で答える。


「料理人が僕に、持たせてくれた、料理は、天使の輪っかドーナツ、だけじゃない」


 食べものを飲み込んでは、セカイが切れ切れに言う。


「聖竜の睾丸、熾天使様が、普段食べている、増強料理。うっ」


 セカイは吐き気を押さえるかのように口を両手でふさぎ、身をよじらせながら、目を閉じて聖竜の睾丸を飲み込んだ。どくん、という鼓動が魔王の間に響いた。それから、セカイが両目を開けた瞬間、虹色の光が鋭利な刃物のように放たれ、ベルゼの翼を切り裂いた。突然のことにベルゼは唖然とし、落ちるしかなかった。何とか受け身をとり、魔力で翼を再生しようとした瞬間、右腕を斬られた。味わったことのない激痛。


「よくも、この僕に、あんな気持ちの悪いものを、食べさせてくれたな」


 セカイが聖剣を振り上げると、絶叫とともにジャン、ミレイ、ブルゴ、ノンの四人がベルゼの前に走り込んできた。激痛で思考のできないベルゼは、視界の情報だけで反射的に四人を暴風魔法で目の前から吹き飛ばす。刹那、聖剣が一閃。おなかの辺りにさらなる激痛が生まれた。胴体が真っ二つに斬られたのだ。上半身から力が抜けるベルゼ。神々しい虹色の瞳をした勇者が自分を見下ろしている。


「さて、すぐにでも君を食べてしまいたいが、あいにく僕の料理人がまだ城に来ていない。彼女が来るまでにこの城の魔族をできるだけ多く殺し、焼肉の準備を整えておくことにしよう」


 そう言って、セカイはジャンたちがいる方へと歩みだした。


 行かせてはならない。ベルゼはそう強く思ったが、もう指一本たりとも動かない。ジャン達に「逃げろ」と言いたいが、声も出ない。


「ベル坊、よくがんばったな。ほら、これ飲め」


 突然、ガウスの声がした。口を開けられ、薔薇の香りのする液体を飲まされる。


 セカイがきびすを返した。


「何だ、君は? いつからそこにいた?」


「最初からいたさ。俺の隠密魔法なかなかのもんだろう? この魔法だけは得意なんだ。仕事をさぼりたいときによく使ってる。まあ、たいていアイーラに見つかって厨房に連れ戻されるんだけどな」


「くそ。ごきぶりのように次から次に湧いてくる料理人どもめ。しかし残念だったな。もはや手遅れだ。その出血量を見ろ。右腕を斬り落とし、胴体を真っ二つにしたのだ。何を飲ませているか知らないが、ここから復活するなどあり得ない」


「ありえないねえ」


 ガウスはベルゼの口から瓶を抜くと、残りの液体を切断された右腕と下半身に直接注いだ。


「いいか、一つ教えといてやる。この世に、あり得ないことなんてないんだよ。さあ、魔王復活の時間だ」

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