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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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竜骨拉麵

「勇者セカイさ。君の父親を殺した男だよ」


 護衛兵が憤怒の叫び声をあげた。ベルゼの制止も聞かず、勇者セカイに突進し、大剣を振り下ろした。勇者セカイは座ったまま片手で大剣を受け止め、腕を振り、護衛兵を壁に叩きつけた。


「弱い。話にならないほどに。けれど、君はもっと弱そうだ。本当にあの魔王バハムの息子なのか? 魔力がまるでないじゃないか」


「そういうあなたは絶大な聖力だな」


 勇者セカイの体から立ち上る聖力は、魔王の間の高い天井に届きそうだ。実力差は天と地ほどあり、勝ち目はない。


「子供を殺すのは気が進まないけど、仕方がない。僕は勇者で君は魔王だ。それに何より、僕はこの地が欲しい。もっと正確に言えば、君たちの肉が欲しい。あの味を知ってしまったからにはもう戻れない」


 勇者セカイは口の端から流れ出た一筋のよだれを拳で拭いた。そして次の瞬間、気づいたらベルゼは腹を殴られていた。


「かはっ」


 玉座から一瞬で距離を詰められた。痛みに意識が飛びそうになるベルゼ。


「ん? 何だ? この衣。妙だな。力が上手く伝わらない。それに僕の聖力を吸っている」

「魔王様をお守りしろ」


 従者たちが魔法と剣で応戦するが、瞬く間に倒されていく。ベルゼは腹の痛みにうめきつつ、倒れている者たちがいない方へと走った。その動きにつられ、セカイの目が走る。


「逃げても無駄だ。高火力の広範囲攻撃で焼き尽くしてやる。光炎聖法」


 聖力がセカイの右手に集まり、光る炎となって吐き出された。魔を滅する炎の波に飲み込まれる間際、巨大な丸底鍋が視界を遮った。床に刺さった丸底鍋が盾のようにベルゼを炎から守る。


「あちいな。でも、厨房の火ほどじゃない」


 そう言って、丸底鍋を一振りし、炎をかき消すジャン。


「何だ? お前は?」


 勇者セカイの問いにジャンは八重歯を見せて答える。


「この城、最速の料理人だ」


 ベルゼは思わず苦笑する。


「この城最速はリンリだろう? それにティアだっている」

「う、うるせえな。今、あの二人は城にいないんだから、俺が最速だろうがっ。ほら、料理持ってきてやったから、食べろ」


 差し出さたどんぶりから立ち上る湯気。その奥には、黒濁色のスープ、メンマ、チャーシャー、味玉、そして麺。


「おお、拉麵ラーメンか。いただきます」


 セカイが攻撃を再開したのと同時に、ベルゼは箸を動かし、汁を飛び散らせ、麺を勢いよく音を立ててすすった。光炎聖法を防ぎながらジャンが言う。


「どうだ? 味は?」


 ベルゼは答えず麺を啜る、啜る、啜る。どんぶりに口をつけてスープを飲むと、赤い竜の姿が脳裏をよぎった。


「このスープは、竜?」

「そう、竜の骨で出汁をとった。竜骨拉麵だ」


 舌がおかしくなりそうなほどの濃い旨味。全身から汗とともに魔力が噴き出てくる。具を次々と口に入れ、麺を啜り切り、スープを一気に飲み干す。


「忌々しい魔王の料理人め。死ね」


 いつの間にか目の前に迫っていた勇者セカイが、丸底鍋を斬り、ジャンの首元へと聖剣を振った。しかし、その刃がジャンののどに届くことはなかった。


「ごちそうさま。実にうまかったよ、ジャン」


 聖剣を素手で受け止め、ベルゼは料理人に感謝を述べた。ジャンはしりもちをついた状態でベルゼを見上げ、一仕事終えたかのようなさっぱりした笑顔とともに言う。


「やっちまいな、ベルゼ。お前が最強だ」

「な、なんだ、この魔力はっ。いったい、何が? 何をした? お前っ」


 魔王ベルゼは今や竜と同等の魔力を己が体にまとっていた。


「さっきのお返しだ」


 ベルゼは拳に魔力を集中させ、セカイの腹を殴った。


「くはっ」


 勇者の手から聖剣が落ちる。うずくまり、おなかを抱えるセカイの、魔族への憎しみが凝縮したような双眸を見て、この男はここで殺しきらねばとベルゼは決意する。


「竜爪」


 手から放出した魔力をコントロールし、竜のかぎ爪を形作る。ベルゼはジャンプして、天井をひっかきながら、竜のかぎ爪をセカイへと振り下ろした。衝撃波が魔王の間の床を砕き、粉塵が舞う。


 肉を切り裂く確かな手ごたえがあった。ベルゼはすでにこの魔王の間の修繕費用のことを考えていた。


「また城の財政がピンチになるぞ。さて、どうしたものか」

「うううううう、あうううううううううう、まだだ」


 胴体を三つに裂かれたセカイが悪魔のような声を上げている。その手に握られているのは、光の輪っか。口を開き、かみ砕くように食べた。その瞬間、セカイの体の切断面から虹色の泡が噴き出て、細胞が神の御業の如く増殖し、切り裂かれた胴体をくっつけてしまった。傷はすべて癒え、聖力は今や魔王城を包み込むほどの大きさ。


「危なかった」


 勇者セカイは深呼吸し、ひとしきり顔の汗をぬぐうと、余裕の表情に戻り、ジャンとベルゼを見た。


「僕としたことが油断した。君は料理を食べて強くなるのか。魔力を持たない最弱の魔王がどうやって聖竜を倒したのかと話題になっていたが、謎が解けたよ。でも、残念だが、僕には勝てないよ」


「へんっ。さっきまで死にかけてた奴が何言ってやがる」


 ジャンの言葉を押さえつけるようにセカイは重々しく言う。


「料理で強くなるのは、僕も同じだ。そして、僕の料理人の力は、この城の全料理人をはるかに凌駕している」


「言い切るじゃねえか。そんなことあり得ねえけどな。お前の料理人がどこのどいつか知らねえけどよ、ウチの料理長をあんまなめんじゃねえぞ」


 勇者セカイは魔王の間に笑い声を響かせる。


「料理長と言うのは、僕と先代魔王が戦っていた間、何も料理を作らなかったあの間抜けな料理人のことを言っているのか?」


「っ、てめえっ」


 ジャンが血相を変えて走り出す。包丁に火炎魔法をまとわせ、セカイに斬りかかる。


「そんなチンケな火で僕に向かってくるとは」


 勇者セカイは豊かな光炎を聖剣にまとわせ、ジャンへと振り下ろす。


「まずい」


 ベルゼは床を壊すほど蹴り、一瞬でセカイとジャンの間に割り込み、聖剣を竜の爪で受け止める。重い。さきほどまでとは段違いの威力だ。竜の爪を形成し続けるのにも魔力を消耗するベルゼは、背中に嫌な汗をかいた。


「ジャン、皆の者、逃げろ。動ける者は負傷者を連れて即刻退避するのだっ」


 なんとか立ち上がろうとする者もいるが、ほとんどの者は立ち上がることさえできぬほどに負傷している。


「くそっ。俺がもっとすげえ料理を作っていれば」


 軽快な足音が魔王の間の入り口から聞こえた。


「ジャン、周り見なさい。負傷者の手当とかすることあるでしょ」


 颯爽と駆け付けたのは、ジャンと同年代の若き料理人ミレイだった。

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