魔王の玉座に座るのは
魔王ベルゼは、天使軍の急襲を受け、魔王軍に迎撃態勢を命じた。そして自らも参戦するために、執務着から紫色の王衣に着替え、腰に先代魔王の遺品である魔剣を差した。
伝令兵、筆頭秘書、護衛役を引き連れて城の廊下を走り、幹部が集う会議室に向かう。
鼓膜を破るような雷鳴。
廊下の窓から身を乗り出して空を見ると、城の上空に展開している防壁魔法はひびだらけで、砕けるのは時間の問題だ。
そのとき、赤い雷が防壁魔法を貫き、ベルゼの瞳へと一気に迫った。
「ベルゼっ」
咄嗟に差し出されたフライパン。ベルゼは肩をつかまれ、後ろに引かれ、見上げると料理人ジャンがいた。
「お前、危ないだろー」
「うむ。すまない。助かったよ、ジャン」
「魔王様、お怪我は?」
筆頭秘書と護衛役がベルゼの体を検分する。
「ぼくは大丈夫だ。ジャンを医務室へ連れて行ってくれ」
ジャンは焦げた右手を白いコックコートのポケットの中に隠し、笑って見せる。
「ベルゼ、お前は何もわかってないな。料理人はな、雷ぐらい平気なんだよ。それより急ごうぜ。作戦会議するんだろ」
「待たれよ。料理部門の代表者としてまさかジャン殿が来られるのか?」
「悪いかよ」
「タメ口をやめよ。リンリ殿とティア殿が不在だとしても、もっと適任がいるだろう。アイーラ殿とか」
「そのアイーラの姐さんの指示だよ。俺が行った方がいいってさ」
「アイーラ殿がそう言っているならば、仕方ないが、しかしなぜこんな阿呆を」
「ぐだぐだ言ってる場合かよ。ほら急げ」
落雷に揺れる城の廊下を疾走し、会議室にたどり着くと、軍幹部数名と高位文官たちが十数名、集結していた。
「状況は?」
「敵の数はおよそ四千。そのすべてが天使であり、熾天使や聖竜の類は確認できておりません。現在、落雷魔法が降り注いでおり、魔王城の防壁魔法は限界を迎えつつあります」
「よし。では防壁魔法の修繕及び強化を最優先事項とする。魔法が使える者は全員、これにあたれ。弓兵部隊は戦力を集中して、天使を各個撃破。一体でもいいから数を減らすように。治癒部隊は地下室で負傷者の手当を。文官たちは治癒部隊を補助しろ。そして料理部門は――」
ジャンがフライパンで自身の胸を叩く。
「傷や疲労に効く料理、魔力を回復させる料理、肉体を強化する料理、それから、ぼくの力を引き出す料理を作ってほしい」
「わかった。アイーラの姐さんに伝えてくるぜ」
言うやいなやジャンは会議室を出て行った。
「弓兵部隊半壊。天使軍の雷撃、やみません」
「魔帝宮に援軍要請しましたが、却下されました」
「防壁魔法の修復、間に合いません」
順次あがってくる報告に対し、ベルゼは次善の対応策を指示する。状況は最悪だが、希望がないわけではない。
「報告っ、ほっ、ほほほ報告」
血みどろになった伝令兵が会議室に駆けこんできた。
「お、おい、通信魔法はどうした?」
会議室付きの伝令兵が困惑の表情を浮かべる。血みどろの伝令兵はつばを飛ばして言う。
「ちょ、直接じゃないと、信じてもらえないと、俺自身、し、信じられない。あり得ない。けど、来た、来たんだ」
「落ち着け。魔王様の前だぞ。何があった?」
「城門が破壊された。や、奴が来た」
「奴とは誰だ?」
ベルゼは血みどろの伝令兵の傷の手当をしながら問うた。
「ゆ、勇者です。勇者セカイ」
その名に会議室が震撼した。机をたたいて激昂する軍幹部。
「バカを言うな。勇者セカイはバハム様との戦いで間違いなく死んだ。それは我らが確認しておる。死者が生き返ったと言うのか? 貴様は」
「で、でも、あれは間違いなく勇者セカイです。バハム様の仇を見間違えるはずありません」
「幻影魔法の類では?」
「奴は聖剣の一振りで城門を破壊しました。そんなことが並の勇者にできるわけがない。皆さんも間近に見ればわかるはずです」
ベルゼは一秒だけ考えた。
「父上と相打ちになった勇者セカイ、その遺体はその後どうなった?」
言いにくそうに高位文官が答える。
「お答えします、魔王様。敵と言えど、勇者セカイにも家族や友がいるはずなので、遺体は保存魔法をかけて勇者の故郷ユグドラ・シ・エルタにお送りしました」
「なるほど」
どうにかして遺体を蘇生させたのかもしれない。
「勇者セカイか、偽物か。どちらにしても、その者は倒さねばならない。ぼくが向かおう」
ベルゼは反対の声を断ち切るように王衣をひるがえすと、会議室を出て、魔王の間へと走った。
代々の魔王が勇者を出迎え、死をもたらしてきた場所、それが魔王の間である。勇者ならばそこを目指すのではないかというベルゼの推測は当たっていた。
魔王の間の玉座に精悍な顔つきの青年が座っていた。
「遅かったね。いや、僕が速すぎたのか」
青年は座ったまま言った。ベルゼは従者を下がらせ、前に出る。
「魔王ベルゼ・バアルである。お前は、何者だ?」
「勇者セカイさ。君の父親を殺した男だよ」




