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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第一章 ~邪竜の竜田揚げ~
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火煙山の火口より

 料理をのせたワゴンを押して、魔王の執務室に入る。赤い絨毯の上で、魔王は狼とじゃれていた。


「ロス、そんなに顔を舐めるなよ」


 ロスと呼ばれた白い小型の狼は、リンリに気づくとワゴンに突進し、飛び跳ね、料理をかっさろうとした。リンリは手でガードし、魔王様の机に料理を並べる。皿には保温のためにドーム型のおおいがかぶせてあるので、中の料理は見えない。


「魔王様、本日の夕食と明日の朝食です。さめてもおいしい食事を用意しましたので、定刻になりましたら、お召し上がりください」


「うむ。助かる。そうだ、リンリ、発つ前に頼みがある」

「何なりとお申し付けください」

「ロスのことだ。君に託したい」

「かしこまりました」


 リンリはベルゼからロスを引きはがし、肩にかつぐ。魔王と目が合う。


「君の料理にはずいぶん助けられた。ありがとう」

「もったいなきお言葉。それでは、私はこれにて」


 あいさつもそこそこに立ち去るリンリの肩越しに、魔犬ロスがぎゃんぎゃん喚くように鳴く。


「ロスも元気でな」


 ベルゼは執務室の扉を閉める最後の最後まで、笑顔のままだった。


***********************************************


 城門を出たところで、リンリはロスを肩から下ろした。


「ロス」


 空へ鼻先を向け、リンリを仰ぐロス。


「火煙山に食材を獲りに行きます。私を背に乗せなさい」

「ウォンっ」


 ロスは鋭く一声吠え、ジャンプし、空中で一回転すると、巨大な狼に変身した。先代魔王のバハムの代に飼い始めたロスは狼であるが、ただの狼ではない。夜を従えるハイ・ウルフである。リンリは全長五メートルを超える狼の背によじ登り、またがる。


「あなたと狩りに行くのは、久しぶりですね」


 体を撫でて言う。


「火煙山の麓まで全速でお願いします」


 ロスの足が大地を蹴る。体をしなやかに伸ばし、一歩走るごとに加速していく。リンリは振り落とされないように背中の毛をつかみ、歯をくいしばる。


 ――リンリ、振り落とされないよう、我の背につかまれ。


 バハムの声が脳裏によみがえる。バハムが結婚するまでは、よく二人でロスの背に乗り、狩りに行った。食材の調達は魔王の仕事ではないのに、彼は、暇さえあればついてきた。私のことが心配だからと。笑わせないでほしい。食材相手に後れを取ることなどありはしない。私は魔王城筆頭料理人なのだ。どんな敵も、危機も、料理でもって打ち倒してみせる。


 リンリは、ロスの毛を強く握り直す。


 休みなく大地を駆け抜け、火煙山の麓に到着したロスは、長い舌を口から垂らし、一息ついた。ちょうど地平線の彼方に夕日が落ち切る時刻で、夜が空を徐々に侵し始めていた。


 リンリは、ロスから降り、袋から取り出したおまんじゅうを彼に差し出す。


「よくがんばってくれました。あなたはここで待機。明日の日の出までに私が戻らなければ、私は死んだものとみなし、ここから一番近い北の避難所へ行きなさい」


 ロスはあんこの入ったまんじゅうを飲み込むと、首を横に振り、魔王城のある方角を鼻先で突いた。


「そう。あの方は、あなたのたった一人の家族ですものね。わかりました。魔王様のこと、よろしくお願いします」


 リンリはロスの口に向かってもう一つまんじゅうを放ると、煙渦巻く火煙山へと足を踏み出した。


 火煙山は、火と煙の山。植物の自生しない岩肌には火がくすぶっている。煙を吸い込むたびに、のどが痛む。リンリは腰に提げた袋の中を漁り、水色の透明な飴玉を取り出す。スライムの粘液に砂糖を混ぜて作った飴だ。口に入れ、舌の熱で溶かし、粘液でのどを保護する。


 辺りはすっかり暗くなってしまった。岩肌をゆるやかに蛇行して流れ来る溶岩を避けつつ、山頂の火口を目指して歩を進める。普通の山と違って、火煙山の場合、山頂に近づけば近づくほど気温が高くなる。煙の濃度も上がる。息をするのも苦しくなってきた。


 リンリは、袋に手を入れる。先日襲来した天使から採った輪っか、それを揚げてドーナツにしたものを取り出し、かじる。とても甘く、疲労が吹き飛んだ。治癒を司る天使の加護を一時的に受けたリンリは、深呼吸し、険しい岩肌を昇っていく。


 数時間後、山頂が見えてきた。ひどい黒煙。火口のマグマはぐつぐつと音を立てて沸騰している。リンリは袋から香辛料の小瓶を取り出し、マグマに投げ入れた。


 次の瞬間、マグマの中心が沈み、短い咆哮とともに一気に盛り上がった。中から飛び出したのは、夜空を覆い隠すほどに巨大な黒い竜。邪竜である。リンリは包丁を抜き、宣言する。


「明日の昼食は、あなたです」

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