再会
「食中毒の犯人は、あなたですね?」
魔王城副料理長の言葉に、広場にいた魔族たちが目をみはり、ざわつき始める。翠色の髪の料理人は顔色一つ変えない。
「どうしてそう思うのです?」
「この唐揚げの匂いです。食欲を刺激する黒胡椒の強い匂い。けど、普通の黒胡椒はこんなに強烈には匂わない。これは、劇毒物である蝕胡椒の匂いです」
料理人は目を丸くした。それから拍手した。
「蝕胡椒を知っている料理人が魔王領にいるとは。天界の食材には疎いと思っていたのですが、あなたのような料理人もいるのですね。ん? ああ、なるほど。そういうことか」
料理人はひとりうなずくと、言った。
「あなたでしたか、私のクレープを解毒したのは」
「やっぱり。あなたには聞きたいことが山ほどあるの。バアル城副料理長として、あなたを連続食中毒の容疑で捕えます」
「捕らえる? それは無理でしょう」
「無理じゃない。だって私はバアル城の副りょう――」
途端にめまいがした。急速に体中の水分が失われていくのがわかる。脱水からくる頭痛。立っていられない。
「やはり食べたんですね。私が作ったクレープを、ジュースを、綿あめを。解毒料理を作るにはそれが一番は早い。当然の判断です。けれど、あなたの過ちは、毒物は一料理につき一種類と思い込んだこと」
その料理人はティアを見下ろして言う。
「実はあなたのような厄介な料理人が出てくることを想定して、もう一種類、毒を仕込んでおいたのです。砂漠糖。御存じですか?」
ティアはわずかにあごを動かした。料理人は言う。
「天界ではとてつもなく美味な調味料として知られている砂漠糖ですが、条件がそろえば、この調味料は毒へと変わりうるのです。例えば、刑卵、天使海月、咳雲。これら三種の毒物を組み合わせることで、砂漠糖の渇水性を非常に強く引き出せます。この毒のいいところは、効果がすぐに出ないことと気づかれにくいこと。つまり、あなたのような優秀な料理人を仕留めるのにちょうどいい毒なのです」
ティアはどうにかして手を動かそうとした。立ち上がって、この料理人を捕らえないと。
「ティアさん、大丈夫ですか?」
広場にいた人たちがティアを案じ、そばに集まる。水を持ってきてくれたものもいたが、自力では飲むこともできない。
そのとき、香辛料の強い香りが広場に再び満ちた。肉を油で揚げる音が聞こえる。
「さあ、みなさん、聖竜の唐揚げはいかがですか? 今日はなんと特別に無料でご提供します」
「おい、あんた、こんなときに――。あれ? でも、すごくいい匂いだ。一つくれ」
食欲を誘う蝕胡椒の香りにふつうの魔族は抗えない。唐揚げに殺到する人たち。
「だめ」
ティアの声は誰にも届かない。聖竜の唐揚げをほおばる魔族たちの満足げな表情。しかし、しばらくすれば、食中毒でみなが苦しむことになる。ティアは倒れたまま涙を流した。魔王領の食の安全は今ここに崩壊した。
「ごめん、私、守れなかった」
「どうして謝るのです?」
ティアは耳を疑った。そして目の前に現れたその人の名をすがるような思いで口にする。
「リンリちゃん」
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「リンリちゃん」
リンリは一目で状況を把握した。予想はしていた。食中毒の糸を誰かが引いていると。その者は天界の関係者だと。ならば、天界特有の食材で、魔族にとっては毒になるものが料理に使われているはずだと。そして、もしも敵が狡猾ならば、料理を解毒して回る料理人をつぶすために遅効性の毒、例えば、砂漠糖を使う可能性が高い。だからリンリは、ここに来るまでの道中、海辺の町に寄り、解毒食材を手に入れ、作っておいたのだった。砂漠糖を解毒する饅頭を。
「星海塩入りの饅頭です。食べれますか?」
ティアは唇を動かすが、大きくは開かない。リンリは饅頭を一口大にちぎり、ティアの口の中に差し入れた。そうやって少しずつ食べさせている間に、広場にいた魔族たちはみな、血走るような目で大口を開けて、よだれを垂らし、聖竜の唐揚げにかぶりついていた。
ロスが天空に向かってひと鳴きすると、魔族たちは不意に食べるのをやめた。食べかけの唐揚げを手にしたまま呆然と立ちつくす彼らに、リンリは解毒饅頭を配って回った。そして最後にその料理人の前に来て、しずかに言った。
「こんな形で、再会したくは、ありませんでした」
料理人は、リンリをまっすぐ見つめ、それからロスに目を移し、そして再びリンリを見る。
「また会えましたね、リンさん」
「どうしてこんなことを? シン」




