犯人
北森病院の患者は嘔吐を繰り返し、衰弱しきっていた。魔法による治療を試みるも、効果が芳しくないのは城下町病院と同じで、食中毒を引き起こした食べ物は、果肉入りジュース。数量限定で路上で販売されていたという。
ジュースの見た目や匂いを観察するも、原因の食材を特定するには至らず、ティアはここでも実食という方法をとった。太いストローに口をつけ、半透明のジュースを吸いあげる。甘味成分を分析するとともに、果肉を噛んで味わう。
これ、果肉じゃない。海月の肉だ。
ティアは舌の記憶をたどり、一つの食材に行きつく。
天使海月。天界の雲海に生息する、天使の輪をもつ海月だ。その肉は、魔族にとって劇毒で、決して口にしてはならない。
全身に針で刺されたような痛みがすでに生じていた。体が熱い。炎の中にいるようだ。
ティアは喘ぎながら、解毒に使う食材の調達を依頼し、饅頭を作る下準備を行った。
「ティア殿、買ってきましたぞ」
「ありがとうございますっ」
調理台の上にどんと置かれたそれは、鬼の角である。見た目は流木のようで、一つは赤い角、もう一つは青い角である。ティアは包丁に振動魔法をまとわせ、鬼の角をできるだけ小さくサイコロ状に切り、すり鉢に入れた。このままでは固すぎるので、軟化魔法を加え、すりこぎ棒ですり、粉末状にする。
鬼の角の粉末を生地に練り込み、蒸し上げると、紫色の饅頭ができた。
「鬼角饅頭できあがりっ。患者さんに、持って、行って。お願い、します」
ティアはそれだけ言うと、饅頭を一つ手に取り、膝をついてから、呼吸を整え、なんとか口にした。鬼の角の旨味が満身創痍の体に染みわたる。
「食中毒を引き起こした犯人の確保はまだか?」
治癒部隊隊長が他部隊に通信魔法をかけるも、返事はない。
足音をばたつかせ、伝令兵が駆けこんできた。
「西原病院より要請。食中毒が発生したとのこと」
ティアは鬼角饅頭を食べながら、まだ痛みの残る体で立ち上がり、笑った。
「任せてっ。この私がいる限り、食べ物で人が死ぬなんてこと、起こさせないんだからっ」
西原病院に急行したティアは、ためらわずに食中毒を引き起こした綿あめを食べ、毒を特定した。天界の咳雲。それが綿あめにほんの少し混ざっていた。そのせいで、食べた者は絶えず咳をし、症状が進行した者は、水も飲めないほどになる。咳をするたびに体の内側に裂くような痛み。
ティアはマスクをし、呼吸法を使い、咳を可能な限り抑制して、調理に臨んだ。解毒の肝となる食材は、宇宙スライムの粘液。これを生地に練り混ぜて饅頭を作る。
どれだけ咳に苦しめられようと、ティアの動きは鈍らなかった。まるで料理人としての一本の芯が体幹に通っているようだった。
「宇宙スライム饅頭、でき、あがり」
食中毒患者五十人分の饅頭を完成させ、ティアは倒れた。咳が止まらない。看護師に無理やり饅頭を口に入れてもらう。舌の熱に饅頭はとろけ、唾液と混ざりのどを潤した。すると、咳がぴたりと止まった。同じことが饅頭を口にした患者にも起きた。
そして通信魔法が入った。
「了解」
治癒部隊隊長が言った。
「ティア殿、至急、魔王城に戻らねばなりません」
「え? で、でも食中毒の犯人、まだ捕まえてませんよ?」
「天使の軍勢が押し寄せ、すでに攻撃を開始しているとのこと」
「わ、大変。わかりました」
言いながら、ティアは心に引っかかりを感じていた。魔王城が攻撃されているから、戻る。その理屈はわかる。でも、食中毒は何も解決していない。犯人はまだ捕まっていない。
馬車に乗り込み、移り過ぎる車窓を眺めながら考える。食中毒を引き起こした食材は、すべて天界でしか採れないものだった。そしてここに来て、急に天使の襲撃。そもそもこの前、魔王様が聖竜を倒し、力を示したことで、天界は、バアル城陥落を諦めていたんじゃなかったっけ。
午前中は晴れていた空が今やすっかり曇っていた。魔王城がある方角では、落雷が煌めいている。
馬車が城下町の中心部を駆け抜けていく。ティアは頭の隅で対天使戦闘用料理のアイデアを組み立てながら、何とはなしに車窓を眺めていた。瞬間、あるものが視界をよぎった。
「とめてくださいっ」
ティアの声に数秒遅れ、馬車が急ブレーキをかけた。完全に停まるのを待たずに、ティアは外へ出る。
「ティ、ティア殿。どうしたのですか?」
治癒部隊隊長の声をふりきって、広場へと走る。噴水を回り込み、息を切らして、ティアはその手をつかんだ。揚げたての唐揚げが入った紙コップをお客さんにわたそうとしているその手を。
「はい?」
その料理人は、目を細め、首を傾げた。
「え、あの? 私のからあげ」
唐揚げを購入しようとした魔族の少女が涙目でティアを見上げる。
「ごめんね、この唐揚げは食べちゃいけないの。今度、私がすっごくおいしい唐揚げ作って持っていってあげるから、今日は我慢してね」
ティアは目を走らせる。周囲の魔族で手に紙コップを持っている者はいない。広場の隅に展開された簡易的な調理台の上には大きな肉塊。会計台の上にお金はない。よかった。多分間に合った。
「念のため聞くけど、この子の他に唐揚げを売ったお客さんは?」
「さあ。というか、一体何なんです? あなた。いきなり来て、商売の邪魔して」
その料理人は、冷笑を浮かべている。翠色の髪。それに、この唐揚げの香辛料の匂い。間違いない。
「食中毒の犯人は、あなたですね?」




