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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
最終章 ~帝蛇の燻製~
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急報

 魔王ベルゼの領地と魔王キレイラの領地とは隣り合っている。馬車で三時間の道のりを経て、リンリはキレイラの居住するジンジャエル城に到着した。陽が沈みかけており、厨房をるのにちょうどいい時間だった。


「バアル城料理長リンリ・ルルコース。ただいま馳せ参じました」


 謁見の間にてリンリは片膝をつき、挨拶をした。椅子に座っていたキレイラが立ち上がり、階段を下りてくる。


「よく来た、リンリよ。歓迎するのじゃ。ウチの料理人どもを指導してやってくれ」

「かしこまりました」


 さっそく厨房を視させてもらう。夕食の準備に慌ただしく動く料理人たち。みな魔族であり、その中でも獣人と呼ばれる種族だ。体の一部に魔獣の特長が現れていて、ある者は下半身が蛇であり、ある者は狼の耳をもち、ある者は腕が鱗に覆われている。


「これはこれは、ようこそおいでくださいました、リンリ料理長殿」


 狐耳の部下を一人引き連れ、狸耳の料理人がリンリの前に現れた。この城の料理長アザルである。恰幅のよい中年男性であり、温和な人柄で知られている。そばに控えている狐耳の女性は、副料理長のエミリアだ。たしか、ガウスと親交があったはず。


「みな、リンリ殿の指導を受けられることを楽しみにしています。明日からの研修、どうか厳しくよろしくお願いします」


「承知しました」


 口ではそう言いつつ、リンリは自分は、ドラゴのように厳しくはできないと思う。


 夕食の準備から片づけまでを一通り観察し、明日からの研修内容を組みたてる。


 魔獣の遠吠えが絶えない城で一夜を明かし、翌朝、リンリは朝食を作る様子を観察し、この城の料理人たちに足りないものを再確認した。


 朝食を提供し終え、料理人たちは一息ついている。バターロールを食べ、オレンジユースを飲み、食器をシンクに放り込む。調理器具は放置したまま。コックコートではなく、私服の料理人も数名いる。そして、何よりの懸念点は、数十名の料理人が種族ごとにいくつかのグループに分かれている。魔蛇族、魔鳥族、魔犬族、魔猫族、魔馬族。まるで縄張りを争うかのように異種族をテリトリーに寄せ付けない雰囲気がどのグループからも出ている。


「定刻になりましたので、研修を始めさせていただきます。講師は私、バアル城料理長リンリ・ルルコースが務めます」


 料理人たちがだらけきった背筋を正した。魔王城に務める料理人であれば、みな、リンリの前ではこうなる。


「まず午前中は、朝食の皿洗いをしてもらいます。そして基礎的な包丁術を一時間ほど教えます。その後、昼食の準備にとりかかる。このような段取りで動いていきます」


 料理人たちは口を開け、拍子抜けという表情をした。それもそのはず。包丁術を教わる以外は、通常の業務と何ら変わりはない。


「今日からの研修では、私が編成した班で業務を行っていただきます」


 一瞬で緊張が走った。魔獣の血を引く彼らにとって誰と群れるかは最重事項として本能に刷り込まれている。


 リンリは料理人たちの物言わぬ敵意を軽く受け流し、機械的に班に振り分けていく。ひと班の人数は五人。魔蛇族、魔鳥族、魔犬族、魔猫族、魔馬族から一人ずつ選出するという形をとった。同じ職場の人間であるにも関わらず、やはりどこかぎこちない空気が醸し出されている。


「それでは、皿洗いを始めてください」


 蛇口から水が轟轟と流れ出る。食器と食器がぶつかる音が厨房に響く。みな、集中して皿を洗っているふうに見えるが、実際は他種族のメンバーが自分のパーソナルスペース内にいて気まずいのだろう。


「洗いながら、班で話し合ってください。テーマは、自分の得意料理と苦手料理について」


 リンリの指示を聞いて、班に会話が生まれだした。ここ、ジンジャエル城の料理人は五十人からいる大所帯だ。数は力。もし今ここにいる料理人が互いに連携できたら、あるいは、リンリが統率しているバアル城の料理人たちと同等のパフォーマンスを発揮できる可能性がわずかにある。


 皿洗いが終わっても、班員同士のおしゃべりはやまなかった。


 十分の休憩を挟み、つづいて包丁術の研修を行った。


「まずは私が手本を見せますので、その後、各調理台に配布した練習用のスライムを切るように。まずは千切りから」


 魔王城筆頭料理人の実力を見ようと、調理台に料理人たちが集まる。リンリはまな板に青緑色のスライムを置くと、包丁をかまえ、短く息を吸い、吐いたときには、スライムが千切りになっていた。


「え?」


 料理人たちは目をしばたたかせている。


「千切りは速度重視でお願いします。幅は0.1mm程度。どんな硬さのものでも切れるように。今回用意したスライムは斬れば斬るほど硬度を増す硬化スライムであり、一定時間経過すると粘着液により原型を取り戻す形状記憶スライムです。だから、何度でも練習できます」


 リンリは元の形に戻ったスライムを再び瞬息とともに千切りにした。


「手本の実演と説明は以上です。何か質問は?」

「あ、あの」


 一人の猫耳の料理人が手を挙げた。


「み、見えなかったです。速すぎて」


「そうですか。でも安心してください。皆さんも毎日ちゃんと練習すればこの程度の速度は出せるようになれます」


 青ざめる料理人たちを見て、リンリは指導方法を切り替えることにした。


「では少しスピードを落として行います」


 リンリは努めてゆっくり千切りを行った。料理人たちは息をするのも忘れ、上下する包丁の刃の美しい動きに魅入っていた。


「どうでしょうか? 目で追えましたか?」


 一同、うなずく。


「よろしい。では、各自、練習開始」


 リンリは各調理台を回りながら、口頭でアドバイスしたり、手に手を添えて包丁の動かし方を教えたりした。みな、魔獣の血を引いているだけあって身体能力は高い。きちんとした練習を重ねれば、技術は身につくだろう。


 千切りにつづいて、乱切り、半月切り、みじん切りを教えているうちに、あっという間に昼食の準備にとりかかねばならない時間となった。リンリは包丁術の研修を打ち切った。


 各自が持ち場につき、料理を始める。

 厨房の片隅で水を飲んで休憩しているリンリのもとに、この城の料理長アザルがやって来た。


「リンリ殿。大変ためになる研修ありがとうございます。特に異種族間のチームワークについては私も悩んでいた点でして」


「仕方のないことだと思います。五十人も料理人がいれば、仲のよいいつものメンバーで仕事を行いたくなるのは自然なことでしょうから」


「バアル城では、どのようにチームワークを醸成しているのですか?」


 リンリは部下七人の顔を思い浮かべた。


「好き勝手自由にやらせてます。今のところそれで最低限のレベルはクリアしているので」


「流石ですな。午後はどのような研修を?」


「この城の皆さんは、魔獣族の血を引いていることもあって、身体能力が優れています。だから、料理における五感の活用方法をお教えしようかと」


「それはぜひお願いします」


 昼食を挟み、片づけを終えてから、ようやく午後の研修が始まった。


「これから夕食準備までの時間は、皆さんの料理人としての強みを形成する研修を行います。では、まず皆さんの五感が普通の魔族に比べてどれだけ優れているかを――」


「魔王城筆頭料理人リンリ・ルルコース様はいらっしゃいますか? バアル城より急報です」


 魔犬族の伝令兵が厨房に駆けこんできた。

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