イスカリオネと呼ばれし料理人
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魔王城最奥に位置する魔王の間。そこに主要な臣下が集まり、一つの戦いを見守っていた。
バハムの腹部を勇者の聖剣が突き刺した。
「ふむ。なるほどいい剣だ。しかしこの程度ではわしは死なんぞ」
バハムが勇者を殴り飛ばした。つづいて、腹の剣を引き抜き、投げた。体を回転させ、剣をかわす勇者。
戦いはバハムが優位に進めているように見えた。けれど、勇者が茱萸を食べてから状況が一変した。獣のようによだれを垂らし、バハムの肉を食い散らかす勇者。バハムも抵抗するが、勇者の勢いは止まらなかった。吠えるように言う。
「しかしひどい空腹だ。食べても食べても満足しない。そうだ、魔王バハム、まだかろうじて生きているだろう? 僕のために王令を発して魔族を集められるだけこの城に集めてくれ」
バハムにはもう答える力も残っていない。
「おいっ、どうしたっ、なんとか言えっ。僕を無視するな。僕のために動け」
バハムは沈黙したままかすかに呼吸を繰り返す。
「くそ。そうだ。こいつを殺して、次の魔王に魔族招集の王令を発してもらえばいいだけの話じゃないか。たしかこいつにはまだ幼い一人息子がいたはずだ。そいつに王令を出させて、食い殺せばいい。おい、誰でもいい。こいつの息子をここに呼んでこいっ」
バハムの指先がぴくりと動いた。
「おい、早くしろ。これはこいつのためでもあるんだ。死に際に息子に会わせてやろうじゃないか。なあ」
瞬間的にバハムの拳に魔力が集中した。勇者が腕を交差し、顔をガードする。が、バハムが攻撃したのは腹だった。腹部から胃袋を掴みだし、握りつぶした。
「う」
勇者が倒れた。すぐさま治癒部隊がバハムに駆け寄る。しかし、バハムの体の大部分は食われていた。治癒魔法でどうこうできる段階でないのは一目瞭然だ。臣下の一人が叫ぶ。
「ベルゼ様をお呼びしろ。早くっ」
「――リンリ」
魔王の声とは思えないほどか細い声だった。リンリがそばに行き、手を握り応える。
「何です?」
「俺はじき死ぬ」
「治癒部隊が治療しています。私も、回復の料理を作ります。だから――」
「お前に、頼みたいことがある。ベルゼのことだ」
「バハム。ベルゼ様には、私ではなく、あなたが必要です」
「頼んだぞ。あと、世話になった。おいし、かった、ぞ、お前のりょ――」
そうして魔王バハムは目を閉じた。
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魔王ベルゼは空になった器を見つめたまま、記憶の数々を思い返す。そして一つの結論に至らざるを得なかった。
「ぼくはずっと思い違いをしていようだ」
ベルゼは衣の裾を握りしめて言う。
「母上も父上も、ぼくのことを、こんなにも、こんなにも、愛してくれていた」
リンリがベッドに座り、ベルゼの背中を撫でた。
涙が器へと落ちていった。
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血が器へと落ちていった。
ただの血ではない、不死鳥の血だ。とある神殿の最奥の間で、料理人はおよそ考えられぬほど稀少な食材に囲まれていた。器の中心に置かれた人魚の肉に不死鳥の血をしみ込ませ、賢者の石を削り、ふりかける。
そうして一つの料理が完成した。
料理人は、今回の儀式の立会人である三人の熾天使に報告する。
「料理が完成しましたので、実食に移らせていただきます」
「期待しているぞ、イスカリオネ」
イスカリオネと呼ばれた料理人は、うなずくと、料理を台座の上に持って行き、そばに骨を並べた。人間の骨だった。人魚の肉をフォークで刺し、頭蓋骨に噛ませる。次の瞬間、頭蓋骨が勝手に肉を噛み始めた。器の血をかけてやると、頭蓋骨及び散乱した骨がピンク色の炎に包まれた。イスカリオネは、王蛇バジリスクの抜け殻をかぶせ、炎を鎮火した。
抜け殻の中で何かが蠢き、ぬっと立ち上がった。そして、言った。
「今度こそ、食いつくしてやる。見ていろ、魔王バハム」




