産声と死
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産声が魔王城に響いた。
毛布にくるまれている赤子。そしてソラの手を握る魔王バハム。城の者たちが慌ただしく動き、何重もの治癒魔法が展開されている。
迷いの森から出てきて、出産に立ち会ってくれたのであろうローザが首をふった。
赤子の産声に魔王の悲痛な叫びが重なり、城を震わせた。
ソラは、ベルゼを出産し、死亡した。
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ベルゼは最後の一口を食べる。
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その長い食卓をベルゼは覚えていた。はるか向こうに座り、ナイフとフォークで肉を切り分けているのは、魔王バハム。
「ちちうえ」
記憶の中の今よりもずっと幼いベルゼが舌足らずな声で言う。
「今日こそ剣の稽古をつけてくださるのですよね?」
「いや」
バハムは歯切れの悪い調子でそう言うと、口を開きかけ、閉じた。
「本日はお仕事がお休みだと聞きました。稽古をつけてください。ぼくはちちうえのように強い魔王になりたいのです」
ベルゼが琥珀色の瞳を輝かせ、そう言うと、バハムは目をそらした。返って来るのは、ナイフとフォークが皿にぶつかる冷たい音だけだった。
「ベルゼ様、お口を」
そばに控えていたリンリがナプキンでベルゼの口に付いた肉汁をぬぐう。
「ごちそうさま」
バハムが立ち上がった。部屋を出て行こうとするバハムにリンリが声をかける。
「どちらへ?」
「少し出てくる」
扉を弱く閉め、バハムは出て行った。
「リンリ、ちちうえはどこに行ったのだろうか?」
「どこでしょうね」
「仕事だろうか」
「そうかもしれません」
「そうか。ならば仕方ないな。なにせちちうえは魔王なのだ。ぼくはひとりで剣の稽古をしてみよう」
「では、侍従数名と魔剣部隊隊長を手配いたします」
「いいや、大丈夫だ。ひとりでする。今日は、ひとりでしたい気分なのだ」
食後、リンリはベルゼを稽古用の衣に着替えさせると、食器類を厨房に戻し、またすぐ厨房を出て行った。城を出て、春の草花に彩られた庭園を抜け、向かった先は庭の片隅の墓地だった。
真っ白な墓石の前にしゃがみこんでいる大きな背中に声をかける。
「バハム、なぜベルゼ様に剣の稽古をつけてあげないのです?」
「あの子に戦闘の才はない。魔力がないのだぞ。いくら鍛錬したところで、強くはなれぬ」
リンリが唇を噛む。
「ならば、稽古以外のことを一緒にやってあげればいい。あなたはあの子の父親でしょう? どうしてあの子を避けるのです?」
バハムは大きく息を吸った。
「あの子の目だ。あの子の琥珀色の瞳を見ていると、ソラを思い出す」
「それが何だというのです? 思い出せばいい。思い出して、ソラの遺したあの子を大切にしてやれば――」
「ソラは俺のせいで死んだのだぞっ」
バハムの魔力が激昂の色を帯びた。
「俺の魔力が強すぎたせいで、そのせいで、ソラは死んだ。俺以外の奴と結婚していれば、ソラは死ななくて済んだのだ。俺が殺したも同然だ。そんな俺にあの子の視線を受け止めることなどできるはずがないだろう」
そう言って振り返った魔王バハムの顔面にリンリは拳を食らわせた。
「次、そのような泣き言を言ったら、あなたの体を切り刻み、火を入れ、食卓に並べますので、ご注意なさるよう。それと――」
リンリは去り際、冷たく言い放った。
「今夜は飯抜きです」
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米粒一つ残さず食べ終えた器には、おかゆの半透明の汁だけが残っている。
「そう言えば、一度だけ、父上と食事を分け合った夜があった。あれも君の仕業だったのだな、リンリ」
「バハムは、あなたのことを想っていました。けれど、どうしても王妃様と同じ瞳をもつあなたのことを直視できなかった」
「父上はよっぽど母上のことが好きだったのだな」
「そしてそれど同じぐらいか、それ以上に、あなたのことを大切に想われていました」
「それは、どうだろうか」
ベルゼは苦笑する。リンリなりに気を遣っているのだろう。本当のところ、父上は、ぼくという子さえ作らなければ、母上とずっと一緒に暮らせていたのにと後悔していたはずだ。この子さえ生まれてこなければ、そう思ったことが一度や二度はあるだろう。
「まだ、お汁が残っています」
「え? ああ、そうだな。いただこう」
ベルゼは器の端に口をつけ、おかゆの残り汁をのどに流し込む。
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