おいしい料理を
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魔王城の庭は広大で、畑や果樹園、食糧庫や武器庫が点在している。なかでも人があまり立ち寄らないのが、墓地である。
墓石の前にリンリはしゃがみこみ、うつむいていた。
「おや? こんなところで何をしておるのじゃ? リンリ料理長」
蛇の尾をくねらせながら、炎髪魔眼の魔王キレイラがリンリのそばに来た。その手にはワイン瓶が握られている。
「キレイラ様、ご無沙汰しております」
「うむ。本日の料理も見事なものであったぞ。会場ではみなが舌つづみを打っておった」
「そうですか」
「そなたは相変わらずじゃのう。ドラゴならば、どうだ、俺の料理はうまいだろうと言わんばかりに胸を張り、会場中から賛辞を受けとるじゃろうに。のう? ドラゴ」
そう言ってキレイラは、赤ワインのコルクを抜き、墓石に向けて傾ける。ルビー色のワインが墓石を舐めるように上から下へ流れていく。
「バハムも困っておったぞ。式典の料理を手掛けた料理長を紹介すると意気揚々と宣言し、そなたの名を呼んだのに、誰も出てこない。会場中騒然となっておったわ。やはり嫌か? 新郎新婦の姿を見るのは」
「そういうわけでは、ありません。ただ、私はいない方がいいのだろうなと、そう思っただけです」
キレイラは呆れたように言う。
「そなたは食材の調理には精通しておるが、人間関係はまるでダメじゃな」
キレイラはグラスを二つ持ってきていた。一つをリンリの手に握らせると、なみなみとワインを注いだ。
「いただきます」
リンリはグラスのふちに唇をつけると、あごを上げ、一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりじゃ。飲め飲め、浴びるほど飲めばよい」
グラスにつぎの一杯が注がれていくのを見つめながら、リンリはつぶやいた。
「おめでとう、バハム、ソラ」
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ベルゼはおかゆを口に運ぶ。
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テーブルにクッキーと紅茶を出して、迷いの森の魔女ローザはぶっきらぼうに言った。
「それで、今日は何の用だい?」
ローザの対面には、リンリと、おなかが膨らんだソラが座っている。
「実は、お薬をいただきたいのです」
そう言うソラのお腹をベルゼは不思議そうに眺める。ここにぼくがいたのか。
「悪阻がひどいのかい?」
「はい。リンリが食べやすいものを作ってくれるので、胸の不快感はあまり感じませんが、頭痛と倦怠感がひどくて。それに、毎日のように悪夢を見るのです」
「悪夢? どんな悪夢だい?」
ローザが触診しながら問う。ソラはためらいがちに答える。
「リンリやバハム、それに城の人たちが次々と消えていき、わたし一人になる夢です」
ローザの手が止まる。長い沈黙があった。
「この子を産むのは、諦めな」
「ど、どうしてですか?」
「お腹を触診してわかった。この子は普通の子供じゃない。魔王バハムの強大な魔力を受け継いでる。魔力を持たないあんたの体じゃ出産に耐えられない。奇跡的に産めたとしても、あんたは死ぬ」
ローザの言葉に動揺したのは、ソラよりもリンリのようだった。
「ソラが、死ぬ?」
「確実にね。だから堕ろすしかない」
「で、ですが、ローザ様、何か手はないのでしょうか? 母子ともに助かる方法は?」
「母子ともに助かるなんてそんな都合のいい奇跡あるはずないだろう。このままだと十中八九、母子ともに死亡する。そもそも、魔法耐性のない体で魔王の子を宿している今の状態だって危ないんだよ。子供が成長するにつれて、ソラ、あんたの体調は悪くなっていくはずだ。悪いことは言わない。速やかに堕胎魔法を受けな」
ソラは紅茶を飲み、ティーカップを置いて、言った。
「いいえ、産みます」
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ベルゼは震える手で匙を操り、おかゆを食べる。
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緋色の布に針が通され、一枚の衣が縫われていく。
その部屋の床には色とりどりの布が散在しており、壁をさまざまな種類の蚕が這っていた。
「できたわ」
緋色の衣を広げて、ソラは言った。
「リンリ、明かりを消してくださる?」
「はい」
そばに控えていたリンリはランタンの明かりを消していき、最後にろうそくの炎を吹き消した。すると、部屋の中まで夜が満ちた。そして緋色の衣が光を宿した。
「よかった。ちゃんと灯ったわ。これでダンジョン探索に行くことになっても安心ね。あ、でも、子供用のサイズだけじゃなくて、大人用のサイズも作っておかなきゃ。この子、どのくらい背が伸びるかしら。ねえ、リンリ、あなたはどう思う?」
「ソラ、少し休んでください。お体に障ります」
「そういうわけにはいかないわ。私には時間がないもの」
暗闇の中でリンリの息遣いが変わった。まるで何かを決心したように。
「ソラ、私はずっと考えていました。あなたと子供、両方救う方法はないかと」
「ありがとう。でも、そんな都合のいい奇跡はないとローザ様はおっしゃっていたわ。魔王領内で最も魔法に長けているあの方がいうのだから、間違いないわ」
「ですが、ローザ様は、料理に長けているわけではありません」
「リンリ? 何を言っているの?」
ソラが首をかしげる。
「料理は時に魔法を凌駕します。人を蘇らせることだってあるいは――」
「リンリ」
やさしくソラが言う。
「リンリ、私が死んでも、私を生き返らそうとしてはダメよ。そんなことに囚われてしまってはダメ。あなたの料理はすばらしいわ。その力は、生きている目の前の人のためにふるうべきです。だからお願い。これから生まれてくるこの子に、ベルゼに、おいしい料理をたくさん作ってあげて」
暗い部屋の中で、灯の衣だけが明滅している。
「かしこまりました」
ふり絞るようにリンリはそう言った。
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