コックコート
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食堂だ。リンリがかき玉汁を木の椀によそい、カウンターに置いていく。麻婆豆腐や焼き飯の皿もある。魔王のもとで働く臣下たちが列をなし、それらの料理を取って行く。
「おお、今日もうまそうだ。大盛で頼む」
バハムが来たが、いつもと装いが違っている。ゆったりとした紫色の衣をまとっているのだ。
「この衣か? なんとソラが織ってくれたのだ」
バハムの後ろから顔を出すソラ。その顔は、エルフの森にいたときとは段違いに生気に満ちていた。
「せめてものお礼です。行く当てのない私をこの城に置いてくださったことへの」
「ガハハ。ソラ、お前には織物の才がある。その技術、この偉大なる魔王のために存分にふるうがいい」
上機嫌なバハムは、麻婆豆腐の皿を二皿、自分のお盆にのせた。
「バハム、戻しなさい」
「う、うむ」
一皿をカウンターに戻し、「どうせあとでお代わりに来るのに、けち臭いやつだ」と文句を言うバハム。
ソラはかき玉汁のお椀をリンリの手から受け取りながら、耳打ちした。
「実はリンリさんにもお渡ししたいものがあるのです。午後、ご都合は?」
「十四時以降であればいつでも大丈夫です」
笑顔でうなずくと、ソラはひらひらと蝶のようにバハムの後ろについていった。
二人は、テーブルの一角に向かい合って座ると、手を合わせ、食事を始めた。リンリは料理を器によそいながらも二人の方をちらちらと見ていて、気にしているようだった。
食堂がこみ合う昼時のピークが過ぎ、厨房で食器を洗っていると、約束通りソラが訪れた。「リンリさん、お忙しいところすみません」
「いえ。ちょうど休憩に入ろうと思っていたところです」
ソラは両手で一着の黒い服を大事そうに抱いていた。
「それは?」
「実は僭越ながらリンリさんにもお織りしたのです、服を。ああ、でも気に入ってくださるか」
リンリの表情がやわらぐ。
「ありがとう。見てもいいですか?」
ソラは少しひざを折り、片足を後ろに引くと、貢物を捧げるようなポーズをとった。
「どうぞ」
黒い服を広げ、体に合わせるリンリ。袖はわずかに長く、裾の長さや肩幅はぴったりだ。前身頃は二重になっている。その姿はベルゼにとっては見慣れたものだった。
「これは――」
「はい、コックコートです。耐熱性に優れた黒蚕の糸で織りました。よかったら使ってください」
リンリは組紐のボタンを外し、着ているコックコートを脱ぐと、ソラのコックコートに着替えて見せた。
「サイズもぴったりです。ありがとう。使わせていただきます」
「よかった」
ソラは安堵の息をついた。そして最近の城での生活のことを話した。どうやら洗濯や縫製の仕事をしているらしい。
ひとしきり話し終えて、なお、ソラは立ち去ろうとしない。リンリの目をちらちらと見て、何か切り出そうか、迷っている様子だ。
「あの、リンリさん、こんなことをご相談するのは大変恐縮なのですが」
頬を赤らめて言う。
「バハムさんに好きと言われてしまいまして」
「そうですか」
リンリの反応は平然としたものだった。
「あ、でも、私、リンリさんとバハムさんの間に割って入ろうなんて思っていないですから。リンリさんの許可がない限りバハムさんとお付き合いなんてしませんし、もし嫌なら、バハムさんと仲良くするのはやめます」
「バハムと仲良くするのにどうして私の許可が?」
「え? だってお二人は恋人同士なんじゃ」
リンリは首をふって否定する。
「バハムは魔王、私は料理人。ただそれだけの関係です」
「そ、そんなはずありません。誰がどう見たってバハムさんはあなたに惚れています」
「確かに何度か好意を告げられたことはあります。求婚されたこともあります。でも、そのたびにお断りしてきました」
「どうして?」
その問いにリンリはたださみしそうな笑みを返した。
「私に気兼ねすることはありません。大事なのは、ソラ、あなたの気持ちです」
そう言われてソラは自身の胸に手を当てた。
「バハムのことが好きなのですね?」
「はい」
ソラは言ってから、胸に当てていた手を握った。
「でも、リンリさんだって、バハムさんのことが好きですよね?」
リンリのその表情を見たとき、ベルゼは見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わず目を背けた。
「そろそろ、夕食の準備にとりかかねばなりません」
その声は、有無を言わせぬ響きを帯びていた。
ソラは肩を落として厨房を出て行った。
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