おにぎり
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真っ白な棺に黒い土がかけられていく。
「まったく。俺の許可なく勝手に死におって」
ぶつくさ言いながら、バハムはスコップを動かし、土をかけていく。
「わしも近いうちに逝く」
先代の魔王ガノフが棺を眺め下ろしながら言った。
「しかし、不安はまるでない。自分の後任がちゃんといるからだろうな。おそらくドラゴもそうじゃったはずじゃ」
そう言って、ガノフは寄り添うように立っているリンリとティアに視線を送った。
文官も軍人もみながドラゴを見送るために庭に出ていた。城の者だけでなく、領民もたくさん来ていて、参列者の列は城の外まで伸びている。
棺が完全に埋まると、ガノフは懐から紙を取り出した。
「ドラゴから遺言を預かっていたのだ。読み上げるからよく聞きなさい」
ガノフはリンリとティアの目の前に来て紙を広げた。
「バアル城料理長にリンリ・ルルコースを、副料理長にティア・オーシャンテリアを、強く推薦する」
その先の言葉を一同、待っていたが、ガノフは紙をたたんだ。
「以上だ」
集まった人々がざわつき始める。
「何だ、あの男は。遺言がたった一行? それもこんな業務連絡みたく味気ない推薦文とは。もっとこう、何かあるだろう」
「バハム、この遺言の価値がお前にはわからんのだな」
「何だと?」
「魔王城筆頭料理人であるドラゴからの推薦。それは、各魔王城に努める料理人なら、喉から手が出るほどほしいものなのだぞ」
バハムがしかめっ面をする。
「俺にはわからん。だが、料理長と副料理長の采配については、ドラゴの言う通りにしよう。任命式は明日行うから二人ともそのつもりで」
「はい」
リンリはティアの肩を抱いて歩き出した。
「お、おい、どこへ行く?」
「厨房に戻ります。夕食を作らなくてはならないので」
「きょ、今日ぐらい休んでいいぞ。というか、休め。食事は各自でどうにかする」
「そういうわけにはいきません」
しかし厨房に戻ると、リンリはティアにバハムと同じことを言った。
「夕食は、私が作ります。ティア、あなたは、おやすみなさい」
「ううん、私も作る。なんたって、私、副料理長になったんだもん」
明るく振る舞っているが、芯から明るい声ではない。
「遠くから来た参列者は、城に泊まっていくかもしれないので、いつもより大目に作りましょう。今日の献立は、鹿肉のシチューと野菜コロッケ、それから――」
リンリが言葉を切った。その視線の先には、乾ききった虚ろな目でまな板を見つめているティアがいた。
「おにぎり」
「え?」
ティアが顔を上げる。
「今日の夕食、献立を変更しておにぎりにしましょう」
「きゅ、急だね。いいけど、具とかどうする?」
「具はなしで、ただの塩むすびを作りましょう」
ティアが小さく息をのんだ。
二人は広い厨房のなかの一角に並んで立ち、おにぎりを握った。米の塊が三角になるようにしっかりと握っているのが肩の動きからわかる。
「ねえ、リンリちゃん、私たち、これからどうなっちゃうんだろうね」
ぽつりとティアが言った。リンリは返答の代わりに、できあがったおにぎりをティアの前に置いた。
「ティア、味見をお願いします」
「わ、私が?」
「ええ」
「あ、そうだよね。これからはお互いに味見しないとね。私たち、二人しか、ここにはいないんだし」
ただの塩むすびを手に取ると、ティアは口を小さく開いた。噛むと、ティアの瞳が湖面のように光を反射してうるんだ。
「この味、おじいちゃんの」
リンリはうなずき、ティアのおにぎりを一口食べた。
「あなたのおにぎりもですよ。ドラゴ・オーシャンテリアの味がちゃんとします」
ティアは涙をこぼしながら、リンリはそんなティアを見守りながら、互いのおにぎりを完食した。
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ベルゼはいったん匙を置いた。
「君が料理長になったとき、まだジャンやミレイたちは雇っていなかったのだな」
「半年ほどは私とティアだけでした。それから一人、また一人と増えていったのです」
「となると次の記憶は、今いる料理人の誰かが仲間になる話か?」
「いえ、おそらく違うでしょう」
少し間をおいて、ベルゼは「そうか」とだけ呟いた。
おかゆの残りも少なくなってきた。
ベルゼは覚悟を決めて口を開いた。
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