飯がうまい
今や数百人のエルフの魔導士が、湖を埋め尽くさんばかりに参集していた。ぐるりと見回してバハムは嗤う。
「ガハハ。わざわざ殺されに来るとはご苦労なことだ」
「黙れ。死ぬのは貴様だ。いくらお前が魔王でも魔力も体力も有限。最後には我々が勝つ。かかれっ」
湖の中心に向かって、全方位から迫るエルフたち。バハムは落ち着いて手にしているおにぎりを一口で丸呑みした。途端に魔力が膨張し、エルフたちを吹き飛ばした。
「俺の魔力や体力が有限? 何を勘違いしておる?」
口の端に付いた米粒を舐めとって言う。
「我が城の料理人は優秀でな。リンリがいる限り、俺はいくらでも回復できる。断言しよう。貴様らは死ぬ。俺が殺す」
そしてその言葉通りのことが起きた。魔王バハムは強靭な肉体にただただ魔力をまとわせ、殴り、蹴り、つぶし、踏み、噛みつき、ちぎり、ねじり、精鋭のエルフの魔導士たちを殺していった。エルフはもちろん、多彩なる魔法で応戦し、その攻撃はちゃんと効いていたが、バハムはリンリの料理ですぐに回復する。おにぎりが尽きても、リンリは湖の魚を刺身にしたり、エルフの森の木々から採取できる木の実や茸を使って、即興で料理を作り、バハムに食べさせた。途端、バハムは回復し、いや、むしろ魔法耐性や魔力倍加や筋力アップなどの強化を得て、再び殺戮を始める。
エルフも馬鹿ではない。リンリを先に殺そうと動いた者も中にはいた。しかし、リンリは一流の料理人。料理用の魔法と包丁技術でたいていの攻撃魔法はさばくことができた。
「炎雷魔法の槍」
「風水魔法の矢」
「樹氷魔法の剣」
複合魔法をまとった武器での攻撃がリンリに迫る。たいていの魔法攻撃はさばききれるリンリだが、複合魔法は強力なうえ、この戦いは料理の材料を得るための狩りではないので、リンリは本来の力を発揮できていない。
「危ないっ」
ベルゼは思わず叫び、リンリの前に立ったが、意味はない。今のベルゼは天空米の効果でこの記憶を見ているにすぎず、幽霊のようなものだからだ。
諦めたような小さなため息をリンリが漏らしたそのとき、炎雷魔法の槍をへし折り、風水魔法の矢を体で受け止め、樹氷魔法の剣を白刃取りする形で、バハムが現れた。
「くそっ。あと一歩のところだったのに」
瞬間、バハムの魔力がエルフの森全体を覆うほどに膨れ上がった。
「俺の料理人を狙うとは、貴様ら、いい度胸だな」
ベルゼは震撼した。同時に悟った。魔王バハムの逆鱗が何であるかを。
リンリに攻撃をしかけた三人は、胴体を握られ、全身の骨を砕かれるほど強く握られ、ぞうきんのようにしぼられ、死の匂いとともに捨てられた。その光景を見たエルフたちに恐怖が伝染していく。
「ひ、ひるむな。魔族などという劣等種に私たちが負けるはずがない」
「そ、そうだ。これは聖戦だ。エルフの誇りにかけて戦い、必ずや勝利を」
「くだらぬ」
魔王バハムは一笑に付し、向かってくるエルフたちをことごとく叩き潰し、息の根を止めていった。
エルフの最後の一人が殺られたとき、湖はもはや血の池と化していた。
「そこまで」
上空から声がした。見ると、白髪白髭の老エルフがあぐらをかいて空中に座っている。
「む? 誰だ、貴様は?」
「わしはシンラ。この森の長である」
「エルフのトップが何の用だ? 貴様も死にに来た口か?」
「なんという傲慢。しかし、それに見合うだけの実力がある。本気でやり合えば、わしもため込んでいた魔力をかなり消費することになろう。ふーむ、よし、こうしよう」
シンラが手を叩いた。
すると、小さな魔法陣が湖のそこかしこに出現し、転移魔法が発動した。かまえるバハム。しかし、すぐに臨戦態勢を解く。現れたのは、エルフの子供たちだった。
「よく聞け、子どもたち。貴様らの父はそこにいる魔王に殺された」
シンラは巧みに浮遊魔法を使い、子の目の前に死体を持っていく。泣き叫ぶ子供もいれば、凍りついたように動かない子もいる。
「ことの発端は、ローエルフのソラ・クライトールが世界樹の根を魔王に渡したこと。そこにいる魔力を持たぬローエルフこそがすべての始まりなのじゃ」
ソラがうつむく。リンリは彼女の背に手を置いて言う。
「あなたのせいではありません。この者たちが死んだのは、この者たちの自業自得です」
「わかるか、子どもたち。これが魔族じゃ。命を奪うことに何ら罪悪感を抱かぬ。尊い命をなんとも思ってもいないのじゃ」
エルフの子供たちがバハムを、リンリを、そしてソラをにらむ。その目はこの森から出て行けと言っているようだ。
「今の君たちでは、この魔王には勝てぬ。しかし子供たちよ、いつか魔族を滅ぼしておくれ。一匹残らず滅ぼし、世界に安寧をもたらしておくれ。さすれば、エルフが天界に昇る道も開けよう」
無言でうなずく子供たち。
「で、やるのか? やらないのか? どっちなのだ? 俺は老人だろうと子供だろうと容赦はしない。魔王だからな。お前たちに戦う気があるなら、すぐにでも殺してやろう」
長老はしばし沈黙し、告げた。
「去るがよい」
「そうしよう。こんなに自然が豊かなのに、この森の空気はまずすぎるからな」
バハムはそう言うと、リンリとソラの肩を抱いて歩き出した。
「あの、私も一緒に行っていいのですか?」
「もちろんだ。お前はこれから俺たちと一緒に魔王城で暮らすのだ。不安に思うことはない。俺の臣下どもはみな、気のいい奴らだからな。それに何より、我が城は」
ちらりとリンリを見て、バハムは言う。
「飯がうまい」
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