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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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魔王バハムが命じる

*********************************

 転移先は、林の中だった。湖の中心にソラの姿が見えた。十字架に両手を釘付けにされ、石を投げられている。湖を埋め尽くすほどに集まったエルフたちは、みな、口角から泡を吹き出し、汚い言葉を彼女に浴びせかけている。


「この無能っ。ローエルフのくせに私たちを裏切るとは」


「神聖なる世界樹を、よりにもよって魔族に渡すなんて信じられない」


「やはり生まれた瞬間に殺しておくべきだったのだ」


「ただで死ねると思うなよ。このような大罪を犯した者がどうなるか、お前が苦しむさまをエルフの歴史に刻みつけてやる」


 エルフたちが投げる石は鋭利な魔力をまとっていて、ソラの頬を、おなかを、太ももを傷つけては、湖面へと落ちていく。


「まずは手だ。お前のその卑しい手を切り落とす」


 翠色の外套に身を包んだ男が剣を振り下ろす。


 刹那、赤い血が、湖面に数滴落ちた。


「ソラ」


 背中で剣を受け止め、バハムはその名を呼んだ。


「あなたは、先日の」


 ソラが目を見開き、かすれた声を出した。


 バハムが林の中から湖の中心へと雷のような速さで駆け付けたことで、その動線にいたエルフたちは吹き飛ばされ、混乱の絶叫が湖面に響き渡っていた。リンリは身を低くして、逃げ惑うエルフたちの間を縫い、バハムから遅れること数秒、ソラのもとにたどり着いた。


「これをお食べください」


 リンリが風呂敷からおにぎりを取り出したそのとき、ソラの手を切ろうとしたエルフの男が叫んだ。


「お前たちか? 世界樹の根を盗んだのは」

「だったら何だ?」


 バハムが地の底まで響くような声を発した。


「まさかのこのこ現れるとは。そのローエルフと一緒に今日ここで処刑してや――」


 バハムの手が男の頭を掴み握りつぶすまで一秒とかからなかった。拳から滴り落ちる血を見て、エルフたちの混乱は最高潮に達した。絶叫の嵐。防御魔法と攻撃魔法が入り乱れる。


「鎮静魔法」


 湖が光ると、さきほどまでの狂乱が嘘のように凪いだ。


「ご安心ください。皆様、我ら森静魔導隊が責任をもって、この大罪人どもを処刑いたします」


 現れたのは、翠色のローブをまとった十数人のエルフたち。一人一人が放っている魔力の圧によって湖面が凹んでいく。


 エルフたちからは歓喜の声があがる。


「よく来てくれた。待ってたぞ」

「早くあの忌々しい汚物を消し去ってくれ」

「いや、待て。ちゃんと苦しめてじっくり殺すんだ。二度とこのような間違いが起こらないように」


 飛び交う拍手と歓喜とエールのなか、バハムは十字架の脚を折り、鎖をひきちぎって、ソラを解放した。ひどく衰弱していて立てそうにないので、バハムが抱える。


「すまん。助けに来るのが遅くなった」

「バハムさん、リンリさん。どうして?」

「食べれますか?」


 リンリは作って来たおにぎりをソラの口元にそっと当てる。しかしその口は開かない。


 森静魔導士たちが弓を引き絞り、矢を放った。バハムは咄嗟に背中を向け、ソラとリンリを守った。背中に何本もの矢が浅く刺さっていく。


「お、お逃げください。私は、いいのです」


「いいわけないであろう」


「いいのです。どうせ生きていても、いいことはありません。私は、死にたいのです。どうかここで、死なせてください」


「許さぬ。魔王バハムが命じる。お前は、生きろ」


 ソラの目に涙がにじんだ。嗚咽とともにおにぎりを食べ始めるソラを、バハムは攻撃を受けながら見守っていた。


「それでよい。リンリの料理は世界一うまいから、食べれば元気になる」


 おにぎりを一つ食べたことで、ソラの全身の傷はほとんど回復した。


「リンリ、俺があの雑魚どもをすりつぶす間、ソラを守れるか?」


 リンリはうなずく。


「任せた」


 バハムはソラをリンリにそっと預けると、荒々しく巨体を揺らして森静魔導士のもとへ突っ込んだ。魔導士たちが鞘から剣を抜いて応戦する。


「火炎魔法」


 剣に炎が走る。魔導士は一般的に近接戦闘に弱いとされているが、森静魔導隊はその弱点を克服しているとでも言いたげな自信に満ちた顔で、バハムに斬りかかった。


 ノーガードで炎の斬撃を受け、バハムは笑う。一番近くにいた敵の腹部を殴り、気を失わせ、頭を踏みつぶす。近接戦闘では勝ち目がないと悟ったのか、エルフたちは距離を取ろうとするが、それを許すバハムではない。一人、また一人とその剛力で仕留めていく。


「応援を呼べ。全部隊に召集をかけろ」


 そう叫んだ男は、次の瞬間には首を折られた。


「先にお前らからだ」


 三、四人の魔導士がリンリとソラのもとに来た。呪文を詠唱し始めたので、リンリは湖に泳ぐ魚を串刺しにし、手に持った。


「火炎魔法」


 エルフの手から放たれた炎に対し、リンリは表情一つ変えずに料理の際によく使う魔法を発動させる。


「操炎魔法」


 炎がリンリの体の周りをゆっくりと旋回する。


「ちょうど火が欲しかったところです」


 そう言ってリンリは串刺しの魚を炎に押し当てる。


「くそ。魔道士か。半端な魔法は使うな。利用されるのがオチだ」

「ソラ、これをどうぞ」


 串焼き魚をソラに手渡し、周囲を見るリンリ。翠色のローブの魔導士たちが次から次へと集まって来る。


「まずは捕縛しろ」


 魔導士たちの手のひらから鎖が伸び、あっという間にリンリとソラを縛り上げた。


「殺せっ」


 色とりどりの攻撃魔法が一斉に放たれる。連続して着弾。湖から立ち上る蒸気の中で大きな影がよろめいた。


「何だ?」


 バハムが二人を抱え込むようにして守っていた。しかし肩で息をしており、背中には何本もの矢と剣が刺さり、各部から出血し、全身にやけどが回っている。


「リンリ、食い物をくれ」


 リンリは無造作に一番大きなおにぎりをつかむと、バハムの口に突っ込んだ。それから背中の矢や剣を抜いていく。血が噴き出すが、すぐに止まり、みるみるうちに傷口がふさがっていく。


「うまい、うまいぞ。やはり戦で食う飯は格別だな」

「しかし、多勢に無勢ですね」


 今や数百人のエルフの魔導士が、湖を埋め尽くさんばかりに参集していた。ぐるりと見回してバハムは嗤う。

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