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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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ローエルフ大罪を犯す

*******************************************

 薬瓶へ匙を入れ、ねばりけのある薬をすくい取り、焼き立てのパンに塗ると、ドラゴは大きな顎を開いた。パンを噛み、噛み、噛み、瞑目する。


「生地に練りこんであるのは、ブルーベリーか?」

「はい」


 寝台の傍らにいたリンリが答えた。


「わしならもうすこし加水率を上げる。その方がうまい」

「はい」


 ドラゴは目を開け、肩を落として息を吐いた。


「鎮痛薬のおかげで、体はずいぶん楽になった。世話をかけたな、リンリ」


「私は、何も。薬を作ったのはローザ様です」


「だが、材料を採ってきたのはお前とバハムだろう。世界樹の根などよく採れたものだ。見ろ、今朝の新聞だ。エルフの森では大騒ぎになっているらしいぞ」


 巫女新聞の一面には世界樹の写真とともに鎖で体を縛られたソラの姿があった。


 リンリは思わずドラゴから新聞を奪う勢いで手に取り、記事を速読する。


 【ローエルフ大罪を犯す】

 七大神樹の一つである世界樹の根の一部を、魔力を持たないローエルフが盗み、不法に侵入した魔族と思われる二人組に渡したことが森静魔導隊の調査で明らかになった。世界樹の管理者であるクライトール族の長老は「これまで生かしておいてやった恩を仇で返された」と発言。大罪人であるローエルフの処刑は、十七月四十三日の朝九時より世界樹の湖で執り行われる。


 リンリはまだ寝ていたバハムを叩き起こし、新聞を突きつけた。


「ん? これはいかん」


 バハムは寝間着のまま居室を出ると、城内に響き渡る大声で号令を発した。


「魔法を扱える者は全員、城の庭に集まり、転移魔法の準備をしろ。行き先はエルフの森だ。これは王令である。繰り返す――」


 魔王軍魔導隊のみならず、文官でも魔法が使える者は全員、仕事を投げ出して庭へ向かう。


「バハム、私は厨房にいますので、準備が整ったら呼んでください」

「わかった。俺は、そうだな、とりあえず着替えるか」


 厨房に戻ったリンリは流水で手を洗い、ベルゼがこれまで見たことのないほどのスピードで料理を始めた。野菜を切る、米を炊く、肉を焼く、それらを一度にしている。


「リンリちゃん、王令で城が慌ただしいけど、今日の献立、変更する? ってどうしたの? そんなにお米炊いて」


「いいところに来ました、ティア。手伝ってください」


 ティアが首を傾げる。


「珍しいね、リンリちゃんが自分から手伝ってなんて。どうしたの?」


「私たちに世界樹の根をくれたエルフが、ソラがもうすぐ処刑されます」


 ティアの顔色が変わる。


「わかった。私も作る。えっと、魔法耐性のある食材で、えっと、どうしよう」


「あらゆる状況に対応できるよう、できるだけたくさんのおにぎりを持っていくつもりです。ティア、あなたは回復系の食材を具にしてください」


「了解」


 早炊きした硬めの米を手に広げ、邪竜の肉をのせて包むように握る。リンリが戦闘用のおにぎりを作る一方で、ティアは精霊湖の小魚の佃煮を具にして回復用のおにぎりを作っている。


「わしにもやらせろ」


 杖をついてよろめきながら厨房に入って来たのは、料理長ドラゴだった。


「おじいちゃん、寝てなきゃダメだよ。そんな体で料理なんて」

「どんな体であろうと、握り飯の一つぐらい作れる」


 ドラゴはそう言うと、杖を手放した。洗った手のひらに塩をこすりつけ、米をつかみ、力強く握る。


「おじいちゃん、具は?」

「ふんっ。わしのはただの塩にぎりよ。これで充分うまいのだ」

「でもそれじゃあ魔王様の戦いの役に立たないじゃん」

「バカを言え。役に立つわ。まったく。何だ、お前たち、その握り方は。いいか? こうやるんだ」


 ドラゴはリンリの背後に立つと、その手を包むように握った。


「こうだ、力を入れろ。食べた者が気力を吹き返すよう祈りながら握るのだ」

「はい」

「そう。それでいい。リンリ、この握り方をよく覚えておけ。きっといつか、お前の役に立つ」


 ドラゴのその声は料理長とは思えないほどにやさしかった。


「この先、つらいことがあったら、握り飯を食え。そしてわしを思い出せ。お前は、わしが認めた料理人だ」

「はい」


 リンリは目に涙をためて答えた。


「ティア、お前もここに来い」

「う、うん」


 ティアは米をのせれるだけ手のひらにのせ、ドラゴの前に立った。


「いいか? 強く握れ」

「こう?」

「もっと強くだ」


 ティアの小さな手をドラゴの大きな両手が包み、握る。


「なんか、変な感じ」

「何がおかしい? 料理に集中しろ」

「してるよ。ただ、こんなに大きいおにぎり作ったの初めてで、おかしくて」

「お前は本当にいつも楽しそうに料理を作るな」

「だって楽しいんだもん」


 ドラゴは目を閉じる。


「そうか、楽しいか」

「うん」

「リンリの言うことをちゃんと聞くんだぞ」

「うん。わかってるって」

「わしよりうまい料理を作れ」

「うん。あ、できたっ」


 おにぎりが完成したとたん、ドラゴの体が大きく揺れた。リンリは咄嗟に体を入れて、倒れそうになったドラゴの体を支える。


「おじいちゃんっ」


 苦しそうにせき込むドラゴをリンリとティアで病室へと運びこみ、ベッドに寝かせる。


「わしのことはいい。厨房にさっさと戻れ」

「ティア、あなたはここにいなさい」

「ティアも厨房に戻れ。おにぎりを作れ。エルフを相手にするならたくさんいる」

「ティアはここに残りなさい」

「リンリ、わしに逆らう気か?」

「はい」


 リンリは動じずに言った。するとドラゴは長く息を吐きながら、力なく言った。


「そうか、わかった。お前の判断に従おう」


 リンリが病室を出てすぐバハムの声が城に響いた。


「リンリ、転移魔法の準備が整ったぞ。至急、庭園に来い」


 風呂敷に作ったおにぎりをすべて包み、片手に提げ、城と正門の間に広がる庭に行くと、巨大かつ複雑な魔法陣が地面に描かれていた。その中心に紫色のマントを羽織ったバハムが鎮座していた。見たところ、武器は装備していない。


「魔剣は持って行かないのですか?」

「うむ。斬るより殴りたい気分だからな」


 バハムは練り込み溜めた巨大な魔力とともに立ち上がった。


「よし。発動しろ」


 魔法陣を囲むように立ち並ぶ魔導士たちが一斉に呪文を詠唱し始めた。百人以上の声が重なり、虚ろな響きを帯びる。


 魔法陣が光り、ベルゼの視界は真っ白になった。

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