ソラ・クライトール
湖の中心に位置する島の境界線は、黄金色の結界で囲まれており、侵入は不可能と思われた。バハムが手を入れようとすると、雷がほとばしり、その手を弾いた。焦げつく指先をこすり合わせながら、バハムは唸る。
「まったく。俺はこういう小賢しい魔法が大嫌いなのだ。リンリ、この結界を突破する方法は?」
「私もあなたも魔法のスペシャリストではありません。この結界を解除するのは難しいでしょうね」
「そうか。ならば力技で行くしかあるまい」
「そこで何をしている?」
振り返ると、翠色の外套に身を包み、杖を構えたエルフが立っていた。外套の襟には鹿をモチーフにした徽章が付いている。
「森静魔導隊二番隊副隊長インカ・テイリオだ。問う。そこで何をしている? 人間」
「どちらか選ぶがよい」
「?」
「世界樹の根を俺たちに差し出すか、今ここで死ぬか」
インカの顔が蒼白となり、早口で呪文を唱えた。バハムとリンリ、二人の体が光の鎖で拘束される。
「死ぬのは貴様らだ」
光の弓を引くインカ。放たれた矢は、湖面を切り裂いてバハムの首元を貫いた。かに見えた。
木を砕くような硬い咀嚼音とともに、バハムはかみ砕いた矢を吐き出しながら言う。
「なるほど。この程度か」
魔力をまとい膨れ上がった体に光の鎖がちぎれ飛ぶ。
「なっ」
インカが驚愕した一瞬で距離を詰めたバハムは、拳を繰り出した。何の小細工もないただの正拳突き。しかし、拳にまとわせているばかでかい魔力は、一撃で敵を沈めるに足るものだった。
「やはりぬるいな、魔導士は。力こそパワーだということがわかっていない」
「バハム、急ぎましょう。集まられては厄介です」
「うむ。さっさと結界を破るとするか」
バハムは結界を殴った。一撃、二撃、三撃。結界は雷をほとばしらせ、バハムの拳を跳ね返す。
「硬いな。どれ。本気で行くか」
拳に魔力をためていると、不意に後ろから声がかかった。
「あの、その結界を破ることは不可能かと」
立っていたのは、胸元まで長い金髪を垂らした女のエルフだった。
「何だ? その男の仲間か? いや、違うな」
森静魔導隊であるはずはなかった。そのエルフの女からは一切の魔力が感じられなかった。
ベルゼははたと気づく。エルフの女の瞳が琥珀色をしていることに。
「申し遅れました。私は、ソラ・クライトール。世界樹を管理している一族の、出来損ないでございます」
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さらに一口、とはいかなかった。
ベルゼは匙を置き、一息ついた。
「どうされたのです? おかゆはまだ残っています」
「そうだな。しかし、ここらへんでやめておこう」
「なぜです?」
「ぼくは君のことが知りたい。それは本当だ。けれど、父や母、そう、特に生前の母のことを知るのは、気が引けるのだ」
「そんな理由で私が作った料理をお残しになるのですね」
刺すような一言にベルゼは苦笑する。
「そんなことを言われては、食べぬわけにはいかないではないか」
「お召し上がりください。最後の一粒まで」
「珍しいじゃないか。君は、今日の今日までぼくに食事を強制することなどなかったはずだ」
「強制しなくとも、食べてくださいました」
「君の料理はおいしいからな。この天空米のおかゆも今まで食べたもののなかで一番おいしい。しかしリンリ、正直に話すと、ぼくは怖いのだ」
リンリは無言のままベルゼを見つめた。
「母は、ぼくが生まれるのと同時に死んでしまったし、父は、母の死因となったぼくのことを疎ましく思っていたはずだ。このおかゆのもたらす記憶によって、自分が愛されていなかったという答え合わせがなされてしまう。それが怖いのだよ」
ベルゼの吐露に、リンリは首を横にも縦にもふらなかった。
「どちらにせよ、私はおそばにいます。だからどうか、お召し上がりください」
ここで強く拒めば、リンリはおかゆをさげるだろう。ぼくは魔王だ。この城では誰もぼくには逆らえない。しかしそんなことをすれば、ぼくは今後、リンリの料理を食べても、おいしいと感じることができなくなるだろう。それに、料理を残すことで、リンリにさえ嫌われてしまえば、ぼくは終わりだ。
ベルゼは意を決して匙におかゆを乗せ、口に運んだ。
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