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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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ソラ・クライトール

 湖の中心に位置する島の境界線は、黄金色の結界で囲まれており、侵入は不可能と思われた。バハムが手を入れようとすると、雷がほとばしり、その手を弾いた。焦げつく指先をこすり合わせながら、バハムは唸る。


「まったく。俺はこういう小賢しい魔法が大嫌いなのだ。リンリ、この結界を突破する方法は?」

「私もあなたも魔法のスペシャリストではありません。この結界を解除するのは難しいでしょうね」

「そうか。ならば力技で行くしかあるまい」

「そこで何をしている?」


 振り返ると、翠色の外套に身を包み、杖を構えたエルフが立っていた。外套の襟には鹿をモチーフにした徽章きしょうが付いている。


「森静魔導隊二番隊副隊長インカ・テイリオだ。問う。そこで何をしている? 人間」

「どちらか選ぶがよい」

「?」

「世界樹の根を俺たちに差し出すか、今ここで死ぬか」


 インカの顔が蒼白となり、早口で呪文を唱えた。バハムとリンリ、二人の体が光の鎖で拘束される。


「死ぬのは貴様らだ」


 光の弓を引くインカ。放たれた矢は、湖面を切り裂いてバハムの首元を貫いた。かに見えた。


 木を砕くような硬い咀嚼音とともに、バハムはかみ砕いた矢を吐き出しながら言う。


「なるほど。この程度か」


 魔力をまとい膨れ上がった体に光の鎖がちぎれ飛ぶ。


「なっ」


 インカが驚愕した一瞬で距離を詰めたバハムは、拳を繰り出した。何の小細工もないただの正拳突き。しかし、拳にまとわせているばかでかい魔力は、一撃で敵を沈めるに足るものだった。


「やはりぬるいな、魔導士は。力こそパワーだということがわかっていない」

「バハム、急ぎましょう。集まられては厄介です」

「うむ。さっさと結界を破るとするか」


 バハムは結界を殴った。一撃、二撃、三撃。結界は雷をほとばしらせ、バハムの拳を跳ね返す。


「硬いな。どれ。本気で行くか」


 拳に魔力をためていると、不意に後ろから声がかかった。


「あの、その結界を破ることは不可能かと」


 立っていたのは、胸元まで長い金髪を垂らした女のエルフだった。


「何だ? その男の仲間か? いや、違うな」


 森静魔導隊であるはずはなかった。そのエルフの女からは一切の魔力が感じられなかった。


 ベルゼははたと気づく。エルフの女の瞳が琥珀色をしていることに。


「申し遅れました。私は、ソラ・クライトール。世界樹を管理している一族の、出来損ないでございます」


******************************************************************


 さらに一口、とはいかなかった。

 ベルゼは匙を置き、一息ついた。


「どうされたのです? おかゆはまだ残っています」

「そうだな。しかし、ここらへんでやめておこう」

「なぜです?」

「ぼくは君のことが知りたい。それは本当だ。けれど、父や母、そう、特に生前の母のことを知るのは、気が引けるのだ」

「そんな理由で私が作った料理をお残しになるのですね」


 刺すような一言にベルゼは苦笑する。


「そんなことを言われては、食べぬわけにはいかないではないか」


「お召し上がりください。最後の一粒まで」


「珍しいじゃないか。君は、今日の今日までぼくに食事を強制することなどなかったはずだ」


「強制しなくとも、食べてくださいました」


「君の料理はおいしいからな。この天空米のおかゆも今まで食べたもののなかで一番おいしい。しかしリンリ、正直に話すと、ぼくは怖いのだ」


 リンリは無言のままベルゼを見つめた。


「母は、ぼくが生まれるのと同時に死んでしまったし、父は、母の死因となったぼくのことを疎ましく思っていたはずだ。このおかゆのもたらす記憶によって、自分が愛されていなかったという答え合わせがなされてしまう。それが怖いのだよ」


 ベルゼの吐露に、リンリは首を横にも縦にもふらなかった。


「どちらにせよ、私はおそばにいます。だからどうか、お召し上がりください」


 ここで強く拒めば、リンリはおかゆをさげるだろう。ぼくは魔王だ。この城では誰もぼくには逆らえない。しかしそんなことをすれば、ぼくは今後、リンリの料理を食べても、おいしいと感じることができなくなるだろう。それに、料理を残すことで、リンリにさえ嫌われてしまえば、ぼくは終わりだ。


 ベルゼは意を決して匙におかゆを乗せ、口に運んだ。

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