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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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エルフの森

*********************************************************

 大きな手に握られた小さな紙片を見て、バハムがつぶやく。


「最後の材料は、世界樹の根っこか。ローザも無茶を言う」


 紙片には、鎮痛薬の精製に必要な材料が箇条書きにされており、確かにリストの最後に世界樹の根っこと書いてある。


 今、リンリとバハムの目の前には、光り輝く森が広がっていた。迷いの森と違って瘴気は感じられない。むしろ瘴気とは対極の神々しい何かを感じる。


「まさかエルフの森に足を踏み入れることになるなど思ってもいなかったぞ」

「バハム、待ちなさい」


 森へ入ろうとしたバハムの足が、見えない何かに弾かれた。


「結界か」

「これを。ローザ様が作ってくださいました」


 リンリが取りだしたのは薬瓶だった。中の液体は曇り空のような灰色をしている。識別種族誤認薬だ、とベルゼは思った。


「識別種族誤認薬です。飲めば、魔力が変質し、誰も私たちを魔族として認識できません。結界にも有効なはずです」

「なるほど」


 薬を飲んだバハムが舌を出す。


「苦い。何か口直しはないか?」

「そんなものはありません」


 そう言ってリンリも薬を飲む。二人の体から出ている魔力の印象ががらりと変わり、魔族ではなく、人間だとしか思えなくなった。


 結界を突破した二人は、エルフの森の中心部へと歩を進めた。澄んだ水の流れる小川を越え、色彩あふれる鳥のさえずりを浴び、黄金に輝く林檎をもぎとり齧る。エルフの森は魔力で満ち溢れており、動植物も安全で綺麗なものばかり。まさに楽園と言って差しつかえない環境だ。


 道中、数人のエルフとすれ違い、呼び止められた。


「人間か? 私たちの森に何の用だ?」

「何の用かだと? 決まっておるだろう。薬の材料としてあの世界――」


 リンリがバハムの背中をつねった。


「く、薬の材料を買いに来たのだ、ついでに観光もしようかなと考えている」

「なるほど。できれば薬の材料を買い次第、すぐに森から出ていってくれると助かる。貴様ら人間は生きているだけで森を汚すからな。まあ、存在そのものが汚らわしい魔族よりはマシだが」

「なんだとっ、あいたっ」


 リンリがバハムの背中の肉をつまんでねじる。


「かしこまりました。用を終え次第、森を出ましょう」

「そうしてくれ。この神聖な森はエルフのものだからな。魔力の少ない貴様ら下等生物が物見遊山で長期滞在していい場所ではないのだと肝に銘じるように」


 冷徹な一瞥をくれると、エルフたちは冷笑とともに去った。


「何だ、あいつらは。とんでもなく失礼なことを言いおって」


「あれがエルフです。人間や魔族に比べて魔力量が圧倒的に多く、それゆえに自分たちこそ神に選ばれた種族だという選民意識が強い」


「ふん。魔力量が多いから偉いなどという考えは、俺から言わせればバカバカしい。戦の勝敗は、魔力の量で決まらず。最後は心が強い方が勝つのだ」


 豪語していると、またエルフが通りすがりに冷笑を浴びせた。


「まったく。言われなくともこんな嫌味な奴らの多い森は、いただくものさえいただいたらとっとと出て行ってやるわ」


「そうしたいのはやまやまですが、世界樹は厳重に管理されているはずです。まずは情報収集から始めましょう」


 エルフの森の中心部は、巨大な樹木が乱立していた。人工的な建物は見当たらず、樹木の中身がくりぬかれ、家や公共施設やお店になっているようだ。


 リンリとバハムは、観光を司る大木の中に入り、エルフの森のパンフレットを受け取った。パンフレットは神様用、天使様用、亜人用、人間用と何種類かあり、人間用が最も分厚く、エルフの森での禁止事項及び注意事項が百ページにわたって細かな字で記されていた。


「魔族用はないのか?」


 バハムが尋ねると、職員は目を細めた。


「あるわけないだろう。魔族は結界でこの森に入れないからな。過去に結界をかいくぐって侵入した魔族がいないこともないが、そいつらは全員、森静しんせい魔導隊によって速やかに抹殺されている。人間、貴様らも気をつけろよ。下等種族は分をわきまえて行動するんだぞ」


 バハムは低く唸り、リンリの肩を抱き外に出た。


「森静魔導隊というのは、俺たちの存在にも気づいているだろうか?」


「ローザ様の薬はちゃんと効いています。ただ、その魔導隊の調査力がどの程度なのかは、わかりません。もしも見つかったら、戦闘は避けられないでしょうね」


「そうだな。まあ、俺としても、このような者たちの住むこのような森ならば、滅ぼしても心は一向に痛まん」


 その言葉からはバハムの自信がうかがえた。


「パンフレットによると、世界樹は森の中心部から少し外れた湖畔のそばに生えているそうです」


 歩きながら、バハムがパンフレットを広げる。


「なになに。『世界樹はエルフの森に現存する七大神樹のうちの一つであり、かつては天界を支えるほどに巨大であった。しかし、千年前の戦争の際、邪悪なる魔帝により幹を切断されてしまい、力を失いつつある。世界樹の枝が再び天界に達するそのときまで、厳重に保護・管理することが憲法により義務付けられている。そのため、神様及び天使様以外の何人たりともこれに近づくこと、触れることを禁ず。世界樹管理局局長兼森静魔導隊隊長カフカ・クライトール』つまり、どういうことだ?」


「つまり、世界樹の根を手に入れるには、少々強引な手段を使うしかないということです」


 木々が開けた場所に湖が現れた。透き通る湖面はそよ風にかすかに波を立てている。


 世界樹は、湖の中の小さな島から生えており、その巨大な幹は斜めに切断されていた。断面には熱い魔力が渦巻いており、樹の成長を阻害している。


「さてどうやって島に渡るか」

「浅いので、歩いて行けるかもしれません。バハム、あなたはここで待っていてください」


 リンリが湖に足を入れ、進みだす。


「あ、ちょっと待て、待つのだ」


 水しぶきをあげてバハムが追いかける。


 湖は確かに浅かった。それでもひざぐらいまでは浸かってしまっていた。突然、リンリがバランスを崩した。声を上げる間もなく倒れかけたそのとき、バハムがリンリの脇の下に手を入れ、体を支えた。


「気をつけろ」


 リンリはバハムをまじまじと見て、


「ありがとう」


 とつぶやいた。それからすぐに前を向くと、さきほどよりも速いスピードで島に向かって歩き出した。


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