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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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ハイウルフの生き残り

********************************************

 魔王城の大広間に並ぶ料理の数々に、魔族たちが驚嘆の声を上げている。


「これが魔王城筆頭料理人ドラゴ・オーシャンテリアの料理か」

「早く食したいものだ」

「戴剣式が終わってからよ」


 戴剣式。その言葉には聞き覚えがあった。バアル城の魔王は、代々、魔剣を受け継ぐことになっている。今の王から次の王へ魔剣を渡す、それはすなわち、王位を譲ることを意味している。


 壇上に物々しい魔力をまとった男が現れた。髪の毛がひげとつながっていて、ライオンのたてがみのようになっているその顔を、ベルゼは肖像画で見たことがあった。


「あれがおじい様か」


 名をガノフ・バアル。熾天使を討ち取るほどの強さで、バアル領の拡大に貢献した。


 つづいて、大股で出てきたのは、ベルゼの父、バハム・バアル。リンリと出会った頃はまだ少年だったのに、今や二メートルを超える巨体となっていた。


「これより、戴剣式を執り行います」


 ガノフが魔剣を鞘から抜き、その刀身を下から上まで眺め、ゆっくりとうなずくと、再び鞘にしまい、横にして両手に持ち、掲げた。バハムはひざまずき、首を垂れた。両手を差し出す。


「あとを頼むぞ」


 そう言って、ガノフは魔剣とともに王位をゆずりわたした。バハムの表情は、下を向いていて見えなかった。


「これにて、戴剣式を終了します。のちほど新魔王があいさつに伺いますので、それまで料理を楽しみ、ご歓談ください」


 ベルゼはつばを飲み込み、思わずからあげの山に手を伸ばしたが、手は虚しくすり抜けるだけだった。


 リンリは大広間の壁に沿って並ぶ大鍋の間を行き来して、給仕をしている。そこへ剣をかついでバハムがやって来た。


「フハハ。リンリ、ついにこの日が来たぞ」

「おめでとうございます」

「しかし、今日の料理もうまそうだな。どれ、このかぼちゃのスープをいただこうか」


 そう言ってバハムが大鍋ごと持ち上げたそのとき、


「待て待て。妾もそのスープが飲みたいのじゃ。全部飲むでないぞ」


 声を発した人物を見て、バハムはすぐに鍋を下ろした。


「これはこれは、キレイラではないか」

「これ。呼び捨てにするでない。旧知の中とはいえ、こういう場では、キレイラ様と敬うのじゃ」


 言うやいなや、キレイラは鍋に自身の尾を差し込んだ。すると、みるみるうちにかぼちゃのスープが減っていく。


「あー、うまい。バアル城の料理はどれも絶品なのじゃ」


 キレイラの尾は蛇であり、口もついている。だからキレイラは人の二倍のスピードで食事をとることができる。


「晴れて魔王に即位したそなたに渡したいものがあるのじゃ」

「ほう」


 キレイラの従者が慌ただしく動き、大広間に檻が運び込まれた。中にいたのは、ベルゼもよく知る白い狼、ロスだった。しかし、今より体が小さく、やせている。


「これは、ウルフか」

「ただのウルフではない。ハイ・ウルフじゃ」

高位狼ハイ・ウルフだと? どこで拾った?」

氷刃谷ひょうじんだにじゃ。やけに雷が鳴っておるなと思い、行ってみたら、こやつを見つけた」


 バハムは首をひねる。


「狼ならば群れで行動するはずだが、他のウルフやハイ・ウルフはどうした?」

「みんな死んでおった。雷に焼かれてな」

「熾天使か」

「十中八九そうじゃろう」


 熾天使は時折、明確な殺意をもって下界に雷を降らせる。対抗できるのは、魔王ぐらいなもので、普通の魔族や魔獣はなすすべもなく焼き殺されるしかない。


「このハイ・ウルフをそなたにやろう」

「よいのか? ハイ・ウルフなどめったに手に入るものではないだろう?」

「よい。妾のもとに置いておいても、こやつは死ぬだけじゃ。しかしこの城ならば、望みがあるかもしれぬ」

「どういうことだ?」


 キレイラがため息をつく。


「食べんのじゃ。何も」


 檻の中のロスは骨が浮き出るほどに痩せている。目にも生気はなく、虚ろなまなざしでここではないどこかを見ている。


 バハムは料理長であるドラゴを呼び、事情を話した。すると、ドラゴは咳きこみながらリンリを手招きした。


「リンリ、このハイウルフは群れでたった一匹生き残ったそうだ。なのに、何も食べないと言う」


 リンリはロスのことをじっと見つめた。それからおもむろに口を開いた。


「ドラゴ料理長」

「何だ?」

「このハイウルフのことは、私に任せていただけないでしょうか?」

「いいだろう。責任をもってお前が面倒を見ろ」

「はい」


 リンリは厨房に消え、しばらくして料理の入った器を手に戻って来た。ベルゼは背伸びして器の中身を確認した。ポトフだった。具は、じゃがいも、ウインナー、ブロッコリーに玉ねぎ、そして鮭の切り身。


「すみません、檻を開けてください」

「いくら弱っているとはいえ、ハイウルフじゃ。餌やりは武装した兵士にさせた方がよい」

「いえ、私が行います」


 一介の料理人が魔王キレイラに口答えしたことに空気がぴりついた。しかし当のキレイラ本人は面白いものを見るかのように笑っている。


「腕を食いちぎられても知らんぞ」

「かまいません」


 檻を開錠する音が硬く響いた。リンリはしずかな足取りでロスのもとに行くと、ひざまずいた。器から立ち上る湯気の匂いに、ロスの鼻がぴくりと動く。虚ろだった目がほんのわずかに光を取り戻した。


「お食べ」


 ロスの瞳の中にリンリの顔が映る。そして、リンリの瞳の中にもロスの顔が映っていた。


 ロスは小さく鳴くと、下を出してポトフをひとなめし、それから、あごを動かしてじゃがいもやサケの切り身を喰らいだした。


「おおっ」


 檻は歓声と拍手に包まれた。絶滅の危機に瀕しているハイウルフの生き残りが食事を摂ったというのは、すべての魔族にとって喜ばしいことなのだ。


「そなた、名をなんという?」


 空になった器を持って檻から出てきたリンリにキレイラは問うた。


「リンリ・ルルコースと申します。ドラゴ・オーシャンテリアの弟子のひとりにして、この城の副料理長でございます」


 キレイラが歯を見せて笑う。


「気に入った。そなた、我が城の料理長にならぬか? 俸給ははずむぞ」

「なっ、ダメだダメだ。リンリはこの城の料理人なのだからな。勝手に引き抜くでない」


 慌ててリンリとキレイラの間に体を入れるバハム。


「何をそんなに慌てておる? 冗談じゃ、冗談。しかし気に入ったのは本当である。この城に嫌気がさしたらいつでも我が城に参るがよい」


「この城に嫌気がさすだと? そんなことにはならぬ。俺が魔王として君臨する限り、そんなこと、絶対にさせぬからな」


 拳をふって熱弁するバハムを見上げ、リンリはかすかに笑みをこぼした。

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