ティアには内緒
*********************************************************
「私も行くっ」
ティアが馬車のステップに足をかけると、ドラゴの大きな手が行く手を阻むように伸びた。
「お前は留守番だ。今週の買い出しには俺とリンリで行く」
「私も行くもん。リンリちゃんもその方が絶対楽しいもん」
「お前は、厨房で夕食に出すスープを作っていろ。どんなスープにするかは任せる」
「行きたい行きたい行きたい行きたい行き――」
「ダメだ」
音を立てて扉を締めると、ドラゴは馭者に馬車を出すよう命じた。みるみるうちに城門に残されたティアの姿が小さくなっていく。
「よかったのですか?」
「かまわん。あいつにはまだ早い。己の体調管理もできない未熟者だ」
前回の記憶の風邪のことを言っているのだとベルゼは思った。
馬車の窓からの景色をちらりと見て、リンリに視線を戻し、ドラゴは言う。
「先日はすまなかったな。一人で皿洗いをさせて」
「いえ」
ドラゴがため息をつく。
「お前は逆に手がかからなすぎる。風邪の一つでもひいていいんだぞ」
「風邪をひけということでしょうか?」
「いや、わしが言いたいのはだな」
ドラゴが頭をかく。それからまたため息を吐き、窓を全開にした。さわやかな秋の風が馬車の中を吹き抜けていく。
「見ろ」
ドラゴに言われてリンリは窓の外を見た。陽の光を浴びて黄金色に輝く稲穂が広大な土地を埋め尽くしており、吹き渡る風に従って波のように揺れている。
「ここらは大陸でも随一の穀倉地帯だ。収穫を迎えたら、多種多様な品種の米が城に集まって来る。来月のお前の課題は、米だ。品種ごとの特性を理解し、作る料理に最適な米を選べるようになれ」
「かしこまりました」
しばらく農道を進み、馬車が停まったのは、小さな農村の直売所だった。いもやにんじん、かぼちゃといった野菜を見て回る二人。
「ドラゴさん、仕入れかい?」
泥にまみれた作業服を着た初老の男性が声をかけてきた。
「かぼちゃを買いに来た。それと芋も大量に買おうと思っている」
「そうかい。おや、そっちの子は?」
「お初にお目にかかります。バアル城料理人リンリ・ルルコースと申します」
「ああ、あんたがリンリちゃんかい。ドラゴさんからよく話は聞いてるよ。優秀なんだってね?」
リンリがドラゴの方を見る。ドラゴはまばたきもせず見返す。
「何だ?」
「何でもありません」
「まあ、野菜、いろいろ見ていってよ。ドラゴさんなら安くしとくからさ」
「恩に着る」
ドラゴは野菜を仕入れる際のポイントを説明しながら直売所の中を一周した。店員を呼び、野菜を指さしながら金貨をわたす。
二人は購入したかぼちゃと芋を馬車の荷台に積み、農村をあとにした。
「城に帰る前に東の牧場に寄ってくれ」
ドラゴが馭者に言った。
「牧場でも何か買うのですか?」
「いや、目当てのものがあるわけじゃない。ただまあ、せっかく近くまで来たからな」
牧場に着くと、柵の向こうに何十頭もの牛がたたずんでいた。なだらかな丘陵地帯には塔のような貯蔵庫が点在している。
牧場の中でもひときわ目を引くレンガ造りの建物では、ソフトクリームが売られていた。
「二つくれ」
銅貨と引き換えにソフトクリームを手にしたドラゴは、その一つをリンリに手渡した。
「ティアには内緒だぞ」
意外だったのだろう。リンリは一瞬フリーズし、それからソフトクリームを両手で受け取った。
牧場の空と大地が見渡せるベンチに座り、ソフトクリームをなめるふたり。
「おいしいです」
「ああ」
ドラゴの答えた声は、陽光のように温かかった。
***********************************************************




