皿洗いの夜
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厨房にランタンの明かりが灯っている。リンリがうつむいて皿を洗っている。さきほどの記憶よりもいくぶん背が伸びている。
「何だ、こんな深夜に? ひとりで皿洗いか?」
現れたバハムにリンリは視線を飛ばし、それからまた皿に視線を戻し、流水で泡を注ぐ。
「ドラゴとティアはどうした?」
「ティアは風邪で寝込んでいます。料理長はその看病」
「なるほどな」
バハムは立ち去らず、じっとリンリの手元をのぞき込んでいる。
「何か?」
「いや、夕食の余りとか、残ってないかと思ってな。ガハハ」
「夕食は食べたでしょう?」
「それはそうだが、今日はなんだか夜食を食べたい気分なのだ」
リンリは蛇口を締めて水を止めた。
「少し待ってなさい」
リンリは鍋に水を張り、火炎魔法で沸騰させ、うどんをさっとゆでた。しょうゆやみりんで味付けし、梳いた卵を混ぜ入れ、最後に薬味の小葱を切り、振りかけた。
「卵うどんです」
どんぶりに並々についで、バハムの目の前の調理台に置く。
「それを食べたら、帰りなさい」
すぐに皿洗いを再開したリンリにバハムは礼を言い、箸でうどんを上げ、息を吹きかけ、一口すする。
「うむ。うまい。うまいぞ」
「そうですか」
「これを食べ終えたら、皿洗いを手伝ってやろう」
「けっこうです。これは私の仕事ですから」
「普段は、ドラゴとティアと三人でやる仕事だろう?」
「次の魔王になる人に皿洗いをさせたなどという噂が流れては困るのです」
「ガハハ。気にするな。そんな噂が流れたところで俺はいっこうに困らん」
「あなたは困らなくても、私が困るのです」
バハムはうどんを一気にすすり上げ、スープを飲み干すと、リンリの横に立ち、空になったどんぶりを洗い始めた。
「バハム。やめなさい」
「いいではないか。どうせ誰もいない」
自分が食べた分のみならず、次々と食器を洗っていくバハムを見て、リンリは顔をしかめる。
「私がほかの臣下に陰口を言われてもいいと言うのですね、あなたは」
「そのときは、俺がそいつらをぶっ飛ばしてやろう」
「まったく」
そう言いながらも、窓から差し込む月光に照らされたリンリの表情はどこかやわらかかった。
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