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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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今日からお前は

「今日からお前は、このバアル城厨房で働く料理人だ。一切の甘えは、わしが許さん」


 コック帽をかぶった、図体のでかい男が仁王立ちして言い放った。その目は竜のように鋭く幼いリンリをにらんでいる。


「よろしくお願いいたします」


 リンリは光のない目で無気力にそう呟いた。そこに駆け寄って来る一人の少女。


「私、ティア、よろしく、リンリちゃん。おじいちゃん厳しいけど、一緒にがんばろうね」


 ティアはそう言うと、リンリの手を握り、ぶんぶん振った。


「よろしくお願いいたします」


 感情の無い声で答えるリンリ。


「よし。まずは今日の昼食をティアと作れ。わしはわしでお前らとは別に昼食を作る。どちらの料理がより多く城の者に食べられたか、真剣勝負だ」

「はいはい、おじいちゃんに質問」

「料理長と呼べ」

「料理長、昼食は何を作ればいいですか?」

「なんでもいい。ただし、まずい料理はダメだ。わしが作るよりもうまい料理を作れ」

「よーし、がんばるぞ」


 料理長とは別の調理台に移動し、リンリとティアは話し合う。


「何作ろっか? リンリちゃん、好きな料理とかある? たしか実家は料理店だったんだよね?」


 一瞬、リンリの目が揺らいだ。しかしその目はすぐに黒く塗りつぶれてしまう。


「私はまだこの厨房の勝手がわかっていません。今日のところは、何を作るか、ティアさんに決めていただきたいです。私は指示に従います」


「よーし、じゃあ、カレー、カレーにしよ。私、カレー大好き」


 リンリとティアが危なっかしい手つきで具材を切っていくのを見守りながら、ベルゼは不思議な気持ちになっていた。自分と同じぐらいの年齢のリンリが目の前にいることが信じられなかった。


 昼のチャイムが鳴り、食堂に臣下たちが押し寄せた。厨房から食堂に向かって、料理長が叫ぶ。


「今日の料理は、わしが作ったミートスパゲティとこのガキどもが作ったカレーライスだ。どちらか好きな方を取れ」


 列の先頭にいた兵士は、首を伸ばして二つの料理を見比べた。ミートソースがこんもり乗ったスパゲティのそばには湯気立つコンソメスープ、春キャベツのサラダの小鉢、そしてデザートに一口大のショコラ。一方、リンリたちの皿は、見るからに具が大きいカレールーがどろりとかかったカレーライスのみ。


「ミートスパゲティ」

「よし。持ってけ」

「こっち」

「残さず食えよ」

「悪いね。料理長の方で」

「悪くなどない。食べたい方を取れ」

「カレーはいいや。ミートスパゲティ」


 臣下たちが料理長と話す横で、鼻をすする音がした。見ると、ティアの目がうるんできている。


「一生懸命、作った、のに」


 その呟きを料理長が一喝する。


「料理人ががんばるのは当たり前だ。お前たちの料理が選ばれないのは、お前たちの料理が俺の料理よりもまずいからだ。選ばれたければ、うまい料理を作れ」


「そんなの、む、無理に決まってるじゃんっ。だっ、だだだって、おっ、おじいちゃんは魔王城筆頭料理人っ、なのにっ、子どもの私たちがおおおおじいちゃん以上の料理なんて作れるわけないじゃんっ」


 つっかえながらそう言うと、ティアはそばにいたリンリに抱き着き、エプロンに顔をうずめて盛大に泣き始めた。それを見て、食堂に来た臣下たちは肩をすくめて笑っている。


「わしが魔王城筆頭料理人であるかどうかなど関係ない。何だ、お前は。自分がどれだけがんばっただとか、自分がまだ子どもであるとか、さっきから自分のことばかり。料理人ならば、もっと自分以外のことを考えろ」


「おい、ドラゴさん、そこらへんにしといてやれよ」


「うるさい。わしの指導に口を出すな。いいか、ティア、それにリンリ。この城はお前たちのためにあるのではない。魔王様のためにあるのでもない」


 リンリがわずかに首をかしげる。ベルゼはわずかにうなずいた。


「この城は、魔王様が統治する領民たちのために存在しているのだ。バアル城の魔王様は民のために政治を行う。そして、今、飯を喰らっている臣下どもは民のために働く魔王様を支える仕事をしている。午後からもいい仕事をするためには、半端な料理ではなく、元気が出るうまい料理が必要だ。貴様らのカレーでは、午後の仕事を乗り切れないというこいつらの判断は正しい」


「おお、今日はミートスパゲティか。何だ、カレーもあるじゃないか」


 陽気な声がドラゴの説教に割って入った。その声の主は、ベルゼとそっくりな顔で言う。


「両方もらおう」

「バハム、どちらか一方を選べ」

「嫌だ。大丈夫だ。俺の胃袋は無限大だ。残したりはせん」

「まったく。食い意地だけは一人前だな」


 料理長からミートスパゲティセットの乗ったお盆を片手に受け取ると、もう一方の空いている片手をバハムはリンリの方へと差し出した。瞬間、バハムの赤い目が見開かれる。


「ああ、お前は、あのときの。そうか、今日から料理人として働くのか」

「はい。助けていただき、ありがとうございました」

「わはは、そうかしこまらないでいい。当然のことをしたまでだ。あ、大盛で頼む」

「はい」


 少年の手にしては大きな手のひらにカレーライスを盛ったお皿を乗せるリンリ。


 嗚咽しながら、リンリのエプロンで鼻をかんでいるティアを見て、バハムが大鍋をのぞきこむ。


「何だ、まだまだルーも米も残っているじゃないか。お代わりし放題だな。ガハハ」


 バハムは席に着くと、食堂全体に響き渡るような音を立てて合掌し、「いただきます」と言った。大口を開けて、がつがつとカレーライスを、ミートスパゲティを「うまい、うまい」と言いながらたいらげていく。三分もしないうちに食べ終えたバハムは再びリンリたちのところに戻ってきて、あっけらかんとした表情で言った。


「お代わりだ。鍋ごともらおう」


 リンリはきょとんとして、それから、一瞬だけくすりと笑った。


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