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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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天空米のおかゆ

「天空米のおかゆを作るつもりです」


 ティアの顔色が変わった。


「そうですか。なら、私は手出ししない方がよさそうですね」


 ミーティングを終え、リンリは城の穀倉に向かった。玄米の詰まった袋がたくさん積んである。魔王が治める領土の中でも、バアル城の領地は、米や麦がよく取れる穀倉地帯で、多種多様な米が作られている。そのなかでも天空米は、毎年少量しか取れない希少な米だった。


 米袋を抱え、厨房に戻り、さっそく調理にとりかかる。玄米を大鍋の中に入れ、ふたをして風魔法をかける。玄米同士をこすり合わせることで、糠と胚芽を取り除く。精米後の米をボウルに入れ、水を注ぐ。両手のひらにお米を取り、拝むように手を合わせ擦りつつ洗う。いつもは視線を送り、リンリの技術を盗み学ぼうとする部下たちも、今日ばかりはリンリの方に意識を向けないでくれた。天空米の調理は、雑念一つで失敗するのだ。集中し、米に気持ちを込めなければいけない。


 水気を切ったお米を土鍋に入れ、分量の水を注ぐ。火にかけ、強く念じながら待つ。


 白く煮立ってきたところで、やさしくかき混ぜ、火を弱くし、鍋にふたをする。あとは待つだけだが、天空米の料理においてはこの待つところが最も重要だった。リンリはひたすらに自分の過去を思い出していた。特にバハムと王妃様との記憶を鮮明に思い出すよう努めた。


「リンリ殿、魔王様が起きられました」


 伝令の者が厨房に来て言った。


「お食事をお願いします」

「かしこまりました」


 あとのことはティアたちに任せ、リンリは土鍋と数種類の薬味と器を運搬台にのせ、厨房を出た。廊下を歩きながら、気持ちを立て直す。


 この風邪はいい機会だと思うことにしよう。


 ベルゼはもうすぐ十一歳の誕生日を迎える。その前に、知ってもらうのだ。バハムと王妃様のことを。


****************************************************************


 リンリが入室すると、ベルゼがベッドから身を起こした。赤い顔で言う。


「すまないな、リンリ。風邪を引いてしまった」

「魔王様が謝ることではありません。魔帝宮は寒かったでしょう?」

「ああ、だが、研修はためになった」


 リンリはおかゆを器にすくいとりながら尋ねる。


「どのようなことをしたのです?」


「魔帝様から直々に帝王学の授業を受けたぞ。それに、他の魔王の情報や天界の動向を教えてもらった。あとはそうだな、城のトップとして臣下をどうまとめあげていけばよいかも習った。コミュニケーションが大事らしいぞ」


 そこでベルゼが咳きこんだので、背中をさすってやる。


「ありがとう。そうだ、リンリ。いい機会だ。ぼくが食事をとる間、君のことを聞かせてくれ」

「そう言われると思って、本日はそういう料理を用意しました」

「そういう料理?」


 リンリはおかゆをよそい、塩をふりかけ、梅干しをのせた器を、ベルゼに手渡す。


「天空米のおかゆでございます」


「天空米? 聞かない品種だな」


「希少な米ですから。天空米は、記憶を宿す米と言われています。適切に料理すれば、そのお米には料理人の記憶が宿ります。私のことを知りたければ、どうぞそのおかゆをお召し上がりください」


「おおっ、そんな便利な料理があるとは。ではさっそく、いただきます」


 ベルゼが一口目を食べたのを見て、リンリは薄く笑った。


*******************************************************


 おかゆを食べた瞬間、ベルゼの視界が炎に包まれた。


 メニュー表が焼けていく。テーブルも椅子も燃え、床には割れた皿の破片とともに少女が倒れている。


「き、君、大丈夫か?」


 ベルゼは少女の肩に触れようとしたが、その手は少女の体をすり抜けてしまった。


「だ、誰か」


 助けを求めた少女の声には、どこか聞き覚えがあった。そうか、この子は、幼いころのリンリ。これは、天空米が見せる彼女の記憶。


 小さなリンリは子供用のエプロンを着ていた。改めてあたりを見回すと、リンリの他にも血を流し、倒れている人がいる。


 炎の勢いが強まり、外壁が崩れ、屋根が落ちてきたそのとき、さっと屋根とリンリの間に体を滑り込ませた人物がいた。


「うっ、あっつ、あちち」


 燃え盛る屋根を背中に支え、少年はリンリに向かって笑った。


「安心しろ。俺が助けてやる」


 ベルゼによく似た顔の少年は、そう言ってリンリを両腕に抱え、勢いよく立ち上がった。


********************************************************

 

 おかゆがのどを通りすぎて我に返ったベルゼは今、見たことをしゃべって聞かせた。リンリがうなずく。


「私の故郷の村は、私が十歳のとき、天使の雷に焼かれました。バアル城の魔王軍が駆けつけたときには、私の両親を含めてほとんどの者がすでに死んでいました」


「それは」


 そこまで言って、ベルゼはかける言葉を持ち合わせていないことに気づいた。


「魔王様、どうぞおかゆをお召し上がりください。そして知ってほしいのです、私のことを」

「うむ」


 さらに一口、ベルゼは口に入れた。

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