天空米のおかゆ
「天空米のおかゆを作るつもりです」
ティアの顔色が変わった。
「そうですか。なら、私は手出ししない方がよさそうですね」
ミーティングを終え、リンリは城の穀倉に向かった。玄米の詰まった袋がたくさん積んである。魔王が治める領土の中でも、バアル城の領地は、米や麦がよく取れる穀倉地帯で、多種多様な米が作られている。そのなかでも天空米は、毎年少量しか取れない希少な米だった。
米袋を抱え、厨房に戻り、さっそく調理にとりかかる。玄米を大鍋の中に入れ、ふたをして風魔法をかける。玄米同士をこすり合わせることで、糠と胚芽を取り除く。精米後の米をボウルに入れ、水を注ぐ。両手のひらにお米を取り、拝むように手を合わせ擦りつつ洗う。いつもは視線を送り、リンリの技術を盗み学ぼうとする部下たちも、今日ばかりはリンリの方に意識を向けないでくれた。天空米の調理は、雑念一つで失敗するのだ。集中し、米に気持ちを込めなければいけない。
水気を切ったお米を土鍋に入れ、分量の水を注ぐ。火にかけ、強く念じながら待つ。
白く煮立ってきたところで、やさしくかき混ぜ、火を弱くし、鍋にふたをする。あとは待つだけだが、天空米の料理においてはこの待つところが最も重要だった。リンリはひたすらに自分の過去を思い出していた。特にバハムと王妃様との記憶を鮮明に思い出すよう努めた。
「リンリ殿、魔王様が起きられました」
伝令の者が厨房に来て言った。
「お食事をお願いします」
「かしこまりました」
あとのことはティアたちに任せ、リンリは土鍋と数種類の薬味と器を運搬台にのせ、厨房を出た。廊下を歩きながら、気持ちを立て直す。
この風邪はいい機会だと思うことにしよう。
ベルゼはもうすぐ十一歳の誕生日を迎える。その前に、知ってもらうのだ。バハムと王妃様のことを。
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リンリが入室すると、ベルゼがベッドから身を起こした。赤い顔で言う。
「すまないな、リンリ。風邪を引いてしまった」
「魔王様が謝ることではありません。魔帝宮は寒かったでしょう?」
「ああ、だが、研修はためになった」
リンリはおかゆを器にすくいとりながら尋ねる。
「どのようなことをしたのです?」
「魔帝様から直々に帝王学の授業を受けたぞ。それに、他の魔王の情報や天界の動向を教えてもらった。あとはそうだな、城のトップとして臣下をどうまとめあげていけばよいかも習った。コミュニケーションが大事らしいぞ」
そこでベルゼが咳きこんだので、背中をさすってやる。
「ありがとう。そうだ、リンリ。いい機会だ。ぼくが食事をとる間、君のことを聞かせてくれ」
「そう言われると思って、本日はそういう料理を用意しました」
「そういう料理?」
リンリはおかゆをよそい、塩をふりかけ、梅干しをのせた器を、ベルゼに手渡す。
「天空米のおかゆでございます」
「天空米? 聞かない品種だな」
「希少な米ですから。天空米は、記憶を宿す米と言われています。適切に料理すれば、そのお米には料理人の記憶が宿ります。私のことを知りたければ、どうぞそのおかゆをお召し上がりください」
「おおっ、そんな便利な料理があるとは。ではさっそく、いただきます」
ベルゼが一口目を食べたのを見て、リンリは薄く笑った。
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おかゆを食べた瞬間、ベルゼの視界が炎に包まれた。
メニュー表が焼けていく。テーブルも椅子も燃え、床には割れた皿の破片とともに少女が倒れている。
「き、君、大丈夫か?」
ベルゼは少女の肩に触れようとしたが、その手は少女の体をすり抜けてしまった。
「だ、誰か」
助けを求めた少女の声には、どこか聞き覚えがあった。そうか、この子は、幼いころのリンリ。これは、天空米が見せる彼女の記憶。
小さなリンリは子供用のエプロンを着ていた。改めてあたりを見回すと、リンリの他にも血を流し、倒れている人がいる。
炎の勢いが強まり、外壁が崩れ、屋根が落ちてきたそのとき、さっと屋根とリンリの間に体を滑り込ませた人物がいた。
「うっ、あっつ、あちち」
燃え盛る屋根を背中に支え、少年はリンリに向かって笑った。
「安心しろ。俺が助けてやる」
ベルゼによく似た顔の少年は、そう言ってリンリを両腕に抱え、勢いよく立ち上がった。
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おかゆがのどを通りすぎて我に返ったベルゼは今、見たことをしゃべって聞かせた。リンリがうなずく。
「私の故郷の村は、私が十歳のとき、天使の雷に焼かれました。バアル城の魔王軍が駆けつけたときには、私の両親を含めてほとんどの者がすでに死んでいました」
「それは」
そこまで言って、ベルゼはかける言葉を持ち合わせていないことに気づいた。
「魔王様、どうぞおかゆをお召し上がりください。そして知ってほしいのです、私のことを」
「うむ」
さらに一口、ベルゼは口に入れた。




