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魔王の愛した料理人  作者: 仙葉康大
第四章 ~天空米のおかゆ~
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魔帝宮よりの使者

 聖竜に破壊された城門の瓦礫の上に腰かけている男を見て、リンリは戦慄した。燕尾服を着たその男は、立ち上がり、うやうやしくお辞儀をすると、気持ち悪いほどの美声を発した。


「お待ちしておりました。ベルゼ・バアル魔王様」

「うむ? いかにもぼくはベルゼ・バアルだが、君は?」

「申し遅れました、わたくし、魔帝宮筆頭執事のレイ・アレクサンドリアと申します」


 魔王を束ね統括する魔帝。その魔帝が住む宮殿の筆頭執事がじきじきに一魔王の城に来るなどそうあることではない。リンリは身構える。


「魔帝宮の方か。これは失礼した。城の中でご用件をうかがおう」

「いいえ、それには及びません」


 レイは瓦礫の上からベルゼを見下ろしたまま、話を続ける。


「ベルゼ様には新米魔王研修に参加していただきます。つきましては御同行願います」

「承知した。支度をしてこよう」

「ご支度の必要はございません」

「というと?」

「服、食事、寝室、すべてこちらでご用意いたしております」

「わかっ――」

「お待ちください」


 リンリはひざまずき、しかし頭は垂れずに発言した。


「新米魔王研修の実施場所は、どちらでしょうか? それと日程を教えください」


「無論、魔帝宮だ。日程は一週間から二週間」


「魔帝宮は、大陸の北の果て、息さえ凍る極寒の地に位置しています。出発の前に今、着ている衣を寒冷な気候に適した衣に着替える時間を頂戴いたしたく思います。それと、研修に私も同行させていただきたい」


 レイは黒く長い髪をたなびかせ、息を吐きながら空を仰ぎ見、それからリンリを見下ろした。


「服も食事もこちらで用意すると言っている。魔帝宮は確かに極寒の地にあるが、普通の魔王ならば普通に耐えられる程度の寒さ。過保護が過ぎるんじゃないか?」


 リンリは唇を噛み、なお食い下がる。


「魔王様は王蛇バジリスク討伐を終えて帰還したばかりでございます。旅の疲れも戦いの疲れもあります。私を同行させろとはもう言いません。せめて城で食事をとり、衣を着替えたうえで――」


 瞬間、レイの体から魔力があふれ、大地を揺らした。瓦礫の山が音を立てて崩れ広がる。


「わかっていないようだな。私は魔帝宮の筆頭執事。対し、君はたかが魔王城筆頭料理人」


 レイが瓦礫の山から下りてきて、リンリの目の前に立った。高圧力の魔力が上からのしかかり、頭を下げざるを得なかった。まるで見えない手に上から押さえつけられているかのようだった。息をするのさえ苦しい。


 そのとき、急に魔力の圧がやわらいだ。


 顔をあげると、ベルゼがレイの腕を握り、ロスがレイの足に噛みついていた。


「魔帝宮筆頭執事レイ殿。ぼくの部下が失礼した。許してはくれぬだろうか?」


 ベルゼの手に力がこもり、燕尾服のそでにしわが寄った。レイは意外そうな表情を浮かべ、一転して微笑んだ。


「許しますとも。あなたは魔王と言ってもまだ新米。部下の教育が行き届いていなくとも仕方がありません。さあ、私のお手をお取りください」


 さしだされた手のひらの上に手を置くベルゼ。


「リンリ、留守を頼む」

「魔王様――」


 瞬間、二人の姿が消えた。魔力の残滓の感触からして、おそらく瞬間移動魔法だろう。魔帝宮の執事はみな、空間系統の魔法が得意だと聞いたことがある。筆頭執事であれば、どんな長距離でも一瞬で移動できておかしくはない。


 しかし、行かせるべきではなかった。ベルゼには魔力がない。バジリスクを圧倒する強さもリンリの料理を食べたからこそ。魔帝宮の料理人がどれだけベルゼのことを考えた料理を作ってくれるだろうか。それに衣服も灯の衣のまま行ってしまった。明るく光る灯の衣は薄暗い遺跡ダンジョンの探索に特化した衣であって、防寒着ではない。あの男は服は用意するなどとほざいていたが、王妃様の作った衣以上に上等な衣など存在しない。


「くぅん」


 ロスがリンリのひざをなめた。


「ロス」


 リンリはロスを抱き上げると、うつむいたまま、魔王城の中へと歩みを進めた。

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