魔王城一階大厨房
「緊急ですっ。天界が、我が城へ聖竜の派遣を決定しました」
「な、何だと? 情報源は確かなのか?」
「こ、これを」
伝令兵は、新聞を二種、机上に並べた。一つは、天界の情報に明るい巫女新聞、もう一つは、魔族の情報に精通している魔女新聞。どちらも号外である。
【聖竜 バアル城へ派遣決定】<巫女新聞記事>
天界は、魔王ベルゼが治めるバアル城へ聖竜一頭を派遣することを13月47日の早朝決定した。バアル城六代目城主バハム・バアルの死後、天使軍による彼の地の清浄を試みてきたが、未だ浄化は果たされていない。
このことに対し、天界内外から批判が噴出しており、こたびの聖竜派遣決定に至った。13月48日の正午より聖竜によるバアル城及びその直轄領の清浄化を開始する予定。
【聖竜到来か バアル城危機】<魔女新聞記事>
魔王バハムの死後、幾度となく天使の軍勢を退けてきたバアル城に、天界は聖竜を派遣することを決定した。聖竜は天界三大戦力のうちの一つであり、先代のバハムであればともかく、弱冠十歳のベルゼ新魔王にとっては厳しい戦となる見込み。聖竜の派遣は13月48日。新米少年魔王の決断が待たれる。
文官と軍幹部の顔が一気に青ざめるなか、リンリは思考を巡らした。巫女新聞と魔女新聞、その両方が号外を出した以上、聖竜の派遣はくつがえらない。
城内の戦力では、聖竜に勝てはしない。他の魔王からの援軍は期待できない。城も領土も焼き尽くされる最悪の未来が明日に迫っている絶望的な状況。皆、パニックに陥っている。これでは良い案など出そうもない。
リンリはベルゼに耳打ちする。
「昼食の支度をしてまいります。失礼します」
「うむ。よろしく頼むぞ」
魔王はそう言って深くうなずくと、一同に対し、声を発した。
「皆の者、うろたえるな。まだ時間はある。聖竜は来るが、死ぬと決まったわけではない。文官たちは情報を収集しろ。過去に父上が聖竜と戦った記録が書庫にあるはずだ。それと他の魔王にも情報提供を求めよ。軍部は武器庫から対竜大砲を出し、城内及び領土の要所に設置せよ。治癒薬もたっぷり準備しておけ。高位文官及び軍幹部はここに残り、今後の方針を検討する」
魔王の声を背に、リンリは会議室をあとにした。
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魔王城一階大厨房。リンリが姿を現すと、一瞬、包丁の音がやんだ。
「続けなさい」
「はっ」
リンリの部下である七名の料理人が再び手を動かし始める。
「会議中の魔王様たちの昼食は、私が担当します」
「はいっ」
専用のまな板と包丁を取り出し、にんじんを細切りにする。火炎魔法で鍋の水を沸騰させ、にんじん、もやし、ほうれん草をゆでる。牛肉を幅1㎝に切り、火を入れる。
「ビビンバ?」
斜め後ろからの問いかけにリンリは手を止めず言う。
「副料理長。自分の仕事に集中しなさい」
「で、でも、私の担当分はすでに完成してるし、リンリ料理長の手元を見学したいなーなんて」
「あなたには必要のないことです。手が空いているなら、他の人の仕事を手伝うか、食材の在庫の点検を行いなさい」
「はい」
副料理長ティアはしずしずと引き下がった。
熱した石の器に白米を敷き、三種の野菜ナムルと牛肉を盛りつけ、中央に卵黄をのせて完成。
人数分の石焼きビビンバをカートにのせ、会議室へと運ぶ。